溶接が終わったその瞬間から、あなたの製品は"数日後に割れる"かもしれない。
溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)とは、溶接時の熱によって組織が変化したものの、溶融はしていない母材の領域のことです。溶接ビードのすぐ隣に存在し、溶接金属と影響を受けていない母材との間に位置しています。現場では「2番」や「ハズ」と呼ばれることもあり、溶接金属が「1番」、母材が「3番」に対して、中間に位置するため2番という呼称が生まれました。
HAZの幅は、溶接プロセスや入熱量によって大きく変化します。たとえばCO₂ガスシールドアーク溶接(入熱量が20〜30 kJ/cm程度)では、各溶接パスごとのHAZの幅はおよそ3mm程度です。一方、大入熱溶接(サブマージアーク溶接など、入熱量が100 kJ/cmを超える場合)では、熱影響部が十数mmから数十mmまで広がることがあります。3mmというのは、ちょうど鉛筆の直径と同じくらいの幅です。
入熱量を大きくするほどHAZの面積は広がり、それだけ組織が変質するリスクも増えます。つまり「しっかり溶け込ませたい」と入熱を上げるほど、問題のある領域が広がるというジレンマが生まれます。入熱と品質のバランスが原則です。
また、HAZは溶融しているわけではないため目視では確認しにくい場所です。金属組織検査(マクロ・ミクロ組織観察)や硬さ試験を使わないと、HAZの実際の範囲を正確に把握するのは難しいです。これは使えそうです。
溶接金属とHAZの境界部分は「ボンド部」と呼ばれ、融点(約1500℃)近くまで加熱される最も高温な境界層です。ボンド部は溶接線全体の中で最も急激な熱履歴を受けるため、特性変化が著しくなります。
参考:日本溶接協会 接合・溶接技術Q&A「溶接部の組織が場所によって違うのはなぜですか」
溶接部の各ゾーンで起こる組織変化について、溶接協会が解説したQ&Aページです(溶接部の温度と組織変化の関係がわかります)
HAZは一様な組織ではなく、溶接部から離れるにつれて受ける最高到達温度が異なるため、複数の異なる特性を持つゾーンが層状に形成されます。溶接金属に近い側から順に「粗粒域(コース・グレイン域)」「細粒域(ファイン・グレイン域)」「二相域(部分変態域)」「亜臨界域(ぜい化域)」という構成になっています。
粗粒域(最高到達温度:約1100〜1500℃以上)は、HAZの中で最も問題になりやすいゾーンです。ボンド部に最も近く、溶接熱により結晶粒が著しく粗大化します。「小入熱溶接では硬化、大入熱溶接では脆化」という現場のセオリーがあるほど、入熱量の影響が顕著な領域です。硬さも高く、低温割れの起点になりやすいため、HAZの最高硬さ(Hmax)はこの粗粒域で測定されます。
細粒域(最高到達温度:約900〜1100℃)は、A3変態点の直上まで加熱された領域で、再結晶により結晶粒が微細に整えられます。粗粒域とは対照的に組織が緻密になるため、靭性が向上する場合もあります。HAZの中では比較的特性が安定したゾーンです。
二相域(最高到達温度:A1〜A3変態点、約750〜900℃)は、一部のみがオーステナイトに変態した混合組織域です。この部分では組織が不均一になり、局所的に特性が異なるため注意が必要です。
亜臨界域(最高到達温度:200〜750℃)は、変態点以下の加熱を受けた領域で「ぜい化域」とも呼ばれます。焼き戻しが過剰に進んだり、ひずみ時効脆化が発生したりするため、鋭い切欠き的な割れの原因になることがあります。
各ゾーンの特性をまとめると以下のとおりです。
| ゾーン | 最高到達温度 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 粗粒域 | 1100〜1500℃以上 | 結晶粒粗大化・硬化・靭性低下・低温割れの起点 |
| 細粒域 | 900〜1100℃ | 結晶粒微細化・靭性比較的安定 |
| 二相域 | 750〜900℃(A1〜A3点間) | 混合組織・局所的な特性ばらつき |
| 亜臨界域 | 200〜750℃ | 過剰焼戻し・ひずみ時効脆化リスク |
各ゾーンの深さ(幅)は入熱量で変わります。それだけ覚えておけばOKです。
参考:日本溶接協会 接合・溶接技術Q&A「熱影響部問題について(溶接バッテンX!)」
粗粒域・細粒域など各ゾーンの特性と「小入熱で硬化・大入熱で脆化」の解説が掲載されています(日本溶接協会 技術解説PDF)
HAZの広がりを左右する最大の因子は「入熱量」です。入熱量は以下の式で計算できます。
$$\text{入熱量(J/mm)} = \frac{60 \times \text{電流(A)} \times \text{電圧(V)}}{\text{溶接速度(mm/min)}}$$
たとえば電流150A・電圧26V・溶接速度65mm/minで作業した場合、入熱量は約3,600 J/mmになります。入熱量が増えるほどHAZの幅は広がり、組織変化の影響範囲も大きくなります。
入熱量の管理が大切です。具体的には、鉄骨工事では「ガスシールドアーク溶接では母材への熱影響範囲が数mm」と認識されています。一方で大入熱溶接(SAWや極厚板溶接など)では、1パスで熱影響部が数十mmに及ぶことがあります。数十mmというと、成人の親指の幅が約20〜25mmですから、その範囲の組織がすべて変質すると考えると影響の大きさがイメージできます。
入熱量を抑える実践的な方法としては、まず溶接速度を適切に保つことが挙げられます。溶接速度が遅いと同じ電流・電圧でも単位長さあたりの入熱が増加します。次に、パス間温度の管理です。多層溶接では前のパスの熱が冷め切らないうちに次のパスを溶接すると累積入熱が高まり、HAZが広がります。パス間温度は材料の種類に応じた管理が原則です。
レーザー溶接や電子ビーム溶接は入熱量が非常に低く、HAZを極小(場合によっては1mm以下)に抑えることができます。精密部品や熱変形を嫌う薄板溶接ではこれらのプロセスが有効です。厳しいところですね。
予熱も入熱管理の重要な要素です。予熱を行うと冷却が緩やかになり、HAZの急冷硬化を抑えられますが、その分熱影響の範囲が広がることもあります。予熱範囲は溶接線から約100mm離れた範囲まで行うのが一般的な基準です。予熱と入熱のバランスが条件です。
参考:神戸製鋼技術レポート「鋼材の溶接性と溶接継手性能」
入熱量とHAZの組織変化・硬さへの影響について、神戸製鋼研究所の技術資料として詳述されています
HAZに関わる最も深刻なトラブルが「低温割れ(遅れ割れ)」です。溶接直後には表面に異常がなくても、溶接完了後から数分〜数日後にかけて割れが発生するという、厄介な欠陥です。意外ですね。
低温割れの3大要因は次の通りです。「①HAZの硬化組織」「②拡散性水素の存在」「③引張残留応力(拘束度)」の3つが重なったときに発生します。特に高張力鋼(HT鋼)や合金元素の多い鋼材ほど、HAZがマルテンサイト組織に変態して硬化しやすく、割れ感受性が高くなります。
割れのメカニズムを詳しく見ると、溶接時に溶接棒の被覆材や大気中の水分から鋼中に入り込んだ水素が、冷却後も室温付近でゆっくりと鋼の中を拡散し続けます。この水素が硬化したHAZの応力集中部(ルート部や止端部)に集積して、割れを引き起こします。水素が「潜伏」して後から割れをつくるため、溶接翌日や翌々日に品質検査で発覚するケースが現場では珍しくありません。
対策のポイントは3つです。まず「低水素系溶接材料の使用」が基本中の基本です。低水素系被覆アーク溶接棒(例:神戸製鋼のLBシリーズなど)は、溶接金属中の拡散性水素量が少なく設計されています。ただし吸湿しやすいため、使用前に300〜350℃で30〜60分の乾燥が必須です。乾燥なしで使うと水素量が増えて割れリスクが跳ね上がります。これは要注意ですね。
次に「予熱・パス間温度管理」です。予熱を行うと冷却速度が下がり、硬化を抑制すると同時に水素の放出を促進します。高張力鋼の溶接では予熱温度が100〜200℃程度必要になることも珍しくありません。最後に「溶接後の直後熱(後熱)」です。溶接完了後に200〜350℃で一定時間保持することで、残留水素を外部に逃がし割れのリスクを大幅に下げられます。
低温割れの検査はJIS Z 3158のy形溶接割れ試験が代表的ですが、溶接後48時間以上経過してから断面を観察する手順です。つまり「溶接直後の目視検査」だけでは低温割れを見逃す可能性が高く、検査タイミングが重要になります。低温割れのリスクが高い構造物では、溶接後24〜72時間後のUT(超音波探傷試験)による確認が推奨されます。
参考:日本溶接協会「鋼溶接部の低温割れとその評価について」
低温割れの3大要因・y形溶接割れ試験の手順・予熱温度の評価方法について詳しく解説されています(ぼうだより技術がいど)
HAZのリスクは「事前管理」「施工管理」「溶接後処理」の三段構えで対処するのが効果的です。一つだけでは不十分です。
事前管理でまず確認すべきは「母材の炭素当量(Ceq)」です。炭素当量が高い鋼材ほど焼入れ性が高く、HAZが硬化して低温割れ感受性が上がります。たとえばTMCP(熱加工制御)鋼は合金元素が少なく設計されているため、同じ強度クラスの焼入れ・焼戻し鋼と比べてHAZの硬化が起きにくく、溶接施工性に優れています。材料選定の段階でHAZリスクを下げられます。
施工管理では特に「入熱量の上下限管理」が重要です。入熱が低すぎるとHAZが急冷・硬化して低温割れリスクが高まり、入熱が高すぎると結晶粒の粗大化による脆化が起きます。どちらに転んでも問題になるという点が、溶接施工管理の難しいところです。溶接作業指示書(WPS:Welding Procedure Specification)に電流・電圧・溶接速度の許容範囲を明記し、現場での逸脱を防ぐことが品質管理の基本です。
溶接後熱処理(PWHT:Post Weld Heat Treatment)は、HAZに残存した残留応力を緩和し、硬化した組織を軟化させる有効な手段です。炭素鋼では600〜700℃程度に加熱して一定時間保持し、その後徐冷します。具体的な保持時間は、厚さ1mmあたり約25分が目安とされています。PWHTを実施した研究事例では、溶接熱影響部の幅は3〜5mm程度であり、繰り返しPWHTを行うことで硬さがわずかながら低下する傾向がみられています。
ただし、注意が必要な材料もあります。耐摩耗鋼(アブレックスなど)の中には、PWHTを実施することで脆化や硬さ低下が起き、製品本来の性能を損なうため「PWHT厳禁」と規定されているものがあります。材料の溶接ガイドラインを必ず確認するのが原則です。
HAZを小さくしたい場合は、レーザー溶接・電子ビーム溶接・TIG溶接(低入熱)など入熱の少ないプロセスを採用することが根本的な対策になります。現場でプロセス変更が難しい場合でも、ウィービング幅を抑えたストレートビード施工、適切な溶接速度の維持、パス数の最適化などで入熱量を実質的にコントロールできます。
溶接施工法試験(PQR:Procedure Qualification Record)を事前に実施して、実際の入熱条件でのHAZ硬さや靭性を確認しておくと、現場施工での不良を未然に防ぎやすくなります。品質トラブルを避けるための最善策です。
参考:日本溶接協会 接合・溶接技術Q&A「PWHTの必要性と目的」
PWHTの目的(拡散性水素の除去・延性靭性の改善・硬さ低減・残留応力除去)について、日本溶接協会が解説しています
HAZの範囲と品質を確認するための手段は、大きく「破壊検査」と「非破壊検査(NDT)」に分かれます。現場での運用としては、まず非破壊検査で欠陥の有無を確認し、疑わしい場合に破壊試験で詳細な組織・硬さを評価するという流れが一般的です。
非破壊検査の代表手法を整理すると以下のとおりです。
- 超音波探傷試験(UT):内部の割れやラミネーション(層状欠陥)を検出するのに最も効果的です。低温割れの評価では、溶接後24〜72時間後のUT実施が推奨されます。
- 磁粉探傷試験(MT):強磁性体の表面・直下の割れを検出できます。HAZの表面割れや趾端割れの確認に有効です。
- 浸透探傷試験(PT):表面に開口した割れや溶け込み不良を蛍光液や染料で可視化します。
- 放射線透過試験(RT):溶接内部の気孔・スラグ巻き込みなどを全体的に評価できますが、割れの方向によっては検出精度が低下します。
硬さ試験は、HAZの品質評価に欠かせない手法です。ビッカース硬さ試験(HV)で溶接金属・HAZ・母材にわたる硬さ分布を測定することで、HAZの最高硬さ(Hmax)を定量的に把握できます。JIS規格では炭素鋼・低合金鋼の溶接部のHAZ最高硬さを350HV以下とする管理指標が多く使われています。350HVを超えると低温割れのリスクが急増します。超えたら要注意です。
マクロ・ミクロ組織観察(金属組織検査)は、HAZの実際の幅や各ゾーンの広がりを「目で見て確認」できる唯一の手段です。試験片を切断・研磨・エッチング処理することで、HAZの境界が明確に浮かび上がります。溶接施工法試験(PQR)の際には必須の確認項目です。
現場での迅速な硬さ確認には「ポータブル硬さ計(リバウンド式・超音波式など)」が便利です。非破壊で溶接部の硬さをその場で測定できるため、施工管理の日常ツールとして導入している現場も増えています。これは使えそうです。
なお、溶接部の塗装が傷まないようにするための管理として、溶接部から一定距離での表面温度が200℃以上にならないよう制御する方法も参考になります。日本溶接協会のQ&Aでは、入熱量と溶接部からの距離・到達温度の計算方法が公開されており、塗装済み部品を溶接する工程では特に活用価値があります。
参考:日本溶接協会 接合・溶接技術Q&A「塗装が傷まないようにするための溶接部からの距離」
溶接部からの距離と表面温度の関係・塗装への影響について、入熱量を用いた計算方法が解説されています(日本溶接協会Q&A)