オーステナイト マルテンサイト違い 結晶構造

鋼の性質を大きく左右するオーステナイトとマルテンサイトは、結晶構造と硬度において何が異なるのか。焼入れによる変態メカニズムと、実務での応用における選択のポイントとは?

オーステナイト マルテンサイト 結晶構造の違い

鋼の二大組織を理解する
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オーステナイト基本特性

面心立方格子(FCC)構造を持つ高温組織

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マルテンサイト基本特性

体心正方格子(BCT)構造を持つ硬化組織

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組織変態のプロセス

加熱から急冷による相変態の流れ

オーステナイト組織の結晶格子と原子配列

オーステナイトは面心立方格子(Face Centered Cubic)という結晶構造を採用しており、各立方体の隅角に1つずつ、そして各面の中心に1つずつ原子が配置されます。この構造では単位格子あたり4個の鉄原子が存在し、充填率は約74%に達します。格子定数(単位格子の1辺の長さ)は約0.358nm と比較的に大きく、この広い空間が重要な役割を担っています。

 

実は、この広い格子間隙が炭素原子を効率的に収容できるため、オーステナイトは鋼中の炭素を最大2.1%まで固溶させることが可能です。一方、マルテンサイト組織では炭素の固溶限が大きく異なり、この差が両者の性質を決定づけます。常温ではフェライト(体心立方格子)が安定相であるため、オーステナイト組織を室温で保つにはニッケルやマンガンといった合金元素を添加する必要があります。

 

マルテンサイト変態と体心正方格子構造

マルテンサイト組織は、オーステナイトを急冷する際に生成される組織で、体心正方格子(Body Centered Tetragonal)という独特の結晶構造を形成します。体心立方格子を基本としながらも、炭素原子の侵入により結晶が引き伸ばされた状態を指します。格子定数の比(c/a比)が1より大きくなり、この不均等な歪みが材料の硬度と脆性を生み出すメカニズムとなっています。

 

急冷によってオーステナイトからマルテンサイトへと変態する過程では、内部に大きな残留応力が蓄積されます。この応力は結晶格子の変形を引き起こし、マルテンサイト特有の針状またはラス状の組織形態を生成します。炭素含有量が高いほど、この体心正方格子への歪みが顕著になり、硬度は増加しますが同時に脆性も増すため、焼戻し処理が必須となるのです。

 

硬度と延性に見られるオーステナイト・マルテンサイトの差異

オーステナイト系ステンレス鋼(例えばSUS304やSUS316)は常温でこの組織を保ち、非磁性で延性に優れ、さらに優れた耐食性を展示します。面心立方格子の広い間隙と原子配列の自由度が、材料に高い塑性変形能力をもたらします。しかし、このオーステナイト組織は焼入れによって硬化しません。これは、高温で安定なこの組織が、常温での焼入れではマルテンサイトに変態しないためです。

 

対照的に、マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS410、SUS420J2、SUS440Cなど)は焼入れと焼戻しを経ることで、マルテンサイト組織を形成し、非常に高い硬度を得ることができます。代わりに延性は低くなり、加工時には脆性破壊のリスクが伴います。マルテンサイト組織は磁性を持つため、磁石に付着し、研磨工具や刃物としての応用に適しています。一般的に、マルテンサイト系で得られる硬度はビッカース硬さで50~65HRCに達し、オーステナイト系の15~30HRCとは大きな隔たりがあります。

 

焼入れプロセスにおけるオーステナイト・マルテンサイト変態機構

鋼の焼入れは三つの段階で進行します。第一段階は加熱(オーステナイト化)で、約800~950℃まで温度を上げてフェライト+セメンタイト組織をオーステナイト化させます。炭素含有量が高いほど、より高い温度が要求されます。第二段階は急冷(焼入れ)で、水冷、油冷、またはガス冷却などにより、急速にオーステナイトを室温以下に冷却します。この急冷により、通常は平衡状態図では存在しないマルテンサイト相が生成されるのです。

 

第三段階は焼戻しで、マルテンサイト組織に含まれる残留応力を低減させ、脆性を緩和します。焼戻し温度が異なると、トルースタイト(250℃程度)からソルバイト(500℃程度以上)といった中間組織が形成され、硬度と靭性のバランスが調整されます。マルテンサイト変態のメカニズムは、炭素原子が侵入型固溶体を形成することで、結晶格子に大きな歪みを導入し、これが急速な冷却によって固定されるというものです。

 

オーステナイト・マルテンサイト二相鋼における最新応用と実務での材料選定

近年、自動車産業を中心に、オーステナイト組織とマルテンサイト組織の両方を組み合わせた二相鋼(Dual Phase Steel)が注目を集めています。これらの鋼は高い引張強度(1500MPa以上)と優れた成形性を両立させ、軽量化と安全性の両立が求められる車体部品に採用されています。このような先進高強度鋼では、フェライトマトリックス内に微細なマルテンサイト粒子が分散した構造が形成されており、各相の相乗効果によって優れた機械的性質が実現されます。

 

実務での材料選定では、用途に応じてオーステナイト系またはマルテンサイト系を使い分ける必要があります。耐食性と加工性が重要である化学機械や食品機械部品ではオーステナイト系ステンレス鋼が選ばれ、高硬度と耐摩耗性が要求される刃物や金型ではマルテンサイト系が優先されます。さらに、塑性加工中に加工硬化によってオーステナイトが一部マルテンサイト化する「加工誘起変態(Transformation Induced Plasticity)」を利用した材料開発も進められており、これにより従来では実現困難であった高強度と高延性の両立が可能になりつつあります。

 

参考:熱処理におけるマルテンサイト変態の詳細
https://www.west-hill.co.jp/column/martensitic-transformation/
参考:ステンレス鋼のオーステナイト系とマルテンサイト系の違い
https://qa.mt-k.com/archives/case/ustenitic-vs-martensitic-stainless
参考:鋼の結晶構造と熱処理原理
https://tech-navi.yamazaki-kikai.co.jp/column/%E7%86%B1%E5%87%A6%E7%90%86%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E9%8B%BC%E3%81%AE%E6%80%A7%E8%B3%AA%E3%81%8C%E5%A4%89%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%97%E3%81%8F%E3%81%BF/">https://tech-navi.yamazaki-kikai.co.jp/column/熱処理により鋼の性質が変化するしくみ/