パス間温度管理表の見方と鋼種別管理値の完全ガイド

溶接品質を左右するパス間温度管理表の読み方・鋼種別の管理値・記録の書き方を徹底解説。管理値を1℃でも超えると溶接やり直しになる理由と、現場で使える実践的な管理方法とは?

パス間温度管理表の基礎と鋼種別の管理値・記録方法

パス間温度を「感覚」で管理していると、靭性が基準値を下回り検査不合格になります。


🔥 この記事でわかること
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パス間温度管理表の基本構造

管理表に何を記録するのか、どの数値を確認すべきかを整理。鋼種・溶接材料・板厚ごとの管理値の違いも解説します。

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鋼種別の管理値一覧(表で確認)

SS400・SN490・BCRなど代表的な鋼種ごとに、入熱量とパス間温度の上限値を一覧で紹介。現場でそのまま使える内容です。

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温度測定ツールの選び方と注意点

温度チョーク・シオンクレヨン・接触式温度計の特徴と落とし穴を解説。「精度が低い」道具を信頼しすぎているとリスクが生じます。


パス間温度管理とは何か:溶接品質を守るための基本ルール

パス間温度とは、多層溶接において次のパスを溶接する直前に測定した、溶接部および近傍の母材の温度のことです。文字通り「パスとパスの間の温度」ですが、正確には「次のパスを置く直前の温度」を指します。


溶接は1回ですべてを仕上げることはできません。板厚が増えるほど、何層にも分けて溶接を積み重ねる多層溶接が必要になります。このとき問題になるのが、前のパスで生じた熱が残ったまま次のパスを溶接してしまうことです。温度が高いまま溶接を続けると、溶融金属の冷却速度が落ちて金属組織が粗くなり、強度や靭性が低下します。これが現場で最も起きやすい品質トラブルのひとつです。


つまり「しっかり溶接している」と思っていても、温度管理が不十分なだけで溶接部の性能が基準を下回ってしまうということです。これが原則です。


項目 内容
パス間温度の定義 次のパス溶接直前の、溶接部および近傍母材の温度
測定位置 溶接線の長手方向中央・開先端より10mmの位置
管理の目的 冷却速度の確保→金属組織の正常化→強度・靭性の担保
関係する法規 改正建築基準法、JASS6(鉄骨工事)、各Jグレード評価基準


改正建築基準法では、溶接構造物の性能を保証するため、入熱とパス間温度の管理が明確に規定されています。これは単なる慣習ではなく、法的な義務でもあります。


パス間温度管理は、予熱管理と混同されがちです。予熱は「溶接前に母材を温める」管理であるのに対し、パス間温度は「溶接後・次の溶接前の残留熱を一定以下に抑える」管理です。方向がまったく逆であることを押さえておきましょう。パス間温度は「上限値の管理」が基本です。


パス間温度管理表の鋼種別管理値一覧:数値で見るルールの全体像

現場で最もよく問われるのが「うちが使っている鋼材のパス間温度は何℃以下にすればいいのか」という点です。答えは鋼種と溶接材料の組み合わせによって変わります。以下に代表的な組み合わせをまとめます。


鋼種区分 溶接材料(規格) 代表的な銘柄 入熱上限 パス間温度上限
400N級炭素鋼SS400等) JIS Z 3312 YGW-11、YGW-15、YGW-18、YGW-19 40 kJ/cm 350℃以下
400N級炭素鋼(SS400等) JIS Z 3312(同上) YGW-11、YGW-15 30 kJ/cm 450℃以下
400N級(BCR・BCP含む) JIS Z 3312 YGW-11、YGW-15 30 kJ/cm 250℃以下
490N級炭素鋼(TMCP鋼除く) JIS Z 3312 YGW-18、YGW-19 40 kJ/cm 350℃以下
590N/mm²鋼(SA440等) 対応高張力ワイヤ YGW18準拠品 30 kJ/cm 250℃以下
780N/mm²鋼(H-SA700等) 対応ワイヤ 専用ワイヤ 30 kJ/cm 150℃以下
ステンレス鋼(二相系) 対応ワイヤ FC-2120等 制限あり 150℃以下


注目してほしいのは、同じ400N級の鋼材でも「BCR・BCPか否か」によって管理値が変わる点です。冷間成形角形鋼管(BCR・BCP)は成形時に加工硬化を受けているため、通常の炭素鋼より厳しい管理値が設定されています。特に角部は強度上昇と残留応力が集中しやすく、入熱30kJ/cm以下・パス間温度250℃以下という厳しい条件が求められます。


また、入熱量が低いほどパス間温度の上限を高く設定できる関係性があります。これは入熱とパス間温度の組み合わせが溶接部の機械的性質に影響するためで、たとえば大林組の研究では入熱が15kJ/cm未満のロボット溶接では450℃前後のパス間温度でも規格値を満足することが示されています。条件の組み合わせが重要ということです。


大林組技術研究所報No.87「現場横向ロボット溶接におけるパス間温度管理の合理化」:パス間温度管理を350℃に緩和することで短い溶接線の溶接時間を25%短縮できた試験結果の詳細


パス間温度管理表の書き方:現場で記録すべき項目と実用的な運用ルール

パス間温度管理表は「測ったかどうか」ではなく「正しく記録されているか」が第三者機関にチェックされます。記録が不十分であれば、実際に温度管理をしていても認められないケースがあります。これは現場担当者にとって大きなリスクです。


管理表に最低限記録すべき項目は以下のとおりです。


記録項目 内容・記入のポイント
工事名・部材番号 溶接箇所を特定できる情報
溶接年月日・担当者 溶接技能者の氏名または認定番号も記載
鋼種・板厚 管理値の根拠となるため必須
溶接材料の種類・記号 JIS規格記号まで記録(例:YGW-18)
入熱管理値・パス間温度管理値 製作要領書に定められた値を転記
測定値(パスごと) 第2パス以降の溶接直前に測定した実測温度
測定方法・使用機器 温度チョーク・接触式温度計・熱電対の別
合否判定 管理値以下であることを確認し記載


記録のタイミングは、各パスの溶接終了後・次のパス溶接直前です。「溶接が終わった後にまとめて記録する」という習慣は、実測値の信頼性を損ないます。溶接中はリアルタイムで記録することが原則です。


現場で多く見られる運用上の問題点のひとつが、代表温度の測定に頼りすぎることです。溶接線が長い場合、1か所だけ測定して全体の管理値とするケースがありますが、これはリスクがあります。溶接線の長手方向中央・開先端より10mmの位置が規定の測定位置であるため、そこから外れた測定値は記録として不十分と判断される場合があります。


溶接ロボットを使用する場合は特に注意が必要です。ロボットはパス間温度を自動管理できないため、オペレーターが具体的な管理方法を記録に残し、かつ測定方法も明記する必要があります。自動化しているからこそ、「人が管理した証跡」が問われます。


中部建工株式会社「社内検査」:パス間温度管理を溶接管理技術者・品質管理課がどう連携して記録・管理するかの実務フロー例


温度測定ツールの選び方:温度チョーク・シオンクレヨン・接触式温度計の比較

パス間温度を測定するツールは複数あり、それぞれ特性と限界があります。「現場で使いやすいから」という理由だけで選ぶと、測定精度が不十分で後から問題になることがあります。


最も広く使われているのが温度チョーク(テンピルスティック)と、不可逆変色式の示温材「シオンクレヨン」です。温度チョークは指定温度に達すると溶けることで合否を判定するシンプルな道具です。一方シオンクレヨンは常温で塗布しておき、溶接後の変色長さからパス間温度の履歴を推定します。


測定ツール 原理 精度・特徴 主な用途
温度チョーク(テンピルスティック) 指定温度で溶融 シンプルだが継手形状により誤差あり 予熱・パス間温度の簡易確認
シオンクレヨン(示温材) 変色長さで温度履歴を推定 精度がやや低い・継手形状で数値変動 温度履歴の可視化・記録補助
接触式デジタル温度計 熱電対による直接測定 高精度・リアルタイム測定が可能 実測値記録・厳密管理
熱電対(埋め込み型) 熱電対を開先部に設置 最も正確・連続記録が可能 大型構造物・研究・ロボット溶接


シオンクレヨンについては、建設業の専門家から「あまり精度が良くないため、溶接管理に使うべき道具ではない」という指摘があります。継手形状(平継手・T字継手・十字継手)によって変色の数値が異なるため、同じ管理値でも継手が変わると判定がずれます。補助的な確認ツールとして位置付けるのが現実的です。


より確実な温度管理には接触式デジタル温度計が適しています。測定位置を正確に守り(溶接線長手方向中央・開先端より10mm)、測定値をその場で記録表に転記する運用が最も信頼性が高くなります。


実用的な管理方法として、溶接の代表箇所で接触式温度計による実測値を取り、残りのパスについては溶接待ち時間で管理するやり方があります。「代表温度で確認し、後は待ち時間で管理する」という組み合わせが現場では現実的です。


関東エンジニアリング「不可逆性パス間温度管理用示温チョーク(シオンクレヨン)」:変色長さからパス間温度を推定する仕組みと使用上の注意事項


パス間温度管理を「待ち時間」で運用する実践的アプローチ:現場独自の視点

パス間温度管理と聞くと「毎パス必ず温度を測る」と思われがちですが、実際の現場では「待ち時間の設定によって温度を管理する」方法が広く使われています。これは意外と知られていない効率的な管理手法です。


仕組みはシンプルです。あらかじめ試験溶接などで「このパスを溶接した後、◯分待てばパス間温度が管理値以下に下がる」というデータを取得しておき、その待ち時間を守るだけで温度管理を行います。建研(国土交通省国土技術政策総合研究所)の研究でも、待ち時間でパス間温度350℃の管理を実現したデータが示されています。


ただし、この方法を使う場合は管理表に「待ち時間による管理」であることを明記し、その設定の根拠(試験データや計算値)を添付することが必要です。記録の根拠がなければ第三者検査で認められないリスクがあります。根拠のある記録が条件です。


以下に、板厚別の待ち時間の目安(一般的な参考値)を示します。


板厚の目安 鋼種 管理値 待ち時間の目安
~16mm程度 400N級(SS400等) 350℃以下 比較的短い(放熱しやすい)
22~32mm程度 490N級 250℃以下 板厚があると冷えにくい・長めに必要
角形鋼管柱の角部 BCR・BCP 250℃以下 三方向に熱が逃げにくく、特に長め


角形鋼管柱の溶接で注意が必要なのが、継手形状の違いによる放熱速度の差です。平継手・T字継手・十字継手の順に熱が逃げにくくなるため、同じ板厚でも継手の形状が変わると冷却に必要な時間が変わります。特に十字継手(コラム柱のダイアフラム周辺)は最も熱がこもりやすい条件です。熱の逃げ方が形状で変わる、ということです。


短い溶接線を持つ角部では特にパス間温度が上昇しやすい傾向があります。大林組のロボット溶接研究では、パス間温度管理を250℃以下から350℃以下に緩和することで短い溶接線の溶接時間を25%程度短縮できたと報告されています。管理値の設定次第で生産性が大きく変わることも押さえておくべきポイントです。


パス間温度管理の失敗が招くリスクと是正対応のポイント

パス間温度の超過は「少し高かっただけ」では済まないことがあります。靭性値が基準を下回ると、溶接部の再施工や第三者機関への報告が必要になる場合があり、時間とコストの両方で大きな損失を招きます。


溶接部の靭性が低下するメカニズムを整理すると、以下のようになります。パス間温度が高い→冷却速度が低下→溶接金属の結晶粒が粗大化→衝撃値(シャルピー吸収エネルギー)が低下→第三者検査で不合格。これが典型的な失敗のパターンです。


強度(引張強さ)への影響よりも靭性(衝撃値)への影響の方が早く、かつ大きく現れる傾向があります。つまり「引張試験では問題なかった」としても「衝撃試験で不合格」というケースがあります。靭性の確認が先決です。


超過時の影響 具体的な内容
溶接金属の結晶粒粗大化 冷却速度が落ち、金属組織が荒くなる
シャルピー衝撃値の低下 靭性が基準値を下回る(引張強さより先に影響が出る)
溶接部の再施工 グラインダーで除去後に再溶接→工数増大
第三者機関への報告義務 Jグレード評価対象工場では記録の改竄は厳禁
耐震性能への影響 特に耐震工事では溶接部靭性の確保が建築基準法上の義務


是正対応の基本的な流れは「超過の確認→溶接部の機械試験(衝撃試験を含む)→合否判定→必要に応じて補修溶接または除去再施工」です。補修溶接を行う場合は「補修溶接施工要領書」が別途必要になるため、最初から記録管理を徹底する方が確実です。


パス間温度管理表の記録を正確に運用することは、トラブル発生時の自己衛にもなります。「記録がある」という事実が、施工管理の信頼性を証明する最大の根拠になります。記録そのものが品質の証明です。


日本鉄鋼連盟「建築構造用高性能590N/mm²鋼材(SA440)設計・溶接施工指針」:パス間温度と入熱の組み合わせが溶接金属の衝撃値に与える影響の試験データと管理値根拠