ステンレス鋼の種類と特徴による分類と用途の徹底解説

ステンレス鋼の5つの主要分類とそれぞれの特徴、適した用途について詳しく解説します。金属加工現場で最適なステンレス鋼の種類を選ぶ際のポイントとは?

ステンレス鋼の種類と特徴による分類と用途

ステンレス鋼の種類と特徴による分類と用途

ステンレス鋼の基本分類
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組織による分類

マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト系、二相系、析出硬化系の5種類

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成分による分類

Fe-Cr系(クロム系)とFe-Cr-Ni系(ニッケル系)の2種類

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規格表記

JIS規格では「SUS+3桁の番号」で表記(例:SUS304, SUS430)

ステンレス鋼の5つの種類と基本的な特徴

 

ステンレス鋼は鉄を主成分とし、炭素を1.2%以下、クロムを10.5%以上含んでいる合金鋼です。「stainless」という名称が示す通り、通常の鋼材と比較して錆びにくい特性を持っています。これは表面に形成される不動態被膜(クロムの酸化膜)によるもので、この薄い膜が鋼材の腐食を防いでいます。

 

ステンレス鋼は組織構造と含有元素によって主に5つのタイプに分類され、それぞれ異なる特性と用途を持っています。

 

  1. マルテンサイト系ステンレス鋼
    • 成分:クロムと炭素をおもな成分とし、ニッケルを含まない
    • 特徴:熱処理によってマルテンサイトという硬い金属組織を形成するため硬度が高い
    • 代表鋼種:SUS403、SUS410、SUS420J2
    • 耐食性:5種類の中で最も低い
  2. フェライト系ステンレス鋼
    • 成分:クロムを主成分としており、ニッケルを含まない
    • 特徴:磁性を持つ、熱処理をしても硬化が少なく軟質を維持、プレス加工に適している
    • 代表鋼種:SUS430
    • 耐食性:オーステナイト系に次いで優れている
  3. オーステナイト系ステンレス鋼
    • 成分:クロムとニッケルを主成分とし、常温の状態でオーステナイトという金属組織を形成
    • 特徴:非磁性、靭性があり、溶接性に優れている
    • 代表鋼種:SUS304、SUS316
    • 耐食性:優れている
    • ステンレス鋼生産量の約6割を占める最も一般的な種類
  4. 二相系ステンレス鋼
    • 成分:オーステナイト系・フェライト系を掛け合わせた種類
    • 特徴:オーステナイトとフェライトの金属組織が混在している
    • 代表鋼種:SUS329J1
    • 耐食性と強度に優れている
  5. 析出硬化系ステンレス鋼
    • 成分:クロムとニッケルを主成分とし、アルミニウムや銅などの元素を添加
    • 特徴:析出硬化処理により硬度アップが可能
    • 代表鋼種:SUS630、SUS631
    • 耐食性があり、高温に強い

これらのステンレス鋼は「SUS+3桁の番号」という形式でJIS規格に基づいて表記され、SUSとは「steel use stainless」の頭文字です。一般的にSUS300番台はオーステナイト系、SUS400番台はフェライト系やマルテンサイト系、SUS600番台は析出硬化系を表します。

 

マルテンサイト系とフェライト系ステンレス鋼の比較と用途

 

マルテンサイト系とフェライト系は、どちらもクロムを主な合金元素とするFe-Cr系(ニッケルを含まない)ステンレス鋼ですが、炭素含有量や熱処理の違いにより性質が大きく異なります。

 

マルテンサイト系ステンレス鋼の特徴と用途
マルテンサイト系ステンレス鋼は、熱処理によってマルテンサイトという非常に硬い金属組織を形成します。この結晶構造の変化により、高い硬度と強度を獲得する点が最大の特徴です。

 

  • 主な特性。
  • 熱処理による硬化が可能(焼入れ・焼戻し)
  • 高い硬度と強度
  • 耐摩耗性に優れる
  • 磁性を持つ
  • 耐食性はステンレス鋼の中では低め
  • 代表的な用途。
  • 刃物類(ナイフ、はさみ、カッター)
  • 外科用メス
  • ベアリング部品
  • タービンブレード
  • バルブ部品
  • シャフト

例えば、SUS440Cは全ステンレス鋼、耐熱鋼中最高の硬さを持ち、ノズルやベアリングに使用されます。また、SUS420J2は刃物やノズル、弁座用、バルブ用として一般的です。

 

フェライト系ステンレス鋼の特徴と用途
フェライト系ステンレス鋼は、常温でフェライト組織を持ち、熱処理による硬化はあまり期待できませんが、プレス加工性に優れるという特徴があります。

 

  • 主な特性。
  • 熱膨張率が低い
  • プレス加工に適している
  • 磁性を持つ
  • 応力腐食割れに強い
  • クロム含有量によって耐食性が変化
  • 代表的な用途。
  • 家電製品の外装
  • 建築内装材
  • 自動車のマフラー、トリム部品
  • 厨房機器
  • 給湯器
  • 家具

特に広く使用されているSUS430は、建築内装材やガス・電気器具部品に使われることが多く、フェライト系の代表格です。

 

選定ポイント
マルテンサイト系とフェライト系のどちらを選ぶかは、主に以下の点を考慮します。

  1. 硬度・強度の要求:高硬度が必要ならマルテンサイト系
  2. 加工性:複雑な形状にプレス加工するならフェライト系
  3. 使用環境:厳しい腐食環境ではどちらも不向き(オーステナイト系を検討)
  4. コスト:ニッケルを含まないため、オーステナイト系より一般的に安価

製品設計において、必要以上に高級なステンレス鋼を選定するとコスト高になるため、要求特性を満たす範囲で適切な種類を選ぶことが重要です。

 

オーステナイト系ステンレス鋼の特性と主要な応用分野

 

オーステナイト系ステンレス鋼は、全ステンレス鋼生産量の60%以上を占める最も一般的な種類です。クロムとニッケルを主要合金元素とし、常温でオーステナイト組織を示すという特徴があります。

 

オーステナイト系ステンレス鋼の基本特性

  • 組成的特徴。
  • クロムとニッケルを主成分とする
  • 唯一ニッケルを含むステンレス鋼
  • その他:モリブデン、窒素、チタンなどを添加する場合も
  • 物理的・機械的特性。
  • 非磁性(加工誘起マルテンサイト変態により、冷間加工後に若干の磁性を示す場合もある)
  • 優れた延性と靭性
  • 冷間加工により強度向上(加工硬化性が高い)
  • 熱膨張率が比較的大きい
  • 熱伝導率が低い(保温性が良い)
  • 耐食性と加工性。
  • 優れた耐食性(特にSUS316など高合金タイプ)
  • 優れた溶接性
  • 良好な冷間加工性(深絞りや曲げ加工などに適している)

代表的なオーステナイト系ステンレス鋼と応用例

  1. SUS304(18Cr-8Ni)
    • 最も広く使用されているステンレス鋼
    • 用途:スプーンやフォークなどの家庭用品、自動車部品、建築用品など幅広い分野
  2. SUS316(18Cr-12Ni-2Mo)
    • モリブデンを添加して耐食性を高めたグレード
    • 用途:化学プラント、海洋環境装置、医療器具
  3. SUS310S(25Cr-20Ni)
    • 高クロム・高ニッケルで耐熱性に優れる
    • 用途:高温炉部品、熱処理設備、化学プラント

産業別応用分野
オーステナイト系ステンレス鋼は、その優れた耐食性と加工性から、以下のような幅広い産業で活用されています。

  • 家庭用品。
  • 食器、調理器具、流し台
  • 建築・建設分野。
  • 外装材、手すり、建具
  • 自動車産業。
  • マフラー、装飾部品
  • 産業機器。
  • 化学工業設備、食品製造設備、合成繊維製造装置
  • エネルギー関連。
  • 原子力発電設備、LNGプラント

オーステナイト系ステンレス鋼の中でも、用途に応じて適切な合金を選定することが重要です。例えば塩化物を含む環境ではSUS316が推奨され、高温環境ではSUS310Sが適しています。また、食品衛生では表面仕上げも重要な要素となります。

 

二相系と析出硬化系ステンレス鋼の特殊な用途

 

二相系(デュプレックス)と析出硬化系ステンレス鋼は、オーステナイト系やフェライト系と比較すると生産量は少ないものの、特殊な環境や高度な要求性能に対応するために開発された高機能ステンレス鋼です。

 

二相系ステンレス鋼の特徴と用途
二相系ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相が混在する独特の金属組織を持っています。これにより両者の長所を併せ持つ優れた特性を示します。

 

  • 主な特性。
  • 耐食性と強度に優れている
  • 優れた耐食性(特に塩化物環境での応力腐食割れに強い)
  • 良好な靭性
  • 疲労強度が高い
  • 耐エロージョン性、耐キャビテーション性に優れる
  • 代表的な用途。
  • 海水機器
  • 化学プラント用装置
  • 石油・ガス生産設備
  • 海水淡水化プラント
  • パルプ・製紙設備
  • 高塩分環境の配管システム

代表的な二相系ステンレス鋼であるSUS329J1は、二相系の代表格として、海水機器や化学プラント用装置などに使用されています。

 

析出硬化系ステンレス鋼の特徴と用途
析出硬化系ステンレス鋼は、クロムとニッケルを主成分とし、アルミニウムや銅などの元素を添加し、焼入れや焼戻しと似た熱処理である析出硬化処理によって、これらの元素の化合物を分離させ、硬度をアップしたステンレス鋼です。

 

  • 主な特性。
  • 時効処理による高強度化が可能
  • 耐食性がある、高温に強い
  • 良好な加工性と機械的性質のバランス
  • 熱処理による性能調整が可能
  • 高い疲労強度
  • 代表的な用途。
  • 宇宙開発
  • 航空機分野
  • ガスタービン部品
  • 原子力発電設備
  • 高強度ボルト
  • 医療機器

特に有名な析出硬化系ステンレス鋼であるSUS630(17-4PH)は、SUS600番台の代表格として、宇宙開発や航空機分野で使用されています。

 

選定のための比較
二相系と析出硬化系ステンレス鋼は、特殊環境や高性能要求に応えるために選択されますが、以下のような比較点を考慮する必要があります。

特性 二相系 析出硬化系
強度 高い 非常に高い
耐食性 優れている (特に塩化物環境) 良好
コスト 高価 非常に高価
加工性 やや難しい 溶体化状態では良好
溶接性 要注意(熱処理が必要な場合も) 溶接後の熱処理が必要

これらの高機能ステンレス鋼は一般的なステンレス鋼より高価ですが、トータルライフサイクルコストでは従来材料より経済的な場合も多いため、長期的視点での材料選定が重要です。

 

ステンレス鋼の種類選定における熱処理と表面処理の影響

 

ステンレス鋼の最終的な性能は、その化学組成だけでなく、熱処理と表面処理によっても大きく左右されます。適切な処理を施すことで、各種類のステンレス鋼の特性を最大限に引き出すことができます。

 

熱処理がステンレス鋼に与える影響
各種ステンレス鋼は熱処理に対して異なる反応を示し、これが用途選定に大きく影響します。

 

  • マルテンサイト系ステンレス鋼。
  • 熱処理によってマルテンサイト組織が作られ、高硬度を実現
  • 焼入れ・焼戻しにより硬度調整が可能
  • 注意点:熱処理温度が高すぎると結晶粒が粗大化し、靭性が低下する
  • フェライト系ステンレス鋼。
  • 熱処理による硬化はあまり期待できない
  • 応力除去焼なましによる内部応力の除去が主な目的
  • 特徴:炭化物析出による耐食性低下(鋭敏化)に注意が必要
  • オーステナイト系ステンレス鋼。
  • 熱処理によって硬化しない
  • 溶体化処理により内部応力の除去、炭化物の固溶が目的
  • 冷間加工後の焼なまし処理で再結晶
  • 析出硬化系ステンレス鋼。
  • 溶体化処理後の時効処理で硬化
  • 処理温度によって硬さと靭性のバランスを調整可能

あまり知られていない事実として、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも、チタンやニオブを添加した安定化タイプは、溶接後の熱処理を省略できるため、大型構造物の製作に適しています。

 

表面処理の種類と用途への影響
ステンレス鋼の表面処理は、耐食性の向上だけでなく、外観や機能性の改善にも重要な役割を果たします。

 

  • 機械的表面処理。
  • バフ研磨:鏡面仕上げ
  • ショットブラスト:艶消し、異物除去
  • ヘアライン加工:装飾目的、指紋防止
  • 効果:表面の平滑化、不動態被膜の均一化による耐食性向上
  • 化学的表面処理。
  • 酸洗い:溶接部の変色除去、不動態被膜の再生
  • 電解研磨:微細な凹凸の除去、清浄性向上
  • 不動態化処理:硝酸などによる不動態被膜の強化
  • 効果:表面の清浄化、耐食性向上、バクテリア付着防止
  • コーティング処理。
  • TiN、DLC、セラミックコーティング
  • 効果:硬度向上、摩擦係数低減、抗菌性付与
  • 用途:医療器具、食品機械、摺動部品

表面処理の選定は用途によって異なりますが、例えば食品業界では表面粗さRa 0.8μm以下の仕上げが推奨され、医療器具では電解研磨による極めて平滑な表面(Ra 0.3μm以下)が求められることがあります。

 

業界別・用途別の最適なステンレス鋼と処理方法

業界 推奨ステンレス鋼 最適な処理 理由
食品・飲料 SUS316L 電解研磨 高い衛生性、洗浄性
建築外装 SUS316/SUS444 ヘアライン加工 耐候性と意匠性
自動車排気系 SUS436L 酸洗い 耐熱性と耐食性のバランス
医療機器 SUS316LVM 電解研磨+不動態化 生体適合性、清浄性
海洋構造物 SUS329J3L ショットブラスト 耐塩水性と耐疲労性
化学プラント SUS310S 酸洗い+不動態化 耐熱性と耐食性

業界ごとに求められる特性が異なるため、ステンレス鋼の種類だけでなく、適切な熱処理と表面処理の組み合わせを選定することが重要です。熱処理と表面処理の適切な選択は、製品の寿命を大幅に延ばし、メンテナンスコストを削減する可能性があります。

 

ステンレス鋼の表面処理と性能向上に関する詳細情報(日本ステンレス協会)
人間に誤解されやすい点として、ステンレス鋼は「錆びない」と思われがちですが、実際には環境条件によっては錆びることがあります。すでに錆びている金属に長期間触れていたり、傷がついて不動態被膜が破れると、その部分は鉄と同じく錆びやすい状態となってしまいます。適切な種類選定と表面処理によって、このようなリスクを最小化することが可能です。