ステンレス鋼は鉄を主成分とし、炭素を1.2%以下、クロムを10.5%以上含んでいる合金鋼です。「stainless」という名称が示す通り、通常の鋼材と比較して錆びにくい特性を持っています。これは表面に形成される不動態被膜(クロムの酸化膜)によるもので、この薄い膜が鋼材の腐食を防いでいます。
ステンレス鋼は組織構造と含有元素によって主に5つのタイプに分類され、それぞれ異なる特性と用途を持っています。
これらのステンレス鋼は「SUS+3桁の番号」という形式でJIS規格に基づいて表記され、SUSとは「steel use stainless」の頭文字です。一般的にSUS300番台はオーステナイト系、SUS400番台はフェライト系やマルテンサイト系、SUS600番台は析出硬化系を表します。
マルテンサイト系とフェライト系は、どちらもクロムを主な合金元素とするFe-Cr系(ニッケルを含まない)ステンレス鋼ですが、炭素含有量や熱処理の違いにより性質が大きく異なります。
マルテンサイト系ステンレス鋼の特徴と用途
マルテンサイト系ステンレス鋼は、熱処理によってマルテンサイトという非常に硬い金属組織を形成します。この結晶構造の変化により、高い硬度と強度を獲得する点が最大の特徴です。
例えば、SUS440Cは全ステンレス鋼、耐熱鋼中最高の硬さを持ち、ノズルやベアリングに使用されます。また、SUS420J2は刃物やノズル、弁座用、バルブ用として一般的です。
フェライト系ステンレス鋼の特徴と用途
フェライト系ステンレス鋼は、常温でフェライト組織を持ち、熱処理による硬化はあまり期待できませんが、プレス加工性に優れるという特徴があります。
特に広く使用されているSUS430は、建築内装材やガス・電気器具部品に使われることが多く、フェライト系の代表格です。
選定ポイント
マルテンサイト系とフェライト系のどちらを選ぶかは、主に以下の点を考慮します。
製品設計において、必要以上に高級なステンレス鋼を選定するとコスト高になるため、要求特性を満たす範囲で適切な種類を選ぶことが重要です。
オーステナイト系ステンレス鋼は、全ステンレス鋼生産量の60%以上を占める最も一般的な種類です。クロムとニッケルを主要合金元素とし、常温でオーステナイト組織を示すという特徴があります。
オーステナイト系ステンレス鋼の基本特性
代表的なオーステナイト系ステンレス鋼と応用例
産業別応用分野
オーステナイト系ステンレス鋼は、その優れた耐食性と加工性から、以下のような幅広い産業で活用されています。
オーステナイト系ステンレス鋼の中でも、用途に応じて適切な合金を選定することが重要です。例えば塩化物を含む環境ではSUS316が推奨され、高温環境ではSUS310Sが適しています。また、食品衛生では表面仕上げも重要な要素となります。
二相系(デュプレックス)と析出硬化系ステンレス鋼は、オーステナイト系やフェライト系と比較すると生産量は少ないものの、特殊な環境や高度な要求性能に対応するために開発された高機能ステンレス鋼です。
二相系ステンレス鋼の特徴と用途
二相系ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相が混在する独特の金属組織を持っています。これにより両者の長所を併せ持つ優れた特性を示します。
代表的な二相系ステンレス鋼であるSUS329J1は、二相系の代表格として、海水機器や化学プラント用装置などに使用されています。
析出硬化系ステンレス鋼の特徴と用途
析出硬化系ステンレス鋼は、クロムとニッケルを主成分とし、アルミニウムや銅などの元素を添加し、焼入れや焼戻しと似た熱処理である析出硬化処理によって、これらの元素の化合物を分離させ、硬度をアップしたステンレス鋼です。
特に有名な析出硬化系ステンレス鋼であるSUS630(17-4PH)は、SUS600番台の代表格として、宇宙開発や航空機分野で使用されています。
選定のための比較
二相系と析出硬化系ステンレス鋼は、特殊環境や高性能要求に応えるために選択されますが、以下のような比較点を考慮する必要があります。
特性 | 二相系 | 析出硬化系 |
---|---|---|
強度 | 高い | 非常に高い |
耐食性 | 優れている (特に塩化物環境) | 良好 |
コスト | 高価 | 非常に高価 |
加工性 | やや難しい | 溶体化状態では良好 |
溶接性 | 要注意(熱処理が必要な場合も) | 溶接後の熱処理が必要 |
これらの高機能ステンレス鋼は一般的なステンレス鋼より高価ですが、トータルライフサイクルコストでは従来材料より経済的な場合も多いため、長期的視点での材料選定が重要です。
ステンレス鋼の最終的な性能は、その化学組成だけでなく、熱処理と表面処理によっても大きく左右されます。適切な処理を施すことで、各種類のステンレス鋼の特性を最大限に引き出すことができます。
熱処理がステンレス鋼に与える影響
各種ステンレス鋼は熱処理に対して異なる反応を示し、これが用途選定に大きく影響します。
あまり知られていない事実として、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも、チタンやニオブを添加した安定化タイプは、溶接後の熱処理を省略できるため、大型構造物の製作に適しています。
表面処理の種類と用途への影響
ステンレス鋼の表面処理は、耐食性の向上だけでなく、外観や機能性の改善にも重要な役割を果たします。
表面処理の選定は用途によって異なりますが、例えば食品業界では表面粗さRa 0.8μm以下の仕上げが推奨され、医療器具では電解研磨による極めて平滑な表面(Ra 0.3μm以下)が求められることがあります。
業界別・用途別の最適なステンレス鋼と処理方法
業界 | 推奨ステンレス鋼 | 最適な処理 | 理由 |
---|---|---|---|
食品・飲料 | SUS316L | 電解研磨 | 高い衛生性、洗浄性 |
建築外装 | SUS316/SUS444 | ヘアライン加工 | 耐候性と意匠性 |
自動車排気系 | SUS436L | 酸洗い | 耐熱性と耐食性のバランス |
医療機器 | SUS316LVM | 電解研磨+不動態化 | 生体適合性、清浄性 |
海洋構造物 | SUS329J3L | ショットブラスト | 耐塩水性と耐疲労性 |
化学プラント | SUS310S | 酸洗い+不動態化 | 耐熱性と耐食性 |
業界ごとに求められる特性が異なるため、ステンレス鋼の種類だけでなく、適切な熱処理と表面処理の組み合わせを選定することが重要です。熱処理と表面処理の適切な選択は、製品の寿命を大幅に延ばし、メンテナンスコストを削減する可能性があります。
ステンレス鋼の表面処理と性能向上に関する詳細情報(日本ステンレス協会)
人間に誤解されやすい点として、ステンレス鋼は「錆びない」と思われがちですが、実際には環境条件によっては錆びることがあります。すでに錆びている金属に長期間触れていたり、傷がついて不動態被膜が破れると、その部分は鉄と同じく錆びやすい状態となってしまいます。適切な種類選定と表面処理によって、このようなリスクを最小化することが可能です。