多層溶接とは何か・仕組みと品質管理の基本

多層溶接とは何か、仕組みや開先形状、パス間温度管理、欠陥対策まで金属加工従事者向けに詳しく解説。パス間温度を1℃でも誤ると溶接部の靭性が大きく変わる可能性を知っていますか?

多層溶接とは何か・基礎から品質管理まで徹底解説

パス間温度を「早く次を溶接したいから」と無視すると、溶接部の靭性が著しく低下して構造物の破壊リスクが跳ね上がります。


この記事でわかること
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多層溶接の基本と定義

ビードを2層以上重ねる溶接(JIS Z 3001)。厚板継手に必須の施工法で、単層ではのど厚が確保できない場合に用いる。

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パス間温度と品質の関係

パス間温度が規定値を超えると金属組織が粗大化し、強度・靭性が低下する。管理を怠ると溶接欠陥や構造破壊につながる。

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代表的な欠陥と対策

スラグ巻き込み・低温割れ・融合不良が多層溶接の三大欠陥。層間清掃の徹底と適切な予熱が最大の防止策となる。


多層溶接とはビードを重ねる溶接の基本概念


多層溶接(multi-layer welding)とは、JIS Z 3001(溶接用語)において「ビードを2層以上重ねる溶接」と定義される施工法です。1回の溶接パスで所定ののど厚を完成させることができない厚板の継手に対して、溶接層を順次何回も積み重ねることで必要な断面を仕上げていきます。


「層(layer)」と「パス(pass)」は似た言葉ですが意味が違います。パスとは溶接の進行方向に沿って1回行う溶接のこと。層とは高さ方向における同じ階層を形成するパスのまとまりで、建物でいう「階」のようなイメージです。1層を1パスで仕上げる場合もあれば、幅の広い開先を埋めるために1層に複数パスをかける「多層多パス」施工もあります。つまり「多層」と「多パス」は同義ではありません。


板厚が増すほど1パスで完結できなくなります。鉄骨造の柱・梁接合部など、25mm以上の厚板ではほぼ確実に多層溶接が採用されます。実際、建築鉄骨のCO₂溶接では10パスを超える積層が当然の施工です。多層溶接が基本です。


日本溶接情報センター:厚板の多層溶接継手における残留応力の解説(権威ある技術QA)


多層溶接の開先形状と積層パターンの種類

多層溶接を行うには、あらかじめ母材の端部に「開先(かいさき)」を加工する必要があります。開先とは溶融金属が奥まで届くように設けるV字・U字などの溝形状で、その種類によって溶着量・変形量・施工性が大きく異なります。


主な開先の種類と多層溶接との相性を整理すると以下の通りです。


開先形状 板厚の目安 特徴
V形開先 6〜25mm程度 加工が容易。角変形が大きく溶着量も多い。最も一般的。
X形開先(両V) 20mm以上 両面溶接が必要だが角変形が小さく溶着量を抑えられる。
U形開先 25mm以上の厚板 溶着量がV形より少なく変形も小さい。加工コストは高め。
レ形・K形開先 T継手・角継手 片側・両側からアクセスする継手に使用。


積層パターンにも注目が必要です。幅広い開先では各層のビードをどう並べるかで品質が変わります。1層1パスで積み上げていくシングルビード積層と、1層を横に複数のビードで埋めるマルチビード積層があります。マルチビード積層は1パスあたりの入熱量を抑えられるため、靭性確保の面で有利です。これは使えそうです。


開先角度が小さすぎると溶融金属が開先底部まで届かず融合不良が発生します。一方で角度が大きすぎると溶着量が増えてひずみが拡大します。開先角度の設定が条件です。


多層溶接におけるパス間温度管理の重要性

多層溶接で最も見落とされがちな管理項目が「パス間温度(interpass temperature)」です。パス間温度とは、次のパスを溶接する直前における溶接パスおよびその近傍の母材温度を指します。通常は上限温度で表します(JIS Z 3703参照)。


パス間温度が高すぎると何が起きるのでしょうか?溶融金属の冷却速度が遅くなり、金属組織の結晶粒が粗大化します。結晶粒が粗大化すると強度と靭性の両方が低下します。具体的には、鉄骨工事で広く使われるCO₂溶接のYGW11(490N級ソリッドワイヤ)では入熱量30kJ/cm・パス間温度250℃以下が目安とされており、これを超えると溶接金属の靭性値(vE₀)が急落するデータがあります。靭性が低下した溶接部は低温脆性破壊のリスクが高まります。


逆にパス間温度が低すぎる場合も問題です。硬化しやすい高張力鋼では冷却が速すぎると水素起因の「低温割れ(遅れ割れ)」が発生しやすくなります。適切なパス間温度を維持することが割れ止の基本です。


材質別のパス間温度目安は次の通りです。


材質 パス間温度の目安
一般構造鋼(SS400 200℃以下
490N級炭素鋼(SM490など) 250℃以下
高張力鋼(HT70、HT80) 200℃以下(板厚50mm以下)
ステンレス鋼オーステナイト系) 150℃以下


温度測定には接触式(熱電対)または非接触式(赤外線温度計)を使用します。溶接線の中央で開先から10mm程度の位置での計測が標準的です。温度計での確認が必須です。


パス間温度の管理理由・計測方法・運用方法について詳細解説(建築施工の現場向け)


多層溶接で発生しやすい溶接欠陥と防止策

多層溶接は積層回数が増えるだけ、欠陥が発生する機会も増えます。代表的な欠陥と原因を把握しておくことが、品質を守るうえでの第一歩です。


🔸 スラグ巻き込み


被覆アーク溶接やフラックス入りワイヤ溶接では、溶接後にスラグ(フラックスが溶けた非金属物質)が溶着金属を覆います。次のパスを溶接する前にスラグを完全に除去しなければ、スラグが溶接金属内に閉じ込められる「スラグ巻き込み」が発生します。スラグ巻き込みは超音波探傷(UT)や放射線透過試験(RT)で検出されますが、発見後の補修は時間とコストが大きくかかります。


対策は層間清掃の徹底です。グラインダーやワイヤブラシで前層のスラグを完全に除去してから次パスに入ることが鉄則です。また溶接電流を適正値に設定してスラグの先行を防ぐことも重要です。層間清掃が基本です。


🔸 低温割れ(遅れ割れ・水素割れ)


溶接部に拡散水素が残留し、溶接完了後数時間〜数十時間後に割れが発生する現象です。特に高張力鋼や拘束が強い継手で起きやすく、外観からは発見しにくいため深刻な欠陥です。原因は溶接材料の吸湿、母材の油分・・水分、不適切な予熱の3つが主です。低温割れは溶接完了後に発生するため見落としが多い。


防止策としては、溶接棒・フラックスの乾燥管理(低水素系溶接棒は300〜400℃で1〜2時間再乾燥)、母材の清浄化、適切な予熱・後熱(50〜150℃程度、材質による)が有効です。


🔸 融合不良(溶け込み不良)


前層の溶接金属や開先面が十分に溶けずに次のビードが積層されると、接合界面に未溶融部が残ります。融合不良は溶接部の断面積が実質的に減少するため、強度不足に直結する重大欠陥です。原因は電流不足、溶接速度過大、開先角度不足、前層の酸化膜・スラグの残存などです。


融合不良の対策は電流値を適正範囲の上限に近い値で施工し、開先底部と側面を確実に溶融させることです。ウィービングのパターンや速度も大きく影響します。


日本溶接情報センター:スラグ巻き込みが生じやすい溶接と防止策(QAページ)


多層溶接の品質を左右する「テンパービード効果」の活用

多層溶接には欠陥リスクがある一方で、うまく使えば溶接部の品質を向上させる「テンパービード効果」という現象が働きます。これが多層溶接の意外な側面です。


単層溶接では、溶接時の急熱・急冷によって熱影響部(HAZ)の結晶粒が粗大化し、靭性が低下した状態のままになります。ところが多層溶接では後続の層を溶接する際の熱が先行層のHAZに再加熱を与え、粗大化した組織を細粒化(焼き戻し・テンパー効果)することができます。つまり多層溶接の場合は、単純に溶接を重ねるだけで先行層のHAZが自己修復的に改善されるのです。


溶接情報センターの資料によれば「多層溶接の場合は、繰り返し加熱や予熱効果により、一般に最高硬さはビード溶接(単層)に比べて低くなる傾向がある」とされています。これは有益な特性です。


この効果を意図的に利用したのが「テンパービード法(Temper Bead Welding)」です。補修溶接などで溶接後熱処理(PWHT)が困難な場合に、ビードの積層位置を精密にコントロールしてHAZを改質する施工法で、原子力プラントの圧力容器補修などにも適用されます。ただし積層位置の精度管理が非常にシビアであり、一般の金属加工現場で安易に応用できるものではありません。テンパービード法は高度な技術が条件です。


通常の多層溶接においてもこの原理を意識してビード配置を考えることで、溶接部全体の品質バランスが向上します。最終層(最外層)は後続パスによる再加熱が入らないため、テンパー効果が期待できません。そのため最終層の積層パターンや入熱量の管理が特に重要になります。


多層溶接に必要なWPS(溶接施工要領書)と品質記録の実務

多層溶接を適正に管理するために欠かせない仕組みが「WPS(Welding Procedure Specification:溶接施工要領書)」です。WPSとは溶接作業者に対して溶接条件を指示するマニュアルであり、その内容には溶接方法・姿勢・開先形状・電流/電圧/速度範囲・予後熱・入熱量・パス間温度・溶接後熱処理の有無などが記されます。


WPSは任意の条件で作成できるわけではなく、実際の試験溶接とその試験結果記録(PQR:Procedure Qualification Record)によって裏付けられる必要があります。建築鉄骨ではJASS 6(日本建築学会)や日本鉄骨評価センターのSグレード基準に基づくWPS・PQRの提出が義務付けられています。これが品質保証の核心です。


現場でよくある問題は「WPSは書類として存在するが、現場作業者が内容を把握していない」ケースです。WPSに定められたパス間温度の上限値や入熱量の制限を知らずに作業してしまうと、書類上は適合していても実際の溶接品質が確保されません。


記録管理も重要です。パス間温度の測定値、溶接電流・電圧・速度の実測値を記録し、トレーサビリティを確保することが、特に圧力容器・橋梁・建築鉄骨など構造安全に直結する用途では求められます。日本溶接協会のWPSデータベースや市販の溶接管理ソフトを活用して記録を系統的に管理することで、後のトラブル時の原因追跡が格段に速くなります。


日本溶接情報センター:各規格に応じたWPS記載事項例(実務参考に最適)


多層溶接は、ただビードを重ねれば良いというものではありません。パス間温度・層間清掃・開先管理・積層順序のすべてが連動して、はじめて高品質な溶接継手が完成します。WPSの内容を現場全員が理解して初めて意味を持ちます。日々の施工の中でパス間温度計を手放さない習慣こそが、溶接品質の最後の砦になります。




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