溶接後熱処理(PWHT)を「仕上げに念のためやる処理」と思っているなら、あなたの溶接物は今すぐ割れが進行しているかもしれません。
溶接が完了した直後、溶接部は非常に高い引張残留応力を抱えた状態にあります。これは、溶接時の局部的な高温加熱と、その後の急速な冷却によって生じる不均一な収縮が原因です。引張残留応力の大きさは、材料の降伏点に近いレベルに達することが報告されており、鋼構造物においては無視できないリスク要因となります。
残留応力はそれ単体では静的な引張強度にはほとんど影響を与えません。しかし、脆性破壊・疲労破壊・座屈・応力腐食割れ(SCC)といった破壊モードに対しては、大きく感受性を高める要因として機能します。つまり「見た目は問題なし」でも、内部では破断に向けた準備が進んでいる状態です。
PWHTは、溶接構造物全体を550〜700℃程度の温度域に昇温することで、溶接部にクリープ変形を生じさせます。このクリープ変形によって、残留応力の原因となっている固有ひずみが低減され、熱処理後に残存する残留応力が大幅に下がります。具体的には、PWHTによって残留応力を降伏強度の40%から20〜40%程度にまで低減できるとされています。
結論は「温めて冷やすだけ」ではありません。クリープ変形を意図的に利用して内部ひずみを解放するという、精密な冶金的プロセスです。この原理を理解しておけば、なぜ保持温度と保持時間が厳格に管理されるべきかが自然と腑に落ちます。
なお、残留応力の低減効果は、PWHTの温度が高いほど・保持時間が長いほど大きくなる傾向がありますが、後述するように「やればやるほどよい」わけではない点には注意が必要です。
参考:残留応力とクリープ変形によるPWHTの機構について(日本溶接協会)
溶接後熱処理(PWHT)による溶接残留応力の低減機構と注意点|溶接情報センター(日本溶接協会)
溶接を行うと、母材には「熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)」と呼ばれる領域が生まれます。HAZは溶接の熱で組織変化を起こした部位で、特に溶接金属に隣接する部分は硬さが高く、靭性(衝撃に対する抵抗力)が著しく低下します。ビッカース硬さで言えば、場合によっては350〜400 HV以上に達することもあり、このような硬化組織は遅れ割れ(低温割れ)の発生に直結します。
遅れ割れは、溶接完了後に鋼中に残った拡散性水素が、数時間〜数十時間かけて応力集中部に集積し、割れを引き起こす現象です。厄介なことに、溶接完了直後には外見上まったく問題がなく、時間の経過とともに突如として割れが出現します。これが「遅れ」と呼ばれるゆえんです。
PWHTを施すことで、硬化したHAZの組織が焼き戻され、硬さが低減されます。一般的な炭素鋼・低合金鋼では、適切なPWHTを行うことで硬さを250 HV以下に抑えることが求められるケースが多く、遅れ割れのリスクを大幅に下げることができます。HAZ硬さが下がるということです。
なお、遅れ割れのリスクは「鋼材の炭素当量(Ceq)」と「拡散性水素量」、そして「拘束条件(溶接部が動けない程度)」の3要素で決まります。炭素当量が高い高張力鋼や厚肉部材ほどPWHTの必要性が高まります。使用する鋼種の溶接施工基準を事前に確認しておくことが基本です。
| 硬さの目安(HV) | 状態の評価 |
|---|---|
| 250以下 | 遅れ割れリスクが低い。溶接施工の合格基準とされることが多い |
| 250〜350 | 注意が必要な領域。条件によってはPWHT推奨 |
| 350以上 | 遅れ割れの高リスク領域。原則としてPWHTまたは予熱が必要 |
水素は、溶接における見えない敵です。溶接棒の被覆剤、フラックス、周囲の湿気、さらには母材表面の錆や油分などから、溶接中に水素が溶融金属中に取り込まれます。この溶接水素は溶接部に残留し、水素脆化(鋼の延性・靭性が大幅に低下する現象)や水素誘起割れ(HIC)の直接的な原因となります。
一般的に知られている「後熱(直後熱)」は250〜350℃に加熱して拡散性水素を追い出す処理ですが、これはあくまで溶接直後に行う「応急措置」に近い位置づけです。これに対し、550℃以上で行うPWHTは、組織内に残留した水素をより完全に外部へ逸散させる効果を持ちます。後熱とPWHTは目的が異なります。
高強度鋼・厚板・低水素系溶接材料以外を使用する場合は、特にHICのリスクが高まります。PWHTにより水素を除去することで、溶接部の信頼性が飛躍的に向上します。これは使えそうです。
水素脆化リスクを下げるための具体的な手順として、以下の流れが有効です。
水素による割れは溶接後12〜48時間以内に発生することが多いため、溶接完了後から適切な熱処理完了までの時間管理も重要な要素です。時間に期限があります。
溶接の熱影響を受けた部位では、HAZの組織が粗大化したり、金属炭化物の析出が変化したりすることで靭性(特に低温靭性)が低下します。これは橋梁・海洋構造物・プラント配管など、低温環境や衝撃荷重を受ける用途において特に深刻な問題となります。
PWHTによって焼き戻しが促進されると、粗大化した組織が再結晶・微細化される効果が得られます。これにより、溶接部の延性と靭性が改善され、製品全体の破壊靱性(KIC値)が向上します。いいことですね。
耐食性の観点でも、PWHTは重要な役割を果たします。ステンレス鋼・低合金鋼の溶接部に残る引張残留応力は、腐食性雰囲気(酸・アルカリ・塩水など)と組み合わさることで、応力腐食割れ(SCC)を引き起こします。石油・化学プラントの配管では、アミン環境中での応力腐食割れが産業事故の重大原因のひとつとなっており、PWHT省略は法的な観点からも許されないケースがあります。
耐食性改善については、腐食環境の種類によって対応策が異なります。代表的な適用例を以下にまとめます。
参考:PWHT規格と耐食性・靭性についての詳細(PWHT Solutions)
溶接後熱処理は溶接規則および仕様における要件|PWHT Solutions
PWHTにはJIS Z 3700(溶接後熱処理方法)という専用の規格が存在します。炭素鋼・低合金鋼を対象に、母材の区分(P番号)ごとに最低保持温度と最小保持時間が厳密に規定されています。これが原則です。
JIS Z 3700の主な規定内容を以下に整理します。
| 母材区分 | 最低保持温度 | 最小保持時間(板厚25mm以下) |
|---|---|---|
| P-1(一般炭素鋼・SS400、SM400等) | 595℃ | 板厚t(mm)÷25(時間) |
| P-3(低合金鋼) | 595℃ | 同上 |
| P-4(Cr-Mo鋼) | 650℃ | 板厚t(mm)÷25(時間) |
| P-5(高Cr鋼) | 675℃ | 同上 |
加熱速度と冷却速度については、425℃以上の温度域において以下の式で管理します。加熱速度 Rl ≦ 220 × 25/t(℃/h、最大220℃/h)、冷却速度 R2 ≦ 280 × 25/t(℃/h、最大280℃/h)と規定されており、板厚が厚いほど昇温・降温をゆっくり行う必要があります。急いで加熱・冷却してはいけません。
一方で、PWHTは適切な条件の範囲内で行うことが大前提です。温度が高すぎたり、保持時間が長すぎると以下のような問題が生じます。
「溶接後熱処理は念入りにやればやるほど安全」という思い込みは、現場では危険な誤解につながります。JIS規格で定めた条件範囲を守ることが、品質と安全性を両立させる唯一の方法です。正しい範囲内でのPWHTが条件です。
実際の施工記録として、JIS Z 3700の第10条では保持温度・保持時間・加熱速度・冷却速度を温度−時間グラフで自動記録・保管することが義務付けられています。この記録は品質保証の証拠となるとともに、万一の不具合発生時の原因追跡においても非常に重要な書類となります。
参考:JIS Z 3700 溶接後熱処理方法の全文(日本産業規格)
JIS Z 3700:2009 溶接後熱処理方法|kikakurui.com
参考:日本機械学会による溶接後熱処理の定義と整理
溶接後熱処理|JSME Mechanical Engineering Dictionary(日本機械学会)

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