高張力鋼の特徴と製造方法と溶接性と加工性と適用事例

高張力鋼の特徴、製造方法、溶接性、加工性、適用事例について詳しく解説します。あなたの製品設計に高張力鋼を取り入れることで、どのようなメリットが得られるでしょうか?

高張力鋼の特徴と製造方法

高張力鋼の基本特性
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高い強度

一般鋼材より高い引張強度(490MPa以上)を持ち、同じ強度で薄肉化が可能

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製造方法の多様性

TMCP鋼と調質鋼という異なる製造方法があり、用途に応じて選択可能

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幅広い適用分野

自動車部品、建設機械、タンク、橋梁など多様な分野で活用されている

高張力鋼の定義と引張強度の特性

高張力鋼(ハイテン材)とは、一般構造用鋼材よりも強度を向上させた鋼材です。日本では、一般的に引張強度が490MPa以上の鋼材を高張力鋼と定義しています。最も一般的な構造用圧延鋼材であるSS400材の引張強度が400MPa程度であることと比較すると、その強度の高さがわかります。

 

高張力鋼は強度レベルによって分類され、590MPaや780MPaクラスが主流となっていますが、近年では1,000MPa(1GPa)を超える超高張力鋼も実用化されています。これらの鋼材は、合金元素の添加や組織制御によって高い強度を実現しています。

 

高張力鋼の最大の特徴は、同じ強度を確保するのに必要な板厚を減らすことができる点です。これにより、構造物の軽量化が可能となり、移動体では燃費向上や積載量増加といったメリットが得られます。例えば、自動車のボディに高張力鋼を採用することで、安全性を維持しながら車体重量を10〜20%軽減できるという試算もあります。

 

一方で、高張力鋼は一般的に強度が上がるほど延性(伸び)が低下する傾向があります。この特性は加工時の課題となることがありますが、鋼材メーカーは合金設計や製造プロセスの最適化によって、強度と延性のバランスを改善した高張力鋼の開発に取り組んでいます。

 

また、高張力鋼は一般的に優れた耐食性も備えており、屋外での使用や液体を扱う環境においても長期間の使用に耐えることができます。

 

高張力鋼の製造方法とTMCP鋼と調質鋼

高張力鋼の製造方法は大きく分けて二つあります。一つはTMCP(Thermo-Mechanical Control Process:熱加工制御)法、もう一つは調質(焼入れ焼戻し)法です。

 

TMCP法は、成分調整に加えて、加熱温度や圧延温度を厳密に制御し、さらに圧延後にオンラインで水冷を行うプロセスです。この方法では、合金元素の添加量を抑えつつ高い強度を得ることができ、溶接性に優れた高張力鋼を製造することが可能です。50キロ級(490MPa級)の高張力鋼は、約40年前からこの方法が採用されており、JISの溶接構造用鋼SM490クラスでもTMCP法による製造がメインになってきています。

 

一方、調質法は鋼板に焼入れ焼戻し(Quench and Temper:QT)という熱処理を施す方法です。鉄は急冷すると硬くなる性質を利用しており、60キロ級(590MPa級)以上の高張力鋼では、従来はこの方法が主流でした。現在でも80キロ級(780MPa級)以上の高強度鋼では、調質法が広く採用されています。

 

調質鋼の製造では、熱処理炉で900℃前後に加熱した後、強力な水スプレーで冷却する方式が採用されています。これにより効率的かつ均一な冷却が可能となり、厚板でも安定した品質を確保できます。ただし、板厚方向の冷却速度差があるため、合金元素の調整によって内部まで均一な硬さを得る工夫がなされています。例えば、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)などの元素は焼入れ性を向上させ、わずか0.001%のボロン(B)添加でも大きな効果が得られます。

 

最近では、60キロ級以上でも圧延温度のコントロールや圧延直後の水冷によって、焼入れ効果を得る方法も採用されています。これらは非調質鋼と呼ばれ、日本製鉄ではWEL-TEN590REなどの製品名で提供されています。

 

高張力鋼の溶接性と加工性の課題

高張力鋼の利用において重要な課題の一つが溶接性です。高張力鋼は一般的に良好な溶接性を持っていますが、強度が非常に高いクラスになると特別な配慮が必要になります。

 

高張力鋼を溶接する際の最も留意すべき点は、水素による遅れ割れ(低温割れ)の防止です。鋼材の熱影響部に発生する遅れ割れは、鋼材のPcm(割れ感受性組成)、溶接金属の水素量と強度、継手の拘束度に依存します。そのため、割れ防止の観点からは低水素系溶接材料の選択が必須となります。

 

強度レベルの異なる鋼材、例えば軟鋼と高張力鋼を溶接する場合は、高強度側鋼材(高張力鋼)のPcmと継手全体の拘束度に適した予熱温度の選定が必要です。日本溶接協会のWES3001では、ルート割れ防止予熱温度の選定方法が提唱されています。

 

日本溶接協会の軟鋼と高張力鋼の溶接に関する詳細な解説
TMCP鋼は合金元素を削減しているため、従来の調質高張力鋼と比較して溶接性が大幅に改善されています。それでも、80キロ級以上の高強度鋼では予熱が必要な場合があり、溶接施工条件の適切な選定が重要です。

 

加工性に関しては、高張力鋼は降伏強さが高いため、曲げ加工などでは余計な力が必要になります。また、弾性域が広くなることから「スプリングバック」と呼ばれる現象(曲げ加工後に元の形状に戻ろうとする現象)が大きくなる傾向があります。

 

この問題に対処するためには、加工前の素材状態での曲げ試験を行い、実際のスプリングバック量を測定して金型設計に反映させることが重要です。場合によっては、熱処理前の柔らかい状態で加工を行い、その後熱処理して強度を出す方法も検討できます。

 

また、高張力鋼は焼戻し温度以上に加熱すると軟化が起こる恐れがあるため、熱間加工には適さず、温間加工を行う場合も温度管理に注意が必要です。

 

高張力鋼の適用事例と自動車部品の革新

高張力鋼は、その優れた特性から多様な分野で活用されています。特に自動車産業では、衝突安全性の向上と軽量化による燃費改善の両立を実現するため、高張力鋼の採用が急速に進んでいます。

 

自動車のボディ構造では、従来は軟鋼(270〜370MPa級)が主に使用されていましたが、現在では590MPa級から980MPa級の高張力鋼が車体の30〜40%を占めるようになっています。最新のモデルでは、1,180MPa級や1,470MPa級の超高張力鋼も採用され、車体骨格部材に戦略的に配置されています。

 

これにより、衝突時のエネルギー吸収と乗員保護空間の確保を両立させつつ、車体重量の大幅な削減が実現しています。鉄鋼メーカーのシミュレーションによれば、高張力鋼の活用によって、アルミニウム合金を用いた場合よりも軽量化が可能であり、さらにコストも低く抑えられるという結果が示されています。

 

高張力鋼の衝突安全性への貢献に関する解析情報
自動車以外にも、クレーン車や建設機械などの産業機械分野でも高張力鋼の採用が進んでいます。これらの機械では、高い耐久性と耐食性を持つ高張力鋼の特性が、長寿命化とメンテナンスコスト削減に貢献しています。

 

石油タンクや液体を運ぶ水圧管など、流体を扱う構造物にも高張力鋼が広く使用されています。球状や円柱形の形状に対して、高張力鋼の高い引張強度が有効に作用し、安全性の向上と材料使用量の削減を実現しています。

 

橋梁や海洋構造物などの大型構造物でも、高張力鋼の利用が進んでいます。これらの分野では、溶接性に優れたTMCP高張力鋼が特に重要な役割を果たしています。

 

高張力鋼の将来性とサステナビリティへの貢献

高張力鋼は今後も進化を続け、より広範な産業分野で活用されることが予想されます。特に、環境負荷低減が求められる現代において、高張力鋼の持つ「少ない材料で高い強度を実現する」という特性は、サステナビリティの観点から非常に価値があります。

 

自動車産業では、電動化が進む中で、バッテリーの重量増加を相殺するために車体の一層の軽量化が求められています。そのため、1,500MPaを超えるさらなる高強度鋼の開発が進んでいます。同時に、成形性の改善も重要な課題となっており、高強度と高加工性を両立させた新世代の高張力鋼の開発が鉄鋼メーカー各社で活発に行われています。

 

また、近年注目されているのは、高張力鋼の「設計自由度の拡大」という価値です。強度が高いことで、従来の設計制約を超えた形状や構造が可能になり、製品の機能性や美観を高めることができます。例えば、自動車のピラー(柱)部分を細くしても十分な強度を確保できるため、視界の拡大や空力性能の向上が実現しています。

 

サステナビリティの観点では、高張力鋼の使用による材料削減は、資源の有効活用と輸送エネルギーの削減につながります。また、製品のライフサイクル全体で見た場合、高張力鋼の使用による軽量化は移動体の燃費改善につながり、ライフサイクルCO2の大幅な削減に貢献します。

 

さらに、高張力鋼は100%リサイクル可能な材料であるため、循環型社会の構築にも寄与しています。アルミニウムなどの非鉄金属と比較して製造時のCO2排出量が少なく、リサイクル時のエネルギー消費も少ないという利点があります。

 

製造技術の面では、DX(デジタルトランスフォーメーション)の活用により、高張力鋼の特性予測や製造プロセスの最適化が進んでいます。AIやシミュレーション技術を活用することで、より少ない合金元素で高い性能を発揮する環境負荷の低い高張力鋼の開発が期待されています。

 

高張力鋼は、その優れた特性と継続的な技術革新により、持続可能な社会の実現に大きく貢献する材料として、今後もその重要性を増していくでしょう。

 

自動車産業における高張力鋼板の課題と解決法に関する情報