トレーサビリティという言葉は、英語の"Trace(追跡)"と"Ability(能力)"を組み合わせた用語で、製品の製造ルートを明らかにする能力を指します。原材料の調達から製造、流通、販売までの各段階を追跡可能にすることで、製品の安全性と品質を向上させる重要な仕組みとなっています。
近年、製造業においてトレーサビリティの重要性が高まっており、適切にトレーサビリティを取ることが取引の条件になる場合もあります。金属加工業界においても、品質管理や安全性の確保、迅速な問題解決のためにトレーサビリティシステムの導入が進んでいます。
トレーサビリティには、主に2つの種類があります。
トレーサビリティの基本的な機能は以下の2つに分けられます。
「トレーサビリティを取る」とは、製品やサービスの生産過程や流通過程における各段階の情報を集めて記録し、追跡可能にすることを意味します。金属加工業では、原材料のミルシートによる証明から、加工、組立、出荷に至るまで、各工程の情報を記録・管理することがトレーサビリティの基本となります。
金属加工業にトレーサビリティシステムを導入することで、以下のような多くのメリットが得られます。
識別情報・記号を印字しておけば、トラブル発生時の原因究明が容易になります。問題が発生してもすぐに原因を特定でき、同じ条件で製造された製品のみを回収することで、損失を最小限に抑えられます。
トレーサビリティデータを分析することで、品質に影響を与える要因を特定し、製造工程の継続的な改善につなげることができます。また、品質保証の裏付けとして顧客に提供することで、製品の信頼性を高めることができます。
製品の製造履歴を提供することで、顧客に安心感を与えることができます。特に、品質要求の厳しい産業向けの製品では、トレーサビリティ情報の提供が取引の決め手となることもあります。
製造プロセスの透明化により、無駄な工程や問題点を発見しやすくなります。また、工具や治具の使用履歴を管理することで、最適なメンテナンスタイミングの把握や品質の安定化にも貢献します。
トレーサビリティによってリスク管理の方法を明らかにすることは、取引先にとっても有益です。安心・安全な製品を提供する企業というイメージの定着が図れます。
金属加工業でトレーサビリティを実践するための具体的な方法を紹介します。
製品や部品にレーザーマーカーなどで識別番号やDataMatrixコードを直接マーキングします。例えば、大和特殊鋼株式会社では「パーフェクトロットトラッキング」と呼ばれるシステムを導入し、メッキパイプ一本一本にDataMatrixコードを刻印することで、生産情報を紐付けています。
以下のような情報を記録するシステムを構築します。
収集したデータを一元管理するデータベースやクラウドシステムを導入します。例えば「Smart Craft」のようなクラウドシステムを活用すれば、低コスト・短期間でトレーサビリティの取り組みを始めることができます。
原材料供給業者や販売先と情報を共有する仕組みを構築します。標準化されたデータ形式を採用することで、情報の連携がスムーズになります。
識別コードの読み取りには、QRコードやバーコードリーダーを活用します。これにより、人的ミスを減らし、データ入力の効率化が図れます。
トレーサビリティは品質管理と密接に関連しています。
製品の検査工程で不具合が確認された場合、トレーサビリティ情報を活用することで、同じ条件で製造された他の製品を特定し、流出を防止できます。自工程では抽出できず、後工程になってはじめて影響が判明するような不具合の場合には、トレーサビリティが特に重要となります。
不具合が発生した際、トレーサビリティ情報を活用することで、原因の究明が迅速になります。不具合品に使われていた部品はいつ製造されたものか、その部品を加工した時の工具は何だったのかなどを確認することで、問題の根本原因を特定できます。
工具や治具など繰り返し使用される道具の管理にも、トレーサビリティが活用されています。一本一本にレーザーマーカーで識別番号を印字し、使用回数や使用者を管理することで、研磨や廃棄のタイミングを適切に判断でき、製品品質の安定化につながります。
万が一リコールが必要になった場合、トレーサビリティ情報によって影響範囲を正確に特定できるため、全製品ではなく問題のある特定ロットのみを回収することが可能になります。これにより、リコールコストの削減と環境負荷の軽減が期待できます。
トレーサビリティ技術は急速に進化しており、金属加工業の未来に大きな変革をもたらす可能性があります。
より小さなスペースに多くの情報を記録できるDataMatrixコードなどの2次元コードと、高精度レーザーマーキング技術の組み合わせにより、製品一つ一つへの直接マーキングが可能になっています。これにより、コード自体が製品品質や性能に影響を与えることなく、詳細な情報を紐付けられるようになりました。
IoTセンサーと連携することで、製造条件や環境データをリアルタイムで収集し、トレーサビリティ情報として記録することが可能になりつつあります。これにより、製品の品質に影響を与える微細な条件変化も追跡できるようになります。
データの改ざんや不正な閲覧を防止するため、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティシステムの開発が進んでいます。これにより、サプライチェーン全体での信頼性の高いデータ共有が実現します。
蓄積されたトレーサビリティデータをAIで分析することで、品質問題の予測や最適な製造条件の提案が可能になります。過去の不良パターンを学習したAIが、類似条件を検出して事前に警告を発することで、不良品の発生を未然に防止できるようになるでしょう。
異なる産業間でのトレーサビリティデータの連携も進みつつあります。例えば、自動車部品メーカーと素材メーカーがデータを共有することで、最終製品の品質向上に寄与する取り組みなどが始まっています。
トレーサビリティの具体的な実践例について詳しく知るにはこちらの記事が参考になります
トレーサビリティは、金属加工業において単なる品質管理ツールにとどまらず、企業の競争力を高める重要な要素となっています。原材料から最終製品に至るまでの全工程を透明化することで、品質向上、リスク低減、顧客満足度の向上など、多くのメリットをもたらします。
特に近年のデジタル技術の進化により、これまで困難だった個別製品レベルでのきめ細かなトレーサビリティが実現可能になってきました。DataMatrixコードやレーザーマーキング技術を活用した「パーフェクトロットトラッキング」のような取り組みは、金属加工業界における品質管理の新たな標準となりつつあります。
トレーサビリティシステムの導入には初期投資や業務フローの変更が必要ですが、長期的な視点で見れば品質向上やリスク低減による利益が大きいと言えるでしょう。また、低コストで始められるクラウドシステムも登場しており、段階的な導入も可能になっています。
製造業においてトレーサビリティへの要求はますます高まっていくことが予想されます。今後は自社の状況に合わせた適切なトレーサビリティシステムを構築し、品質と信頼性の向上につなげていくことが、金属加工業の競争力維持・強化に不可欠となるでしょう。