引張強さを「最大荷重 ÷ 断面積」だけで求めた設計は、現場での破損リスクが引張強さ基準の3〜4倍に跳ね上がります。
引張強さ(Tensile Strength)とは、材料を引っ張ったときに破断するまでに耐えられる最大の応力のことです。記号はRmで表され、JIS規格や設計図面ではTSと書かれることもあります。単位はMPaまたはN/mm²で、1MPa=1N/mm²です。
引張強さを求める基本公式は次の通りです。
$$\sigma = \frac{P}{A}$$
ここで、σ(シグマ)は応力(MPa)、Pは材料に加わった最大荷重(N)、Aは試験片の元の断面積(mm²)を指します。
たとえば、直径10mm(断面積≒78.5mm²)の丸棒が最大30,000Nの荷重で破断したとすると、引張強さは次のように計算できます。
$$\sigma = \frac{30000}{78.5} \approx 382 \text{ N/mm}^2$$
これが公称応力(Nominal Stress)と呼ばれる値です。実務ではこの公称応力が引張強さとして扱われます。
ここで1つ確認が必要です。引張強さは「破断時の荷重」ではなく、「試験中に材料が耐えた最大荷重」で計算します。実は破断直前の荷重は最大荷重より小さくなることが多いため、この2つを混同しないことが基本です。つまり最大荷重を使うのが原則です。
なお、材料の内部では引張変形が進むにつれて断面積が小さくなります。これを考慮した値が真応力(True Stress)ですが、JIS規格の引張強さには公称応力が使われています。設計図面や材料規格証明書(ミルシート)に記載されている値は、基本的に公称応力で求めたものです。これは必須の知識です。
引張強さ・引張試験・S-S曲線の基礎(TOKKIN技術コラム)
引張強さは、単純な計算式だけでなく、S-S曲線(応力-ひずみ曲線)とセットで理解することが重要です。S-S曲線とは、引張試験の全過程において縦軸に応力(Stress)・横軸にひずみ(Strain)をプロットしたグラフのことです。
S-S曲線から読み取れる代表的な数値は以下の通りです。
| 指標 | 意味 | 記号 |
|---|---|---|
| ヤング率(縦弾性係数) | 弾性域の傾き。材料の硬さ(剛性)を示す | E |
| 降伏点(上降伏点) | 塑性変形が始まる応力。軟鋼など一部の材料のみ明確に現れる | ReH |
| 0.2%耐力 | 降伏点が明確でない材料(SUS304・アルミなど)で使う | Rp0.2 |
| 引張強さ | S-S曲線の最大応力点(ここを超えると応力が低下し始める) | Rm |
| 破断点 | 材料が完全に分離した点 | — |
金属加工の現場でよく扱うSS400(軟鋼)の場合、S-S曲線には降伏点がはっきりと現れます。一方、SUS304(ステンレス)やアルミニウム合金など、降伏点が不明確な材料では0.2%耐力を降伏点の代替として使います。これが条件です。
0.2%耐力の求め方は、横軸の0.2%ひずみの点からS-S曲線の弾性域の直線と平行な線を引き、その線がS-S曲線と交わる点の応力値を読み取ります。
主な材料の引張強さの目安は次の通りです。
| 材料名 | 引張強さ(N/mm²) | 降伏点・耐力(N/mm²) |
|---|---|---|
| SS400(軟鋼) | 400〜510 | 245以上(16mm以下) |
| S55C(硬鋼) | 約749 | 約490 |
| SUS304(ステンレス) | 520以上 | 205以上(0.2%耐力) |
| A1050(純アルミ) | 約80 | — |
| 純チタン(TP270) | 270以上 | — |
ここで意外な事実があります。SUS304の引張強さはSS400より高い(520 vs 400 N/mm²)にもかかわらず、降伏点(0.2%耐力)はSS400の約245N/mm²に対してSUS304は約205N/mm²とSUS304のほうが低いのです。意外ですね。設計では「引張強さが高い=降伏点も高い」とはならないため、両方の値を確認する習慣が必要です。
実際の引張強さは、机上の計算だけでは得られません。JIS Z 2241「金属材料引張試験方法」に基づいた引張試験を実施して初めて正確な値が測定できます。
引張試験の大まかな流れは次の通りです。
試験環境は室温(10〜35℃)と定められています。温度が変わると値も変わるため、この条件は守る必要があります。
試験片の形状については、丸棒形状と板状(短冊型)などがあります。形状が異なると一部の測定値に影響が出ます。引張強さや耐力については形状による差は小さいですが、伸びや絞りは試験片の形状で大きく変わることが知られています。これは重要です。同じ材料でも試験片が違えば伸びの数値を単純に比較できないため、試験報告書を確認する際にはどの形状の試験片を使ったかも必ず確認してください。
試験片の表面粗さも結果に影響することが栃木県産業技術センターの研究で示されています。JIS Z 2241では機械加工を施す試験片の表面粗さについて明確な規定がないため、加工条件のばらつきが測定誤差の一因になることがある点も頭に入れておくと現場対応に役立ちます。
金属材料引張試験の基礎(滋賀県工業技術総合センター)- 試験片・測定値の求め方を解説
引張試験を実施せずに引張強さを推定する方法として、硬さ換算があります。特に炭素鋼・合金鋼では、ブリネル硬さ(HB)から次の経験式で引張強さを概算できます。
$$\text{引張強さ(MPa)} \approx 3.5 \times HB$$
たとえばブリネル硬さが200HBの場合、引張強さは約700 MPaと推定できます。電卓1つで計算できる手軽さから、現場でも利用される方法です。これは使えそうです。
ただし、硬さ換算にはいくつかの重大な注意点があります。
まず、この換算式が比較的精度よく成立するのは炭素鋼・合金鋼に限られます。アルミニウム、銅、チタン、ステンレスなどでは係数が異なるため、鋼材用の換算式をそのまま使うと大きな誤差が生じます。
次に、熱処理や加工硬化によって表面と内部で硬さが異なる場合があります。硬さ試験は表面近くの値しか測れないため、内部の状態まで把握できるわけではありません。つまり換算値はあくまで参考値です。
神戸工業試験場でも、硬さ換算表から引張強さを読み取る際には「近似的換算値であり、参考値として取り扱う方が良い」と明示されています。設計の根拠値として使う場合は、必ず引張試験の実測値を優先するのが原則です。
また、高硬度材料では引張強さが高くても破壊靱性(衝撃に対する粘り強さ)が低下するトレードオフがあります。「硬い=強い」とは言い切れない点が、この分野の奥深さです。厳しいところですね。
引張強さを求めるだけでは設計は完成しません。求めた引張強さをもとに許容応力を設定することが、安全な設計の核心です。
許容応力の計算式は次の通りです。
$$\text{許容応力} = \frac{\text{基準強さ}}{\text{安全率}}$$
ここで「基準強さ」として何を使うかが重要なポイントです。以前は引張強さをそのまま基準強さとして使うケースもありましたが、現在では降伏点(または0.2%耐力)を基準強さとして使うことが一般的になっています。SS400のように降伏する材料で引張強さを基準にすると、実際には塑性変形が始まる応力を超えた設計になりかねないからです。
SS400を例に計算すると次のようになります。
$$\text{許容応力(静荷重)} = \frac{245 \text{ N/mm}^2}{3} \approx 82 \text{ N/mm}^2$$
安全率は荷重の種類によって大きく変わります。
| 荷重の種類 | 軟鋼(SS400)の安全率目安 |
|---|---|
| 静荷重(一方向に一定の力) | 3 |
| 繰り返し荷重(片振り) | 5 |
| 繰り返し荷重(両振り) | 8 |
| 衝撃荷重 | 12 |
静荷重と衝撃荷重では安全率が4倍も異なります。この選択を誤ると、引張強さの計算そのものは正確でも、完成した部品が破損するリスクが跳ね上がります。たとえばプレス機のような衝撃荷重がかかる設備で安全率3を使った場合、実際に必要な安全率12の約4分の1しか余裕がない設計になります。これは痛いですね。
現場での安全率の設定は、過去の実績・社内規定・業界標準(たとえばJISや機械設計便覧)を組み合わせて決定するのが現実的です。独自判断だけに頼るのではなく、設計根拠を文書化しておくことがトラブル防止につながります。安全率と許容応力の知識を持っておけば、材料選定の段階でのコスト最適化にも役立ちます。
安全率の考え方と目安(ものづくりのススメ)- 基準強さの選択ミスの注意点も解説