機械設計の現場において、設計図は「世界共通の言語」とも言える非常に重要な役割を担っています 。設計者が考えた製品の形状、寸法、材質、加工方法といったあらゆる情報を、製造現場の担当者に正確に伝えるための唯一無二の手段だからです 。もし、図面の読み取りを間違えてしまえば、設計者の意図とは全く異なるものが出来上がってしまい、大きな損失につながりかねません 。そのため、金属加工に従事する者にとって、図面を正確に読み解くスキルは必須と言えるでしょう 。
機械図面を理解する上での基礎となるのが、投影法です 。一般的に日本の機械製図では「第三角法」が用いられます 。これは、対象物を第三象限に置いて、手前(正面)、上、右側から見た図をそれぞれ正面図、平面図、右側面図として配置する方法です 。多くの図面の表題欄には、第三角法で描かれていることを示す記号が記載されています 。このルールを理解することで、部品の立体的な形状を頭の中で正しくイメージできるようになります 。
参考)図面とは|機械設計基礎知識【初心者向けガイド】 - IDEA
そして、この共通言語のルールブックとなっているのがJIS(日本産業規格)です 。図面で使われる線の種類(太い実線は外形線、破線はかくれ線など)、寸法補助記号、後述する加工記号や公差の指示方法まで、すべてJISによって厳格に定められています 。JIS規格を正しく理解し、それに従って図面を読み書きすることが、設計者と加工者との間の誤解を防ぎ、高品質なものづくりを実現するための大前提となるのです 。
JIS規格に基づく図面の基礎知識について、より詳細な解説が掲載されています。
機械図面には、情報を簡潔かつ正確に伝えるために様々な記号が用いられます 。特に金属加工の現場では、加工方法や仕上げの状態を指示する記号の理解が不可欠です 。これらの記号もJISによって標準化されており、誰が見ても同じ意味として解釈できるようになっています 。
以下に、現場で頻繁に目にする主要な図面記号とその意味をまとめました。
✅ 形状や寸法に関する基本記号
✅ 穴加工に関する記号
✅ 表面の仕上げ状態を示す記号 (表面性状記号)
表面の滑らかさ(粗さ)を指示するために「▽(トライアングル)」記号が使われます 。以前は三角の数で粗さを表現していましたが、現在では数値(Ra:算術平均粗さ)でより具体的に指示するのが一般的です。
| 旧記号 | 新記号例 | 意味 |
|---|---|---|
| ▽ | Ra 25 | 荒削りな面 (除去加工が必要) |
| ▽▽ | Ra 6.3 | 一般的な仕上げ面 |
| ▽▽▽ | Ra 1.6 | 精密な仕上げ面 |
| ▽▽▽▽ | Ra 0.2 | 鏡面に近い、非常に滑らかな面 |
これらの記号は、製品の品質、性能、そしてコストに直結する重要な情報です 。例えば、不必要に滑らかな仕上げを指示すれば、加工時間とコストが増大します。設計意図を正確に汲み取り、適切な加工を行うために、これらの記号の知識は欠かせません 。
機械加工で用いられる図面記号の一覧と、それぞれの意味が分かりやすく解説されています。
https://nanjyo.co.jp/technical-information/drawing-symbols/
現代の機械設計において、CAD (Computer-Aided Design) ソフトウェアはなくてはならないツールです 。かつて手書きで行われていた製図作業は、CADの登場によって劇的に効率化し、精度も向上しました 。CADソフトには様々な種類があり、それぞれに特徴や得意な分野があります 。
CADは、大きく「2D CAD」と「3D CAD」の2種類に分類されます 。
参考)https://www.lulucad.jp/2017/11/29/cadsoft/
さらに、CADは「汎用CAD」と「専用CAD」にも分けられます 。
ソフトウェアを選ぶ際は、まず2Dと3Dのどちらが主軸になるかを考え、次に自社の業界や設計対象に合った専用機能が必要かどうかを検討するのが良いでしょう 。また、取引先が使用しているCADのファイル形式(例えば、AutoCADのDWG形式)との互換性も重要な選定基準となります 。近年では、初期費用を抑えられるサブスクリプション型のライセンスが主流になっています 。
図面に書かれた寸法通りに部品を完璧に加工することは、現実的には不可能です 。そのため、設計図では「どれくらいの誤差まで許されるか」という範囲を「公差」として指示します 。この公差の指示を正確に読み解くことが、部品の品質を保証し、組み立てをスムーズに行う上で極めて重要です 。公差には大きく分けて「寸法公差」と「幾何公差」の2種類があります。
寸法公差:
寸法公差は、長さ、直径、角度などの「大きさ」に関する許容誤差を指定するものです 。例えば、「50 ±0.1」と書かれていれば、その部分の寸法を49.9mmから50.1mmの範囲内で仕上げる必要があることを意味します 。この範囲が狭ければ狭いほど、高い加工精度が求められ、コストも上昇します。
参考)機械加工で使う図面記号一覧
幾何公差 (きかこうさ):
幾何公差は、部品の「形状」や「姿勢」、「位置」に関する許容誤差を指定するものです 。寸法公差だけでは、例えば「真っ直ぐであるべき面」が意図せずうねってしまう、「直角であるべき角」がわずかにずれてしまう、といった問題を防ぎきれません 。幾何公差は、こうした形状の崩れを規制するために用いられます。
参考)https://www.kabuku.io/tech/mechanical-design/geometric-tolerance-symbol/
幾何公差は、専用の記号と数値を記入した枠で指示されます 。以下はその代表例です。
例えば、ある面に対して直角度が指示されていれば、その面は基準となる面に対して限りなく90度に近い精度で加工しなければなりません 。これらの幾何公差を正しく理解し、測定方法も把握することで、複数の部品を組み合わせる製品の組み立て精度を格段に向上させることができるのです 。
長年、機械設計の分野では2Dの設計図が情報の伝達手段として中心的な役割を担ってきました 。しかし、これらの図面は人間が読み解くことを前提としており、製造工程の見積もりや段取りにおいて、専門知識を持つ技術者が手動で情報を解釈する必要がありました 。このプロセスは非常に手間と時間がかかり、製造業全体の効率化を妨げる一因となっています 。
しかし近年、この状況を打破する可能性を秘めた技術として、AI(人工知能)による設計図の自動解釈が注目を集めています 。これは、AI、特にコンピュータビジョン技術を用いて、スキャンされた2D図面の画像から寸法、公差、部品形状、注記といった情報を自動で抽出し、デジタルデータ化する試みです 。この技術は、紙でしか残っていない過去の図面(いわゆる「ブラウンフィールド」資産)をデジタル化し、再利用する上でも極めて重要です 。
参考)http://arxiv.org/pdf/1909.08552.pdf
研究レベルでは、図面内のテキスト認識(OCR)において93%以上の再現率を達成したり 、寸法線や幾何公差の記号、表題欄といった要素を個別にセグメント化(領域分割)したりするフレームワークが開発されています 。さらに、単に情報を抽出するだけでなく、Graph Convolutional Networks (GCN) などの手法を用いて、抽出した要素間の関連性をAIが理解し、図面全体の構造を解釈しようという研究も進んでいます 。
参考)https://www.mdpi.com/2075-1702/13/3/254
この技術が実用化されれば、以下のような未来が期待できます。
AIによる図面解釈は、設計から製造までのリードタイムを劇的に短縮し、熟練技術者のノウハウをデジタル形式で継承することを可能にする革新的な技術です 。まだ発展途上の分野ではありますが、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させる鍵として、今後の動向から目が離せません 。

アークライト(Arclight) ノイシュヴァンシュタイン城の設計図 (1-5人用 60分 15才以上向け) ボードゲーム