ステンレス鋼は、その優れた耐食性から幅広い分野で利用されていますが、その性能を正しく理解し活用するためには「規格」の知識が不可欠です 。日本産業規格(JIS)では、ステンレス鋼は「SUS」という記号で表され、これは"Steel Special Use Stainless"の略です 。JIS規格には多種多様なステンレス鋼が登録されており、例えばJIS G 4305(冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯)には65種類もの規格材質が存在します 。
ステンレス鋼は、その金属組織によって大きく5つに分類されます。それぞれの特徴を理解することが、適切な材料選定の第一歩となります 。
これらの分類とJIS記号を理解することで、製品に求められる特性に応じた材料の絞り込みが可能になります。例えば、ねじの規格であるJIS B 1054-1では、鋼種区分がアルファベットで示され、Aはオーステナイト系、Cはマルテンサイト系、Fはフェライト系を表します 。
以下の参考リンクは、ステンレス協会の公式サイトで、JIS規格の一覧がまとめられています。規格番号から具体的な内容を確認したい場合に非常に役立ちます。
https://www.jssa.gr.jp/jssa_publication/j_s_s_a_stand/
ステンレス鋼を選ぶ際には、使用される環境や目的に応じて、「強度」や「耐食性」といった特性を総合的に比較検討する必要があります。数ある鋼種の中から最適なものを選ぶための、実践的なアプローチを紹介します。
まず基準となるのが、最も汎用性の高いSUS304です 。耐食性、溶接性、機械的性質のバランスが良く、家庭用品から工業設備まで幅広く使用されています 。しかし、より特定の性能が求められる場合には、他の鋼種を検討します。
✅ 耐食性を特に重視する場合
海水や化学薬品に触れるなど、厳しい腐食環境下ではSUS304では不十分な場合があります。その場合に第一候補となるのがSUS316です 。SUS304の成分にモリブデン(Mo)を添加することで、孔食(点状に発生する腐食)や隙間腐食への耐性が格段に向上します 。沿岸地域の建築部材や、化学プラント、医療用器具などでその真価を発揮します 。さらに厳しい環境向けには、より多くのモリブデンや窒素を含む「スーパーステンレス」と呼ばれる高耐食ステンレス鋼(例:SUS836L)も存在します 。
✅ 強度や硬度を求める場合
高い機械的強度が要求される部品には、マルテンサイト系ステンレスが適しています。例えば、SUS410は焼入れにより硬度を高めることができ、SUS440Cに至ってはステンレス鋼の中でも最高レベルの硬度を実現できます 。これらは、シャフトやベアリング、刃物などの高い耐摩耗性が求められる用途に選ばれます。ただし、一般的にマルテンサイト系はオーステナイト系に比べて耐食性が劣るため、使用環境には注意が必要です 。強度と耐食性の両立が難しい場合には、前述の二相系ステンレスや析出硬化系ステンレスが有力な選択肢となります。
✅ 加工性やコストを優先する場合
複雑な形状への加工や、コストを抑えたい場合には、フェライト系のSUS430がよく用いられます 。ニッケルを含まないため比較的安価で、冷間加工性にも優れています。また、切削加工の効率を上げたい場合には、「快削ステンレス」と呼ばれる硫黄(S)やセレン(Se)を添加した鋼種があります。オーステナイト系のSUS303やフェライト系のSUS430Fがその代表で、これらはボルト、ナットなどの大量生産される精密部品に適しています 。
以下の表は、代表的なステンレス鋼種の特性を比較したものです。選定の際の参考にしてください。
| 鋼種(系統) | 強度 | 耐食性 | 加工性 | 溶接性 | 磁性 | 主な用途例 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| SUS304(オーステナイト) | △ | ◎ | なし | 家庭用品、建築、化学設備 | ||
| SUS316(オーステナイト) | △ | ☆ | ◎ | なし | 沿岸部設備、化学プラント、医療器具 | |
| SUS430(フェライト) | △ | ○ | ◎ | △ | あり | 厨房機器、自動車部品、家電製品 |
| SUS410(マルテンサイト) | ○ | △ | あり | 刃物、ねじ、タービン部品 | ||
| SUS630(析出硬化) | ☆ | ○ | △ | ○ | あり | 航空機部品、高強度シャフト |
☆:特に優れる ◎:優れる ○:良好 △:やや劣る
ステンレス鋼の優れた特性は、含有される合金元素だけでなく、熱処理によっても大きく左右されます。熱処理は、ステンレスの硬度、強度、耐食性を調整し、目的の性能を引き出すための重要な工程です 。代表的な熱処理と、それによってステンレスの性質がどう変化するのかを見ていきましょう。
🔥 焼入れ・焼戻し(主にマルテンサイト系)
マルテンサイト系ステンレスの最大の特徴は、熱処理によって硬度を劇的に高められる点です 。
💧 固溶化熱処理(主にオーステナイト系)
オーステナイト系ステンレスは焼入れでは硬化しませんが、「固溶化熱処理」という別の目的の熱処理が施されます 。
❄️ 応力除去焼なまし(サブゼロ処理)
加工や溶接によって製品内部に残った「残留応力」は、寸法精度の狂いや応力腐食割れの原因となります。これを軽減するために、比較的低い温度(約200〜450℃)で加熱し、応力を緩和させるのが応力除去焼なましです。特に精密部品などでは重要な処理となります。また、マルテンサイト系ステンレスでは、焼入れ後も組織内に残留するオーステナイトをマルテンサイト化させるため、0℃以下の極低温に冷却する「サブゼロ処理」が行われることもあります。これにより、経年変化が少なく、より安定した高い硬度を得ることができます。
以下の参考リンクは、熱処理技術に関する詳細な解説が掲載されています。各種熱処理の目的やプロセスをより深く理解するのに役立ちます。
https://www.west-hill.co.jp/technical-information/heat-treatment-of-stainless-steel-sus/
一般的に知られるSUS304やSUS316以外にも、特定の機能や用途に特化した「特殊ステンレス鋼」が数多く開発されています。これらは最先端技術やニッチな市場の要求に応えるもので、その存在を知ることは、材料選定の幅を大きく広げることにつながります。
🔬 二相(デュプレックス)ステンレス鋼
21世紀の合金とも呼ばれる二相ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相を約半々ずつ含むことで、両者の利点を併せ持つ画期的な材料です 。
💡 高窒素ステンレス鋼
窒素(N)は、ステンレス鋼の特性を向上させる非常に有効な元素です。特にオーステナイト系ステンレスに添加することで、以下のような効果が得られます。
✨ その他のユニークなステンレス鋼
特定のニーズに応えるため、さらにユニークな機能を持つステンレスも開発されています。
これらの特殊ステンレスは、一般的な材料では解決できない課題をクリアするための切り札となり得ます。設計や開発に行き詰まった際、こうした特殊材料に目を向けてみることで、新たなブレークスルーが生まれるかもしれません。

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