マルテンサイト系ステンレス一覧と特性の種類と耐食性

マルテンサイト系ステンレスの特性や種類、用途について詳しく解説します。硬度が高く強度に優れる特徴や、SUS410やSUS420などの代表的な鋼種の特性、熱処理の効果についても紹介。金属加工の現場でマルテンサイト系ステンレスをどう選ぶべきでしょうか?

マルテンサイト系ステンレス一覧と特性の種類について

マルテンサイト系ステンレス一覧と特性の種類について

マルテンサイト系ステンレスの特徴
🔩
高い硬度と強度

炭素含有量が多く、焼入れにより高い硬度と強度を実現

🧲
磁性を持つ

全てのマルテンサイト系ステンレスは磁性を持っている

🔪
主な用途

刃物、工具、タービンブレード、軸受などの製造に使用

マルテンサイト系ステンレスの基本組成と特徴

 

マルテンサイト系ステンレスは、鉄を主成分として炭素とクロム(Cr)を添加した金属材料です。クロムの含有量は約11%から18%の範囲で、他のステンレス鋼と比較すると比較的少ないものの、炭素含有量が多いことが特徴です。この組成により、「マルテンサイト結晶」と呼ばれる組織構造を持ち、急冷することで硬化する性質があります。

 

マルテンサイト系ステンレスの基本的な特徴は以下の通りです。

  • 高い硬度と強度を持つ
  • 耐摩耗性に優れている
  • 焼入れによって硬化させることが可能
  • 全ての材料で磁性を持つ
  • 大気中での耐酸化性に優れる
  • 500℃程度までの温度下でも強度があまり低下しない耐熱性

クロム含有量が13%程度のSUS410やSUS420J2が代表的な鋼種となっており、これらは「13クロムステンレス鋼」や「13Cr鋼」などとも呼ばれています。マルテンサイト系ステンレスは1913年にイギリスのハリー・ブレアリーによって発明され、それ以来、多くの産業分野で重要な工業材料として使用されてきました。

 

一般的に棒鋼や平鋼の形状で利用されることが多く、その高い強度や耐久性から、刃物、タービンブレード、軸受などの製造に適しています。

 

マルテンサイト系ステンレスの物理的性質と機械的特性

 

マルテンサイト系ステンレスの物理的性質は、フェライト系ステンレスと近い数値を示します。オーステナイト系と比較すると、密度、比熱、比電気抵抗、熱膨張係数などが小さい値を示す傾向があります。

 

主な物理的性質は以下の通りです。

物理的性質 特徴
熱伝導率 鉄の約1/2で、他のステンレスと同様に小さい
磁性 すべての材料で磁性を持つ
熱膨張係数 オーステナイト系と比べて小さい
比電気抵抗 オーステナイト系と比べて小さい

機械的特性については、焼入れと焼戻しの熱処理を施すことで高い強度を得ることができます。焼入れのみでは最も高い強度が得られますが、脆い状態となるため、通常は焼戻しも行い、適切な靭性を持たせて使用されます。

 

JIS G 4303:2012の規格によると、焼入れ焼戻し状態でのマルテンサイト系ステンレスの機械的性質は以下のような特徴があります。

  • 引張強さ:高い値を示し、材質によって550〜850N/mm²程度
  • 降伏点または0.2%耐力:材質によって違いがあるが、一般的に高い
  • 伸び:他のステンレス系に比べると低めの値を示す
  • 硬さ:HRC(ロックウェル硬さ)で40前後の高い値

マルテンサイト系ステンレスの特筆すべき点は、熱処理による硬度調整が可能なことです。これにより、用途に応じた最適な機械的特性を持つ材料として加工できることが大きな利点となっています。

 

代表的なマルテンサイト系ステンレス鋼種の一覧と用途

 

マルテンサイト系ステンレス鋼には様々な種類があり、それぞれ炭素やクロムなどの含有量によって特性が異なります。以下に代表的な鋼種とその特徴、主な用途をご紹介します。

 

SUS410
マルテンサイト系の中で最も基本的で代表的な鋼種です。炭素含有量が0.15%以下、クロム含有量が約11.5〜13.5%です。

 

  • 特徴:焼入れにより高い強度・硬度が得られる(硬度はHRC43程度)
  • 切削性に優れる(焼なまし状態時)
  • 溶接性はやや劣る
  • 用途:タービンブレード、ボルト、ナット、シャフト、バルブ部品など

SUS420J2
SUS410より炭素含有量が多く(0.26〜0.40%)、クロム含有量も若干多い(12.0〜14.0%)鋼種です。

 

  • 特徴:SUS410より高い硬度と耐摩耗性
  • 耐食性もSUS410よりやや優れている
  • 用途:刃物、カトラリー(ナイフ、フォークなど)、外科用器具、シャフト

SUS440C
炭素含有量が非常に多く(0.95〜1.20%)、クロム含有量も16.0〜18.0%と高い高級マルテンサイト系ステンレス鋼です。

 

  • 特徴:非常に高い硬度と耐摩耗性
  • マルテンサイト系の中では最も高い耐食性
  • 熱処理により硬度HRC60前後まで硬化可能
  • 用途:高級刃物、ベアリング、ボールバルブ、精密機器部品

SUS403
SUS410と類似した組成を持ちますが、微量元素の調整により特性が異なります。

 

  • 特徴:SUS410より切削性に優れる
  • 溶接性は比較的良好
  • 用途:蒸気タービン部品、ガスタービン部品、高温用部品

SUS431
クロム含有量が15.0〜17.0%と高く、ニッケルも1.25〜2.50%含む改良型マルテンサイト系ステンレス鋼です。

 

  • 特徴:高い強度と優れた耐食性のバランス
  • 他のマルテンサイト系と比べて耐食性が良好
  • 用途:シャフト、ファスナー、ポンプ部品、航空機部品

これらの鋼種は、それぞれの特性を活かして様々な産業分野で使用されています。特に、高い硬度や強度が求められる用途や、ある程度の耐食性と耐摩耗性の両方が必要とされる環境で重要な役割を果たしています。

 

マルテンサイト系ステンレスの熱処理方法と効果

 

マルテンサイト系ステンレスの大きな特徴の一つは、熱処理によって硬度や強度を調整できることです。主な熱処理方法とその効果について解説します。

 

1. 焼なまし(アニーリング)
焼なましは、マルテンサイト系ステンレスを軟化させ、加工性を向上させるための熱処理です。

 

  • 処理温度:750〜850℃
  • 冷却方法:炉冷(ゆっくりと冷却)
  • 効果:材料が軟化し、切削加工や塑性加工が容易になる
  • 組織:フェライトと炭化物の混合組織となる

焼なまし状態では硬度が低く、機械加工がしやすくなるため、複雑な形状に加工する前の準備処理として行われます。

 

2. 焼入れ(クエンチング)
焼入れは、マルテンサイト系ステンレスを硬化させるための最も重要な熱処理です。

 

  • 処理温度:950〜1050℃(鋼種により異なる)
  • 保持時間:断面積に応じて調整(小型部品で15〜30分程度)
  • 冷却方法:油冷または空冷(急冷)
  • 効果:マルテンサイト組織が形成され、硬度と強度が大幅に上昇
  • 注意点:焼入れ直後は非常に脆いため、通常はこの後に焼戻しを行う

焼入れによって得られる硬度は、炭素含有量によって大きく異なります。例えば、SUS420J2では約HRC55、SUS440Cでは約HRC60以上の硬度が得られます。

 

3. 焼戻し(テンパリング)
焼戻しは、焼入れ後の脆さを軽減し、靭性を向上させるための熱処理です。

 

  • 処理温度:150〜750℃(目的に応じて選択)
  • 保持時間:1〜2時間程度
  • 冷却方法:空冷
  • 効果と温度の関係。
    • 低温焼戻し(150〜250℃):硬度はあまり低下せず、内部応力を軽減
    • 中温焼戻し(350〜500℃):適度な靭性と硬度のバランスを実現
    • 高温焼戻し(500〜750℃):靭性が向上し、硬度は低下

    熱処理の効果を最大限に発揮するためには、鋼種ごとの最適な温度条件を守ることが重要です。また、熱処理後の冷却速度も仕上がりの品質に大きく影響します。

     

    工業的な熱処理では、真空熱処理や塩浴熱処理など、酸化を防ぎながら均一に加熱・冷却する方法も採用されています。これにより、製品の寸法精度や表面品質を維持しながら、内部特性を最適化することが可能になります。

     

    熱処理の適切な制御は、マルテンサイト系ステンレスの性能を最大限に引き出すための鍵となっています。

     

    マルテンサイト系ステンレスの耐食性と他系統との比較

     

    マルテンサイト系ステンレスの耐食性は、他のステンレス系統と比較すると相対的に劣る傾向にありますが、一般的な炭素鋼よりは優れています。この耐食性の違いについて詳しく見ていきましょう。

     

    マルテンサイト系ステンレスの耐食性の特徴
    マルテンサイト系ステンレスの耐食性は主に以下の特徴があります。

    • 不働態皮膜を形成するクロム含有量が他のステンレス系統より少ない
    • 炭素含有量が多いため、炭化物の析出により局部的な耐食性が低下することがある
    • 大気中での防錆用途には十分な耐食性を持つ
    • 水環境(特に塩水)では耐食性が低下しやすい

    他系統のステンレスとの耐食性比較
    以下の表は、マルテンサイト系ステンレスと他の系統のステンレスの耐食性を比較したものです。

    ステンレス系統 耐食性の特徴 代表的な鋼種
    マルテンサイト系 基本的な耐食性、大気環境での使用に適する SUS410, SUS420
    フェライト系 マルテンサイト系より優れた耐食性、塩素環境に強い SUS430, SUS444
    オーステナイト 非常に優れた全面耐食性と孔食耐性 SUS304, SUS316
    デュプレックス系 オーステナイト系に匹敵する耐食性と高い強度 SUS329J3L

    オーステナイト系ステンレスは、クロムに加えてニッケルを含有しているため、最も優れた耐食性を示します。一方、マルテンサイト系は強度や硬度が重視される用途に適しており、耐食性はある程度の妥協点として考えられることが多いです。

     

    環境別の耐食性評価
    マルテンサイト系ステンレスの環境別の耐食性は以下のようになります。

    • 大気環境:比較的良好な耐食性
    • 淡水環境:限定的な耐食性
    • 海水環境:弱い耐食性(使用には注意が必要)
    • 酸性環境:弱い耐食性
    • アルカリ環境:中程度の耐食性
    • 高温環境:500℃程度までは良好な耐酸化性

    耐食性を向上させる方法
    マルテンサイト系ステンレスの耐食性を向上させるためには、以下の方法が有効です。

    1. 表面処理(電解研磨、パッシベーション処理など)
    2. 適切な熱処理による炭化物の均一分散
    3. モリブデン添加による改良型合金の使用
    4. コーティングの適用

    マルテンサイト系ステンレスを選定する際は、必要な強度・硬度と耐食性のバランスを考慮し、使用環境に適した鋼種を選ぶことが重要です。耐食性が特に重要な用途では、他の系統のステンレスとの併用や代替も検討する価値があります。

     

    以上の情報から、マルテンサイト系ステンレスは、耐食性よりも強度や硬度が重視される用途、例えば刃物や工具、機械部品などに最適であることがわかります。