ステンレス鋼を使っていても、腐食摩耗で工具が1週間以内に使い物にならなくなることがあります。
金属加工の現場では、部品や工具の損傷原因を「摩耗」とひとくくりにしてしまいがちです。しかし摩耗には大きく分けて4つの形態があり、その中でも「腐食摩耗」は他と混同されやすいにもかかわらず、対策の方向性がまったく異なります。正確に理解しておくことが、工具寿命の延長や設備トラブルの未然防止に直結します。
腐食摩耗(Corrosion Wear)とは、腐食性環境下において金属表面が水・酸・アルカリなどと化学反応を起こし、強度が低下した脆い層が摩擦力によって削り取られ、さらに露出した新鮮な面が再び腐食される——このサイクルが繰り返されることで進行する摩耗現象です。化学的作用(腐食)と機械的作用(摩擦)が組み合わさることが本質であり、「化学摩耗」とも呼ばれます。液体雰囲気中で起こる場合は、特に「エロージョン・コロージョン」と呼ばれることも覚えておきましょう。
他の3種類の摩耗形態との違いを整理すると以下の通りです。
| 摩耗の種類 | 主なメカニズム | 代表的な発生箇所 |
|---|---|---|
| 凝着摩耗 | 摩擦熱による金属結合→せん断脱離 | 摺動面・軸受・金型 |
| アブレシブ摩耗 | 硬い粒子が軟らかい面を削り取る | 切削工具・粉体搬送部品 |
| 疲労摩耗 | 繰り返し応力による内部き裂→剥離 | ベアリング・歯車 |
| 腐食摩耗 | 化学反応で弱化した層を摩擦が除去 | 配管・金型・工具・軸受 |
つまり腐食摩耗は、環境要因が必ずセットになる摩耗です。乾燥した環境や不活性雰囲気であれば発生しにくいため、「どんな環境で使うか」という視点が対策の入口になります。切削加工の現場でいえば、水溶性クーラントを使った湿式加工中に腐食摩耗が加速するケースが典型例です。鋼材の切削温度が700〜1,000℃に達する高温域では酸化膜が形成されやすく、その膜が摩擦によって除去される「酸化摩耗」も腐食摩耗の一形態として位置づけられます。
腐食摩耗が厄介なのは、単なる摩耗と見分けがつきにくい点です。これが原因究明を遅らせ、対策が後手に回るという悪循環を生む原因になっています。
プラスチック射出成形金型は、腐食摩耗が起きやすい代表的な環境のひとつです。金型の作動不良を引き起こす摩耗形態には凝着・アブレシブ・疲労・微動・腐食の5種類がありますが、この中の「腐食磨耗」は特に見落とされやすい形態です。
射出成形では、成形樹脂が分解することで塩素・フッ素・臭素などの腐食性ガスが発生することがあります。たとえばPVCや難燃剤入り樹脂では、成形中に塩酸ガスが発生し、金型のエジェクタピンやスライドコア周辺の金属に電位差腐食を引き起こします。腐食で弱くなった表面が微小な摩擦によって削られ、摩耗粉が発生して嵌合部のクリアランスが拡大します。これが積み重なると、エジェクタピンの突き出し不良やコアの固着といった金型作動不良に直結します。
金型の作動不良は放置厳禁です。コアやキャビティ面への致命的ダメージになると、金型全体の作り直しが必要になるケースもあります。金型1本の製作費用は形状や精度にもよりますが、数十万円から数百万円に達することも珍しくないため、損害は非常に大きくなり得ます。
この腐食摩耗への対策として有効なのが、定期的な潤滑管理と表面処理です。エジェクタピンには耐食性コーティング(TiCNやDLCなど)を施すことで、腐食環境に対する防御力を高めることができます。また、腐食性ガスが多い樹脂を扱う金型には、ステンレス鋼系の材質(SUS420J2相当など)を選定するか、定期的な分解清掃と防錆処理を組み込んだメンテナンス計画を立てることが、現場での実践的な対策になります。
腐食摩耗が疑われる場合は、まず摺動部の変色・赤錆色の粉・異常な寸法変化がないかを目視で確認するところから始めましょう。
参考:金型部品の腐食磨耗を含む作動不良の分類と詳細
金型部品の作動不良|技術情報 MISUMI
配管やポンプ系統での腐食摩耗は、製造業の設備トラブルの中でも特に深刻な事例が多い分野です。この場合は「エロージョン・コロージョン」という複合損傷形態として理解するのが正確です。エロージョン(流体による機械的侵食)とコロージョン(化学的腐食)が同時に進行するため、どちらか一方の対策しか講じないと損傷が止まりません。
実際の失敗事例として記録されているものに、φ250ヒドロスタルポンプの出口配管(FCD45鋳鉄製)での損傷があります。ポンプ吐出し側直下では液流れの旋回流が発生しており、含有固形物がぶつかり続けることで円周方向にナイフで削ったような規則的な減肉が発生しました。その平均減肉速度は17mm/年。短期間で管壁が貫通し、水漏れが発生するという深刻な事態に至りました。耐食性を持たないFCD45鋳鉄を使用したことが直接の原因であり、ステンレス鋼への材質変更によって解決しています。
17mm/年という数字をイメージしやすく言い換えると、1年間で人差し指の太さほどの厚みが削れてしまうほどの速度です。これは設備の定期点検サイクルを大幅に超えるペースで損傷が進むことを意味します。
エロージョン・コロージョンが発生しやすい箇所には以下のような特徴があります。
この損傷を防ぐには、材質選定が最初のステップです。エロージョン・コロージョン環境ではSUS316Lやハステロイ系材料、または内面にHVOF溶射(超音速フレーム溶射)などの耐摩耗・耐食コーティングを施した配管の採用が有効です。すでに稼働中の設備であれば、損傷しやすい部分を肉盛溶接で補修し、交換式ライナー構造に変更するという設計改良も現実的な選択肢です。
配管の材質を耐食性基準で選び直すことが、最も根本的な対策です。
参考:ポンプ出口配管のエロージョン・コロージョン損傷の実事例
失敗事例データベース|ポンプ出口配管のエロージョン・コロージョン損傷(失敗学会)
切削加工の現場では「工具がすぐ摩耗する」という悩みは日常茶飯事ですが、その摩耗が腐食摩耗(化学的摩耗)に分類される場合、対策の方向性が大きく変わります。摩耗だからといって工具を硬くすれば解決するわけではないのが、この種の摩耗の難しいところです。
切削工具における腐食摩耗の代表例は2つです。1つ目は、高温域(700〜1,000℃)での酸化反応によって工具表面に酸化物の薄い層が形成され、それが摩擦によって除去される「酸化摩耗」。2つ目は、ステンレス・チタン・インコネルなどの難削材と工具材質が化学反応を起こし、工具表面のコーティングや基材が侵される「化学的摩耗」です。これらは外観上は通常のフランク摩耗と似て見えるため、原因を見誤りやすいのです。
酸化摩耗は特に高速切削時の刃先コーナー付近に現れやすく、ノッチ状の損傷として確認できます。対策には、TiAlN(窒化チタンアルミニウム)やAlTiNコーティングの工具が有効です。これらのコーティングは1,000℃近い高温環境でも安定した酸化アルミニウム被膜を形成し、酸素との反応を自己抑制する特性を持っています。
化学的摩耗については、被削材との相性が最重要です。たとえばCBN(立方晶窒化ホウ素)工具は鉄系材料の高硬度加工に適していますが、チタン合金では逆に化学反応が激しくなるため不向きです。超硬工具(WC-Co)やDLCコーティング工具の選択が、アルミや銅などの非鉄金属における化学的摩耗防止に効果的です。
また、水溶性クーラントを使用する湿式加工では、クーラントの劣化・腐敗によってpHが変動し、金属表面の腐食を促進するケースも見られます。クーラントの管理濃度(一般的に3〜10%)と定期的な更新・殺菌剤の補充は、切削工具の腐食摩耗抑制においても重要な管理項目です。腐食摩耗が疑われる場合は、クーラント管理の見直しも必ずセットで行うことが原則です。
参考:切削工具の摩耗の種類・原因・対策の詳細
切削加工における工具摩耗の原因と対策|金属加工.com(北東技研工業)
金属加工設備の回転軸や駆動部に使われるベアリングにも、腐食摩耗の一形態が起きています。これが「フレッティング腐食(フレッチング腐食)」と呼ばれる現象です。この摩耗形態は、一般的な摩耗と見分けがつきにくいという点でも注意が必要です。
フレッティングとは、ベアリングが停止状態や微小振動を受けたときに、接触面間で極めて小さな繰り返し滑りが生じる現象です。この微小な滑りによって接触面の酸化膜が破壊され、新鮮な金属面が露出します。露出した金属面はただちに再酸化されますが、また微動によって酸化膜が削られる——このサイクルが繰り返されることで赤さび色(ショコラ色・ブラウン色)の摩耗粉が発生します。これがフレッティング腐食の典型的なサインです。
見た目が錆と似ているため、単純に「軸受が錆びた」と判断されがちなのが問題です。しかし実際には、摩耗粉(酸化鉄・Fe₂O₃)がベアリングのはめあい部や転動面に堆積し、寸法精度の低下・異音・振動増大・早期破損の原因になります。
フレッティング腐食が起きやすい条件として特に注意すべきは次の4点です。
対策は、フレッティングが起きる「微小滑り」そのものを抑制することが基本です。具体的には、はめあい公差を正しく設定して接触面の相対動を減らすこと、接触部に防錆グリースや二硫化モリブデン(MoS₂)入りの潤滑剤を塗布すること、そして銅系ペーストや特殊防錆剤(フレッティング防止剤)を使用することが現場レベルでの即効性ある対策です。これが条件です。
参考:ベアリングのフレッティング損傷の詳細と損傷事例
ベアリングの故障(その2)損傷とその原因・対策|JTEKT KOYO
腐食摩耗の対策を現場で実践するとき、多くの金属加工従事者がつまずくのが「どの対策を優先すべきか」の判断です。素材・環境・使用条件の組み合わせによって最適な対策が変わるため、一律に「耐食材料を選べばよい」と考えていると、かえってコストが膨らんだり、別のトラブルを招いたりすることがあります。
まず、腐食摩耗の発生リスクを大きく左右するのは「環境の腐食性」と「接触面への荷重・動き」の2軸です。この2軸で場面を分類すると、対策の優先順位が見えてきます。
| 腐食環境の強さ | 荷重・摩擦の大きさ | 推奨対策の方向性 |
|---|---|---|
| 弱い(常温・大気中) | 小さい(微動・振動のみ) | 潤滑管理の強化・フレッティング防止剤 |
| 弱い(常温・大気中) | 大きい(高荷重・高速摺動) | コーティング処理・硬度向上(窒化・浸炭) |
| 強い(酸・アルカリ・海水) | 小さい(微動・振動のみ) | 材質変更(SUS316L・ハステロイ系) |
| 強い(酸・アルカリ・海水) | 大きい(スラリー・高流速) | 肉盛溶接+材質変更・設計変更(ライナー化) |
この表を見ると、「ステンレスを使えば万全」ではないことがわかります。強腐食環境かつ高流速・固形物含有という条件では、SUS304では太刀打ちできないケースがあります。SUS316Lであっても高クロム鋳鉄や超硬合金との肉盛を組み合わせた設計が必要になる場面があります。
もう一つ見落とされがちな視点が、「腐食摩耗を抑えすぎると別の摩耗形態が前面に出てくる」という点です。たとえば、腐食摩耗を防ぐために極めて硬いコーティングを施した場合、コーティング膜自体の脆性が高まり、今度は疲労摩耗や剥離が早まることがあります。この意味では、コーティングの硬さと靭性のバランスを見ることが大切です。これは使えそうです。
実際の現場での判断フローとしては、まず「損傷部の色・形状・粉の色」を観察し(赤褐色の粉→フレッティング、黒色の粉→酸化摩耗、シルバーの削れ→凝着・アブレシブ)、次に「使用環境の腐食性の有無」を確認し、最後に上記の表に当てはめて対策の優先順位を決める、という3ステップが実践的です。専門的な摩耗解析が必要な場合は、摩耗粉のSEM-EDX(エネルギー分散型X線分析)を活用すると原因を高精度に特定できます。
腐食摩耗に注意すれば大丈夫です。しかし「どの腐食摩耗か」「どんな環境か」まで掘り下げることが、真に効果的な対策への近道になります。設備の損傷コストを最小化するためにも、対策の判断基準を現場に明文化しておくことを強くおすすめします。
参考:摩耗・腐食・減肉への各種対策の詳細と適用範囲
摩耗・腐食・減肉はどう対策する?設備を守る5つの改善方法|WAJ

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