同等材として選んだ鋼種で、工具が3倍早く摩耗することがあります。
ASP30は、スウェーデンのERASTEEL社が開発した粉末冶金高速度工具鋼(Powder Metallurgy High Speed Steel=PM-HSS)で、正式グレード名は「ASP® 2030」です。ASP30という略称は現場でも広く通じますが、メーカーによってはASP2030とも表記されます。同じ材料を指しています。
化学成分(質量分率)は以下の通りです。
| 元素 | 含有量(%) |
|------|------------|
| C(炭素) | 1.28 |
| Cr(クロム) | 4.2 |
| Mo(モリブデン) | 5.0 |
| W(タングステン) | 6.4 |
| Co(コバルト) | 8.5 |
| V(バナジウム) | 3.1 |
コバルトを8.5%含有しているのが最大の特徴です。このコバルトが高温での硬度保持(赤熱硬さ=ホットハードネス)に大きく貢献しています。一般的なモリブデン系ハイス(SKH51)のコバルト量がほぼゼロであることと比較すると、ASP30のコバルト含有量がいかに高いかがわかります。
粉末冶金で製造されている点も重要です。通常の溶解ハイスと異なり、一度溶融した金属を高圧ガスで霧状に吹き飛ばして粉末化し、それを焼き固める工程を経ます。この製法によって、炭化物が非常に細かく均一に分散した組織が得られます。均一な微細組織が原則です。
この均一組織のおかげで、溶解ハイス(SKH55など)に比べて研削性・靭性・耐摩耗性のバランスが高次元で両立されています。工具刃先の安定性が高く、断続切削や高負荷条件でもチッピング(微小欠け)が起きにくいのです。これは使えそうです。
軟化焼きなまし状態での納入硬さは300HB以下(冷間引抜き・冷間圧延材は320HB以下)であり、工具メーカーへの加工材として供給されます。
金属加工の現場でASP30の同等材(material equivalent)を探す際、メーカーや規格によって名称が異なるため混乱しやすい箇所です。以下に主要な対応グレードをまとめます。
| メーカー/規格 | グレード名 |
|---------------|-----------|
| ERASTEEL(原メーカー) | ASP 2030 / ASP 30 |
| Böhler(オーストリア) | S 590 |
| Thyssenkrupp(ドイツ) | TSP30 |
| NACHI(不二越、日本) | FAX38 |
| Crucible(アメリカ) | CPM REX 45 |
| DIN規格(ドイツ) | HS 6-5-3-8 / W.-Nr. 1.3294 |
| ヨーロッパ標準 | PMHS 6-5-3-8 |
| スウェーデン規格 | SS 2726 |
| JIS(日本) | SKH40 相当 |
国際的に最も参照されるのがDIN規格の「1.3294」という材料番号です。ヨーロッパ調達や部材選定の際はこの番号で問い合わせると確実に通じます。
JIS規格との対応では「SKH40」が最も近い相当材とされています。ただし、SKH40はJIS G 4403で規定されたモリブデン系粉末ハイスの分類番号であり、SKH40=ASP2030という1対1の完全同一関係ではない点に注意が必要です。SKH40が条件です。SKH40規格の枠内には複数のメーカー品が収まっており、化学成分に若干の幅があります。
FAX38(不二越製)とCPM REX 45(クルーシブル製)はASP2030と化学成分が非常に近く、実務上の同等材として扱われることが多いです。ただし、製造方法や粉末粒度の違いにより、研削性や靭性のわずかな差が出ることもあります。メーカーのデータシートを確認するのが最善策です。
なお、ASSAB(スウェーデン)ブランドでも同様の材料がASP30として流通しており、ERASTEEL製とほぼ同一視されています。これはERASTEELとASSABが親密な関係にある(かつて同グループ)ことに由来します。
ERASTEEL(マクシスコーポレーション)公式:ASP2030 粉末冶金高速度工具鋼データシート(化学成分・熱処理・特性グラフ含む)
現場でよく混同されるのが、M42(SKH59相当)とASP30の関係です。どちらもコバルト系ハイスであり、一見すると代替可能に思えます。ここは厳しいところですね。
M42は溶解法で製造された8%コバルト含有ハイスであり、ASP30と同じくコバルト量が高い点では共通しています。しかし、製造プロセスが根本的に異なります。M42は通常の溶解・鋳造→鍛造プロセスで作られるのに対し、ASP30は粉末冶金プロセスで製造されます。
この違いが組織均一性に直結します。溶解ハイスのM42は炭化物の分布にばらつきが生じやすく、工具の方向によって性能が変わることがあります。一方、ASP30は均一な炭化物分布により、どの方向でも安定した性能を発揮します。つまり大量生産工具の品質安定性が違うということです。
具体的な差として、ASP30はM42に比べて:
- 🔸 研削加工性が高く、複雑な工具形状への成形が容易
- 🔸 靭性(折れにくさ)が同等以上
- 🔸 耐摩耗性がさらに優れる(炭化物分散の均一性による)
特に精密なホブやブローチなど、形状精度が要求される工具では、ASP30系の粉末ハイスを選ぶ理由がここにあります。コスト面ではASP30の方が高価ですが、工具1本あたりの加工可能数が増えるため、トータルコストで逆転するケースが少なくありません。
さらに、ASP30はPVDコーティング(物理蒸着コーティング)との相性が非常に良いと、ERASTEEL公式データシートでも明記されています。TiAlNやTiCN系のPVDコーティングを施すことで、ニッケル基超合金・チタン合金などの難削材加工でも大きな工具寿命延長が期待できます。PVDコーティングは必須の選択肢です。
ミスミ技術情報:金型に使われる鋼材(高速度工具鋼・粉末ハイスの特性解説)
ASP30(ASP2030)の性能を最大限に引き出すには、熱処理条件の正確な管理が欠かせません。温度管理を誤ると、硬度不足や脆化を招き、工具として全く機能しなくなります。
ERASTEEL公式データシートに基づく標準的な熱処理フローは以下の通りです。
**🔵 軟化焼きなまし(素材状態に戻す場合)**
保護雰囲気下で850〜900℃、3時間保持後、10℃/時間の冷却速度で700℃まで徐冷し、その後大気冷却。焼きなまし後の硬さは300HB以下が目安です。
**🟡 応力除去焼きなまし(加工途中の残留応力除去)**
600〜700℃で約2時間保持後、500℃まで徐冷します。
**🔴 焼入れ(硬化処理)**
- 第1予熱:450〜500℃
- 第2予熱:850〜900℃
- オーステナイト化(本加熱):1050〜1200℃(目標硬度により選択)
- 冷却:保護雰囲気中でクエンチ後、40〜50℃まで冷却
焼入れ温度と最終硬度の関係は明確で、1150℃近辺でHRC66〜68程度の高硬度が得られ、1050℃程度ではHRC62前後となります。用途に合わせた硬度を狙って温度を選ぶのが原則です。
**🟠 焼戻し(必須・3回実施)**
560℃で1時間の焼戻しを3回繰り返し、各回の間に必ず室温(25℃程度)まで冷却します。焼戻し3回は必須です。この多回焼戻しが二次硬化による高硬度の確保と残留オーステナイトの分解に不可欠であり、1〜2回で済ませると残留応力や不安定な組織が残り、使用中に突発的な割れや寸法変化を引き起こすリスクがあります。
最終的に得られるHRC硬度は64〜68程度です。HRC64は超硬工具を切削できるほどの硬さで、一般的なSKD11(HRC60〜62)よりも明らかに上の水準です。ピンと来にくい場合は「鉛筆で鉄を削れるほどの硬さ」とイメージするとわかりやすいでしょう。
研削工程では、焼戻し温度を超えるような砥石との摩擦熱が局部的に発生しないよう注意してください。研削焼けが生じると、表面だけが軟化して工具寿命が著しく低下します。砥石の選定はメーカーへの確認が条件です。
ここは、多くの技術資料では触れられていない独自の観点です。
「ASP30のmaterial equivalentとしてS590やCPM REX45を使えば同じ性能が出る」と考えがちですが、実際の現場ではロット(製造バッチ)ごとの品質ばらつきが問題になることがあります。これは意外ですね。
粉末ハイスは、粉末の粒径分布・焼結圧力・加熱プロファイルといった製造パラメータが最終的な炭化物分布の均一性に影響します。同じグレード名・同じ化学成分でも、製造ロットが違えば研削抵抗や靭性値がわずかに変化することがあります。特に薄肉・細径の工具(直径3mm以下のドリルやタップなど)では、この微小な組織差が工具折損の頻度として表れやすいです。
対策として有効なのは、以下の3点です。
- 📌 **納入時の硬さ確認**:軟化焼きなまし材での硬度(300HB以下)を受入検査でロットごとに測定する
- 📌 **試作バッチでの工具寿命確認**:新ロット・新サプライヤー切り替え時は少量で試作し、目標加工数を満たすか確認してから量産移行する
- 📌 **サプライヤーへのミルシート要求**:化学成分の実測値(ミルシート)の提出を標準化しておくと、トレーサビリティが確保できる
ミルシートの要求は有料になるサプライヤーもありますが、工具トラブルの追跡コストと比べれば安価です。材料のトレーサビリティが条件です。
また、ASP30系材料はPVDコーティングに非常に適した表面組織を持ちます。コーティングなしで使うより、AlTiN系や TiSiN系のPVDコーティングを施すことで工具寿命が2〜5倍延びるケースが報告されています。特にステンレス・インコネル・チタン合金など難削材の連続切削では、コーティング有無の差が決定的になることもあります。このようなPVDコーティング加工は、工具専業メーカーや表面処理専業業者に依頼できます。
結論はロット管理と表面処理が長寿命化の鍵です。
ASP30(ASP2030)およびそのmaterial equivalentが実際に使われている加工用途を整理します。用途に合った選定基準を知ることで、同等材の中でもどれを優先すべきかが明確になります。
**✅ 切削工具系**
| 工具種 | 適性 | 理由 |
|--------|------|------|
| エンドミル | ◎ | 断続切削に強い靭性と耐摩耗性の両立 |
| ホブ(歯切り工具) | ◎ | 高い寸法安定性と研削性が精度を担保 |
| ドリル | ○ | 硬い被削材(高張力鋼・ステンレス)に対応 |
| タップ | ○ | 靭性が高くタップ折れリスクを低減 |
| ブローチ | ◎ | 長尺工具での均一な刃先品質が維持できる |
| シェーパーカッター | ◎ | 歯面精度が要求される用途に最適 |
**✅ 冷間加工工具系**
エンドミルや切削工具だけでなく、冷間押し出しダイス・スタンピングパンチ・打抜きダイスなどの冷間加工工具にも適しています。特に高張力鋼板(ハイテン)や難削材を対象とした高負荷冷間加工では、SKD11(HRC60〜62)では耐摩耗性が不足する場面でASP30系が採用されます。
選定の分岐点としては以下が実務的な目安です。
- 🔹 **まずSKH51(溶解ハイス)で試す** → 工具寿命や刃先欠けに不満がある場合にコバルトハイス(SKH55・SKH59相当)へステップアップ
- 🔹 **コバルトハイスでも不満** → ASP30系粉末ハイスへ切り替える(コスト増は1.5〜3倍程度になるが、加工可能数が増え実質コストが下がるケースが多い)
- 🔹 **ASP30でもさらに耐摩耗が必要** → 同じく粉末ハイスのASP60(V系高バナジウム品)やASP2052などを検討する
ASP30はコバルト8.5%という組成から、赤熱硬さ(ホットハードネス)の高さが際立ちます。切削熱が発生しやすい高速・高送り条件での加工、あるいはドライ加工(クーラント非使用)においても刃先硬度を維持できるのが強みです。これが基本です。
冷却剤を一切使わないドライ加工でも、ASP30系工具はHRC64以上の硬度を600℃近くまで維持できるという特性データがあります(ERASTEEL公式資料より)。一般的なSKH51が約600℃で急激に軟化し始めるのに対し、コバルト添加量の多いASP30系は若干高い温度域まで耐えられます。
なお、超硬合金(Cemented Carbide)との使い分けも重要です。超硬合金は切削速度200m/min以上の高速領域で圧倒的ですが、靭性が低く衝撃や断続切削には弱い面があります。一方、ASP30系ハイスは50〜100m/min前後の切削速度帯で、衝撃・断続切削・複雑形状の工具成形という条件が重なる場面で真価を発揮します。これだけ覚えておけばOKです。
イプロスGMS:ASP2030(ASP30)粉末ハイスの製品詳細・SKH40相当材としての解説
十分な情報が集まりました。記事を作成します。