コバルト リチウムイオン電池の正極材料と再利用技術

リチウムイオン電池に不可欠なコバルトの役割とは?層状酸化物から環境配慮の再利用技術まで、金属加工業界が知るべき次世代電池材料について、その特性と将来展望を深掘りします。
コバルト リチウムイオン電池の正極材料と再利用技術
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正極材料としてのコバルトの必要性

リチウムイオン電池の心臓部である正極材料に不可欠な元素

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層状酸化物の結晶構造と特性

コバルト酸リチウムの構造特性と高いエネルギー密度

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コバルト剥離の再利用技術

廃電池からの効率的な回収と環境配慮

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コバルト採掘の環境・人権課題

サプライチェーンにおける持続可能性の問題

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コバルトフリー正極材料の開発

ニッケル、マンガン、鉄を活用した次世代電池

コバルト リチウムイオン電池 正極材料と再利用

コバルト リチウムイオン電池における正極材料の必要性

 

リチウムイオン電池の構成は大きく正極、負極、電解質の三つの要素に分かれており、このうち重要な役割を担うのが正極材料です。1980年に発見されたコバルト酸化物(LCO:Lithium Cobalt Oxide)は、リチウムイオンを脱挿入可能な結晶構造を持つ層状酸化物として、現在もなお世界のリチウムイオン電池の正極材料の主流となっています。

 

スマートフォンやタブレットといった携帯型電子機器から、電気自動車のバッテリーに至るまで、コバルトを含む正極材料は広範囲で採用されています。コバルトの役割は単なる構成要素ではなく、電池の安定性、エネルギー密度、サイクル寿命といった基本性能を大きく左右する極めて重要な元素です。正極に使用されるコバルト、ニッケル、マンガンなどの遷移金属は、リチウムイオンの受け入れと放出を効果的に行い、電解液を介した充放電プロセスを実現する鍵となっています。

 

20世紀後半に初めて市販されたリチウムイオン電池からコバルトは採用されており、その信頼性と性能は数十年の実績によって証明されています。しかし近年のEV化やIoT機器の急速な拡大により、コバルトの需要は急増しており、供給面での課題がクローズアップされています。

 

コバルト リチウムイオン電池の層状酸化物における結晶構造

コバルト酸リチウム(LiCoO₂)の結晶構造は、面心立方格子をとる酸素イオンの八面体間隙に、リチウムイオンとコバルトイオンが層状に秩序化して配列する「O3型構造」と呼ばれるものです。この構造は、マンガン酸化物の層状構造に由来する「ナトリウムクロライド型」から派生したもので、電池科学の基礎として広く認識されています。

 

層状構造を持つLiCoO₂に外部から電場をかけると、リチウムイオンが格子から引き抜かれ、充電が行われます。リチウムイオンの引き抜き量を増加させるごとに結晶構造が変化し、理論上はすべてのリチウムイオンを引き抜くことが可能です。実際の運用では、充電電圧が4.35Vに達する現代的な設計により、最大出力が向上し、エネルギー密度が大幅に改善されています。

 

このとき、LiCoO₂から完全にリチウムが除去された状態(CoO₂)は、金属的な伝導度を示しながら非常に高いイオン拡散係数を保持します。これにより、充放電サイクルにおけるリチウムイオンの移動速度が速く、急速充電への対応が可能になっています。コバルトの価電子構造とその電気化学的特性により、ニッケルやマンガンでは達成できない層状構造の安定性が保証されるのです。

 

コバルト リチウムイオン電池からのコバルト剥離と再利用技術

廃棄されたリチウムイオン電池からコバルトを回収する剥離技術は、資源循環経済において極めて重要な位置を占めています。従来の処理では焼却により有害なガスが発生する危険性があり、また正極に使用されるコバルトは量が少なく、純粋なコバルトとして回収するには高額な処理コストが発生していました。

 

新たに確立された溶融還元法では、廃棄されたリチウムイオン電池から正極材料を分離し、ニッケル・コバルト酸化物を含むこの材料を基材のアルミニウムと共に溶融還元処理します。この方法によって得られるニッケル・コバルト合金は、水素吸蔵合金の原材料として直接利用可能であり、新たな価値鎖を生み出しています。

 

しかし現在の剥離技術にはいくつかの課題が残されています。処理コストが高いこと、処理過程で発生する副産物の環境への影響が懸念されていることなど、これらの問題に対応するため、微生物を利用したバイオレメディエーション技術など、より環境に優しい剥離方法の研究が進められています。リチウムイオン電池のリサイクルは原料供給リスクを軽減する有効な手段ですが、現在のところ需要の拡大を上回るほどの回収量を維持できていないというのが実情です。

 

コバルト採掘における環境破壊と人権問題

コバルトの供給に関する最大の課題は、その産地が極めて限定されていることです。世界のコバルト産出量の約68%をコンゴ民主共和国が占めており、残りの資源はロシアやオーストラリアなどに偏在しています。年間生産量は約17万トンであり、これはニッケル生産量の6%、マンガン生産量の0.8%に過ぎず、極めて希少な資源であることが分かります。

 

コンゴ民主共和国では、コバルト採掘のために多くの子供たちが危険な環境で労働を強いられており、国連や国際NGOによって児童労働が報告されています。推定では、コンゴのコバルト採掘場で働いている子供の数は約25,000人と言われており、スマートフォンや電気自動車の普及が進むにつれ、この数はさらに増加する懸念があります。小規模採掘(ASM)では、シャベルやツルハシなどの簡単な道具を使用した労働が行われ、安全管理が行き届かないため、崩落事故が日常的に発生しています。

 

さらに、コバルト採掘は土壌や水の汚染を引き起こし、採掘地域の生態系に深刻な影響を与えています。塩湖からのリチウム採掘による水の蒸発と同様に、採掘地域周辺の水資源枯渇や水質悪化により、地域住民の生活基盤が脅かされているのです。こうした背景から、コバルトの採掘量を削減し、リサイクル技術の向上を進めることが倫理的・環境的責任として求められています。

 

コバルト リチウムイオン電池の代替材料:ニッケル、マンガン、鉄の活用

リチウムイオン電池の需要が急増する一方で、コバルトの供給不足が顕著化しつつあります。このため、コバルト量を削減あるいはコバルトフリーの正極材料の開発が急務となっており、複数の代替材料が研究・実用化の段階に入っています。

 

ニッケル系材料(NMC:ニッケルマンガンコバルト酸化物やNCA:ニッケルコバルトアルミニウム酸化物)では、ニッケル含有率を高めることでコバルト使用量を削減する試みが進められています。NMC-811やNMC-333といった組成では、コバルト量を低減しながらエネルギー密度を維持しようとしています。しかし、ニッケル含有量を増やすと構造の不安定性が増し、高充電状態でリチウムを取り出す際に不可逆的な構造相転移が起こり、ひび割れや接触不良が生じるという課題があります。表面コーティング技術など、これらの問題を解消する研究が続けられています。

 

鉄系正極材料、特にオリビン構造を持つリン酸鉄リチウム(LFP:Lithium Iron Phosphate)は、理論エネルギー密度約170Wh/kg を示し、サイクル寿命が長く、相安定性に優れています。鉄は豊富で安価な資源であり、EV用バッテリーメーカーが採用を加速している材料です。ただし電気伝導性に乏しいため、炭素コーティングが必須となります。

 

マンガン系正極材料は、スピネル構造や岩塩型構造など幅広い化学組成が可能で、高速イオン・電子輸送特性に優れています。一方、マンガンが電解液に可溶なため、電気化学的安定性が低いという課題があります。コバルトフリー正極は数多く存在しますが、エネルギー密度、サイクル寿命、レート能力、熱安定性、合成プロセス、材料入手性、コストなどはいずれも一長一短であり、用途に応じて使い分けられることになるでしょう。

 

コバルト リチウムイオン電池における企業の持続可能性への取り組み

グローバル企業の間では、リチウムイオン電池製造におけるコバルト依存を削減し、倫理的かつ環境配慮型のサプライチェーン構築が急速に進行しています。テスラやフォルクスワーゲンといったEVメーカーは、コバルトフリー正極材料への転換を進めており、BYDなどの中国メーカーはLFP電池の採用を拡大しています。

 

日本国内では、パナソニックやソニーなどのバッテリー企業が、正極材料の多様化と高効率化に向けた研究開発投資を増やしています。同時に、リサイクル技術の向上による循環型経済構築が重要課題として認識されており、廃棄電池からのコバルト回収率を高める技術開発が進められています。

 

金属加工業界にとっても、これらの動向は無視できません。正極材料の表面処理や精密加工、電極素材の精製プロセスなど、新しい材料に対応した技術的なソリューションの需要が高まっており、業界全体の技術革新が求められています。コバルトレス化に伴う新素材対応、品質管理の厳格化、サプライチェーン全体での環境管理が、競争力の鍵となりつつあります。

 

参考情報。
リチウムイオン電池とコバルト|固体の科学
正極材料の詳細な結晶構造とコバルト代替材料の技術的課題について、学術的な解説が掲載されています。

 

リチウムイオン電池に利用されているコバルトを剥離して再利用する方法を解説|株式会社三和鍍金
金属表面処理企業による剥離技術と再利用プロセスの実践的な説明が提供されており、金属加工業での適用例が具体的に紹介されています。

 

電気自動車の闇とコバルト採掘の現実とは?|エシカルネット沖縄
コンゴ民主共和国でのコバルト採掘における児童労働や環境破壊の実態、および企業の倫理的責任についての詳細なリポートが記載されています。

 

 


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