SUS631はステンレスだから磁石につかないと思って部品に使うと、熱処理後に強磁性になり設備トラブルを招くことがあります。
SUS631は「17-7PH」という通称でも知られる析出硬化系ステンレス鋼で、JIS G4303/G4313によって規定されています。化学成分はクロム(Cr)16〜18%、ニッケル(Ni)6.5〜7.75%、アルミニウム(Al)0.75〜1.5%が主成分で、このAlの添加こそが析出硬化性を生み出す鍵です。
この鋼種の最大の特徴は、「加工時の成形しやすさ」と「使用時の高強度」という相反する特性を、熱処理の工程によって使い分けられる点にあります。加工前のA材(固溶化熱処理状態)では引張強さ1030MPa以下・伸び率20%以上という柔軟な特性を持ち、SUS304のように絞り加工や複雑な成形も可能です。
磁性についても同様に「二面性」を持っています。固溶化熱処理状態(A材)では主にオーステナイト組織であるため弱磁性を示します。しかし、析出硬化処理後はマルテンサイト組織が生成されることで、かなり強い磁性を示すようになります。これは現場でしばしば誤解されるポイントです。
つまり、「SUS631=ステンレス=非磁性」という前提で部品設計を行うと、熱処理後に想定外の磁性が生じるリスクがあります。ステンレス鋼の磁性は種類だけでなく、熱処理状態によっても決まるということが原則です。
参考:SUS631の材料特性と磁性の詳細について
SUS631 (17-7PH)|析出硬化系ステンレス鋼 - 株式会社特殊金属TOKKIN
SUS631の磁性変化を理解するためには、金属の結晶構造と磁性の関係を知っておく必要があります。磁性を持たない(非磁性・弱磁性)金属の代表は「面心立方格子(FCC)構造」のオーステナイト組織であり、SUS304やSUS316が常時この組織を保持しているため非磁性です。
一方、磁性を持つ「体心正方格子(BCT)構造」や「体心立方格子(BCC)構造」はマルテンサイト組織やフェライト組織に対応し、これらは磁石に引き付けられる強磁性体です。
SUS631のA材(固溶化熱処理状態)では、Niを多く含むため組織は「準安定オーステナイト」として存在します。これが「弱磁性」にとどまる理由です。しかし、冷間加工(圧延など)や熱処理によって応力・熱が加わると、この準安定なオーステナイト組織が安定なマルテンサイト組織へと変態します。
析出硬化処理(H処理)では、マルテンサイト組織の粒内にβ-NiAl(ベータ–ニッケルアルミニウム)金属間化合物相が微細に析出します。この析出相が転位の動きに対する障壁となり、硬度が大きく向上します。マルテンサイト組織が完成することで磁性も同時に強まる仕組みです。
磁性変化のプロセスを整理すると、「固溶化処理(準安定オーステナイト)→マルテンサイト化処理(T処理またはR処理)→析出硬化処理(H処理)→強磁性体へ変化」という流れになります。この流れが基本です。
特に注意が必要なのは、C材(冷間圧延材)として市場に流通しているSUS631は、圧延加工によってすでにある程度マルテンサイト化が進んでいるため、A材よりも磁性が強めになっているケースが多い点です。購入した材料の調質記号(1/2H・3/4H・H・EHなど)と磁性の関係を事前に確認することが重要です。
参考:SUS631の熱処理方法と磁性の詳細解説
析出硬化系ステンレス鋼SUS631の熱処理方法について - 株式会社特殊金属TOKKIN
SUS631と番号が近いSUS630(17-4PH)は、どちらも析出硬化系ステンレスですが、磁性のあらわれ方は異なります。この違いを混同したまま部品選定をすると、設計段階で誤った想定が生まれる恐れがあります。
SUS630の場合は、固溶化熱処理(S処理)を完了した時点でMs点(マルテンサイト変態開始温度)が室温以上にあるため、すでにマルテンサイト組織が生成されています。つまり、S処理直後の硬さは33〜37HRC程度となっており、かつ磁性もこの段階から現れています。析出硬化処理(H900〜H1150)はその後の強度追加という位置づけです。結論として、SUS630は「最初から磁性あり」の鋼種です。
これに対してSUS631は、固溶化処理後の組織が「準安定オーステナイト」であるため、この時点では主に弱磁性にとどまります。SUS630と同じつもりで取り扱うと、磁性に関する認識が大きくずれることになります。
| 比較項目 | SUS630(17-4PH) | SUS631(17-7PH) |
|---|---|---|
| S処理後の組織 | マルテンサイト | 準安定オーステナイト |
| S処理後の磁性 | 強磁性あり | 弱磁性(ほぼ非磁性) |
| 析出硬化後の磁性 | 強磁性 | 強磁性(大幅に増加) |
| マルテンサイト化処理の要否 | 不要(S処理後にすでに硬化) | 必要(T処理またはR処理が先) |
| 市販形状 | 棒材が主(板材も一部あり) | 板材・帯材が主流 |
この比較で大切なのは、SUS631が「熱処理前後で磁性が激変する」鋼種である点です。磁性を嫌う用途での使用を検討する際には、「材料の調質状態(熱処理前か後か)」を必ず確認するようにしましょう。
参考:SUS630とSUS631の組織・熱処理の比較
析出硬化系ステンレス鋼SUS630および631の特性 - mt-k.com(元東京大学先端科学技術研究センター 木村栄治氏執筆)
磁性変化は単なる「材料の性質」の話ではありません。それが現場の不具合・設計トラブル・コスト増大に直結するケースがあります。
まず多いのは、磁気センサーや磁気エンコーダーの近傍にSUS631部品を採用したケースです。固溶化熱処理状態のA材として受け取り、「非磁性に近い」と判断して使用を決定しても、製品完成後に析出硬化処理を施した瞬間に強磁性体へと変化します。磁気センサー部品の誤検知が続くと、製品の出荷停止や追加の対策工数発生につながります。
次に注意が必要なのは、寸法変化との複合問題です。SUS631の析出硬化処理では、マルテンサイト変態による寸法変化が約+0.4〜0.6%、その後の時効処理では約-0.05%の収縮が文献値として報告されています(部品形状・変態度合いにより個体差あり)。精密ばね部品やベローズのような寸法精度が要求される部品では、この膨張・収縮が製品の機能に直接影響します。
📌 設計段階で考えておくべき確認リスト:
これらは見落としがちですね。とくに「A材で発注したから非磁性のはず」という思い込みは危険で、その後の加工工程や熱処理でいつでも磁性が出現する素地がある材料だという認識が必要です。
参考:析出硬化系ステンレス鋼の特性と注意事項
析出硬化系ステンレス鋼の基礎知識まとめ - Mitsuri(発注・加工の情報サイト)
一般的にSUS631の強磁性は「使用上の注意点」として語られることがほとんどです。しかし、視点を変えれば磁性そのものを積極的に活用できるケースも存在します。
たとえば磁気センサーと組み合わせる位置検出部品として使う場合、SUS631の析出硬化処理後の強磁性は、薄板でも磁場の変化を安定して起こすことができるという利点になります。SUS304では検知できない薄板部品であっても、SUS631の析出硬化処理後材であれば磁気センサーによる位置検出が可能になるケースがあります。ばね性と磁性を同時に利用できる点は他の磁性材料にはない特長です。
また、SUS631はSUS304と同等以上の耐食性を持ちながら(耐食性ランク:オーステナイト系>析出硬化系>フェライト系・マルテンサイト系)、析出硬化処理後には引張強さ1230MPa以上(RH950)という高強度も実現できます。これはSUS304の約2〜3倍の強度水準に相当します(SUS304の代表的な引張強さは520MPa程度)。
磁性・強度・耐食性という3要素のバランスをどう調整するかが、材料選択の本質です。
材料を磁性の有無だけで判断するのは得策ではありません。調質状態・熱処理工程・最終用途の三つを照らし合わせて初めて、最適な材料選定が可能になります。これが原則です。
また、SUS631は一般的に流通量が少なく、板厚0.030〜3.0mm・幅3〜300mmの範囲での小ロット対応が必要になるケースも多いため、発注の際は専門メーカーへの事前相談をおすすめします。受注生産での最小ロット100kg〜対応しているサプライヤーもあり、必要な硬さ・表面仕上げ(ブライト/ダル)の指定にも対応可能なケースがあります。
参考:SUS631を含む析出硬化系ステンレス鋼の用途・磁性・物理特性
析出硬化系ステンレス鋼 SUS631, 632J1, TOKKIN350 - 株式会社特殊金属TOKKIN
十分な情報が集まりました。記事を生成します。