磁性材料は、外部から磁場を与えた際の挙動によって大きく「軟磁性材料」と「硬磁性材料」に分類されます。この分類は金属加工業界において非常に重要であり、用途によって適切な材料を選定する際の基本となります。
軟磁性材料は、外部磁場に対して容易に磁化され、外部磁場を取り除くと速やかに磁気が消失する特性を持っています。例えば、純鉄(電磁軟鉄)やケイ素鋼板(珪素鋼板)などが代表的な材料です。これらの材料は高い透磁率と低い保磁力が特徴で、トランスやモーターのコア材、電磁石などに広く使用されています。
軟磁性材料の代表的な種類には以下のものがあります。
一方、硬磁性材料(永久磁石材料)は、一度磁化されると外部磁場を取り除いても磁気を保持し続ける特性を持っています。代表的な材料としては、フェライト磁石やネオジム磁石(NdFeB磁石)、サマリウムコバルト磁石(SmCo磁石)などがあります。これらは高い保磁力を持ち、モーターや発電機、スピーカーなど様々な電子機器に利用されています。
硬磁性材料の代表的な種類には以下のものがあります。
磁性材料の選定においては、材料の磁気特性(飽和磁束密度、保磁力、透磁率など)だけでなく、機械的特性、熱特性、耐食性なども考慮する必要があります。特に金属加工の観点からは、加工性や熱処理の影響も重要なファクターとなります。
希土類磁石は、現代の磁性材料において最も高性能な永久磁石として広く認識されています。主にネオジム磁石(NdFeB磁石)とサマリウムコバルト磁石(SmCo磁石)の二種類が代表的であり、これらは従来の磁石と比較して圧倒的に高い磁気エネルギー積を持つことが特徴です。
ネオジム磁石(NdFeB磁石)は、1982年に日本の住友特殊金属(現在の日立金属)とアメリカのゼネラルモーターズ社によってほぼ同時に発見されました。この磁石はネオジム、鉄、ボロンを主成分としており、フェライト磁石の約10倍もの強力な磁力を持っています。特に次のような特性が注目されています。
しかし、ネオジム磁石には以下のような課題もあります。
サマリウムコバルト磁石(SmCo磁石)は、希土類元素のサマリウムとコバルトを主成分とした磁石で、1970年代に実用化されました。ネオジム磁石と比較して以下のような特長があります。
一方で、高価な希土類元素を多く含むため、コスト面での課題があります。
希土類磁石の応用範囲は非常に広く、以下のような分野で活用されています。
特に近年は、電気自動車の普及に伴い、高性能モーター用の磁石としての需要が急増しています。こうした背景から、希土類元素の使用量削減や代替材料の開発が活発に行われています。
例えば大同特殊鋼では、Dy(ジスプロシウム)使用量削減のために結晶粒の微細化技術に力を入れており、PLP(プレス・レス・プロセス)法という新しい製造方法を採用しています。この方法では、プレス機を使用せずにモールドに磁石粉末を充填し、パルス強磁界で粉末を配向させた後にモールドごと焼結するという革新的な手法を取り入れています。
また、希土類資源の安定供給という観点からも、リサイクル技術の開発や代替材料の研究が進められています。磁性材料の加工技術者にとっては、これらの最新動向を把握し、適切な材料選定や加工方法を検討することが重要となります。
電磁鋼板は、モーターやトランスなどの電気機器の鉄心材料として広く使用されている代表的な軟磁性材料です。その製造技術は、金属加工の専門家にとって重要な知識となります。電磁鋼板の基本的な特性と製造プロセスについて詳しく見ていきましょう。
電磁鋼板とは、鉄にケイ素(Si)を添加した合金で、一般的には0.5~4.5%程度のケイ素を含有しています。ケイ素の添加により、以下のような効果が得られます。
電磁鋼板は、その結晶方向の制御方法によって「方向性電磁鋼板」と「無方向性電磁鋼板」の2つのタイプに分類されます。
方向性電磁鋼板(GO:Grain Oriented)は、圧延方向に結晶の磁化容易軸(<100>方向)が揃えられた鋼板で、変圧器のように磁束が一定方向に流れる用途に適しています。製造には以下のようなプロセスが用いられます。
特に二次再結晶過程では、MnS、AlN、MgOなどの微細な析出物が一次再結晶粒の成長を抑制し、特定の方位を持つ結晶粒のみが選択的に成長する「選択成長」が起こります。この技術により、圧延方向に優れた磁気特性を持つ電磁鋼板が製造されます。
無方向性電磁鋼板(NGO:Non-oriented Grain)は、あらゆる方向に均一な磁気特性を持つよう設計されており、モーターなど磁束が様々な方向に流れる用途に適しています。製造プロセスは以下の通りです。
無方向性電磁鋼板の場合、磁気特性の向上のために以下のような技術が用いられています。
近年の電磁鋼板の技術開発トレンドとしては、以下のようなものがあります。
例えば、JFEスチールの「JFE スーパーコア® JNEX」のような最新の無方向性電磁鋼板は、従来品と比較して大幅に鉄損を低減しており、高効率モーターの実現に貢献しています。
金属加工のプロとしては、電磁鋼板のプレス加工時の注意点も把握しておく必要があります。電磁鋼板は加工硬化によって磁気特性が劣化するため、適切な金型設計やクリアランス設定、応力除去焼鈍などの対策が重要です。
磁性材料の実用化において、温度特性と耐食性は非常に重要な要素です。これらの特性は材料の選定や加工方法、使用環境の制約などに大きく影響します。ここでは、主要な磁性材料の温度特性と耐食性について詳しく解説します。
まず、温度特性について考えると、すべての磁性材料には「キュリー温度」と呼ばれる臨界点があります。この温度を超えると強磁性体は常磁性体へと変化し、永久磁石としての特性を失います。主な磁性材料のキュリー温度は以下の通りです。
しかし、実際の使用限界温度はキュリー温度よりも大幅に低く設定されます。これは温度上昇に伴い磁気特性が徐々に低下するためです。例えば、ネオジム磁石の使用限界温度は一般的に80〜100℃程度とされています。特に希土類磁石では、温度上昇に伴う不可逆減磁が問題となります。
磁性材料の温度特性を表す指標として「温度係数」があります。これは温度変化に対する磁気特性(主に残留磁束密度)の変化率を表すもので、値が小さいほど温度に対して安定していることを意味します。
アルニコ磁石は温度特性が非常に優れており、400℃程度まで使用しても磁気特性がほぼ元通りに回復します。対照的に、フェライト磁石は100℃を超えると大幅に減磁し、常温に戻っても磁力は回復しません。サマリウムコバルト磁石は希土類磁石の中では温度特性に優れ、短時間であれば200℃までの使用が可能です。
次に耐食性について考えると、多くの磁性材料は鉄を主成分としているため、基本的には錆びやすい傾向にあります。しかし、合金組成や表面処理によって耐食性は大きく異なります。
ネオジム磁石は非常に錆びやすく、無処理のままでは急速に酸化します。そのため、通常はニッケルメッキやエポキシコーティングなどの表面処理が施されます。一方、サマリウムコバルト磁石は比較的耐食性に優れています。フェライト磁石は酸化物であるため本質的に耐食性が高く、表面処理なしでも使用可能です。
軟磁性材料の中では、パーマロイ(Fe-Ni合金)は比較的耐食性に優れていますが、純鉄や電磁鋼板は錆びやすい傾向にあります。そのため、これらの材料を湿度の高い環境や屋外で使用する場合は、適切な防錆処理が必要となります。
特に注目すべき材料として、東北特殊鋼の「高耐食性電磁ステンレス鋼 K-M38CS」があります。この材料は、電磁ステンレス鋼の軟磁気特性とオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を併せ持つ高機能材料で、従来は両立が難しかった耐食性と磁気特性を兼ね備えています。
温度特性と耐食性を両立させる技術として、以下のようなアプローチがあります。
金属加工のプロフェッショナルとしては、これらの特性を理解し、適切な材料選定と加工方法を選択することが重要です。特に、磁性材料の加工後の熱処理や表面処理が最終製品の温度特性や耐食性に大きく影響することを認識しておくべきでしょう。
ナノ結晶技術は、磁性材料の性能向上において革新的なブレークスルーをもたらしており、特に軟磁性材料の分野で注目を集めています。ナノ結晶磁性材料とは、結晶粒径が数ナノメートル(通常10〜20nm)レベルの微細な結晶粒で構成された材料であり、従来の結晶質やアモルファス材料とは異なる優れた特性を示します。
ナノ結晶軟磁性材料の開発は、1980年代末に吉沢らによって発明された「ファインメット」に始まります。これはFe-Si-B系アモルファスにNbとCuを添加し、熱処理によって微細結晶を析出させる技術です。当時、アモルファスを結晶化させると磁気特性が悪化するという常識を覆す発見として大きな注目を集めました。
ナノ結晶磁性材料が優れた軟磁気特性を示す理由は、以下のようなメカニズムによるものです。
代表的なナノ結晶軟磁性材料には以下のようなものがあります。
近年の研究開発トレンドとしては、以下のような方向性が挙げられます。
東北大学の牧野彰宏教授らのグループは、Fe含有量を増やしつつもナノ結晶構造を維持する技術を開発し、1.9テスラを超える飽和磁束密度を持つFe-Si-B-P-Cu系ナノ結晶合金の実用化に成功しています。これは従来材料と比較して20〜30%高い値であり、モーターやトランスの小型・高効率化に大きく貢献しています。
GHz帯域での使用を目指し、超常磁性鉄ナノ粒子の研究も進められています。東北大学の小川智之教授らは、粒径3nmの鉄ナノ粒子において、バルクの強磁性共鳴を超える特有の磁気共鳴現象を発見しています。この技術は次世代の高周波デバイスへの応用が期待されています。
従来のメルトスピニング法に加え、機械的合金化法(メカニカルアロイング)やガスアトマイズ法など、新しい製造方法も研究されています。特に三菱マテリアルの宮原正久氏らは、圧粉磁心の性能向上のため、高耐熱性MgO系絶縁被膜の形成技術を開発しています。
脆性が高く加工が困難だったナノ結晶材料の加工技術も進化しています。例えば、ナノ結晶リボンをパウダー化し、樹脂と複合化したコンポジット材料や、特殊な熱処理による延性改善などが研究されています。
東北大学のAIMR(材料科学高等研究所)では、ノンコリニア反強磁性体と強磁性体の積層構造による「双方向制御」を実現し、記憶と演算の機能を併せ持つ革新的なスピン素子の開発に成功しています。この技術はAI処理の省エネ化に貢献する可能性があります。
金属加工業に携わる者としては、これらの新材料の特性を理解し、適切な加工方法を選択することが重要です。例えば、ナノ結晶材料は通常の切削加工が難しい場合が多いため、放電加工や粉末成形などの代替プロセスを検討する必要があります。また、加工によるストレスが磁気特性に影響を与える可能性もあるため、加工後の熱処理なども考慮すべきでしょう。