TTT線図は「焼入れの冷却経路」を直接読む図ではありません。
TTT線図とは「Time-Temperature-Transformation」の頭文字を取った図で、日本語では「等温変態曲線」または「恒温変態曲線」と呼ばれます。S字に近い形をしていることから「S曲線」とも呼ばれ、金属加工の現場では教科書から設計書まで幅広く登場します。
縦軸は温度(℃)、横軸は時間(秒〜時間)です。重要なのは横軸が「対数目盛」であるという点です。つまり目盛の間隔は等間隔ではなく、1秒・10秒・100秒・1000秒…と桁ごとに表示されています。ここを見落とすと、変態にかかる時間を1桁以上誤読するリスクがあります。これは必須の前提知識です。
この図が示しているのは、「オーステナイト化した鋼をある温度まで急冷し、その温度で等温保持(恒温保持)したとき、どのくらいの時間でどの組織に変態するか」という情報です。言い換えると、冷却速度が変化しながら連続的に温度が下がるプロセスを直接表した図ではありません。
つまり等温保持が前提、という点を理解することが読み方の出発点です。
図の中には複数の曲線と記号が含まれており、それぞれの意味は次の通りです。
「s」は start(開始)、「f」は finish(終了)を表しています。変態開始線(左の曲線)と変態終了線(右の曲線)の間が「変態中の領域」です。左の曲線に到達するまでの時間が、変態が始まるまでの「潜伏時間」にあたります。
鉄鋼の等温保持による特性の変化(等温変態)- モノタロウ技術コラム
※TTT曲線の各記号の意味と、ノーズの定義・位置について詳しく解説されています。
TTT線図で最初に目に入る特徴的な形が「ノーズ(鼻)」と呼ばれる出っ張りです。高温側から左(短時間側)に向かって突き出た部分で、共析炭素鋼(約0.8%C)では概ね500〜550℃付近に位置します。
このノーズが示す意味は「最も短時間で変態が始まる温度」です。たとえば共析鋼のノーズ付近では、わずか0.5〜1秒程度でパーライト変態が開始する場合があります。時計の針2周分にも満たない時間です。ノーズより高温側に保持するとパーライト変態が起き、低温側(Bs〜Ms点の間)に保持するとベイナイト変態が起きます。
ノーズより高温の領域(おおよそ550〜700℃)でパーライト変態が生じます。保持温度が高いほど得られるパーライトの層間隔が粗く(粗大パーライト)、硬さは低くなります。逆に保持温度がノーズに近いほど組織は微細になり、「トルースタイト」「ソルバイト」と呼ばれる微細なパーライト組織が形成されます。硬さは温度が低いほど高くなる、という関係です。
ノーズよりも低温(おおよそMs点〜Bs点の間)の領域はベイナイト変態域です。ここで等温保持するとフェライトとFe₃C(セメンタイト)の混合組織であるベイナイトが得られます。ベイナイトには温度帯によって2種類あります。
硬さとしては、ベイナイト変態温度が低いほど高硬度になるということですね。上部・下部ベイナイトという名称は見落とされがちですが、等温熱処理条件を設定する際に重要な区別です。
TTT図 - Wikipedia(日本語)
※TTT図の線の種類(パーライト・ベイナイト・マルテンサイト変態の各線)の意味が整理されています。
TTT線図の下部には、横方向に引かれた2本の水平線があります。上がMs点(マルテンサイト変態開始温度)、下がMf点(マルテンサイト変態終了温度)です。共析炭素鋼(約0.8%C)では、Msが約220℃、Mfは約−100℃付近に位置します。
ここで注意すべき重要な点があります。マルテンサイト変態は「時間の経過」ではなく「温度の低下」によって進むということです。パーライトやベイナイトが「一定温度で保持している時間」に応じて変態が進むのとは、根本的に性質が異なります。
つまり、Msよりも高い温度に保持し続ける限り、いくら時間が経過してもマルテンサイトは生成されません。Msを下回った瞬間から変態が始まり、温度が下がるにつれて変態量が増加し、Mf点でマルテンサイト変態が完了します。時間ではなく温度変化が「鍵」です。
この変態の特殊性には実務上の大きなリスクが伴います。Msからの急激な温度変化は体積膨張を引き起こし、焼割れや変形の原因になります。特に断面の大きい部品では外表面と内部でMs点到達のタイミングが異なるため、内外の体積差が応力集中を招きます。
このリスクを管理するための熱処理として「マルクエンチ」があります。Ms点の直上付近の温度で品物をいったん等温保持し、内外の温度差を均一化してから冷却する方法です。焼割れリスクを大幅に下げることができ、精密部品の焼入れではよく採用されます。
Mf点が室温を大幅に下回る鋼種(炭素量の多いもの)では、室温まで冷却してもマルテンサイト変態が完了せず、オーステナイトが一部残留します。これが「残留オーステナイト」であり、後の寸法変化や硬さ不足の原因になります。残留オーステナイトが問題になる場合はサブゼロ処理(-196℃近辺での深冷処理)が有効です。
恒温変態曲線(TTT曲線・S曲線)の見方と考え方 - 鉄鋼の熱処理と加工
※Ms点の変態が「時間」ではなく「温度低下」で進む点と、マルクエンチへの応用について詳しく記載されています。
TTT線図と並んでよく目にするのがCCT線図(Continuous Cooling Transformation curve:連続冷却変態曲線)です。両者の外形は似ており混同されやすいですが、根本的に前提条件が異なります。ここを理解しておくことは、熱処理条件の設定ミスを防ぐ上で非常に重要です。
| 項目 | TTT線図 | CCT線図 |
|---|---|---|
| 前提条件 | 等温保持(一定温度で保持) | 連続冷却(温度を下げながら冷却) |
| 横軸 | 時間(対数目盛) | |
| 縦軸 | 温度(℃) | |
| ノーズの位置 | 比較的左(短時間)・高温側 | TTT線図より右下(低温・長時間側)にずれる |
| 実務での使われ方 | 等温熱処理の条件設計、概念説明 | 通常の焼入れ(連続冷却)の組織予測 |
一般的にCCT線図のほうが、ノーズ位置がTTT線図より右下(低温・長時間側)にずれます。これは連続冷却では変態が起こるまでの時間がより長くなるためです。
実務で通常の焼入れ(水焼入れや油焼入れ)を行う場合、品物は連続的に温度が下がるため、本来はCCT線図のほうが適切です。それでも焼入れの説明にTTT線図が多用される理由は、「パーライトノーズを避ける」という概念が視覚的にわかりやすいからです。CCT線図の鋼種ごとのデータが少ないという事情もあります。
CCT線図には「熱処理用」と「溶接用」の2種類があります。これも見落とされやすい点です。溶接では熱処理に比べて加熱温度が非常に高くなり(オーステナイト化温度が1350℃前後に達することも)、オーステナイト粒が粗大化します。この粗大化の影響でCCT線図の形状が変わるため、溶接部の組織予測には「溶接用CCT線図」を使わないと判断を誤ります。
鉄鋼材料における熱処理について〜等温変態(TTT)線図と連続冷却変態(CCT)線図 - note(技術士 金属部門)
※TTT線図とCCT線図の比較、溶接用・熱処理用CCT線図の使い分けについて図付きで解説されています。
TTT線図(S曲線)の形状は固定ではありません。鋼の化学成分、とりわけ合金元素の種類と量によってノーズの位置が大きく変化します。この点は実務上の材料選定に直結するため、金属加工従事者にとって特に重要な知識です。
ノーズが右側(長時間側)に移動するほど、焼入れが容易になります。言い換えると、「ゆっくり冷やしてもマルテンサイトを得やすくなる」ということです。油焼入れや空冷焼入れが可能になるのはこのためです。ノーズの右移動をもたらす主な合金元素は次の通りです。
これらの元素が含まれる合金鋼は、炭素鋼と比べてTTT線図のノーズが大幅に右にずれます。たとえば冷間工具鋼(SLD)のようにCr・Mo・Vが多量に添加された鋼では、ノーズがほぼ消えたようになり、500℃付近に何時間保持しても変態しないことがあります。これを「ベイ(Bay)」と呼ぶこともあります。
また、ノーズの位置はオーステナイト化条件(加熱温度・保持時間)にも影響されます。加熱温度が高いほど、また保持時間が長いほどオーステナイト粒が粗大化し、ノーズが右移動します。同じ鋼種のTTT線図であっても、オーステナイト化条件が異なれば曲線の形状が変わる点に注意が必要です。
このため、鋼種メーカーが公表しているTTT線図を参照する際は、必ず「化学成分」「オーステナイト化温度」「保持時間」の条件を確認することが原則です。これらの条件が明記されていない線図は鵜呑みにできません。
現場で特定鋼種のTTT線図を確認したい場合、プロテリアル(旧:日立金属)や大同特殊鋼などの鋼材メーカーが公開している技術資料・データブックが信頼性の高い情報源です。材料の熱処理条件を設定する際は、その鋼種のTTT線図またはCCT線図と照らし合わせて確認するのが条件です。
特殊鋼倶楽部 やさしく読める特殊鋼(PDF)
※TTT曲線の基礎と合金鋼への適用について、現場目線でまとめられた技術資料です。