工具鋼の種類と特性で加工効率向上

工具鋼の主要な種類や特性について詳しく解説します。SK、SKS、SKD、SKHなどの違いを理解し、適切な工具鋼を選ぶことで金属加工の品質向上が期待できます。あなたは工具鋼を正しく選べていますか?

工具鋼の種類と特徴

工具鋼の種類と特徴

工具鋼の基本情報
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種類の区分

JIS規格では炭素工具鋼(SK)、合金工具鋼(SKS・SKD・SKT)、高速度工具鋼(SKH)の3つに大別されています

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選択のポイント

硬度、靭性、耐熱性、耐摩耗性など用途に応じた特性を把握して選ぶことが重要です

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主な用途

切削工具、金型、耐衝撃工具など様々な工業製品の製造に使用されています

工具鋼とは?基本的な分類と用途

 

工具鋼は、その名が示す通り主に工具や金型などの製造に使用される特殊鋼材です。一般的な構造用鋼材と比較して、高い硬度、優れた耐摩耗性、良好な熱処理特性を持ち、厳しい加工条件下でも性能を発揮します。

 

JIS規格では、工具鋼は以下の3つに大きく分類されています。

  • 炭素工具鋼(SK材):炭素含有量が約0.6~1.5%で、比較的シンプルな組成を持つ工具鋼
  • 合金工具鋼(SKS・SKD・SKT材):炭素工具鋼に特殊元素を添加して性能を向上させた工具鋼
  • 高速度工具鋼(SKH材):高温でも硬度を維持できる特殊な工具鋼(ハイス鋼とも呼ばれる)

工具鋼の選定において最も重要なのは、その用途に適した特性を持つ鋼種を選ぶことです。硬度、靭性(粘り強さ)、耐熱性、耐摩耗性などのバランスを考慮する必要があります。例えば、高い衝撃荷重がかかる用途には靭性の高い工具鋼を、高速切削には耐熱性の高い工具鋼を選ぶというように、適材適所の選択が重要です。

 

炭素工具鋼(SK材)の特性と活用法

 

SK材は工具鋼の中でも最もシンプルな組成を持ち、特殊元素をほとんど含まない炭素鋼です。SK材の「SK」は「Steel Kougu(鋼工具)」の略称です。

 

SK材の主な特徴:

  • 炭素含有量:0.6~1.5%(種類によって異なる)
  • 比較的低コストで入手可能
  • 優れた硬度と耐摩耗性
  • 約200~300℃以上の温度で硬度が低下する
  • 熱の発生が比較的少ない用途に適している

SK材は以前は連続番号(SK1~SK7)で表示されていましたが、現在は炭素含有量を数値で表す記号が使われています。例えば、SK85は炭素含有量が0.85%、SK105は1.05%を意味します。

 

種類の記号 旧記号 炭素含有量(%) 焼入れ硬度(HRC) 主な用途
SK140 SK1 1.30~1.50 63以上 やすり、ドリル
SK120 SK2 1.15~1.25 62以上 カミソリ、刃物
SK105 SK3 1.00~1.10 61以上 冷間金型
SK95 SK4 0.90~1.00 61以上 精密工具
SK85 SK5 0.80~0.90 59以上 ノコギリ、ハンマー
SK75 SK6 0.70~0.80 57以上 ばね、農機具部品
SK65 SK7 0.60~0.70 56以上 クラッチプレート

SK材は一般的に加工前または加工後に熱処理を行いますが、200℃程度で焼きが戻って硬度が低下するため、熱の発生がさほど見込まれない部品や人が手で使用する工具に適しています。

 

合金工具鋼(SKS・SKD・SKT)の用途別区分

 

合金工具鋼は、炭素工具鋼(SK材)にタングステン(W)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)などの特殊元素を添加して、耐摩耗性、耐衝撃性、不変形性、耐熱性を向上させた工具鋼です。JIS規格では用途に応じて4つのグループに分類されています。

 

1. 切削工具用合金工具鋼(SKS)

  • JIS規格:SKS11、SKS2、SKS21、SKS5、SKS51、SKS7、SKS81、SKS8
  • 特徴:焼き入れ硬度が大きく、切削工具に適している
  • 用途:ドリル、丸ノコ、帯ノコ、やすりなど
  • SK材に比べて耐摩耗性・耐衝撃性に優れ、より丈夫な切削工具に使用

2. 耐衝撃工具用合金工具鋼(SKS)

  • JIS規格:SKS4、SKS41、SKS43、SKS44
  • 特徴:硬度よりも靭性(粘り強さ)に優れ、衝撃に強い
  • 硬度:HRC53~55程度(他の合金工具鋼よりも低い)
  • 用途:たがね、ポンチ、スナップなど
  • 炭素量を減らし、代わりにCrやWを多く添加して製造

3. 熱間金型用合金工具鋼(SKD・SKT)

  • JIS規格:SKD4、SKD5、SKD6、SKD61(DAC)、SKD62、SKD7、SKD8、SKT3、SKT4(DM)、SKT6
  • 特徴:高温下でも高い硬度を維持し、耐摩耗性に優れる
  • SKD:熱間ダイス鋼、SKT:鍛造用型鋼
  • 用途:熱間プレス金型、ダイカスト金型など
  • ヒートクラックに強く、高温環境下での使用に適している

4. 冷間金型用合金工具鋼(SKS・SKD)

  • JIS規格:SKS3(SGT)、SKS31、SKS93(YCS)、SKS94、SKS95、SKD1、SKD2、SKD10、SKD11(SLD)、SKD12
  • 特徴:高い耐摩耗性と焼入れ後の変形が少ない
  • 「冷間3鋼種」:SKD11、SKS3、SKS93が代表的
  • 用途:ゲージ、プレス型など
  • 焼入れをしてもほとんど膨張が見られない特性を持つ

合金工具鋼の中でも特に注目されるのは、幅広い用途で使用されるSKD11です。耐摩耗性、耐圧性、靭性のバランスが良く、冷間金型の標準材として多くの分野で利用されています。ただし、焼入れ温度が1,000℃前後と高温になるため、熱処理時の歪みに注意が必要です。

 

合金工具鋼の詳細な分類と特性についての参考情報

高速度工具鋼(SKH)の特徴と選び方

 

高速度工具鋼(SKH材)は「ハイス鋼」とも呼ばれ、その名の通り高速での切削加工に適した工具鋼です。SKH材の「SKH」は「Steel Kougu High-speed」の略で、高い硬度と優れた耐熱性を特徴としています。

 

高速度工具鋼の主な特性:

  • 高炭素鋼にCr(クロム)やC(炭素)、W(タングステン)、Mo(モリブデン)、V(バナジウム)などの合金元素を多く含有
  • 焼入れ硬度が63HRC以上と非常に高い
  • 約600℃までの高温環境でも硬度を維持できる
  • 優れた耐摩耗性と適度な靭性を持つ
  • 切削工具や金型など高負荷な用途に適している

高速度工具鋼は大きく分けて2種類あります。
1. タングステン系高速度工具鋼

  • 特徴:約18%前後のタングステンを含有(モリブデンは含まない)
  • JIS規格:SKH2、SKH3、SKH4、SKH10
  • 用途:主に切削工具(バイト、フライス、リーマーなど)
  • 特に耐摩耗性が大きいため、高速切削作業に適している

2. モリブデン系高速度工具鋼

  • 特徴:約5%前後のモリブデンと6%前後のタングステンを含有
  • JIS規格:SKH51~SKH59(9種類)
  • 用途:切削工具、ドリル、衝撃を受けるプレス金型など
  • 靭性が高く、SKH51(旧SKH9)が最も広く使われている

さらに近年では、粉末冶金技術を用いた「粉末ハイス」も登場しています。これは溶けた金属を一度微粉末にし、その粉末を固めて均一で微細な組織を作る方法で製造されます。この製法により、耐摩耗性、靭性、耐疲労性が向上し、64~70HRC程度の非常に高い焼入れ硬度が得られます。通常のハイス鋼で不満がある場合に選択されることが多いです。

 

高速度工具鋼を選ぶ際のポイントは、使用環境の温度、加工速度、被削材の硬さなどを考慮することです。特に高速切削を行う場合や熱の発生が避けられない用途では、タングステン系の高速度工具鋼が適しています。一方、衝撃荷重がかかる場合や、やや低速での加工には靭性の高いモリブデン系が向いています。

 

工具鋼の熱処理と加工時の注意点

 

工具鋼の性能を最大限に発揮させるためには、適切な熱処理と加工プロセスが不可欠です。熱処理によって工具鋼の硬度、靭性、耐摩耗性などの特性が大きく変化するため、目的に応じた処理方法の選択が重要になります。

 

工具鋼の主な熱処理プロセス:

  1. 焼なまし(Annealing)
    • 目的:加工性の向上、内部応力の除去
    • 方法:材料を特定温度まで加熱し、徐冷する
    • 効果:鋼の軟化、均質化、機械加工性の向上
  2. 焼入れ(Quenching)
    • 目的:硬度の向上
    • 方法:オーステナイト化温度まで加熱し、急冷する
    • 工具鋼の種類によって最適な温度と冷却方法が異なる
    • SK材は水冷、合金工具鋼や高速度工具鋼は油冷や空冷が一般的
  3. 焼戻し(Tempering)
    • 目的:適度な靭性の付与、残留応力の除去
    • 方法:焼入れ後、特定温度で一定時間加熱し、冷却する
    • 焼戻し温度によって硬度と靭性のバランスを調整可能

工具鋼の加工時の注意点:

  1. 高速度工具鋼の加工
    • 表面から徐々に加工を始め、最初は加工条件を控えめに設定
    • 刃物のチッピングを防止するため、様子を見ながら条件を調整
    • 穴あけ加工も同様に、最初は加工条件を落として行う
  2. 高硬度材の切削加工
    • 剛性の高い工作機械を使用する
    • 振動を最小限に抑えるため、突き出し量を短くする
    • 適切な切削油を使用し、熱の発生を抑制する
  3. 熱処理による変形対策
    • 複雑な形状の部品は、仕上げ加工前に応力除去焼なましを行う
    • 熱処理による変形を見越して、寸法に余裕を持たせる
    • 重要な寸法部は熱処理後に仕上げ加工を行う
  4. 研削加工時の注意点
    • 焼入れ材の研削では、冷却を十分に行い熱影響を防ぐ
    • 粗研削と仕上げ研削を分けて行い、精度を確保する
    • 研削焼けを防止するため、適切な砥石と条件を選択する

高速度工具鋼の加工では、特に「高速ミーリング」と呼ばれる加工方法が効果的です。この方法では工具にかかる負担を小さく抑えながら高速で切削を行います。短い刃長の高精度工具を使用し、焼ばめホルダを使うことで安定した切削が可能になります。

 

また、工具鋼の加工精度を向上させるためには、加工後の歪み対策も重要です。熱処理前に応力除去焼なましを行ったり、複数回に分けて熱処理を行ったりすることで、歪みを最小限に抑えることができます。

 

工具鋼の加工方法に関する詳細情報
工具鋼の種類選定から熱処理、加工まで一貫して適切な方法を選ぶことで、工具や金型の性能を最大限に引き出し、製品の品質向上と寿命延長に繋がります。特に高付加価値な製品製造においては、工具鋼の特性を理解し、最適な材料と加工方法を選択することが重要です。