工具鋼は、その名が示す通り主に工具や金型などの製造に使用される特殊鋼材です。一般的な構造用鋼材と比較して、高い硬度、優れた耐摩耗性、良好な熱処理特性を持ち、厳しい加工条件下でも性能を発揮します。
JIS規格では、工具鋼は以下の3つに大きく分類されています。
工具鋼の選定において最も重要なのは、その用途に適した特性を持つ鋼種を選ぶことです。硬度、靭性(粘り強さ)、耐熱性、耐摩耗性などのバランスを考慮する必要があります。例えば、高い衝撃荷重がかかる用途には靭性の高い工具鋼を、高速切削には耐熱性の高い工具鋼を選ぶというように、適材適所の選択が重要です。
SK材は工具鋼の中でも最もシンプルな組成を持ち、特殊元素をほとんど含まない炭素鋼です。SK材の「SK」は「Steel Kougu(鋼工具)」の略称です。
SK材の主な特徴:
SK材は以前は連続番号(SK1~SK7)で表示されていましたが、現在は炭素含有量を数値で表す記号が使われています。例えば、SK85は炭素含有量が0.85%、SK105は1.05%を意味します。
種類の記号 | 旧記号 | 炭素含有量(%) | 焼入れ硬度(HRC) | 主な用途 |
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SK140 | SK1 | 1.30~1.50 | 63以上 | やすり、ドリル |
SK120 | SK2 | 1.15~1.25 | 62以上 | カミソリ、刃物 |
SK105 | SK3 | 1.00~1.10 | 61以上 | 冷間金型 |
SK95 | SK4 | 0.90~1.00 | 61以上 | 精密工具 |
SK85 | SK5 | 0.80~0.90 | 59以上 | ノコギリ、ハンマー |
SK75 | SK6 | 0.70~0.80 | 57以上 | ばね、農機具部品 |
SK65 | SK7 | 0.60~0.70 | 56以上 | クラッチプレート |
SK材は一般的に加工前または加工後に熱処理を行いますが、200℃程度で焼きが戻って硬度が低下するため、熱の発生がさほど見込まれない部品や人が手で使用する工具に適しています。
合金工具鋼は、炭素工具鋼(SK材)にタングステン(W)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)などの特殊元素を添加して、耐摩耗性、耐衝撃性、不変形性、耐熱性を向上させた工具鋼です。JIS規格では用途に応じて4つのグループに分類されています。
1. 切削工具用合金工具鋼(SKS)
2. 耐衝撃工具用合金工具鋼(SKS)
3. 熱間金型用合金工具鋼(SKD・SKT)
4. 冷間金型用合金工具鋼(SKS・SKD)
合金工具鋼の中でも特に注目されるのは、幅広い用途で使用されるSKD11です。耐摩耗性、耐圧性、靭性のバランスが良く、冷間金型の標準材として多くの分野で利用されています。ただし、焼入れ温度が1,000℃前後と高温になるため、熱処理時の歪みに注意が必要です。
高速度工具鋼(SKH材)は「ハイス鋼」とも呼ばれ、その名の通り高速での切削加工に適した工具鋼です。SKH材の「SKH」は「Steel Kougu High-speed」の略で、高い硬度と優れた耐熱性を特徴としています。
高速度工具鋼の主な特性:
高速度工具鋼は大きく分けて2種類あります。
1. タングステン系高速度工具鋼
2. モリブデン系高速度工具鋼
さらに近年では、粉末冶金技術を用いた「粉末ハイス」も登場しています。これは溶けた金属を一度微粉末にし、その粉末を固めて均一で微細な組織を作る方法で製造されます。この製法により、耐摩耗性、靭性、耐疲労性が向上し、64~70HRC程度の非常に高い焼入れ硬度が得られます。通常のハイス鋼で不満がある場合に選択されることが多いです。
高速度工具鋼を選ぶ際のポイントは、使用環境の温度、加工速度、被削材の硬さなどを考慮することです。特に高速切削を行う場合や熱の発生が避けられない用途では、タングステン系の高速度工具鋼が適しています。一方、衝撃荷重がかかる場合や、やや低速での加工には靭性の高いモリブデン系が向いています。
工具鋼の性能を最大限に発揮させるためには、適切な熱処理と加工プロセスが不可欠です。熱処理によって工具鋼の硬度、靭性、耐摩耗性などの特性が大きく変化するため、目的に応じた処理方法の選択が重要になります。
工具鋼の主な熱処理プロセス:
工具鋼の加工時の注意点:
高速度工具鋼の加工では、特に「高速ミーリング」と呼ばれる加工方法が効果的です。この方法では工具にかかる負担を小さく抑えながら高速で切削を行います。短い刃長の高精度工具を使用し、焼ばめホルダを使うことで安定した切削が可能になります。
また、工具鋼の加工精度を向上させるためには、加工後の歪み対策も重要です。熱処理前に応力除去焼なましを行ったり、複数回に分けて熱処理を行ったりすることで、歪みを最小限に抑えることができます。
工具鋼の加工方法に関する詳細情報
工具鋼の種類選定から熱処理、加工まで一貫して適切な方法を選ぶことで、工具や金型の性能を最大限に引き出し、製品の品質向上と寿命延長に繋がります。特に高付加価値な製品製造においては、工具鋼の特性を理解し、最適な材料と加工方法を選択することが重要です。