「常温で問題なく使えている鋼材が、冬場の屋外で前触れなく破断し、設備が全損した事例が国内で複数報告されています。」
金属加工の現場では「低温になると金属が脆くなる」という話を耳にすることがあります。この現象の核心にあるのが、延性脆性遷移温度(Ductile-Brittle Transition Temperature、略してDBTT)という概念です。
通常、金属は荷重がかかると塑性変形(永久変形)を起こしてから最終的に破壊に至る「延性破壊」を示します。引っ張ったときに少し伸びてから切れるイメージです。ところが温度が一定以下に下がると、塑性変形をほとんど起こさないまま突然割れる「脆性破壊」へと移行します。ガラスが割れるような破壊に近いと考えると分かりやすいでしょう。
この延性破壊から脆性破壊へと挙動が切り替わる境界の温度が、延性脆性遷移温度です。つまりDBTT以上の温度ではねばり強く変形してから壊れ、DBTT以下では急に脆くなるということですね。
遷移が起こる物理的なメカニズムは、結晶格子の中での「転位」の動きやすさに関係します。温度が下がると転位の移動に必要な熱エネルギーが不足し、塑性変形を担う転位が動けなくなります。その結果、き裂の先端に応力が集中したときに塑性変形で吸収できず、脆性破壊につながるわけです。
重要なのは、この現象はすべての金属に起こるわけではないという点です。体心立方格子(BCC)構造を持つ鉄・炭素鋼・クロムなどは明確な遷移温度を示しますが、面心立方格子(FCC)構造を持つアルミニウム・銅・ニッケル・オーステナイト系ステンレス鋼では低温脆性はほとんど発生しません。FCC金属では低温でも転位が比較的動きやすいため、遷移が起こりにくいのです。材料選定の出発点として、まず結晶構造の違いを頭に入れておくことが大切です。
低温脆性の怖さを示す歴史的事例として有名なのが、タイタニック号の沈没と第二次世界大戦中のリバティ船の連続事故です。タイタニック号沈没時の海水温は約−2℃でしたが、当時の鉄板はリンや硫黄を多く含む低品質な素材で、後の調査によって遷移温度が27℃(常温以上)であったことが判明しています。またリバティ船は約2,700隻が製造されたうちの1,031隻に損傷事故が報告され、うち200隻以上が沈没か使用不能となりました。これらの事故が、低温脆性と遷移温度研究の体系化を一気に加速させたのです。
低温脆性とシャルピー衝撃試験について詳しく解説している専門コラムです。
【簡単解説】金属の低温脆性とシャルピー衝撃試験について|東金属
DBTTを実際にどのように求めるかという手順は、現場での材料管理の核心です。最も広く使われているのがシャルピー衝撃試験(JIS Z 2242:2018)で、次のような流れで遷移温度を求めます。
| ステップ | 内容 | ポイント |
|---|---|---|
| ①試験片の準備 | 10×10×55mm、Vノッチ(またはUノッチ)付き | ノッチ形状が試験結果に影響する |
| ②複数温度での試験 | 高温〜低温の範囲で同一材料の試験片を各温度で破断 | 温度ごとに最低3本以上が理想 |
| ③吸収エネルギーの計算 | 破断前後のハンマー振れ角から計算(E = WR(cosθβ − cosθα) − L) | 単位はJ(ジュール) |
| ④破面観察 | 破面に占める脆性(繊維状でない)部の割合を脆性破面率として評価 | SEMを使う場合もある |
| ⑤遷移曲線の作成 | 横軸:温度、縦軸:吸収エネルギーまたは脆性破面率でグラフを描く | S字カーブ(シグモイド曲線)が得られる |
| ⑥遷移温度の読み取り | 曲線から定義に沿って遷移温度を決定する | 定義が複数あるため明示が必要 |
特に押さえておきたいのが、遷移温度の「定義」です。一口にDBTTと言っても、実は複数の定義が存在します。
これは基本です。同じ材料でも定義が違えば求まる遷移温度が数十℃単位でずれることがあります。仕様書や規格書で「どの定義でDBTTを評価するか」を事前に確認・合意しておかないと、受け入れ試験で合否判定が食い違うトラブルが発生します。
現場では「シャルピー27J以上をクリアすればOK」という形で特定エネルギー基準を使うことが多いですが、設計の根拠となるDBTTを正確に把握したい場面では、遷移曲線を全温度範囲で丁寧に描く必要があります。複数温度のデータを取るのが手間に感じられるかもしれませんが、この手間を省くと後から材料の適否を論証できなくなります。試験は複数温度・複数本が原則です。
JIS Z 2242:2018の規格内容(遷移曲線・エネルギー遷移温度・破面遷移温度の求め方)の詳細はこちら。
JIS Z 2242:2018 金属材料のシャルピー衝撃試験方法|kikakurui.com
金属加工に携わる方であれば、どの材料がどの程度の遷移温度を持つかを大まかに把握しておくことが安全管理の第一歩です。以下に代表的な材料のDBTT目安値をまとめます。
| 材料 | 結晶構造 | DBTT目安(℃) | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 低炭素鋼(A36相当) | BCC | −10〜−40 | 寒冷地・冬季の屋外使用は要注意 |
| 中炭素鋼 | BCC | −20〜−50 | 炭素量が多いほど遷移温度は高い傾向 |
| 低合金鋼 | BCC | −30〜−50 | Ni・Mn添加で低下できる |
| ステンレス鋼 SUS304 | FCC(オーステナイト) | −200〜−300以下 | 極低温用途にも対応可能 |
| ステンレス鋼 SUS430 | BCC(フェライト) | 0〜−50 | BCCのため低温脆性あり |
| アルミニウム合金 | FCC | −150〜−200以下 | 明確なDBTTなし・低温でも延性維持 |
| 銅(Cu) | FCC | 明確なDBTTなし | 極低温でも延性を保つ |
| タングステン | BCC | 約300(600〜700K) | 室温でも低温脆性が発現する |
特に意外なのがフェライト系ステンレス(SUS430など)です。「ステンレスだから低温でも安心」と思い込んでいると危険で、フェライト系はBCC構造のため低温脆性が発生します。安全に使えるのは主にオーステナイト系(SUS304・SUS316など)で、これらはFCC構造のため−200℃前後まで延性を維持します。つまりステンレスなら全部大丈夫ではありません。
タングステンの事例も見落とされがちです。タングステンのDBTTは約300℃(600〜700K)と極めて高く、室温(約20℃)でも低温脆性が出る場合があります。焼鈍処理で結晶粒が粗大化するとDBTTがさらに上昇して室温脆性が顕著になるため、タングステンの加工・使用には特別な配慮が必要です。
一方、低炭素鋼のDBTTが−10〜−40℃という点は、日本の寒冷地での屋外使用(冬季の北海道や東北では−20℃以下になることがある)を考えると、決して余裕があるとは言えません。北海道の冬は最低気温が−30℃を下回る地域もあり、標準的な低炭素鋼はDBTTの範囲内に入る可能性があります。構造物や配管を設計する際は、使用地の最低気温とDBTTのマージンを必ず確認することが大切です。
各種材料のDBTT一覧や材料選定の考え方については、以下のページが参考になります。
延性脆性遷移温度と材料別DBTT一覧|Stanford Advanced Materials(日本語版)
DBTTは材料証明書に記載された固定値ではなく、製造後の工程や使用環境によって後から変化します。これを知らずに「納品時の試験結果を根拠に安全と判断した」まま使い続けると、年月の経過とともにDBTTが上昇し、設備が想定外の脆性破壊を起こす危険があります。
DBTTを高温側にシフトさせる(脆化させる)主な要因は次のとおりです。
溶接後のリスクは特に現場で軽視されがちです。同じ鋼板でも溶接部のHAZ(熱影響部)はDBTTが母材より20〜50℃以上高くなることがあります。たとえ母材のDBTTが−40℃でも、溶接後のHAZのDBTTが−10℃まで上昇していれば、国内の冬季環境で十分に脆性破壊リスクが生じます。
この問題への対策として、溶接後は必ず溶接部を含む試験片でシャルピー衝撃試験を実施し、HAZのDBTTを個別に確認することが求められます。溶接施工法の認定(WPS)の中には、試験温度と吸収エネルギーの基準が定められているものもあるため、工事規格を事前に確認してください。
結晶粒粗大化の防止という観点では、Nbやモリブデンなどの微量合金元素を添加したTMCP(熱加工制御)鋼が効果的です。これらの鋼材は溶接時の結晶粒成長を抑制し、DBTTを低く保つ設計がされています。コストはやや高くなりますが、低温環境で使用する構造材としては選択肢に入れる価値があります。
溶接継手の脆性破壊特性と溶接熱影響部の脆化メカニズムについては、溶接技術の権威ある解説が参考になります。
Q:溶接継手の脆性破壊にはどのような特徴がありますか|日本溶接協会
DBTTを低く保つ、あるいは下げることは、低温環境での安全性を高める上で重要なテーマです。遷移温度を高くする要因の逆を突けばよいという考え方が基本になりますが、実際には複数のアプローチを組み合わせることが多いです。
まず最も効果的なのが結晶粒の微細化です。細粒化により粒界の総面積が増え、き裂の伝播が阻害されて靭性が向上します。数値的には、オーステナイト粒度番号が1番号上がる(粒径が約30%小さくなる)ごとにDBTTが約10〜15℃低下するという目安があります。ホール-ペッチ則の観点からも、細粒化は延性確保に有利です。
次に有効なのが合金元素の最適化です。代表的なのはニッケル(Ni)添加で、Niは鉄のBCC格子の転位移動を助けて低温靭性を大幅に改善します。圧力容器用鋼や低温配管用鋼に3.5%Ni鋼・9%Ni鋼が使われる理由がここにあります。9%Ni鋼はLNG(液化天然ガス)タンクの材料として使われており、−165℃という極低温でも十分な靭性を発揮します。冷媒配管や寒冷地の橋梁などでNi添加鋼が重宝される理由が分かりますね。
一方でリン(P)・硫黄(S)・炭素(C)の不純物削減も見逃せません。タイタニック号の事例で分かるように、不純物の多い鋼は遷移温度が室温以上にまで上がることがあります。現代の製鋼技術では、Pを0.020%以下、Sを0.010%以下に管理することが低温靭性確保の基本要件です。
熱処理による改善も有効な手段です。焼ならし(ノーマライズ)処理を適切に行うと均一な細粒フェライト組織が得られ、DBTTを下げる効果があります。焼入れ・焼戻し(Q&T処理)ではさらに靭性の高いテンパードマルテンサイト組織が得られ、高強度と低いDBTTを両立できます。
現場レベルで取り組みやすい対策としては、まず使用材料のミルシート確認があります。化学成分から炭素当量(Ceq)を計算し、溶接性と靭性の見通しを立てることが一般的です。炭素当量が高いほどDBTTは高温側になりやすいため、炭素当量が0.45%以下の材料を選ぶことが、低温靭性の観点では出発点となります。ミルシートの確認は必須です。
また、DBTTの正確な評価が必要な場面では、試験機関へのシャルピー衝撃試験の依頼が選択肢になります。日本製鉄グループの日鉄テクノロジーや各地の公設試験機関では、低温シャルピー試験を受け付けており、試験温度を指定して吸収エネルギーと破面率の遷移曲線を取得することが可能です。設備導入や材料変更の際には事前に試験データを取得しておくことで、後のトラブルを防ぐことができます。
シャルピー衝撃試験の受け入れと遷移曲線の取得事例については、以下のページで事例が公開されています。
靭性・破壊靭性試験の事例と装置仕様|日鉄テクノロジー(日本製鉄グループ)