絞り比の計算と工程設計・限界絞り比の基本

絞り比の計算方法や限界絞り比(LDR)の求め方、ブランク径の展開計算、相対板厚の考え方まで、プレス絞り加工の工程設計に必要な知識を網羅。絞り回数の決め方、割れ・しわの防止ポイントを知っていますか?

絞り比の計算と工程設計・限界絞り比の基本

絞り比を「1回の加工で2.0まで」と思い込むと、材料によっては製品が1工程目でスクラップになります。


この記事の3つのポイント
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絞り比と絞り率の関係

絞り比(Z)は絞り率(m)の逆数。Z=D/d、m=d/Dの違いを正確に理解することが工程設計の第一歩です。

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限界絞り比と絞り回数の決め方

一般的な軟鋼の限界絞り比は約2.0。相対板厚と材質に応じて絞り率を段階的に緩め、必要工程数を正確に算出します。

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割れ・しわを防ぐ相対板厚の活用

相対板厚(t/D×100%)が0.1未満では条件のわずかな変化でしわや割れが発生。設計段階から板厚とブランク径の関係を確認することが重要です。


絞り比の計算方法と絞り率の基本公式

絞り加工の工程設計で最初に理解しておきたいのが、「絞り比」と「絞り率」の関係です。どちらも同じ現象を数値化したものですが、使い方が異なります。


絞り率(m)は、絞った後の直径(d)をブランク直径(D)で割った値です。絞り比(Z)はその逆数であり、それぞれ以下の計算式で求められます。


  • 絞り率:m=d÷D(例:m1=初絞り後の径÷ブランク径)
  • 絞り比:Z=D÷d=1÷m
  • 実際の絞り径の算出:d1=D×m1、d2=d1×m2、d3=d2×m3


たとえばブランク径φ60mmで初絞りの絞り率を0.55とすると、初絞り後の直径はφ60×0.55=φ33mmになります。つまり絞り比はD÷d=60÷33≒1.82です。これが基本です。


絞り比と絞り率は現場で混用されやすいので注意が必要です。絞り率は「0.5~0.6」のように小数で扱い、値が小さいほど強く絞っていることを示します。絞り比は「1.7~2.0」のような数値になり、大きいほど強絞りです。どちらの表現を使うかで設計資料の読み方が変わるため、参照する規格・資料の表現を最初に確認するひと手間が、後の計算ミスをぎます。


絞り比の計算で使うブランク径の展開計算

絞り比を計算するには、まずブランク径(D)を正確に求めることが前提です。ブランク径の算出には「等面積の原則」が使われます。


等面積の原則とは、「絞り加工の前後で板厚は変わらない」という前提のもと、製品の表面積とブランクの表面積を等しいとみなして逆算する方法です。フランジなしの円筒絞りの場合、次の計算式が使われます。


$$D = \sqrt{d^2 + 4dh}$$


(D:ブランク直径、d:絞り内径、h:絞り高さ)


たとえば内径φ40mm、高さ30mmの円筒であれば、D=√(40²+4×40×30)=√(1600+4800)=√6400=80mmとなります。ブランク径はφ80mmです。フランジがある形状では、フランジ部の面積も加算して計算します。


実務上、形状が複雑な製品では形状を複数の要素(底面・側面・フランジなど)に分割し、それぞれの表面積を合算してブランク径を求めます。この計算は回転体形状の展開ソフトを使うと効率的です。


また、展開計算では製品の「外径」を基準値として使うのが一般的です。内径で計算するとブランク径が小さくなりすぎ、絞り終わりのトリミングができなくなる失敗につながります。トリミング代は片側2mm程度を見込んでおくのが現場の標準的な考え方です。トリミング代は必須です。


ミスミが公開している円筒絞りの展開計算と工程設計の解説は、実務に直接使える式が整理されています。


ミスミ技術情報:円筒絞りのブランク展開計算式と工程設計の概要


限界絞り比(LDR)と絞り回数の正しい決め方

ブランク径が決まったら、次は「何回の絞りで目標径に到達できるか」を検討します。ここで登場するのが限界絞り比(LDR:Limiting Drawing Ratio)です。


限界絞り比とは、割れを起こさずに1回の絞りで成形できる絞り比の上限値を指します。一般的な軟鋼(深絞り鋼)では約2.0、つまり絞り率でいうと約0.50が目安です。この値を超えると材料が破断します。


絞り率の標準的な参考範囲は次のとおりです。




















工程 絞り率(m)の目安
第1絞り(初絞り) 0.50〜0.60
第2絞り(再絞り) 0.75〜0.80
第3絞り以降 0.80〜0.90


再絞りで絞り率を「緩める(値を大きくする)」のは、材料が加工硬化しているためです。これは意外ですね。初絞りよりも再絞りで使えるエネルギーが減っているため、より控えめな変形量にする設計が必要です。


具体的な計算例を示します。ブランク径φ60mm、製品内径φ22.5mmを目標とした場合を考えます。


  • 第1絞り:φ60×0.55=φ33mm
  • 第2絞り:φ33×0.80=φ26.4mm
  • 第3絞り確認:φ22.5÷φ26.4≒0.85(限界内)→ 第3絞りで目標径に到達


この例では、絞り回数は合計3回です。ブランク径φ60mmから目標径φ22.5mmへは単純な絞り比でいうと60÷22.5≒2.67となり、1工程では絶対に成形できません。複数工程に分けることが条件です。


工程を設計する際は「各絞りの絞り率を段階的に緩める」原則を守れば大丈夫です。詳しい材質別の限界絞り率の数値はアイダエンジニアリングの技術ブログに実用的な表が掲載されています。


アイダプレス情報館:絞り加工の適切な絞り回数の求め方と材質別限界絞り率の一覧


相対板厚が絞り比の計算に与える見落としがちな影響

絞り回数を決める計算では絞り率(絞り比)だけに注目しがちですが、「相対板厚」を無視した設計は現場トラブルの大きな原因になります。


相対板厚(Relative Thickness)は次の計算式で求めます。


$$\text{相対板厚(\%)} = \frac{t}{D} \times 100$$


(t:板厚、D:ブランク直径)


通常の製品では計算結果が0.1〜2.0%の範囲に収まります。この数値が小さいほど「絞りにくい」ことを意味します。板厚1mmのブランク径100mmなら相対板厚1.0%、同じ直径で板厚0.1mmなら0.1%です。数値にするとわずかな差でも、成形難易度は全く異なります。


具体的な目安は次のとおりです。


  • 相対板厚 0.1%未満:しわ押さえ力のわずかな変化でしわや割れが発生。非常に難しい加工
  • 相対板厚 1.0%程度:しわ押さえ付きの型で問題なく成形可能
  • 相対板厚 3.0%以上:しわ押さえなしで絞ることも可能になる


相対板厚が小さい製品では、絞り率を「余裕のある値(大きめ)」に設定し工程を増やすことで、割れのリスクを下げます。逆に相対板厚が十分大きいなら、限界に近い絞り率を使って工程数を減らすことも可能です。これは使えそうです。


つまり絞り比の計算は「絞り率の数値だけ」で判断するのではなく、相対板厚と組み合わせて総合的に工程数を決めることが原則です。同じ絞り比でも板厚違いで成否が分かれる現場例は珍しくなく、相対板厚の見落としが金型破損や製品不良につながるケースがあります。


ミスミの相対板厚に関する解説は、数値とトラブルの関係が端的にまとまっています。


ミスミ技術情報:相対板厚(絞り加工)の考え方と判断基準


絞り比の計算だけでは防げない加工硬化と中間焼鈍の判断基準

検索上位には出にくい論点ですが、絞り比の計算を正しく行っても「加工硬化」を考慮しないと多工程絞りは失敗します。これを知らずに損している現場は少なくありません。


絞り加工を繰り返すたびに材料は硬くなります(加工硬化)。SUS304の加工硬化指数(n値)は0.42と軟鋼の0.21に比べて約2倍です。つまりステンレスは軟鋼と同じ絞り率で設計しても、材料内部の応力状態がまったく異なります。


再絞り時に絞り率を緩める設計は加工硬化への対応策の一つですが、絞り回数が4回・5回と増えると材料の延性が限界に達し、絞り率をどれだけ緩めても破断するケースが起きます。このような場合に必要なのが「中間焼鈍(アニール)」です。


中間焼鈍は加工の途中で材料を熱処理し、蓄積した加工硬化をリセットする工程です。焼鈍後は材料が元の軟らかさに近い状態に戻り、再び積極的な絞りが可能になります。ただし焼鈍工程の追加はコストアップに直結します。一工程あたりの処理コストや納期を考えると、安易に焼鈍を追加する前にn値の高い材料への変更や、形状設計の見直しによる工程数削減を先に検討することが重要です。


  • 中間焼鈍が必要になる典型的なサイン:3回以上の再絞りでも径が詰まらない、肉厚が局部的に薄くなる
  • 中間焼鈍が有効な材料:SUS304などのオーステナイト系ステンレス、銅合金、アルミ合金(A1100など)
  • 炭素鋼でも高炭素鋼系では中間工程での球状化焼鈍が必須になる場合がある


加工硬化を前提にした絞り比の設計見直しについては、meviy(ミスミ)の加工硬化解説記事が体系的に整理されています。


meviy:加工硬化(ひずみ硬化)の仕組みと中間焼鈍を含む工程設計の実務ポイント


加工硬化の影響を絞り比の計算に織り込む際の実務ポイントは次のとおりです。


  • 再絞り工程が3回を超える設計では、材料のn値(加工硬化指数)を設計資料に明記する
  • 初絞りと再絞りの絞り加工力の計算では係数Kの値が変わることを忘れない(同じ絞り率でも再絞りの方がKは大きくなる)
  • 中間焼鈍を挟む場合は焼鈍後の最初の絞りを「初絞り扱い」にして絞り率テーブルを使い直す


絞り加工力の計算式 P=K・π・d・t・Ts は多くの技術書に記載されています。重要なのは「Kが1.0を超えると破断することを意味する」という点です。Kが条件です。計算上の安全を確保するために、絞り率を余裕のある値に設定してKを0.9以下に収めることが現場での経験則として定着しています。


絞り比と工程数の設計、ブランク展開、相対板厚、加工硬化の影響というように、一連の流れを体系的に理解することで初めて「壊れない・しわが出ない・コストが最小限の工程設計」が実現できます。結論は体系的な理解が品質と生産性を両立させます。