しわ押さえ力を「強ければ強いほど安心」と思って設定すると、割れ不良が急増してコストが跳ね上がります。
絞り加工でしわを防ぐために使う「しわ押さえ力」は、ただ経験値で決めるのではなく、計算式に基づいて求めるのが基本です。広く使われている計算式は次のとおりです。
$$Pab = An \times pb \div 1000$$
ここでPabは円筒絞りのしわ押さえ力(kN)、Anはブランクを押さえるしわ押さえの面積(mm²)、pbは押さえ面圧(N/mm²)を表します。つまり「面積×圧力」が基本構造です。
重要なのが「しわ押さえの面積(An)」の計算方法です。ブランク全体の面積ではなく、ブランク面積からダイRエンドの径の面積を差し引いた部分が実際の押さえ面積になります。ここを丸ごとブランク面積で代用してしまうと、計算値が実際より大きく出てしまい、過剰な押さえ力設定につながります。
具体例で確認しましょう。ブランク径φ60、絞りダイス内径φ34、ダイRがR3の場合、ダイRエンドの半径は17+3=20mm になります。ブランク面積は π×30²=2,826mm²、ダイRエンドの面積は π×20²=1,256mm²。したがってAn=2,826−1,256=1,570mm² が正しい押さえ面積です。A4用紙の面積(約62,370mm²)の約40分の1程度のエリアだとイメージすると分かりやすいでしょう。
この面積に押さえ面圧pb=1.8N/mm²(軟鋼の標準値)を掛けると、Pab=1,570×1.8÷1000=2.83kN となります。これが必要最小限のしわ押さえ力の目安です。
面積の計算を省略してしまうケースが現場では意外に多いです。しかし、ここをきちんと算出することが精度の高い設定への近道です。
参考:しわ押さえ力の計算手順と計算例が分かりやすく解説されています。
絞り加工(その1)最適なしわ押さえ力はどうだすの? | AIDAテクニカル豆知識
押さえ面圧(pb)は材質によって大きく異なります。これを一律に同じ値で使い回すと、しわか割れのどちらかが必ず出ます。現場でよく扱われる材質の最小押さえ面圧の目安を以下に整理します。
| 材質 | 押さえ面圧 最小値(MPa) | (kgf/mm²換算) |
|---|---|---|
| 軟鋼(SPCC等) | 1.57〜1.76 | 0.16〜0.18 |
| ステンレス(SUS) | 1.76〜1.96 | 0.18〜0.20 |
| アルミニウム | 0.29〜0.69 | 0.03〜0.07 |
| 銅 | 0.78〜1.18 | 0.08〜0.12 |
| 黄銅 | 1.08〜1.57 | 0.11〜0.16 |
注目すべき点は、ステンレスとアルミニウムの差です。ステンレスの最小押さえ面圧が約1.76〜1.96MPaなのに対し、アルミニウムは0.29〜0.69MPaと、最大で約5倍の差があります。これは大きな違いですね。
アルミニウムは軟らかいため軽い力でも変形してしまい、過大な押さえ力はすぐに材料の割れに直結します。一方、ステンレスは加工硬化しやすい材質なので、軟鋼と同じ押さえ面圧では不足するケースが出てきます。材質を変えるたびに押さえ面圧を見直すのが原則です。
また、押さえ面圧はダイ面やしわ押さえ面の面粗さ、使用する潤滑油の状態によっても変化します。表の数値はあくまでも最小値の目安であり、実際の加工条件に合わせて調整が必要です。したがって、絞り金型はしわ押さえ圧力が現場で調節できる構造にしておくことが重要です。
材質が変わるたびに面圧を見直すのが基本です。
参考:材質別しわ押さえ圧力の目安表と固定・可動しわ押さえの構造が解説されています。
絞り型のしわ押さえ | 技術情報 | MISUMI-VONA【ミスミ】
しわ押さえ力の計算をする前に、そもそも「しわ押さえが必要な状況かどうか」を判断する指標が「相対板厚」です。これを知っておくと、設計段階での判断精度が一気に上がります。
相対板厚は次の式で求めます。
$$\text{相対板厚} = t \div D \times 100 \, (\%)$$
tが材料板厚(mm)、Dがブランク直径(mm)です。通常の製品では計算結果が0.1〜2.0%の範囲に収まります。値が小さいほど絞りが難しく、大きいほど絞りやすくなります。
具体的にはこうなります。ブランク直径100mmで板厚が0.1mmの場合、相対板厚は0.1% となり、これは非常に難しい絞りです。しわ押さえ力の少しの設定ミスでも、しわか割れが出ます。それに対してブランク直径100mm・板厚1mmなら相対板厚1.0% となり、適切なしわ押さえ付きの金型でそれほど苦労なく絞れます。
さらに、相対板厚が3%以上になると、しわ押さえなしの金型構造でも絞り加工が可能になります。たとえば絞り率0.6の条件では相対板厚2.0%以上、絞り率0.7の条件では相対板厚0.7%以上でしわ押さえが不要になります。これは意外ですね。
金型を簡素化できるうえ、設備コスト・段取り時間の削減にもつながるため、設計段階でこの条件を確認しておく価値があります。
相対板厚が条件です。絞り率と組み合わせて判断する習慣をつけましょう。
参考:相対板厚の定義と数値による絞り難易度の判断基準が詳しく説明されています。
相対板厚(絞り加工)用語とその周辺 | 技術情報 | MISUMI-VONA【ミスミ】
しわ押さえ力の計算は、それ単体で完結するものではありません。プレス機を選定するには、絞り加工力との合計値で考える必要があります。円筒絞りに要する力(Pd)の計算式は次のとおりです。
$$Pd = \pi \times dp \times t \times \sigma b \div 1000$$
PdはkN単位の絞り加工力、dpはパンチ直径(mm)、tは板厚(mm)、σbは引張強さ(N/mm²)です。ステンレス(SUS)の場合、引張強さ(σb)の目安は約700N/mm²が使われます。
実際の計算例で確認しましょう。ブランク径φ200、製品内径φ116、板厚2mm、材質SUSの場合。
$$Pd = 3.14 \times 116 \times 2 \times 700 \div 1000 \approx 510 \, \text{kN}$$
これにしわ押さえ力71kNを加えると合計581kNが必要な圧力能力になります。このとき、プレス機の圧力能力だけでなく「トルク能力」と「仕事能力(作業エネルギー)」も確認しなければなりません。581kN対応のプレス機を選んでも、トルク能力が不足していれば加工途中で機械が止まります。これは使えそうです。
作業エネルギーの計算式は次のとおりです。
$$Ed = (Pd + Pad) \times hd \times Cd$$
Edが作業エネルギー(J)、hdが絞り深さ(mm)、Cdが絞り率から求める係数です。上記の例では絞り率0.58から係数Cd=0.77とすると、Ed=581×20×0.77=8,947Jとなります。プレス機選定では圧力・トルク・エネルギーの3つを同時に満たす機種を選ぶのが正解です。
つまり、しわ押さえ力は「プレス機選定の計算の一部」です。
参考:絞り加工力と作業エネルギーの計算手順、プレス機3能力の考え方が説明されています。
絞り加工(その3)最適なプレス能力の割り出し方 | AIDAテクニカル豆知識
ここからは検索上位記事にはあまり載っていない視点をお伝えします。通常の絞り加工でしわ押さえ力を増やすと真円度が改善する傾向があります。ところが、ダイス肩半径(ダイR)を板厚程度まで小さくした「ストレッチドロー成形」では、話がまったく逆になります。
岐阜県機械材料研究所の研究(2012年)では、SUS304とSPCCのブランク材でしわ押さえ力を2.4kN〜20kNの範囲で変化させた実験が行われました。ストレッチドロー成形(Rd/t0=2)の条件では、しわ押さえ力が小さいほど真円度が高くなるという結果が出ています。一方、通常の慣用法(Rd/t0=6)ではしわ押さえ力を大きくするほど真円度が向上する傾向でした。
痛いですね。計算式どおりに「大きめ設定」にした結果、かえって形状精度が落ちることになります。
さらに、ストレッチドロー成形ではSUS304の場合、慣用法に比べてカップ高さが最大17% 増加することも確認されています。使用材料が少なくて済むため、材料費削減にも有効な成形法です。
ただし、A5052(アルミ合金)ではRd/t0=2の条件でカップ割れが発生し、ストレッチドロー成形の適用限界になることも報告されています。材質によって最適なしわ押さえ力の方向性が正反対になる場合があります。これが条件です。
現場でダイRを小さく設定している場合は、しわ押さえ力の計算値をそのまま使うのではなく、試し打ちで最小値を探る工程を必ず加えることを強くお勧めします。実際の加工条件に合わせた現物確認が精度向上への近道です。
参考:ストレッチドロー成形法とSUS304・SPCC・A5052の形状精度・板厚分布の比較データが掲載されています。
プレス成形品の形状精度向上に関する研究(第2報)| 岐阜県機械材料研究所(PDF)

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