プリハードン鋼の一覧と種類・特徴・用途の解説
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プリハードン鋼とは
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熱処理済み鋼材
中程度の焼き入れ処理が済んでおり、追加の熱処理が不要
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加工性と硬度のバランス
高硬度でありながら優れた被削性を持つ
💰
コスト削減と工期短縮
追加熱処理工程を省略し、製造コストとリードタイムを低減
プリハードン鋼とは?熱処理済みの金型材の基本特性
プリハードン鋼は、あらかじめ中程度(一般的にHRC45以下)の硬度に調整するための熱処理が施された特殊鋼材です。「プリハードン」という名称は「予め硬化された」という意味を持ち、調質鋼とも呼ばれています。
プリハードン鋼の最大の特徴は、高い硬度と被削性を両立している点です。通常、鋼材は硬度が高くなるほど加工が難しくなりますが、プリハードン鋼は適度な硬度を持ちながらも、一般的な炭素鋼材と遜色ない加工のしやすさを兼ね備えています。
また、JIS規格として登録されていないため、各鋼材メーカーが独自に開発・販売しており、それぞれ独自の商品名で呼ばれているのも特徴的です。材料としては主に以下の3種類に分類されます。
プリハードン鋼のもう一つの重要な特性は、加工後の追加熱処理が基本的に不要である点です。これにより製造工程を簡略化でき、コスト削減やリードタイムの短縮というメリットをもたらします。ただし、一部の製品では窒化処理などの表面処理により、さらに耐摩耗性を向上させることも可能です。
プリハードン鋼の種類と規格・硬度による金型材選び方
プリハードン鋼は各メーカーが独自に開発した材料のため、種類が豊富で選択肢が多いのが特徴です。ここでは主な種類とその特性を解説し、目的に合った金型材の選び方を見ていきましょう。
■ SCM系プリハードン鋼
SCM系は合金鋼をベースにしたプリハードン鋼で、バランスの良い性能を持ちます。
NAK55(大同特殊鋼)
- 硬度:HRC37~43
- 特徴:被削性に優れ、溶接性も良好。鏡面加工性・シボ加工性も高い
- 注意点:時効硬化特性があり、焼き入れ・焼き戻しはできない
- 用途:樹脂射出成形用金型に多く使用される
NAK80(大同特殊鋼)
- 硬度:HRC37~43
- 特徴:NAK55と同様の特性だが、鏡面加工性がより向上。靭性が高く精細な鏡面仕上げが可能
- 注意点:NAK55より被削性は若干低下
- 用途:高品質な外観を要求される樹脂成形金型
HPM1
- 硬度:HRC37~41
- 特徴:硬度に対して被削性が高く、「快削プリハードン鋼」とも呼ばれる
- 用途:汎用金型に適している
DH2F(大同特殊鋼)
- 硬度:HRC37~41
- 用途:樹脂成形だけでなく、ダイカスト用金型にも使用される
■ SUS系プリハードン鋼(ステンレス系)
SUS系は耐食性に優れ、特殊な用途や高品質な製品に適しています。
STAVAX(ウッデホルム)
- 硬度:HRC27~35
- 特徴:耐食性・耐摩耗性が高く、鏡面加工・シボ加工にも適している
- 注意点:他のプリハードン鋼と比較して機械加工が難しい
- 用途:光学部品や医療機器部品などの超精密金型
HPM38
- 硬度:HRC29~33(焼き入れ・焼き戻しでHRC50~55まで可能)
- 特徴:鏡面仕上げ性と耐食性に優れ、熱処理歪みが小さい
- 用途:精密型の材料として適している
G-STAR
- 硬度:HRC33~37(焼き入れ・焼き戻しでHRC48程度まで可能)
- 特徴:耐食性が非常に高い
- 用途:耐食性が求められるプラスチック金型
S-STAR
- 硬度:HRC31~34(焼き入れ・焼き戻しでHRC53程度まで可能)
- 特徴:SUS420J2系の耐食性を持ち、鏡面仕上げ性・シボ加工性・EDM性に優れる
■ その他のプリハードン鋼
PXA30
- 硬度:HRC30~33
- 特徴:PX5を改良したタイプで、鏡面仕上げ性・シボ加工性・被削性・溶接性・放電加工性に優れる
- 用途:プラスチック金型向け
金型材を選ぶ際のポイントは、要求される精度、製品の使用環境(腐食性の有無など)、生産数量、加工方法などを総合的に考慮することです。硬度と被削性のバランスが重要で、高精度・高品質が求められる場合はSUS系、汎用性を重視する場合はSCM系というように、用途に合わせた選択が必要です。
プリハードン鋼の主要メーカーと商品特性の比較表
プリハードン鋼は各メーカーが独自の商品名で販売しているため、同じような素材でも呼び名が異なることがあります。ここでは主要メーカーの製品とその特性を比較し、選択の参考にしていただけるように整理しました。
【主要メーカーと代表的な製品】
メーカー名 |
代表的な製品 |
系統 |
硬度(HRC) |
主な特徴 |
大同特殊鋼 |
NAK55 |
SCM系 |
37~43 |
被削性良好、鏡面・シボ加工性に優れる |
大同特殊鋼 |
NAK80 |
SCM系 |
37~43 |
鏡面加工性に優れ、靭性が高い |
大同特殊鋼 |
DH2F |
SCM系 |
37~41 |
ダイカスト金型にも適用可能 |
日立金属 |
HPM1 |
SCM系 |
37~41 |
快削性に優れた汎用プリハードン鋼 |
日立金属 |
HPM38 |
SUS系 |
29~33 |
鏡面仕上げ性と耐食性に優れる |
日立金属 |
PXA30 |
SCM系 |
30~33 |
多機能性に優れたバランス型 |
ウッデホルム |
STAVAX |
SUS系 |
27~35 |
耐食性・耐摩耗性に優れた高級鋼 |
メーカー選定のポイントとしては、以下の要素を考慮すると良いでしょう。
- 安定供給の実績: 大手メーカーは安定した品質と供給体制を持っています
- 技術サポート: 材料選定や加工方法についての技術的アドバイスが受けられるか
- 価格とコストパフォーマンス: 同等性能でより経済的な選択肢があるか
- 納期の柔軟性: 急な需要変動に対応できるか
プリハードン鋼のメーカー間で特性に差がある場合もあるため、実際の加工事例や他社の使用実績なども参考にしながら選定することをおすすめします。また、メーカーのカタログだけでなく、技術者への相談も有効です。メーカーによっては小ロットでのサンプル提供や試験加工の協力も行っているところがあります。
大同特殊鋼のプラスチック金型用鋼の詳細情報
プリハードン鋼の加工方法と被削性向上の秘訣
プリハードン鋼は一般的な鋼材と比較して優れた被削性を持っていますが、その性能を最大限に引き出すには適切な加工方法の選択が重要です。ここでは、プリハードン鋼を効率よく加工するための秘訣を解説します。
■ 切削工具の選定
プリハードン鋼の加工には、以下のような工具が適しています。
- エンドミル。
- 超硬合金製の不等分割・不等リードタイプが加工時のビビリを軽減
- コーティング(TiAlN、TiCN等)された超硬エンドミルは長寿命で高効率
- SCM系では4枚刃、SUS系では6枚刃が適している場合が多い
- ドリル。
- 先端角:130~140°のものが切りくず排出性に優れる
- 超硬ソリッドドリルか超硬インサートドリルが推奨される
- フライス。
- 高送りフライスは荒加工に効果的
- ラジアスカッターは仕上げ面の品質向上に寄与
■ 切削条件の最適化
プリハードン鋼の種類によって最適な切削条件が異なります。
- SCM系(NAK55、NAK80など)。
- 切削速度:80~150m/min
- 送り量:0.1~0.2mm/刃(荒加工)、0.05~0.1mm/刃(仕上げ加工)
- 切込み:径の50%以下(側面切削時)
- SUS系(STAVAX、HPM38など)。
- 切削速度:50~100m/min(一般的にSCM系より低めに設定)
- 送り量:0.08~0.15mm/刃(荒加工)、0.03~0.08mm/刃(仕上げ加工)
- 切削油剤:十分な潤滑・冷却が必要
■ 高能率加工のための新しい手法
従来の加工方法に加え、近年では以下のような最新の加工手法も採用されています。
- トロコイド加工。
- 工具に一定の負荷をかけながら円弧補間で加工する方法
- 工具寿命の延長と加工時間の短縮が可能
- ハイブリッド仕上げ。
- 切削加工と研磨を組み合わせた手法
- 高品質な表面仕上げが実現可能
- 5軸加工の活用。
- 複雑形状でも工具姿勢を常に最適に保つことができる
- アンダーカット部分も効率的に加工可能
■ 加工トラブル防止のポイント
プリハードン鋼加工時によくあるトラブルとその対策。
- ビビり:剛性の高い工具ホルダーの使用や切削条件の見直しが効果的
- 工具摩耗:適切なコーティング工具の選択と切削油剤の最適化
- 表面粗さの劣化:工具先端の精度維持と適切な送り速度の設定
また、プリハードン鋼の種類によっては時効硬化性を持つものがあり、加工熱による硬化が発生することがあります。NAK55やNAK80などの時効硬化性のあるプリハードン鋼を加工する際は、加工熱が蓄積しないよう冷却を十分に行うことが重要です。
プリハードン鋼の用途と金型製作における活用メリット
プリハードン鋼は多様な産業で活用されていますが、特に金型製作の分野では不可欠な材料となっています。ここでは、プリハードン鋼の主な用途とその活用によるメリットを詳しく見ていきましょう。
■ プリハードン鋼の主な用途
- プラスチック射出成形金型
- 最も一般的な用途であり、自動車部品、家電製品、日用品など幅広い製品の金型に使用
- NAK55、NAK80などが多く使われる
- ゴム成形金型
- 弾性のあるゴム製品を成形するための金型
- 耐摩耗性が求められる用途
- ダイカスト金型
- 溶融した非鉄金属を高圧で射出して成形する金型
- DH2Fなどが適している
- プレス金型・鍛造金型
- 金属板や素材を圧力で成形する金型
- 耐久性と加工のしやすさがバランスしたものが選ばれる
- 精密機械部品
- 熱処理後の歪みを嫌う高精度部品
- 寸法安定性が重要な用途
- 光学部品・医療機器部品の金型
- 高い表面品質と精度が求められる
- STAVAXなどの高級SUS系プリハードン鋼が使用される
■ 金型製作におけるプリハードン鋼活用のメリット
- 製造工程の簡略化とコスト削減
- 熱処理工程が不要になるため、製造リードタイムの短縮が可能
- 熱処理に伴う外注コストや輸送コストを削減できる
- 寸法精度の向上
- 熱処理による寸法変化や歪みがないため、高精度な金型が製作可能
- 設計通りの寸法を維持できる
- 金型メンテナンス性の向上
- 溶接修正が容易なため、金型破損時の修理が簡単
- NAK55やPXA30などは特に溶接性に優れている
- 生産性の向上
- 優れた被削性により、加工時間の短縮とコスト削減が可能
- 工具寿命も比較的長く、ランニングコストの低減につながる
■ 用途別のプリハードン鋼選定ポイント
用途 |
推奨プリハードン鋼 |
選定理由 |
汎用プラスチック金型 |
NAK55、HPM1 |
被削性に優れ、コストパフォーマンスが高い |
高外観品質プラスチック金型 |
NAK80 |
鏡面加工性に優れ、高品質な外観が求められる製品に適する |
耐食性が必要な金型 |
STAVAX、G-STAR |
耐食性に優れ、腐食性のある樹脂や環境下でも使用可能 |
超精密金型 |
HPM38、STAVAX |
高い表面品質と精度が得られる |
ホットランナー部品 |
DH2F |
耐熱性と強度のバランスが良い |
■ 業界別の活用事例
- 自動車業界:内装部品(インパネ、ドアトリムなど)や外装部品(バンパー、グリルなど)の射出成形金型
- 家電業界:スマートフォンや家電製品の外装部品の金型、精密コネクタ部品の金型
- 医療業界:医療機器の精密部品、インプラント関連部品の金型
- 光学業界:レンズやプリズムなどの光学部品の超精密成形金型
プリハードン鋼を活用することで、金型製作の効率化だけでなく、最終製品の品質向上にも貢献します。材料選定の際は、製品の要求品質、生産数量、コスト、納期などを総合的に考慮し、最適なプリハードン鋼を選ぶことが重要です。
プリハードン鋼の表面処理と性能向上テクニック
プリハードン鋼は既に熱処理されていますが、さらに表面処理を施すことで性能を向上させることができます。特に耐摩耗性や耐食性、離型性などを向上させるための処理方法について解説します。
■ 主な表面処理方法
- 窒化処理
- プリハードン鋼の表面硬度を大幅に向上させる処理
- 処理後の表面硬度:約1000HV以上(元の硬度の2〜3倍)
- 種類:ガス窒化、塩浴窒化、プラズマ窒化など
- 適した材料:HPM1、PXA30など(窒化特性の良い材料を選ぶことが重要)
- PVD/CVDコーティング
- 非常に薄い硬質膜を形成する表面処理
- 種類:TiN、TiCN、TiAlN、DLCなど
- 特性:耐摩耗性、潤滑性、耐食性などを大幅に向上
- プラスチック金型の離型性向上にも効果的
- ショットピーニング
- 金属球を高速で打ち付けて表面に圧縮残留応力を付与
- 疲労強度の向上に効果的
- 金型の寿命を延ばす処理として注目されている
- テクスチャリング処理
- レーザーやエッチングなどで微細な表面テクスチャを形成
- 離型性の向上や光学的効果を狙った処理
- 金型表面からの製品取り出し性を向上させる
■ プリハードン鋼別の最適表面処理
プリハードン鋼 |
推奨表面処理 |
効果と特徴 |
NAK55/NAK80 |
PVDコーティング |
耐摩耗性向上、時効硬化材は窒化不向き |
HPM1 |
窒化処理 |
窒化特性に優れ、表面硬度が大幅に向上 |
STAVAX |
PVDコーティング、電解研磨 |
耐食性をさらに高め、表面品質を向上 |
PXA30 |
窒化処理、テクスチャリング |
硬度向上と表面機能性付与が可能 |
■ 表面処理による性能向上の事例
- 自動車部品金型の事例
- NAK55製ヘッドランプレンズ金型にDLCコーティングを施し、離型性向上と金型寿命を2倍に延長
- 清掃頻度の低減によるメンテナンスコスト削減も実現
- 電子部品金型の事例
- HPM1製コネクタ金型に窒化処理を施し、表面硬度を向上
- 微細形状の磨耗を防止し、品質安定化と金型寿命延長を実現
- 医療機器部品金型の事例
- STAVAX製精密部品金型に特殊PVDコーティングを施し、離型性と耐食性を向上
- クリーンルーム環境での成形に対応し、製品の生体適合性も確保
■ 表面処理選定のポイント
表面処理を選定する際には、以下の点を考慮することが重要です。
- 基材との相性:プリハードン鋼の種類によって適した表面処理が異なる
- 金型使用環境:成形樹脂の種類、成形温度、成形圧力などの条件
- 要求特性:耐摩耗性、耐食性、離型性など優先すべき特性
- コストパフォーマンス:表面処理のコストと寿命延長効果のバランス
- 形状の複雑さ:複雑な形状の金型には均一な処理が難しい場合がある
適切な表面処理を施すことで、プリハードン鋼の性能を最大限に引き出し、金型の寿命延長やメンテナンス頻度の低減、さらには成形品質の向上といった多くのメリットを得ることができます。特に高品質・高精度な製品を大量生産する場合は、表面処理の選定が重要なポイントとなります。
日立金属のプリハードン鋼と表面処理に関する詳細資料