プレス加工の金型の種類と構造、寿命を延ばすメンテナンス方法

プレス加工の心臓部である金型の基本を解説。金型の種類や構造、そして製品の品質とコストに直結する金型の寿命。その寿命を最大限に延ばすための具体的なメンテナンス方法や、意外と知られていないコスト削減の秘訣について、深く掘り下げてみませんか?

プレス加工の金型

この記事のポイント
🔧
金型の基本構造と種類

金型を構成する主要部品の役割や、生産方式に合わせた単発型・順送型・トランスファー型の違いを解説します。

⏱️
寿命を延ばすメンテナンス

金型の寿命を左右する要因を分析し、日々の手入れから定期的な専門メンテナンスまでの具体的な方法を紹介します。

💡
トラブル対策とコスト削減

バリやクラック等のよくある不具合への対策や、超硬合金の活用によるトータルコスト削減という独自視点も提供します。

プレス加工の金型の基本構造と主要部品の役割

 

プレス加工の品質と効率を決定づける金型は、非常に多くの精密部品から構成される複雑なツールです 。その構造を理解することは、適切な金型選定や日々のメンテナンス、トラブルシューティングの第一歩となります 。金型は、プレス機に取り付けられる「上型」と「下型」のペアで構成されており、その間に板材(ワーク)を挟み込み、プレス機の強力な圧力をかけて成形します 。
金型の構造は、大きく「刃部」「保持部」「補助部」の3つに分類して考えることができます 。

  • 刃部:パンチやダイなど、材料に直接作用して切断、曲げ、絞りといった加工を行う中心的な部分です 。
  • 保持部:パンチプレートやダイプレートなど、刃部を正しい位置に固定し、加工精度を維持するための部分です 。
  • 補助部:ストリッパーやガイドピンなど、刃部が機能するのを助け、加工プロセスを円滑に進めるための部分です 。

これらの分類の中でも、特に重要な主要部品とその役割は以下の通りです。

  • パンチ(Punch):材料を打ち抜いたり、形状を成形したりする凸型の部品です 。上型に設置されるのが一般的です。
  • ダイ(Die):パンチと対になり、材料を受け止める凹型の部品です 。パンチの形状を正確に転写するために、極めて高い精度が求められます。
  • ストリッパー(Stripper):加工後、パンチに付着した材料を剥がし取る役割を持つ部品です 。ストリッパーがないと、材料がパンチと一緒に持ち上がってしまい、連続加工ができません。
  • ダイセット(Die Set):上型と下型の各部品をまとめる土台となる部分で、金型全体の剛性を保ち、プレス機への正確な取り付けを可能にします 。
  • プレート類(Plates):パンチを固定する「パンチプレート」、ダイを固定する「ダイプレート」などがあり、各部品を所定の位置に保持します 。

これらの部品がミリ単位、時にはミクロン単位の精度で組み上げられることで、初めて高品質なプレス製品の安定した生産が可能になるのです 。

プレス加工の金型の種類とそれぞれの特長

プレス金型は、その構造や加工方式によっていくつかの種類に分類されます 。どの金型を選択するかは、生産量、製品の複雑さ、コストなどによって決定されます。代表的な金型は「単発型」「順送型」「トランスファー型」の3つです 。
それぞれの特徴を理解し、生産計画に最適な金型を選ぶことが重要です。

金型の種類 特徴 メリット デメリット
単発型(Single Die) 1つの金型で1工程の加工を行う最もシンプルな金型です 。複数の工程が必要な場合は、工程ごとに金型を交換し、作業者が手動で材料をセットします。 ✔️ 金型製作コストが安い
✔️ 試作品や少量生産向き
✔️ 構造が単純でメンテナンスが容易
❌ 生産性が低い
❌ 大量生産には不向き
❌ 工程間の位置決め精度が作業者に依存する
順送型(Progressive Die) コイル状の材料を自動で送りながら、1つの金型に内蔵された複数の工程(抜き、曲げ、絞りなど)を連続して加工します 。材料は最終工程で製品として切り離されます。 ✔️ 生産性が非常に高い
✔️ 大量生産に最適
✔️ 無人での連続運転が可能
❌ 金型の設計・製作が複雑で高コスト
❌ 少量生産ではコストが見合わない
❌ 金型が大型化しやすい
トランスファー型(Transfer Die) 単発型を複数並べ、その工程間をトランスファー装置(フィンガーやロボットアーム)で材料を掴んで搬送し、連続加工します 。順送型と異なり、一度切り離された材料を扱うのが特徴です。 ✔️ 順送型では難しい深絞りや複雑形状の加工が可能
✔️ 材料の歩留まりが良い場合がある
✔️ 高い自動化と生産性
❌ 金型だけでなく搬送装置も必要で設備投資が大きい
❌ 順送型より加工スピードは遅くなる傾向がある

プレス加工の金型の寿命を左右する要因とメンテナンス方法

金型の寿命は、プレス加工のコストと品質に直接影響する極めて重要な要素です 。金型の寿命とは、単に破損して使えなくなることだけを指すのではありません 。摩耗や変形によって、要求される寸法精度の製品が作れなくなった時点も「寿命」と判断されます 。金型の寿命を左右する主な要因は以下の通りです。

  • ⚙️ 金型の材質表面処理金型に使用される鋼材(SKD11、超硬合金など)の硬度や靭性耐摩耗性を向上させる表面処理(コーティングなど)が寿命に大きく影響します 。
  • 🔩 被加工材の種類と厚さ:硬く、厚い材料を加工するほど金型への負荷は増大し、摩耗が早まります 。
  • 📈 生産ショット数:加工回数が増えれば増えるほど、刃先の摩耗は進行します。例えば、特定の条件下では100万ショットでメンテナンスが必要になる、といった目安があります 。
  • 🛠️ メンテナンスの質と頻度:最も重要なのがメンテナンスです。適切な手入れをすれば、金型の寿命は大幅に延びます 。

金型の寿命を最大限に延ばすためには、計画的なメンテナンスが不可欠です 。メンテナンスは、日常的なものと定期的なものに大別されます。
日常メンテナンス(使用後)

作業終了後に、金型に付着した加工油や金属粉、ガスなどを丁寧に清掃します 。柔らかい布で汚れを拭き取り、剤を塗布するだけでも、錆や腐食による劣化を防ぐ大きな効果があります 。
定期メンテナンス(ショット数や期間ごと)

一定のショット数や期間(月次、四半期など)を目安に、金型を分解して詳細な点検を行います 。刃先の摩耗状態を確認し、必要に応じて再研磨(シャープニング)を行います。また、ガイドピンやブッシュなどの消耗部品を点検し、摩耗が進んでいる場合は交換します 。驚くべきことに、こうした適切な部品交換とメンテナンスを繰り返すことで、金型は半永久的に使用し続けることも可能だとされています 。
以下のリンクは、金型の構造と寿命について図解で分かりやすく解説しており、新人教育の資料としても有用です。
株式会社ミスミ:金型の基本構造

プレス加工の金型で発生するトラブルと具体的な対策

どれだけ優れた金型でも、使用するうちに様々なトラブルが発生します 。トラブルの発生は、不良品の増加、生産効率の低下、そして最悪の場合は金型やプレス機の破損に繋がります。ここでは、代表的なトラブルとその対策について解説します 。

  • 🚧 バリの発生
    原因:バリは、打ち抜き加工において最も一般的な不具合です。パンチとダイの隙間(クリアランス)が不適切な場合や、刃先が摩耗して切れ味が悪くなった場合に発生します 。
    対策:被加工材の材質と板厚に適したクリアランスに設定することが基本です。また、定期的な刃先の再研磨や、摩耗しにくい超硬合金の使用、表面処理の適用が効果的です 。
  • 💥 割れ・クラック
    原因:曲げ加工や絞り加工で発生しやすい不具合です。材料の伸びの限界を超えるような小さな曲げ半径での加工や、材料の圧延方向に対する配慮不足が主な原因です 。
    対策:設計段階で、曲げ半径を可能な限り大きく取ることが重要です 。また、加工部に過度な応力が集中しないよう、金型のR形状を滑らかにするといった工夫も有効です 。
  • 📏 寸法不良
    原因:長期間の使用による金型の摩耗や、プレス加工時の圧力による金型のたわみ、プレス機への金型セットミスなどが原因で発生します 。
    対策:金型の定期メンテナンスによる精度維持が不可欠です。また、金型自体の剛性を高める設計(厚みや補強構造の最適化)や、金型のセット手順を標準化して作業者によるバラつきをなくすことも重要になります 。

これらのトラブルは、単一の原因で発生するとは限りません。複数の要因が複雑に絡み合っていることも多いため、総合的な視点での原因究明と対策が求められます 。

【独自視点】プレス加工の金型における超硬合金の活用とコスト削減の意外な関係

「超硬合金(Cemented Carbide)製の金型部品は高価だ」というイメージは、多くの現場に根強くあります。確かに、一般的な工具鋼ダイス鋼)に比べて初期投資は数倍になることも珍しくありません。しかし、この初期コストだけで判断するのは早計です。長期的な視点、いわゆる「トータルコストオブオーナーシップ(TCO)」で考えると、超硬合金の採用は驚くべきコスト削減効果を生む戦略的な投資となり得ます。
その理由は、以下の3つの大きなメリットに集約されます。

  1. 圧倒的な長寿命によるメンテナンス頻度の激減

    超硬合金は、鋼に比べて圧倒的に硬度が高く、摩耗に強い特性を持ちます。これにより、刃先の再研磨や部品交換のサイクルが劇的に長くなります。例えば、鋼製のパンチが数万~数十万ショットでメンテナンスを要するのに対し、超硬製パンチはその10倍以上の耐久性を持つこともあります。メンテナンス回数が1/10になれば、そのためのダウンタイムや人件費も大幅に削減できます 。
  2. 品質の超安定化による不良率の低減

    摩耗しにくいということは、長期間にわたって加工精度が安定することを意味します。バリの発生が抑制され、寸法精度も維持されるため、不良品の発生率が大きく低下します。これにより、材料の無駄、不良品の選別、再加工といった余分なコストが削減されます。
  3. 生産性向上への貢献

    耐久性が高いため、より高速なプレス加工にも耐えることができます。また、メンテナンスによる中断が少ないため、設備の稼働率が向上し、結果として全体の生産性が向上します。これは、特に大量生産を行う現場において、大きな利益に繋がります。

このように、超硬合金の導入は「高価な部品を買う」という単純な話ではありません。「時間と品質を買い、将来のコストを削減する」という経営的な判断なのです。初期投資の高さに目を奪われず、メンテナンス工数、不良率、生産性向上といった多角的な視点からその価値を評価することが、競争力を高める上で非常に重要と言えるでしょう。

 

 


板材のプレス成形: 曲げ・絞りの基礎と応用 (新塑性加工技術シリーズ 14)