水素チャージ後わずか30分で、PH13-8Moの延性は大幅に低下します。
PH13-8Moは、UNS S13800とも呼ばれるマルテンサイト系析出硬化型ステンレス鋼です。 名称の数字はそのまま組成を示しており、クロム(Cr)約13%・ニッケル(Ni)約8%・モリブデン(Mo)2〜2.5%・アルミニウム(Al)0.9〜1.35%が主要添加元素です。 mwalloys(https://www.mwalloys.com/product/ph13-8mo-stainless-steel-bar/)
この合金設計の最大の狙いは、「強度・靭性・耐食性・応力腐食割れ抵抗」の4つを同時に高いレベルで実現することです。 通常の高強度鋼は強度を上げると靭性や耐食性が犠牲になりますが、PH13-8Moはそのトレードオフを大幅に緩和した設計になっています。つまり、「高強度ステンレスはもろい」という常識が通じない素材です。 ramdevsteel(http://www.ramdevsteel.net/ss_ph13.html)
製造工程においても特殊で、不純物を極限まで抑えるため二重真空溶解(VIM-VAR、またはVIM-ESR)が標準的に採用されます。 これにより断面が大きい鍛造品でも、縦・横方向ともに均一な機械的特性が得られます。大型部品でも異方性が少ないということですね。 mwalloys(https://www.mwalloys.com/product/ph13-8mo-stainless-steel-bar/)
| 元素 | 含有量(wt%) | 役割 |
|---|---|---|
| Cr(クロム) | 12.25〜13.25 | 耐食性・不動態皮膜形成 |
| Ni(ニッケル) | 7.50〜8.50 | 靭性向上・マルテンサイト安定化 |
| Mo(モリブデン) | 2.00〜2.50 | 耐孔食性・強度強化 |
| Al(アルミニウム) | 0.90〜1.35 | 析出硬化相(NiAl)形成 |
| C(炭素) | max 0.05 | 低炭素で溶接性・靭性確保 |
PH13-8Moの機械的特性は、時効処理の温度(Hナンバー)によって大きく変化します。 H950(時効温度約510℃)では降伏強度1413MPa以上、引張強度1517MPa以上、伸び10%以上を示します。これは鉄骨用一般構造用鋼(SS400の引張強度約400MPa)の約4倍近い引張強度です。 bibus-production-storage.sos-ch-dk-2.exoscale-cdn(https://bibus-production-storage.sos-ch-dk-2.exoscale-cdn.com/media/documents/SD-METALS_Data-Sheet_PH-13-8-MO.pdf)
H1000(約538℃時効)では降伏強度1310MPa以上・引張強度1413MPa以上、H1050(約566℃時効)では降伏強度1138MPa以上・引張強度1207MPa以上と、時効温度が上がるほど強度は下がり延性は向上します。 数字だけでは実感しにくいですが、H1050の1207MPaでも直径10mmの丸棒1本で約9.4トンの引張荷重に耐える計算になります。 sd-metals.bibus(https://sd-metals.bibus.com/de-en/materials/itm/PH-13-8-Mo-1-4534/)
結論は「用途に応じたHナンバーの選択」が最重要です。航空機ランディングギアのように疲労・衝撃が繰り返す部位では最大強度のH950よりも、水素脆化リスクが低く靭性が高いH1000〜H1050が実際には多く採用されています。 これは意外ですね。強度最大=最適ではないわけです。 aksteel(https://www.aksteel.nl/files/downloads/clf_productdata__armco_ph_13-8_mo_pdb_euro_final_102022_95.pdf)
| 条件 | 時効温度 | 降伏強度 | 引張強度 | 伸び |
|---|---|---|---|---|
| H950 | 約510℃ | 1413 MPa以上 | 1517 MPa以上 | 10%以上 |
| H1000 | 約538℃ | 1310 MPa以上 | 1413 MPa以上 | 10%以上 |
| H1050 | 約566℃ | 1138 MPa以上 | 1207 MPa以上 | 12%以上 |
PH13-8Moの耐食性は、H950条件において5重量%の塩水噴霧試験(ASTM B117)で304ステンレス鋼に匹敵するレベルとされています。 強酸化性・還元性酸に対する一般腐食抵抗も304に近く、大気暴露環境でも同等の性能を示します。これは使えそうです。 spacematdb(https://www.spacematdb.com/spacemat/manudatasheets/PH13-8Mo.pdf)
ただし注意が必要な点があります。時効温度を上げるほど一般耐食性は若干低下する傾向があります。 「高温時効=安全」とは単純に言えず、腐食環境によっては強度と耐食性のバランスを意識した条件選択が求められます。腐食環境の把握が条件です。 spacematdb(https://www.spacematdb.com/spacemat/manudatasheets/PH13-8Mo.pdf)
モリブデン(Mo)の添加により、塩化物イオンが存在する環境での孔食(ピッティング)抵抗が通常の13Cr系より優れています。 石油・化学プラントや海洋環境に近い条件での使用実績が豊富な理由はここにあります。 magellanmetals(https://www.magellanmetals.com/stainless-steel-and-special-alloys/13-8mo)
参考:PH13-8Moの長期大気暴露腐食挙動に関する研究論文(DOAJ掲載)
特に問題になるのが、酸洗い・電気めっき・電解研磨など「水素が発生しやすい湿式工程」です。処理後にベーキング(脱水素処理)を実施しないと、組付け後に遅れ破壊が起きるリスクがあります。強度が高いほど亀裂進展が速いため、目視確認では発見が遅れることがあります。対策は熱処理後の工程管理です。
参考:PH13-8Moの水素脆化と時効処理の関係に関する学術論文(ScienceDirect)
参考:水素脆化による溶接部の遅れ割れリスクについて
https://www.welding-advisers.com/Hydrogen-Embrittlement.html
切削加工については、PH13-8MoはCondition A(溶体化処理後・未時効状態)で切削するのが基本です。 この状態では工具寿命と面粗度が最も良好に保てますが、切削速度は17-4PH(Custom 630)や304・302ステンレスよりも20〜30%低く設定する必要があります。切削速度の設定ミスが工具を消耗させます。 vesscooverseas(https://www.vesscooverseas.com/stainless-steel-ph13-8-mo.html)
時効後の切削は条件によって変わります。時効温度が高いほど硬さは下がり切削性は改善します。 しかし硬さが高いH950条件での切削は工具摩耗が激しく、CBN工具や超硬工具の選定と切削油の徹底管理が必要です。準備不足は工具コストに直結します。 vesscooverseas(https://www.vesscooverseas.com/stainless-steel-ph13-8-mo.html)
溶接については、PH13-8Moは溶接は可能ですが溶接ままの状態ではマルテンサイトとデルタフェライトが混在した二相組織になります。 この状態では靭性が低下するため、溶接後は再溶体化処理と時効処理のフルサイクルが推奨されます。溶接後の熱処理が品質の条件です。 osti(https://www.osti.gov/biblio/7289379)
参考:PH13-8Moの加工・切削・溶接特性の詳細データ(High Temp Metals)
https://www.hightempmetals.com/techdata/hitemp13-8MOdata.php
参考:ARMCO PH 13-8 Mo公式製品データシート(AK Steel / Cleveland-Cliffs)
https://www.aksteel.nl/files/downloads/clf_productdata__armco_ph_13-8_mo_pdb_euro_final_102022_95.pdf