塩水噴霧試験と金属加工の耐食性評価方法

金属加工における塩水噴霧試験の重要性と各種評価方法について解説します。製品の耐久性を高めるために、あなたの会社は最適な試験方法を選択できていますか?

塩水噴霧試験と金属加工

塩水噴霧試験の基本
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目的

金属材料やめっき・塗装皮膜の耐食性を評価する試験方法

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試験条件

5%塩化ナトリウム水溶液を噴霧する人工的腐食環境

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評価期間

2時間〜1,000時間(目的により異なる)

塩水噴霧試験の基本原理と金属加工製品への適用

塩水噴霧試験は、金属材料やめっき皮膜、塗装皮膜を施した製品の耐食性を評価するための重要な手法です。この試験の基本的な原理は、試験対象を人工的に作られた塩分を多く含む環境に曝露し、腐食の進行を促進させることにあります。

 

金属加工業界では、製品の耐久性と信頼性を確保するために、この試験が広く活用されています。鉄やアルミニウムなどの金属は、本来鉱石(酸化物や硫化物)として自然界に存在しており、人為的に還元して得られたものです。そのため、空気中の酸素や水分に触れると、元の状態に戻ろうとする性質(腐食)があります。

 

塩水噴霧試験の一般的な条件としては、以下のような要素が挙げられます。

  • 試験液:5%の塩化ナトリウム水溶液
  • 試験温度:通常35℃前後
  • 湿度:ほぼ100%RH(飽和状態)
  • 噴霧方法:連続的または周期的

JIS Z 2371「塩水噴霧試験方法」では、推奨される試験時間として2時間、6時間、24時間、48時間、96時間、168時間、240時間、480時間、720時間及び1,000時間が規定されています。製品の用途や求められる耐食性のレベルに応じて、適切な試験時間が選択されます。

 

金属加工メーカーにとって、この試験は製品開発段階から品質管理まで、様々なフェーズで活用されています。特に屋外で使用される製品や、過酷な環境下で使用される部品の評価には欠かせません。

 

塩水噴霧試験の種類と金属表面処理への影響

塩水噴霧試験には、試験目的や対象材料によって複数の種類があります。それぞれ特徴が異なり、金属表面処理の種類に応じて適切な試験方法を選択することが重要です。

 

1. 中性塩水噴霧試験(NSS: Neutral Salt Spray test)
最も一般的な塩水噴霧試験で、pHを6.5〜7.2に調整した中性の5%塩化ナトリウム溶液を使用します。この試験は基本的な耐食性評価に広く用いられており、JIS Z 2371などの規格で標準化されています。

 

金属加工品や基本的な表面処理を施した製品の評価に適しています。特に一般的なめっきや塗装の評価に頻繁に使用されます。

 

2. 酢酸酸性塩水噴霧試験(AASS: Acetic Acid Salt Spray test)
5%塩化ナトリウム水溶液に酢酸を加え、pHを3.0に調整した溶液を使用する試験です。酸性環境下での腐食耐性を評価するのに適しています。

 

この試験は、NSS試験よりも厳しい条件であり、装飾クロムめっきや高耐食性めっき、屋外用の防錆コーティングなど、より高い耐食性が求められる製品の評価に使用されます。

 

3. キャス試験(CASS: Copper-Accelerated Acetic Acid Salt Spray test)
5%塩化ナトリウム水溶液に0.205g/Lの塩化銅を加え、さらに酢酸でpH3.0に調整した溶液を使用する試験です。腐食の進行を著しく加速させる効果があります。

 

この試験は、特に高耐食性を持つ材料や表面処理(例:ニッケル-クロムめっき、アルミニウム陽極酸化皮膜など)の評価に使用されます。通常のNSS試験では評価に時間がかかるような材料の腐食耐性を、より短時間で評価できるメリットがあります。

 

4. 複合サイクル試験(CCT: Cyclic Corrosion Test)
塩水噴霧、乾燥、湿潤などの条件を一定のサイクルで繰り返す試験です。実際の使用環境により近い条件を再現することができ、より実用的な耐食性評価が可能です。

 

一般的なサイクル例。

  • 塩水噴霧(35℃、2時間)
  • 乾燥(60℃、25%RH、4時間)
  • 湿潤(50℃、98%RH、2時間)

この試験は、特に自動車部品や屋外製品など、実環境で様々な気候条件にさらされる製品の評価に適しています。

 

金属表面処理の種類によって、最適な試験方法は異なります。

表面処理の種類 推奨される試験方法 特徴
亜鉛めっき NSS, CCT 犠牲防食作用の評価に適している
クロムめっき AASS, CASS 高耐食性の評価に適している
塗装 NSS, CCT 皮膜の密着性や防食性能の評価に適している
アルミ陽極酸化 CASS 皮膜の耐食性評価に適している
複合表面処理 CCT 実環境に近い条件での総合的な評価が可能

塩水噴霧試験の評価基準と金属加工品の判定方法

塩水噴霧試験の結果を評価する際、統一された判定基準はなく、試験当事者があらかじめ決めた基準によって判定されることが一般的です。しかし、業界標準や規格に基づいた評価方法も存在します。金属加工品の耐食性を適切に評価するためには、以下のような評価項目と判定方法を理解することが重要です。

 

主な評価項目と判定方法
1. 外観観察法
最も基本的な評価方法で、錆の色、錆の量、塗膜の膨れ、剥離などを目視で確認します。特に以下の点に注目して評価します。

  • 赤錆の発生状況(鉄素地の腐食)
  • 白錆の発生状況(亜鉛めっきなどの腐食生成物)
  • めっき層や塗膜の変色、膨れ、剥離
  • 腐食の広がり具合

2. レイティングナンバー法
腐食面積を標準図と比較し、腐食の進行度合いを数値化して評価する方法です。JIS規格などでは、10(最良)~0(最悪)の11段階で評価することが一般的です。

 

例えば、JIS K 5600-8-1では以下のような評価基準が示されています。

  • 10:腐食や劣化がない
  • 9:腐食面積が0.1%未満
  • 8:腐食面積が0.1%以上0.3%未満
  • 7:腐食面積が0.3%以上1%未満
  • 6:腐食面積が1%以上3%未満
  • 5:腐食面積が3%以上10%未満
  • 以下同様に評価

3. 腐食減量法
試験前後の質量を比較し、腐食による減量を評価する方法です。特にめっき層の評価に有効で、以下の手順で行われます。

  • 試験前の試験片の質量を正確に測定
  • 塩水噴霧試験を実施
  • 試験後、腐食生成物を除去
  • 再度質量を測定し、減量を算出

単位面積当たりの質量減少量(g/m²)や腐食速度(mm/年)として評価することが多いです。

 

4. 皮膜の密着性評価
特に塗装やめっき皮膜の場合、クロスカット法などによる密着性評価も重要です。JIS K 5600-5-6などの規格に基づき、以下の手順で実施されます。

  • 塗膜に一定の間隔で交差する切れ込みを入れる
  • 塩水噴霧試験を実施
  • 試験後、テープによる剥離試験などを行い、剥がれた面積を評価

5. 耐食性の合否判定
実際の製品評価では、以下のような合否判定基準が用いられることが多いです。

  • 自動車部品:「○時間後に赤錆発生面積が試験面積の△%以下であること」
  • 建築部材:「○時間後にめっき層の白錆発生が表面積の△%以下であること」
  • 電子部品:「○時間後に導通不良を起こさないこと」

金属加工メーカーは、製品の用途や使用環境に応じて、適切な評価基準を設定することが重要です。また、顧客との間で事前に合否判定基準を明確に取り決めておくことで、品質に関するトラブルを防ぐことができます。

 

塩水噴霧試験の実施手順と金属加工業者の注意点

金属加工業者が塩水噴霧試験を適切に実施するためには、正確な手順と注意点を理解することが不可欠です。ここでは、試験の準備から実施、結果の記録に至るまでの一連のプロセスと、特に注意すべきポイントを解説します。

 

1. 試験前の準備
試験片の準備:

  • 試験対象の製品またはサンプル片を準備します
  • 試験片のサイズや形状は、規格や目的に合わせて選定します
  • 一般的には150×70mm程度の大きさが用いられることが多いです
  • 試験片の端面や裏面は、必要に応じてシール処理を施します

試験片の洗浄:

  • 試験片の表面に付着している油分や汚れを除去します
  • 洗浄方法は材料や表面処理に応じて適切な方法を選びます
  • アセトンやエタノールなどの溶剤で脱脂するのが一般的です
  • 洗浄後は手で触れず、清潔な環境で乾燥させます

試験条件の設定:

  • 試験規格と目的に応じて、試験条件(時間、温度、溶液のpHなど)を設定します
  • JIS Z 2371に基づく場合は、試験溶液のpHが適切な範囲(例:6.5~7.2)にあることを確認します
  • 試験機内の温度(通常35±2℃)を安定させます

2. 試験の実施
試験機の準備:

  • 試験溶液(5%塩化ナトリウム水溶液)を準備します
  • 試験機内の清掃を行い、前回の試験の影響がないようにします
  • 噴霧ノズルが適切に機能していることを確認します

試験片の設置:

  • 試験片を保持具にセットします
  • 試験片は垂直から15~30度の角度で設置するのが一般的です
  • 試験片同士が接触したり、壁面に接触したりしないよう注意します
  • 試験片の配置は、試験機内で均一に塩水が当たるよう考慮します

試験の開始と管理:

  • 設定した条件(時間、温度、湿度など)で試験を開始します
  • 試験中は定期的に溶液のpH、比重、噴霧量などをチェックします
  • 長時間試験の場合は、溶液の補充が必要になることがあります
  • 試験機の動作状況を定期的に確認します

3. 結果の評価と記録
試験片の取り出しと処理:

  • 規定時間経過後、試験片を取り出します
  • 速やかに流水で洗浄し、塩分を除去します
  • エアブローや柔らかい布で水分を取り除きます
  • 必要に応じて写真撮影を行い、腐食状態を記録します

評価と記録:

  • 前述の評価基準に基づいて結果を判定します
  • 腐食の種類、発生箇所、面積などを詳細に記録します
  • 可能であれば定量的なデータ(腐食面積の割合など)を取得します
  • 試験条件も含めた詳細な報告書を作成します

金属加工業者が特に注意すべきポイント
1. 試験機の管理:
塩水噴霧試験機は塩分による腐食が発生しやすいため、定期的なメンテナンスが必要です。特に噴霧ノズルや配管の詰まりチェック、本体の清掃は重要です。

 

2. 試験条件の均一性:
試験機内の温度分布や噴霧量の均一性が確保されていないと、同一試験内でも場所によって結果にばらつきが生じることがあります。定期的なキャリブレーションが重要です。

 

3. 試験溶液の管理:
塩水の濃度やpHが適切に管理されていないと、試験結果の信頼性が損なわれます。溶液の調製方法や保管方法にも注意が必要です。

 

4. 試験片の取り扱い:
試験前後の試験片の取り扱いに注意が必要です。特に試験後は腐食が進行しやすいため、速やかな処理と評価が求められます。

 

5. データの記録と管理:
試験条件や結果の詳細な記録は、品質保証やトレーサビリティの観点から非常に重要です。写真やデータを含めた詳細な記録を残すことをお勧めします。

 

適切な手順と注意点を守ることで、信頼性の高い試験結果を得ることができ、製品の品質向上に役立てることができます。

 

塩水噴霧試験結果と金属加工品の実環境耐久性の相関分析

塩水噴霧試験は広く利用されている耐食性評価方法ですが、試験結果と実際の使用環境における製品の耐久性との相関関係を正確に理解することは、金属加工業者にとって非常に重要です。ここでは、試験結果と実環境での耐久性の相関性と、その解釈における注意点について解説します。

 

試験結果と実環境耐久性の関係
塩水噴霧試験は加速試験として広く認識されていますが、厳密には「加速試験」ではないという点に注意が必要です。なぜなら、実際の環境には様々な要因(温度変化、湿度変化、紫外線、雨水、大気汚染物質など)が複雑に絡み合っており、単純に塩水噴霧だけでは再現できない腐食メカニズムが存在するためです。

 

相当年数の考え方
一般的には「塩水噴霧試験240時間が大気曝露1年間に相当する」という目安が使われることがありますが、この相関は絶対的なものではなく、以下の点に注意する必要があります。

  • この相関は、特定の条件下での研究結果(銚子および直江津における大気曝露試験との比較)に基づいています
  • 腐食の形態や進行メカニズムは、塩水噴霧試験と実環境では異なることが多いです
  • 地域や気候、環境によって相関性は大きく変わります
  • 材料や表面処理の種類によっても相関は異なります

地域による腐食環境の違い
日本国内でも地域によって腐食環境は大きく異なります。

地域 腐食環境の特徴 塩水噴霧試験との相関
沿岸部 塩分濃度が高く、腐食が進行しやすい 比較的相関が高い
工業地帯 大気汚染物質による影響が大きい 化学的腐食要因が異なるため相関が低いことがある
内陸部 塩分の影響が少ない 試験結果より実環境での耐久性は高いことが多い
寒冷地 融雪剤の影響がある 周期的な塩害と凍結融解の複合要因がある

材料・表面処理による相関性の違い
材料や表面処理の種類によっても、試験結果と実環境の相関性は異なります。

  • 亜鉛めっき:塩水噴霧試験では白錆が主体となりますが、実環境では様々な腐食生成物が形成されます
  • クロムめっき:試験では局部腐食が中心ですが、実環境では紫外線などによる劣化も影響します
  • 有機被覆(塗装):塩水噴霧試験では密着性低下や膨れが主な不具合ですが、実環境では紫外線による劣化や変色など別の劣化要因も重要です

より実環境に近い試験法との組み合わせ
塩水噴霧試験の限界を補うために、以下のような複合試験や実環境試験との組み合わせが推奨されます。
1. 複合サイクル試験(CCT)
塩水噴霧、乾燥、湿潤などの環境を周期的に変化させることで、より実環境に近い条件を再現します。自動車業界などでは、この試験法が標準的に採用されています。

 

2. 屋外暴露試験との併用
実際の使用環境(沿岸部、工業地帯、内陸部など)に試験片を設置し、長期間にわたって腐食状況を観察することで、より正確な耐久性データを取得できます。

 

3. 用途別の特殊試験
例えば自動車部品であれば、塩水と温度サイクル、振動を組み合わせた試験など、実際の使用条件を模擬した特殊試験を実施することも有効です。

 

塩水噴霧試験結果の適切な解釈
金属加工業者が塩水噴霧試験結果を適切に解釈するためのポイントは以下の通りです。

  • 試験結果は相対評価として活用する(異なる材料・処理間の比較など)
  • 絶対的な耐用年数の予測ではなく、製品の品質管理の一環として位置づける
  • 過去の実績データと組み合わせて解釈する
  • 可能な限り実環境データとの相関を蓄積する
  • 試験結果と実環境での不具合事例の分析を継続的に行う

以上のように、塩水噴霧試験は金属加工品の耐食性評価において重要なツールですが、その結果を過信せず、実環境との相関性を常に意識しながら適切に活用することが重要です。特に新材料や新しい表面処理技術を導入する際には、複合的な評価アプローチを検討することをお勧めします。