銅が0.2%含まれるだけで、鋼材は熱間圧延中に表面割れを起こします。
液体金属脆化(LME:Liquid Metal Embrittlement)とは、固体金属が液体金属に接触した状態で引張応力を受けたとき、通常では考えられないほど脆性的な破壊が急激に進む現象です。日本機械学会の定義では「液体金属が固体金属の結晶粒界に浸入することによって結晶粒界が脆化し、外部応力が負荷された際に粒界で生じる割れ」とされています。
銅が関与するケースは、鉄鋼材料の加工現場で特に注意が必要です。鉄鋼スクラップには電線や銅管などに由来する銅が混入しやすく、製鋼プロセスで除去することが技術的に極めて難しいという背景があります。
では、具体的に何が起きているのでしょうか?
鉄鋼材料を1100℃前後の高温に加熱すると、まず「鉄の選択酸化」が起こります。鉄が優先的に酸化されていくことで、銅は酸化されずに鋼と酸化皮膜の界面へどんどん濃縮されていきます。銅の融点は約1083℃ですが、鉄と銅の合金では共晶点が約1094℃まで下がるため、1100℃前後でこの銅濃縮相は液体状態になります。
液体化した銅はオーステナイト結晶粒界へ毛細管現象のように浸潤していきます。これが問題の核心です。粒界に入り込んだ液体銅は粒界の結合エネルギーを著しく低下させ、熱間圧延などで外部応力が加わった瞬間に、粒界に沿った脆性破壊が急速に進展します。割れは比較的浅いケースもありますが、銅濃度や操業条件によっては製品不良や工程損失につながる深刻な表面割れへと発展します。
この脆化は「赤熱脆性(表面赤熱脆性)」とも呼ばれ、圧延中に加工物が赤く輝いている温度域で起こることからこの名が付いています。東京大学の研究では、銅が0.5%含有する0.1%炭素鋼で、脆化が1100℃付近で最も激しく生じることが確認されています。
つまり、高温加工+銅の存在+引張応力の3条件が揃うと割れるということです。この3つのうち1つでも排除できれば、脆化を防げます。
| 脆化発現の3要件 | 内容 | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| 高温環境 | 銅の融点付近(1083〜1100℃前後) | 加熱温度・時間の管理 |
| 銅の存在 | スクラップ由来や工具接触による銅汚染 | 材料管理・ニッケル添加 |
| 引張応力 | 熱間圧延・鍛造・溶接時の変形応力 | 加工条件・ひずみ速度の制御 |
液体金属脆化の定義や割れのメカニズムについて、日本機械学会のウィキに詳しい説明があります。
日本機械学会 – 液体金属脆化割れの定義(JSME Mechanical Engineering Dictionary)
液体金属脆化による割れのダメージは、温度と銅濃度によって大きく変わります。この点を正しく理解しておくことが、現場での不良率低減に直結します。
まず温度について整理します。銅起因の液体脆化が最も激しく発現するのは1100℃付近です。それより低い950℃程度や、1200℃を超えた温度域では比較的脆化が穏やかになるとされています。なぜ1100℃が危険なのかというと、銅濃縮液相の生成量とオーステナイト結晶粒界への浸潤スピードが、この温度域でバランス上最悪の組み合わせになるからです。酸化速度・拡散速度・シリコン関連酸化物の固液相変態が重なる温度帯であることが、東京大学の研究で明らかにされています。
次に銅濃度について見ていきましょう。スクラップ利用の多い電炉鋼材では、銅が0.2%程度含まれるケースは珍しくありません。IF鋼(極低炭素鋼)の場合、銅が0.2%でも銅濃縮相の量が増加し、そのフィルム形状の分布が粒界全体に広がりやすくなることが確認されています(「鉄と鋼」掲載の研究より)。高炭素鋼に比べてIF鋼は特に感受性が高いという点は、見落としがちな事実です。
脆化温度の上限は銅濃度に応じて高温側へ広がります。これはつまり、銅濃度が高い材料ほど危険な温度帯が広くなる、ということです。
割れの深さについても触れておきます。Cu-Sn(銅とスズ)が共存する鋼では、スズがあることで銅の融点がさらに低下し、液化が一層起こりやすくなります。一方で、高延性の鋼ではCu-Snによる液体金属脆性が生じても割れが比較的浅く、ピーリング(表面研削)によって対処できるケースもあります。これはダメージが軽いというより、後処理コストという別の問題が発生しているということです。
銅濃度が高い材料を扱う際は、1000〜1150℃の温度域の保持時間を最小限にすることが原則です。長時間この温度帯にさらされるほど、銅濃縮相が成長し、粒界全体を覆うフィルム状の液体が形成されるリスクが高まります。
銅含有鋼の熱間脆化に関する詳細な研究データは、経済産業省のリポートにまとまっています。
経済産業省(2022)– カーボンニュートラルを踏まえた鉄スクラップと銅のトランプエレメント問題についての調査報告書(PDF)
液体金属脆化による銅の問題は、製鉄所の熱間圧延ラインだけではありません。溶接・ろう付けを行う加工現場でも、身近な形で発生しています。これが現場で見落とされやすい理由の一つです。
まず、「銅汚染割れ(Copper Contamination Cracking)」と呼ばれる現象があります。ステンレス鋼の溶接時に、開先近傍へ銅が付着・汚染されると、溶接の熱影響部(HAZ)に液体金属脆化割れが誘発されます。SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼は液体金属脆化に対して感受性が高く、表面に痕跡量の銅が付着しているだけでも、溶接の熱が加わった瞬間に粒界割れが発生するリスクがあります。
「痕跡量」という表現がポイントです。目視では確認できないほどわずかな銅付着でも割れが起きます。
では、どうして銅汚染が起きるのでしょうか? 現場でよくあるのは次のようなケースです。銅パーツや銅製冶具に一度触れたグラインダーや切断工具をそのままステンレスに使用する。銅合金のバイスや治具でステンレス材を固定する。銅ブラシや銅ハンマーを使用した後に、表面洗浄をせずに溶接に入る。これらはどれも現場でありがちな手順です。
ろう付けの現場では別の問題もあります。銅ベースのろう材(リン銅ろうなど)はニッケル基合金と急速に合金化して液相線が上昇するため、流動性が低下します。この状態で破滅的な液体金属脆化を引き起こすケースがあり、ろう付け温度のまま急激な割れが進展することがHaynes International社の資料でも指摘されています。ろう材の選定を誤ると、接合部どころか母材そのものが脆化して割れてしまいます。
化学プラントや製造ラインにおいても、鉄やステンレス鋼の溶接時に異種金属(銅、亜鉛など)を巻き込むと、融点の低い異種金属が溶接時に先に溶けて粒界に拡散し、冷却時に粒界での熱収縮割れが起こります(英知継承株式会社の技術解説より)。これは液体金属脆化の典型的な発生パターンです。
溶接・ろう付けで銅汚染割れを防ぐために、現場で今日から実施できる管理ルールを以下に整理します。
化学プラントにおける銅・亜鉛による粒界割れの事例と対策については、以下の技術解説も参考になります。
英知継承株式会社 – 化学プラントにおける腐食劣化対策と損傷解析技術(銅・亜鉛による溶接不良粒界割れの解説)
液体金属脆化の銅起因問題に対して、最も研究が進んでいる防止策が合金元素の添加です。材料設計の段階で手を打てるこの方法は、工程を変えずに根本的に脆化を抑制できる点で現場ニーズに合っています。
まずニッケル添加です。ニッケルは銅起因の液体脆化を抑制するのに有効なことが古くから知られています。そのメカニズムは主に「銅の融点上昇」にあります。ニッケルは銅と合金化することで、銅濃縮液相の固液変態温度を高温側へ引き上げます。つまり、脆化が起きやすい温度帯での銅の液化を抑える働きをします。東京大学の研究では、シリコンを共用することでニッケルの添加量を約半分に削減できることも確認されています。これはコスト面でも重要な知見です。
ただし注意点もあります。ニッケル自体がスクラップから除去しにくい循環性元素であるため、リサイクル鋼の観点から「ニッケルで解決すれば万事OK」とはならないのが現実です。
そこで注目されているのがシリコン添加です。シリコンは銅起因の液体脆化を抑制できる非循環性元素です。シリコン添加量を増やすほど脆化抑制効果が大きくなり、0.4〜0.8%程度の添加で顕著な効果が確認されています。抑制のメカニズムは「鋼と酸化皮膜界面での銅濃化相の量を減らす」ことにあります。シリコンが選択酸化によって形成するシリコン系酸化物の皮膜が、銅濃縮相の液化と粒界浸潤を物理的に抑制する形で機能します。
リン(P)添加にも一定の効果が確認されています。リンは0.02%という微量添加でも脆化抑制効果が飽和するという特徴があり、銅濃縮液相が粒界へ浸潤する際の「臨界応力」を上昇させる効果が認められています。ただし、リン添加単独では銅濃化相の量には影響を与えないことも確認されており、シリコンやニッケルとの複合添加がより有効とされています。
Siの添加は循環性元素でない点で有利ですね。
複合添加が最も効果的です。ニッケルとシリコンを組み合わせることで、単独添加に比べて脆化をより効率的に抑制でき、高価なニッケルの使用量を減らすことができます。鋼材メーカーや材料設計段階での対策として、この知見は近年の高炉・電炉ラインでも活用されています。
現場の材料購入担当者や品質担当者の方は、銅含有量の仕様チェックと合わせて、シリコン・ニッケルの添加有無を確認する習慣を持つと安心です。鋼材の成分表(ミルシート)は必ず受領し、Cuの欄が0.2%を超えている場合は要注意と覚えておきましょう。
銅起因の液体脆化に対するニッケル・シリコン・リンの複合添加効果を詳細に分析した東京大学の博士論文要旨は、以下のリンクで確認できます。
東京大学学術機関リポジトリ – 鉄鋼材料における銅に起因する液体脆化の評価方法とSi・P添加による抑制機構(博士論文要旨)
ここからは少し視点を変えて、業界全体の動向を見ていきます。現場の加工担当者だけでなく、材料調達や品質管理に携わる方にとっても重要な内容です。
カーボンニュートラルの流れを受けて、鉄鋼業界では電炉(電気炉)による鉄スクラップのリサイクル利用を拡大する方向が加速しています。鉄スクラップのリサイクル拡大は脱炭素に直結する取り組みである一方、電線被覆・銅管・銅バスバーなどが混入したスクラップを使えば使うほど、鋼材中の銅濃度が上昇するという問題が生じます。
銅は現在の精錬技術では除去が非常に困難です。スラグへの移行率が低く、酸素吹き込みで酸化除去できる鉛や亜鉛とは異なり、銅は鉄よりイオン化傾向が低いため酸化されにくいのです。つまり、一度混入した銅は鋼材の中にほぼそのまま残ります。
経済産業省の調査(令和3年度)によると、電炉鋼材中の銅含有率は高炉鋼材に比べて高く、スクラップ利用拡大に伴いトランプエレメント(除去困難な不純物)としての銅・スズの含有量が増加する可能性があるとされています。今後は自動車部品や産業機械など高品質が求められる用途での電炉鋼利用に、銅管理が一層重要な課題となっていきます。
これは業界全体の問題です。
リサイクル率が高まる現代では、購入した鋼材の品質証明書(ミルシート)の確認が従来以上に重要です。ミルシートに記載されたCu(銅)、Sn(スズ)の数値を定期的に確認し、使用する工程・温度域との適合性を判断することが求められます。特に熱間加工工程を持つ工場では、受入検査の項目にCu・Sn濃度の確認を追加することを検討する価値があります。
一方、技術的な最前線では、銅を鋼材から無害化する研究も進んでいます。東京大学では「不均質核生成を利用した銅の無害化」技術が研究されており、銅濃縮液相の粒界浸潤を根本的に防ぐアプローチが模索されています。また早稲田大学の研究では、1200〜1150℃の温度域で長時間保持することで銅を地鉄結晶粒内へ拡散・希釈させる方法が有効であることが示されており、操業ラインへの応用も視野に入っています。
JFEスチールとJFEテクノリサーチは2026年2月、溶融亜鉛めっき鋼板のスポット溶接部における液体金属脆化(LME)割れ感受性を定量評価できる新試験技術「LM-CAST試験」の提供を開始しました。こうした評価手法の整備は、銅系を含む液体金属脆化全般への対応精度を高める流れの一部です。
スクラップ由来のCu・Snによる銅起因熱間脆化の詳細と最新課題は、環境省の調査報告書にまとまっています。
環境省 – 鉄スクラップの自動車部品への高度利用化技術調査(銅起因熱間脆化の概念図と対策記載・PDF)
ここまで解説してきた内容を踏まえ、現場ですぐ活用できる実践的なチェックリストと判断基準を整理します。製造現場では知識を「行動」に落とし込むことが最も重要です。
まず、熱間加工を行う現場向けの確認事項から始めます。最初に行うべきは、使用する鋼材のミルシートを取り出してCu(銅)とSn(スズ)の数値を確認することです。Cu+Snの合計が0.2〜0.3%を超えている場合は、表面赤熱脆性のリスクが有意に上がります。材料が決まったら、加熱炉の設定温度が1100℃付近になる工程を洗い出し、その温度帯での保持時間を最小限に抑えます。均熱保持が必要な場合は1200〜1150℃域での保持後に処理温度に落とす手順を検討してみてください。
溶接・ろう付け現場向けには、まず「銅汚染ゼロ」の環境づくりが起点です。
グラインダーや切断工具は素材ごとに専用管理します。とりわけ銅・銅合金に使用した工具とステンレス用工具を同じラックに保管するのは厳禁です。マーカーで色分けするだけでも有効な管理になります。開先の清浄化は溶接直前に行い、アセトンや金属用脱脂スプレーで銅・油分を除去する習慣をつけましょう。数十秒の作業で、割れ不良による手直しや廃棄ロスを回避できます。
これは使えそうです。
ろう付け作業では、ろう材と母材の相性確認が不可欠です。特にニッケル基合金に銅系ろう材(リン銅ろう・銀ろうの一部)を使用する場合は、液体金属脆化のリスクをろう材メーカーに事前確認します。仮に「使用実績あり」と回答があっても、作業温度・雰囲気・冷却速度によってリスクは変わります。初めての材料・ろう材の組み合わせでは少量試験から始めることを推奨します。
最後に、品質管理の観点からの補足です。液体金属脆化による割れは外観検査でも発見されることが多い一方で、微細な粒界割れは目視では見えにくいケースがあります。表面状態に異常を感じたら、浸透探傷試験(PT)や走査型電子顕微鏡(SEM)によるミクロ観察で割れ形態を確認することが正確な原因特定に役立ちます。粒界に沿った割れパターン(インターグラニュラー破壊)が見られた場合は、液体金属脆化の可能性が高いとして材料・工程両面を見直します。
| チェック項目 | 確認内容 | リスクレベル |
|---|---|---|
| ミルシートのCu濃度 | 0.2%以上で要注意、0.3%超は高リスク | 🔴 高 |
| 加熱温度帯の管理 | 1050〜1150℃での保持時間を最小化 | 🔴 高 |
| 工具の専用管理 | 銅・ステンレス工具の色分け管理 | 🟡 中 |
| 溶接前の表面清浄 | 開先・周辺の脱脂・異物除去 | 🟡 中 |
| ろう材の適合確認 | Ni基合金への銅系ろう材使用はメーカー確認 | 🔴 高 |
| 割れ発生時の検査 | PT/SEMで粒界割れかどうかを確認 | 🟡 中 |
液体金属脆化全般に関して、ろう付けを含む溶接現場での注意事項と対策の詳細は、日本溶接協会(JWES)のQ&Aデータベースにも情報が掲載されています。
日本溶接協会(JWES)– ステンレス鋼の亜鉛脆化割れの発生原因とその対策(液体金属脆化のメカニズムと溶接現場での注意点)

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