SUJ2の錆びやすさと原因、防錆対策とSUS440C比較

高硬度なSUJ2ですが、錆びやすさに悩んでいませんか?本記事ではSUJ2が錆びる原因を成分から解明し、防錆対策やステンレスとの比較を解説します。最適な防錆処理で製品寿命を延ばすヒントを見つけませんか?

SUJ2の錆びやすさ

SUJ2の錆びやすさ完全攻略
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錆びる原因

高炭素・低クロムという成分が原因。硬度と引き換えに耐食性が犠牲になっています。

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主な防錆対策

防錆油の塗布から、効果の高い無電解ニッケルめっきまで、状況に応じた対策を紹介します。

⚖️
SUS440Cとの比較

硬度は同等レベルですが、耐食性はSUS440Cが有利。環境に応じた使い分けが重要です。

SUJ2の錆びやすさの根本原因は成分にあり?炭素とクロムの役割

 

SUJ2、正式には「高炭素クロム軸受鋼」と呼ばれるこの鋼材は、その優れた硬度と耐摩耗性から、ベアリングやシャフト、リニアガイドといった精密部品に不可欠な存在です。 しかし、多くの技術者が頭を悩ませるのが、その「錆びやすさ」です。 なぜ、これほどまでに高性能な鋼材が錆びやすいのでしょうか。その答えは、SUJ2を構成する化学成分、特に炭素(C)とクロム(Cr)の絶妙なバランスに隠されています。
JIS G 4805で規定されているSUJ2の成分を見てみましょう。


  • 炭素 (C): 0.95~1.10%

  • クロム (Cr): 1.30~1.60%

  • ケイ素 (Si): 0.15~0.35%

  • マンガン (Mn): 0.50%以下


この中で特に重要なのが、0.95~1.10%という高い炭素含有量です。 炭素は、鉄と結合して非常に硬い「炭化物」を形成し、焼入れによってマルテンサイト組織を生成することで、HRC60以上という高い硬度を実現する源となります。 まさに、SUJ2の耐摩耗性はこの高炭素に支えられているのです。しかし、この炭素こそが錆びやすさの根本的な原因でもあります。 鉄は本来、酸素と結びついて酸化鉄(錆)になろうとする性質を持っています。炭素含有量が高い鋼材は、電気化学的な観点から見て、イオン化傾向が大きくなり、錆の起点となる局部電池を形成しやすくなるのです。

一方、クロム(Cr)は「錆びにくさ」をもたらす元素として知られています。 クロムは酸素と非常に強く結びつき、鋼材の表面に「不動態皮膜」と呼ばれる非常に薄く強固なバリアを形成します。この皮膜が、外部からの酸素や水分の侵入を防ぎ、錆の発生を抑制します。ステンレス鋼が錆びにくいのは、一般的に10.5%以上のクロムを含有し、この不動態皮膜を強力に形成するためです。 ここでSUJ2のクロム含有量を見ると、1.30~1.60%です。 この量は、焼入れ性や耐摩耗性を向上させる効果は大きいものの、鋼材の表面全体を覆うほどの強力な不動態皮膜を形成するには不十分なのです。 そのため、SUJ2はステンレス鋼のような自己防錆能力を持たず、水分や湿度の高い環境下では容易に錆びてしまいます。 つまり、SUJ2の錆びやすさは、「硬度と耐摩耗性を追求するために炭素を多く含有し、耐食性を付与するクロムの含有量が相対的に少ない」という、その優れた特性と表裏一体の宿命と言えるでしょう。
以下のリンクは、SUJ2の化学成分についてJIS規格を基に詳しく解説しています。

 

SUJ2とは?精密機械の心臓部を支える鋼材 - 株式会社アスク

SUJ2の錆びやすさへの具体的な対策!防錆油とめっき処理の比較

SUJ2の錆びやすさは避けられない特性ですが、適切な防錆対策を施すことで、その性能を長期的に維持することが可能です。 対策は大きく分けて「一時的な対策」と「長期的な対策」があり、使用環境やコスト、求める精度に応じて最適な方法を選択する必要があります。ここでは代表的な対策である「防錆油」と「めっき処理」を比較しながら、そのメリット・デメリットを掘り下げていきます。
防錆油・防錆剤の活用 🌧️

最も手軽で一般的なのが、錆油や防錆剤を塗布する方法です。 加工後や保管時、組み立て前の部品に塗布することで、鋼材表面に油膜を形成し、水分や酸素を物理的に遮断します。


  • メリット: 低コストで、誰でも簡単に実施できます。様々な種類の防錆油があり、除去が容易なものから、潤滑性を兼ね備えたものまで用途に応じて選べます。加工後の一時保管や、定期的なメンテナンスが可能な場合に非常に有効です。

  • デメリット: 油膜は永続的なものではないため、定期的な塗り直しが必要です。また、油が流出したり、塵や埃が付着して汚れたりする可能性があります。クリーンな環境が求められる用途には不向きな場合があります。

めっき処理による表面改質 ✨

より長期的で確実な防錆効果を求めるなら、めっき処理が有効です。SUJ2には主に「無電解ニッケルめっき」や「硬質クロムめっき」が用いられます。


  • 無電解ニッケルめっき: 化学的な還元作用を利用してニッケル皮膜を析出させる方法です。複雑な形状の部品でも均一な厚みの皮膜を形成できるのが最大の特長です。皮膜は硬度が高く、耐摩耗性、耐食性に優れています。驚くべきことに、ミスミの防錆試験データによると無電解ニッケルメッキ付きSUJ2材の方がSUS440C相当品よりも防錆能力が高い」という結果も出ています。 これは、めっき皮膜がピンホール(微小な穴)なく緻密に形成されるため、素地であるSUJ2を完全に保護できることを示唆しています。

  • 硬質クロムめっき: 電気めっきの一種で、非常に硬く(Hv800~1000)、耐摩耗性、離型性に優れたクロム皮膜を形成します。摺動部品や金型などに多用されますが、皮膜に微細なクラックが存在するため、耐食性の面では無電解ニッケルめっきに劣る場合があります。

防錆油とめっき処理の比較表







対策

防錆効果

持続性

コスト

寸法精度への影響

主な用途

防錆油

〇 (物理的遮断)

低い (要定期塗布)

低い

ほぼ無し

一時保管、輸送時、定期メンテナンス

無電解ニッケルめっき

◎ (優れた耐食性)

高い

中 (膜厚管理可)

高湿度環境、クリーン環境、長期防錆

硬質クロムめっき

〇 (耐摩耗性主眼)

高い

中~高

高荷重摺動部、耐摩耗性重視の部品

結論として、加工中の一次防錆や、油潤滑環境下での使用であれば防錆油で十分な場合が多いです。一方で、水や薬液に触れる可能性がある、あるいはメンテナンスフリーが求められる過酷な環境下では、無電解ニッケルめっきなどの表面処理が極めて有効な選択肢となります。特に「無電解ニッケルめっきがSUS440Cを上回る防錆性を示しうる」という点は、コストや加工性の観点からSUJ2を選定したい場合の強力な後押しとなるでしょう。
以下のリンクは、SUJ2に施される無電解ニッケルメッキがステンレス鋼より高い防錆性を持つ場合があることを示唆する貴重な情報源です。

 

SUS440C相当と無電解ニッケルメッキ付SUJ2材はどちらが防錆能力がありますか? - MISUMI

SUJ2の錆びやすさとSUS440Cの耐食性を徹底比較!用途別の選び方

SUJ2の代替として、耐食性が求められる場面でよく比較対象となるのが、マルテンサイト系ステンレス鋼の「SUS440C」です。 SUS440Cは、焼入れによってSUJ2に匹敵する高い硬度を得られる数少ないステンレス鋼であり、「錆びにくいSUJ2」のような位置づけで考えられることがあります。 しかし、両者は似て非なるものであり、その特性を正確に理解し、用途に応じて使い分けることが極めて重要です。
成分と耐食性の違い⚖️

両者の最も大きな違いは、やはりクロム(Cr)の含有量です。


  • SUJ2: Cr含有量は1.30~1.60%。 この量では強力な不動態皮膜を形成できず、錆びやすいです。

  • SUS440C: Cr含有量は16.00~18.00%。 この豊富なクロムにより、表面に強固な不動態皮膜を形成し、優れた耐食性を発揮します。特に、高湿環境や水がかかるような場所での使用において、その差は歴然となります。


ただし注意点として、SUS440Cも万能ではありません。ステンレス鋼の中では炭素量が多いため、塩化物イオン(塩水など)に対しては孔食(ピンホール状の錆)が発生しやすく、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼には耐食性で劣ります。

硬度と耐摩耗性の比較💪

熱処理後の最高到達硬度は、両者ともHRC58~62程度と、ほぼ同等のレベルを達成できます。 そのため、耐摩耗性に関しても非常に近い性能を持っていると言えます。ベアリングの球や内外輪として、どちらも高い実績を持っています。ただし、SUJ2の方が炭化物組織が微細で均一な傾向があり、より高い接触疲労寿命を持つとされる場合もあります。
SUJ2 vs SUS440C 特性比較表








一般的に特殊鋼であるSUJ2の方が、ステンレス鋼のSUS440Cより材料費が安い。



項目

SUJ2 (高炭素クロム軸受鋼)

SUS440C (マルテンサイト系ステンレス鋼)

解説

耐食性

× (錆びやすい)

〇 (錆びにくい)

Cr含有量の差が決定적。 SUS440Cは高湿環境に強い。

硬度 (熱処理後)

◎ (HRC 58~64)

◎ (HRC 58~62)

ほぼ同等の高い硬度を実現可能。

耐摩耗性


高い硬度により、両者とも優れた耐摩耗性を持つ。

加工性 (焼なまし状態)



SUJ2の方が被削性に優れる傾向がある。

コスト

安い

高い

磁性

あり

両者とも焼入れ後は強い磁性を持つ。

用途別選定のポイント🗺️

では、具体的にどのように使い分ければよいのでしょうか。


  • SUJ2が適している用途:

    • 常に油で潤滑されている環境(ベアリング、ギアなど)。

    • コストを重視し、防錆油塗布やめっき処理などの追加工で対応できる場合。

    • 極めて高い接触疲労寿命が要求される場合。


  • SUS440Cが適している用途:

    • 水蒸気や結露など、湿度の高い環境(食品機械、洗浄装置など)。

    • 薬品に触れる可能性がある環境。

    • メンテナンスの手間を省きたい、あるいは防錆油の使用が好ましくないクリーンな環境。


    結論として、「錆びるか、錆びないか」が最も重要な選定基準となります。コストと防錆対策の手間を天秤にかけ、機械が置かれる環境を正確に把握することが、最適な材料選定への近道です。

    SUJ2の錆びやすさは熱処理で変わる?硬度と耐食性の意外な関係

    SUJ2の性能を語る上で欠かせないのが「熱処理」です。一般的に、SUJ2は「焼入れ・焼戻し」を行うことで、HRC60を超える高い硬度と耐摩耗性を引き出します。 金属加工の現場では「熱処理=硬度を上げるための工程」という認識が強いですが、実はこの熱処理がSUJ2の錆びやすさ、すなわち耐食性にも無視できない影響を与えていることはあまり知られていません。硬度と耐食性はトレードオフの関係にあると考えられがちですが、熱処理条件を最適化することで、両者のバランスをコントロールできる可能性があるのです。
    焼入れと残留オーステナイトが及ぼす影響 🔥

    SUJ2の焼入れは、通常830℃~850℃程度の温度に加熱した後、油中で急冷します。この過程で、オーステナイト組織が硬いマルテンサイト組織に変態しますが、一部が変態しきれずに「残留オーステナイト」として組織中に残ります。この残留オーステナイトの量は、焼入れ温度や保持時間によって変化します。実は、この残留オーステナイトは、硬いマルテンサイトに比べて柔らかく、耐食性に優れるという性質を持っています。つまり、残留オーステナイトが適度に残存している状態は、硬度をわずかに犠牲にする代わりに、耐食性が向上する可能性があるのです。逆に、硬度を追求するあまり、サブゼロ処理(0℃以下に冷却して残留オーステナイトをマルテンサイト化させる処理)を過度に行うと、耐食性の観点からは不利に働くことがあります。
    焼戻し温度と炭化物の析出 🌡️

    焼入れ後のSUJ2は非常に硬い反面、脆いため、150℃~200℃程度の低温で焼戻しを行い、靭性を回復させます。この焼戻し工程も耐食性に影響を与えます。低温焼戻しを行うと、マルテンサイト組織の中から微細なε炭化物(イプシロンカーバイド)が析出します。この炭化物の周囲では、耐食性に寄与するクロムが消費され、「クロム欠乏層」が形成されることがあります。このクロム欠乏層が、錆の起点となる可能性があるのです。焼戻し温度が高すぎると硬度が大幅に低下してしまいますが、低すぎる場合も耐食性の観点からは最適ではない可能性がある、という複雑な関係が存在します。
    意外な落とし穴:熱処理雰囲気と酸化スケール 💨

    さらに、見落とされがちなのが熱処理中の雰囲気です。大気中で加熱すると、鋼材表面が酸化し、「酸化スケール」と呼ばれる黒皮が生成されます。この酸化スケールは不均一で剥がれやすく、スケールの下で腐食が進行する原因となります。これを防ぐために行われるのが「光輝熱処理」です。 真空中や、窒素、アルゴンといった不活性ガス雰囲気中で熱処理を行うことで、酸化スケールの生成を抑制し、金属光沢を保ったまま熱処理を完了できます。これにより、熱処理工程に起因する錆のリスクを大幅に低減させることが可能です。もし熱処理後に錆が発生した場合、それは熱処理炉の雰囲気に問題があった可能性も考えられます。
    このように、SUJ2の熱処理は単に硬度を調整するだけの工程ではありません。焼入れ温度、サブゼロ処理の有無、焼戻し条件、そして熱処理雰囲気といった様々なパラメータが、最終的な耐食性に複雑に影響し合っています。硬度を確保しつつ、いかに耐食性を向上させるか。それは、熱処理条件の最適化という、もう一歩踏み込んだ技術的な挑戦にかかっていると言えるでしょう。

    SUJ2の錆びやすさを克服し長寿命化を実現するメンテナンスのコツ

    SUJ2の優れた性能を最大限に引き出し、製品寿命を延ばすためには、その錆びやすい特性を理解した上での、日々のきめ細やかなメンテナンスが不可欠です。防錆対策としてめっき処理などを施した場合でも、その効果を過信せず、適切な取り扱いを心がけることで、予期せぬトラブルを防ぐことができます。ここでは、SUJ2製品の長寿命化を実現するための、実践的なメンテナンスのコツを具体的に紹介します。
    1. 加工後・組み立て前の「洗浄」の徹底 🧼

    錆の発生原因として意外に多いのが、加工工程で付着した汚れや、素手で触ったことによる指紋です。


    • 切削油・研削液の除去: 加工時に使用する切削油や研削液には、水分や硫黄分などが含まれている場合があり、これらが残存すると腐食の原因となります。加工後は、速やかに適切な洗浄液(炭化水素系洗浄剤やアルカリ洗浄剤など)を用いて、これらの油分を完全に除去することが重要です。

    • 指紋や汗の付着防止: 人間の汗には塩分が含まれており、鋼材にとっては大敵です。SUJ2部品を取り扱う際は、必ず清浄な手袋を着用する習慣をつけましょう。素手で触ってしまった場合は、すぐにIPA(イソプロピルアルコール)などで脱脂洗浄する応急処置が有効です。

    2. 保管環境の「湿度管理」を意識する ☔

    空気中の水分は、SUJ2にとって最大の敵です。 部品を保管する際は、湿度の影響を最小限に抑える工夫が必要です。


    • 密閉と乾燥剤の活用: 部品をビニール袋などで密閉し、中にシリカゲルなどの乾燥剤を同梱するのは非常に効果的です。特に、長期間保管する際は必須の対策と言えるでしょう。

    • 温度変化を避ける: 急激な温度変化は結露の原因となります。温度が安定した室内で保管し、冷たい場所から暖かい場所に移動させた際は、すぐに開封せず、部品の温度が室温に馴染むまで待つといった配慮も重要です。

    3. 「定期的な点検と防錆油の再塗布」の習慣化 🔧

    特に防錆油で保護している場合は、定期的なメンテナンスが製品寿命を大きく左右します。


    • 稼働部の点検: 機械の定期点検時には、摺動部や軸受部をチェックし、油膜が切れていないか、錆の兆候がないかを目視で確認します。特に、機械の停止時間が長い場合や、外部からの水分が混入しやすい箇所は注意が必要です。

    • 防錆油の選定と再塗布: 点検時に油膜切れが見られたら、古い油や汚れをウエスで拭き取り、新しい防錆油を塗布します。使用環境に応じて、潤滑性を兼ね備えたもの、より長期間効果が持続するものなど、最適な防錆油を選定し直すことも検討しましょう。

    これらのメンテナンスは、一見地味で手間がかかるように思えるかもしれません。しかし、高精度な加工が施されたSUJ2部品に一度錆が発生すると、その性能は著しく低下し、最悪の場合は交換が必要になります。日々の少しの心がけが、結果的に機械全体の安定稼働と、トータルコストの削減に繋がるのです。SUJ2を「錆びやすいから扱いにくい材料」と捉えるのではなく、「正しい知識で付き合えば最高の性能を発揮するパートナー」として、愛情を持ってメンテナンスしてあげることが長寿命化の最大の秘訣と言えるでしょう。

     

     


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