ABS樹脂製品の加工と塗装、メッキの種類とその特徴

ABS樹脂製品の加工、塗装、メッキについて、その基本的な特徴から専門的な加工方法、さらには意外な劣化原因と対策までを網羅的に解説します。金属加工のプロも納得する、より深く、実践的な知識を得てみませんか?

ABS樹脂の製品

この記事のポイント
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多様な加工方法

切削、射出成形、3Dプリンティングなど、ABS樹脂の持つ優れた加工性について詳しく解説します。

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多彩な表面処理

塗装やメッキによって、ABS樹脂製品の見た目と機能を格段に向上させる技術を紹介します。

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劣化対策と高耐候化

ABS樹脂の弱点である耐候性を克服し、製品寿命を延ばすための具体的な方法を提案します。

ABS樹脂の製品の基本的な特徴とメリット・デメリット

 

ABS樹脂は、「アクリロニトリル(Acrylonitrile)」「ブタジエン(Butadiene)」「スチレン(Styrene)」という3つの成分を組み合わせた熱可塑性プラスチックです 。この3つの成分の配合比率を変えることで、求める特性に応じた様々な種類のABS樹脂を製造できるのが大きな特徴です 。
ABS樹脂の主なメリット:

  • 💪 優れた機械的性質: 剛性、耐衝撃性、曲げ疲労性、引張強度などのバランスが良く、頑丈な製品を作ることができます 。
  • 🛠️ 高い加工性: 切削や研磨といった機械加工がしやすいだけでなく、射出成形、押出成形、3Dプリンティングなど、非常に多様な成形方法に対応できます 。また、接着、溶接、溶着も容易です 。
  • ✨ 美しい外観仕上げ: 表面の光沢が良く、塗装やメッキといった表面処理(後述)の乗りも良好なため、デザイン性の高い製品に適しています 。
  • 🧪 耐薬品性: 酸やアルカリ性の薬品に対して比較的強い耐性を持ちます 。

ABS樹脂の主なデメリット:

  • ☀️ 耐候性の低さ: 3つの成分のうち、ブタジエンゴムが紫外線の影響を受けやすく、屋外で長時間使用すると、変色(黄変)や強度低下、ひび割れなどを起こすことがあります 。これがABS樹脂最大の弱点と言えます。
  • 🔥 耐熱性が高くない: 一般的なグレードの耐熱温度は70~100℃程度であり、高温環境下での使用には向きません 。
  • 有機溶剤への弱さ: アセトンやシンナーなどの有機溶剤に触れると、溶解したり、表面が侵されたりします 。

このように、ABS樹脂は多くの長所を持つ一方で、いくつかの明確な弱点も存在します 。そのため、製品設計や材料選定の際には、使用環境や求められる性能を十分に考慮することが重要です。

ABS樹脂製品の主要な加工方法と切削加工のコツ

ABS樹脂の最大の強みの一つは、その卓越した加工性です 。ここでは代表的な加工方法と、金属加工にも通じる切削加工のポイントを解説します。
代表的な成形加工法:

     

  • 射出成形: 最も一般的な成形方法です 。加熱して溶かしたABS樹脂を金型内に高圧で射出し、冷却して固めることで、複雑な形状の製品を大量生産できます 。自動車の部品や家電の筐体など、私たちの身の回りにある多くのABS樹脂製品がこの方法で作られています 。
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  • 切削加工: NC旋盤マシニングセンタなどを使用し、板や丸棒状の材料から削り出して部品を製作します 。寸法精度が非常に高く、試作品や小ロット生産に向いています。ABS樹脂は切削性が良く、比較的容易に加工できます 。
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  • 3Dプリンティング (FDM法): 熱溶融積層法(FDM)方式の3Dプリンターで、フィラメント状のABS樹脂を溶かしながら一層ずつ積み重ねて立体物を造形します 。設計データから直接、迅速に試作品や治具などを作成できるため、近年活用が広がっています。
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  • その他: 上記以外にも、シート状の材料を加熱して型に押し当てる「真空成形」や、パイプなどを作る「押出成形」など、多様な加工法が存在します 。

切削加工を成功させるコツ:
ABS樹脂は比較的削りやすい材料ですが、以下の点に注意することで、より高品質な加工が期待できます。

 

     

  1. 熱対策: プラスチックは金属に比べて熱伝導率が低く、加工熱がたまりやすい性質があります。加工中に発生する熱で樹脂が溶けてしまい、刃物に溶着したり、仕上げ面が荒れたりすることがあります。そのため、切削速度や送り速度を適切に調整し、場合によっては圧縮空気(エアブロー)で切り屑を飛ばしながら冷却することが有効です。
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  3. 切り屑の処理: ABS樹脂の切り屑は連続してつながりやすく、工具に絡みつくことがあります。工具の選定や切り込み量を工夫し、切り屑が細かく分断されるような条件を見つけることが重要です。
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  5. 工具の選定: 切れ味の良い、すくい角の大きな刃物を使用することで、加工抵抗を減らし、発熱を抑えることができます。プラスチック専用の刃物も市販されています。

これらのポイントは、金属加工におけるアルミなどの軟質金属の加工と共通する部分も多く、金属加工の知識や経験を活かすことができます。

 

以下のリンクは、ABS樹脂の切削加工について、材料の固定から仕上げまでを解説しており、実践的な知識を得るのに役立ちます。

 

ABS 加工と特徴 | プラスチック精密加工のプラポート

ABS樹脂製品の塗装とメッキ処理で変わる意匠性

ABS樹脂は加工性の良さに加え、塗装やメッキといった表面処理がしやすいという大きな利点を持っています 。これにより、製品に付加価値を与え、意匠性や機能を大幅に向上させることが可能です。
🎨 ABS樹脂の塗装
ABS樹脂への塗装は、製品を保護し、多彩な色彩や質感を与える目的で行われます 。しかし、何も考えずに塗装すると、塗料に含まれる溶剤が樹脂に浸透し、素材の強度を低下させたり、ひび割れ(ソルベントクラック)を引き起こしたりする危険性があります 。

 

参考)ABS塗装

塗装を成功させるための重要ポイント:

     

  • 1. 脱脂・洗浄: 塗装の前に、製品表面に付着した油分や汚れを中性洗剤などで完全に取り除きます 。これを怠ると、塗料が弾かれてしまい、美しい仕上がりが得られません。
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  • 2. プライマー(下地処理): ABS樹脂と塗料の密着性を高め、溶剤の浸透をぐために、プライマー(下塗り塗料)を塗布することが非常に効果的です 。プライマーは、いわば塗装用の接着剤の役割を果たします 。
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  • 3. 塗料の選定: ABS樹脂への影響が少ない塗料を選ぶことが重要です。一般的には、溶剤の弱い水性塗料(アクリル塗料など)や、硬化剤によって塗膜を形成するウレタン塗料などが推奨されます 。ラッカー塗料を使用する場合は、溶剤が強すぎないか事前にテストが必要です。
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  • 4. 塗装方法: 一度に厚塗りするのではなく、薄く何度も塗り重ねるのが基本です。これにより、溶剤が樹脂に与える影響を最小限に抑え、均一な塗膜を形成できます。

💎 ABS樹脂のメッキ
メッキは、ABS樹脂の表面に金属の薄い膜を形成する技術です。これにより、プラスチック製品でありながら、金属特有の高級感ある光沢や質感を出すことができます 。自動車のエンブレムやドアハンドル、水栓金具などが代表的な例です。

 

参考)樹脂メッキと用途 – 吉野電化工業株式会社

ABS樹脂へのメッキの仕組みと特徴:

     

  1. 化学的な前処理: 金属と違って電気を通さないABS樹脂にメッキを施すため、まず化学的な処理によって表面を改質します 。具体的には、クロム酸などで樹脂表面を粗化(エッチング)し、微細な凹凸を作ります 。
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  3. 触媒の付与: 次に、パラジウムなどの金属触媒を表面に付着させます 。この触媒が、次の無電解メッキの核となります。
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  5. 無電解メッキと電気メッキ: 触媒が付与された表面に、まず化学反応を利用した無電解メッキ(主にニッケル)で導電性の皮膜を形成します。その後、電気メッキによって銅、ニッケル、クロムといった目的の金属膜を重ねていきます 。

この技術により、軽量という樹脂の利点を活かしながら、金属の持つ美観、耐食性耐摩耗性などを付与することが可能になります 。さらに、ABS樹脂と他の樹脂(ポリカーボネートなど)を組み合わせた二色成形品において、ABS樹脂の部分にのみ選択的にメッキを施す「部分メッキ」という高度な加飾技術も存在します 。
メッキ技術の詳細は、以下の専門メーカーのサイトで分かりやすく解説されています。

 

樹脂メッキと用途 - 吉野電化工業株式会社

ABS樹脂製品の接着方法と接着剤の正しい選び方

ABS樹脂製品の組み立てや補修において、接着は非常に重要な加工方法です。ABS樹脂は比較的接着しやすい素材ですが、最適な強度と仕上がりを得るためには、接着剤の種類と使い方を正しく理解しておく必要があります。

 

接着剤は、大きく分けて「溶剤系」と「反応系」の2種類があります。

 

1. 溶剤系接着剤(セメントタイプ)
プラモデルで多用される、いわゆる「セメント」と呼ばれるタイプの接着剤です 。この接着剤は、ABS樹脂の表面を溶剤でわずかに溶かし、樹脂同士を融合させて一体化させることで接着します。

 

参考)https://ameblo.jp/mdsf-x1/entry-11331023027.html

     

  • 特徴:

    • 強力な接着強度が得られる。
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    • 接着面が目立ちにくく、きれいに仕上がる。
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    • ABS樹脂専用の接着剤を使用する必要がある(ポリスチレン用は不可)。
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  • 使い方:

    1. 接着したい両方の面に接着剤を薄く塗る。
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    3. 表面が少し溶けて軟らかくなるまで待つ。
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    5. 両面を圧着し、完全に硬化するまで固定する。
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  • 注意点: 換気を十分に行う必要があります。また、ABS樹脂の種類(成分比率)によっては、接着剤の効きが異なる場合があります 。

2. 反応系接着剤
2つの液体を混ぜ合わせる化学反応や、空気中の水分と反応することで硬化するタイプの接着剤です。ABS樹脂そのものを溶かすわけではなく、接着剤自体が硬化して両者を結びつけます。

 

     

  • 瞬間接着剤(シアノアクリレート系):

    • 特徴: 短時間で硬化するため、仮止めや小さな部品の接着に非常に便利です 。ただし、衝撃に弱く、接着面積が小さいと強度が不足することがあります。ABS樹脂同士だけでなく、ABS樹脂とポリスチレン(PS)など異種材料の接着にも使えます 。
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    • 注意点: 周辺が白化(白く曇る現象)することがあります。また、衝撃が加わる部分には不向きです。
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  • エポキシ系接着剤:

    • 特徴: 主剤と硬化剤の2液を混ぜて使用します。硬化後は非常に高い強度と耐久性を持ち、充填効果もあるため、隙間のある部分の接着にも適しています 。耐水性、耐薬品性にも優れます。
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    • 使い方: 2つの液体を均一に混ぜ合わせ、接着面に塗布します。完全に硬化するまでには時間がかかります(数時間~24時間)。
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接着剤の選び方のまとめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

接着剤の種類 長所 短所 主な用途
ABS用溶剤系接着剤 強力な接着力、きれいな仕上がり 乾燥に時間がかかる、換気が必要 ABS部品同士の強固な接合
瞬間接着剤 速乾性、手軽、異種材料OK 衝撃に弱い、白化現象 小物部品の接着、仮止め
エポキシ系接着剤 高強度、耐久性、充填効果 混合の手間、硬化に時間がかかる 高い強度が求められる箇所の接着、隙間の充填

接着する部品の材質、求められる強度、作業時間などを総合的に考慮して、最適な接着剤を選ぶことが、高品質な製品作りにつながります。

 

ABS樹脂製品の意外な劣化原因と耐候性を高める秘訣

ABS樹脂の最大の弱点は「耐候性」、特に紫外線に対する弱さです 。しかし、劣化の原因は紫外線だけではありません。意外な原因や、その対策について深掘りします。
紫外線以外の劣化原因

     

  • 熱: 高温の環境下に長時間置かれると、酸化が促進され、黄変したり、もろくなったりします(熱劣化) 。特に、色の濃い製品は熱を吸収しやすいため注意が必要です。
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  • 水分(加水分解): 高温多湿の環境では、ABS樹脂が水分を吸収し、化学構造が分解される「加水分解」という現象が起こることがあります。これにより、表面の膨れや変形、強度の低下につながります 。
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  • 化学薬品: 特定の化学薬品、特にアルコールやシンナーなどの有機溶剤、一部の強力な洗剤に触れると、表面が溶けたり、ひび割れ(ケミカルクラック)が発生したりします 。
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  • 応力: 部品に常に力がかかっている状態(応力)で、上記の劣化要因(熱、薬品など)に晒されると、劣化が著しく促進され、応力亀裂を引き起こしやすくなります。

これらの要因は単独で、あるいは複合的に作用し、ABS樹脂製品の寿命を縮めてしまいます 。
耐候性を向上させる秘訣
弱点である耐候性を克服し、ABS樹脂を屋外や過酷な環境で使用するための技術も開発されています。

 

     

  1. 表面保護による対策:

    • UVカット塗装・コーティング: 製品の表面に紫外線を吸収または反射する塗料やコーティング剤を施す方法です 。自動車の塗装のように、クリアコートを施すことで、美しい外観を長期間維持できます。
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    • UVカットシート: 紫外線を遮断するフィルムを製品に貼り付ける方法もあります。
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  3. 材料そのものを改良する:
    ABS樹脂の弱点であるブタジエン成分を、より耐候性の高い素材に置き換えた「改良型ABS樹脂」があります。これらは「エンジニアリングプラスチック」に分類され、より高性能な製品に使用されます。

    • AES樹脂 (Acrylonitrile Ethylene Styrene): ブタジエンの代わりに、耐候性に優れる「エチレン系ゴム」を使用しています 。ABS樹脂の持つ優れた機械的特性や加工性を維持したまま、耐候性を飛躍的に向上させた樹脂です。自動車の外装部品(ドアミラーハウジング、グリルなど)や、屋外に設置される機器の筐体などに採用されています。
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    • ASA樹脂 (Acrylonitrile Styrene Acrylate): ブタジエンの代わりに、耐候性と耐熱性に優れる「アクリルゴム」を使用しています。AES樹脂と同様に、長期間の屋外使用に耐えることができます。建材(窓枠サッシなど)やガーデニング用品、スポーツ用品などに使われます。
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以下の表は、ABS, AES, ASA樹脂の耐候性を比較したものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹脂の種類 ブタジエン成分 耐候性 主な用途
ABS樹脂 あり 低い (☀️) 屋内用の家電製品、OA機器、雑貨
AES樹脂 なし (エチレン系ゴムに置換) 高い (☀️☀️☀️) 自動車外装部品、屋外機器筐体
ASA樹脂 なし (アクリルゴムに置換) 非常に高い (☀️☀️☀️☀️) 建材、屋外スポーツ用品、衛星アンテナ

製品の用途や使用環境に応じて、単にABS樹脂を選ぶだけでなく、塗装などの表面処理を施したり、より高性能なAES樹脂やASA樹脂を選択したりすることが、製品の品質と信頼性を高める上で非常に重要です。

 

ABS樹脂の劣化に関するより詳しい情報は、以下のサイトが参考になります。

 

ABS樹脂が劣化する?原因と防止対策を徹底解説|変色・ひび割れ ...

 

 


(株)タカチ電機工業 ABS樹脂板 ABS-2B