エンジニアプラスチック(エンプラ)は、工業用途で求められる高い性能を持つプラスチックの総称です 。一般的なプラスチックである「汎用プラスチック」と比較して、特に強度と耐熱性に優れているのが最大の特徴です 。
具体的に、エンプラは明確な定義があるわけではありませんが、一般的に「耐熱性が100℃以上で、強度が50MPa以上、曲げ弾性率が2.4GPa以上」といった特性を持つプラスチックが分類されます 。このため、これまで金属が使われていたような、高い負荷がかかる機械部品や電子部品などにも使用されています 。「プラスチック」と聞くと、安価で加工しやすい日用品をイメージするかもしれませんが、エンプラはそれらとは一線を画す「特別なプラスチック」と考えると分かりやすいでしょう 。
一方、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)に代表される汎用プラスチックは、耐熱温度が100℃未満のものが多く、強度もエンプラには及びません 。しかし、安価で大量生産に向いているため、食品容器や雑貨、フィルムなど、私たちの身の回りの様々な製品に使われています 。
エンプラは熱を加えると柔らかくなり、冷やすと固まる「熱可塑性樹脂」に分類されます 。そのため、射出成形によって複雑な形状の部品を効率よく大量生産できるという、金属にはない大きなメリットも持っています 。金属の強さと、プラスチックの軽さ・加工しやすさを両立した、まさに「いいとこ取り」の素材なのです 。
以下の表で、汎用プラスチックとエンジニアリングプラスチックの違いをまとめました。
| 項目 | 汎用プラスチック | エンジニアリングプラスチック |
|---|---|---|
| 代表的な種類 | ポリエチレン (PE)、ポリプロピレン (PP)、塩化ビニル樹脂 (PVC)など | ポリカーボネート (PC)、ポリアミド (PA)、ポリアセタール (POM)など |
| 耐熱性 (連続使用温度) | 100℃未満 | 100℃以上 |
| 機械的強度 | 低い | 高い (金属の代替としても使用) |
| 価格 | 安価 | 高価 |
| 主な用途 | 日用品、雑貨、包装材など | 自動車部品、電気・電子部品、機械部品など |
エンジニアプラスチックには多くの種類がありますが、その中でも特に使用量が多く、代表的な5つの種類を「5大エンプラ」と呼びます 。それぞれが異なる特性を持っており、用途に応じて使い分けられています。ここでは、5大エンプラそれぞれの特徴と、具体的な用途について詳しく見ていきましょう。
より詳細な特性比較については、各種プラスチックメーカーが公開している技術資料が参考になります。
参考リンク:バルカー社のウェブサイトでは、各種エンプラの特性を比較した詳細な表が掲載されており、材質選定の際に非常に役立ちます。
エンジニアリングプラスチック(エンプラ)とは?特性や種類・用途を図解で解説 - VALQUA
エンジニアプラスチックの性能をさらに向上させ、より過酷な環境下での使用を可能にしたのが「スーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)」です 。特殊エンプラとも呼ばれます 。
スーパーエンプラには明確な定義はありませんが、一般的に連続使用温度が150℃以上のプラスチックがこれに分類されます 。エンプラが汎用プラスチックの性能を大きく超えるように、スーパーエンプラはエンプラの性能をさらに凌駕します。特に、耐熱性、耐薬品性、機械的強度において、他のプラスチックとは一線を画す性能を持っています 。
代表的なスーパーエンプラには、以下のようなものがあります。
以下の表は、エンプラとスーパーエンプラの主な違いをまとめたものです。
| 項目 | エンジニアリングプラスチック | スーパーエンジニアリングプラスチック |
|---|---|---|
| 連続使用温度 | 約100℃~150℃ | 150℃以上 |
| 性能 | 高い機械的強度と耐熱性 | 極めて高い耐熱性、耐薬品性、機械的強度 |
| 主な用途 | 自動車部品、電子機器、機械部品など | 航空宇宙、医療、半導体製造装置など、より過酷な環境 |
| コスト | 高価 | 非常に高価 |
スーパーエンプラは、まさにプラスチックの頂点に立つ材料群と言えますが、その分コストも非常に高くなります 。そのため、製品に求められる性能とコストのバランスを考慮し、最適な材料を選定することが重要です。
エンジニアプラスチックは、その優れた特性を活かすために様々な方法で加工されます 。代表的な加工方法としては、射出成形、押出成形、そして金属加工でもおなじみの切削加工などがあります 。
射出成形
熱で溶かした材料を金型に射出し、冷却して固めることで製品を作る方法です 。複雑な形状の製品でも、一度金型を作ってしまえば高速かつ大量に生産できるため、自動車部品や家電製品の筐体など、量産品に広く用いられます 。エンプラの大きな利点である「加工のしやすさ」を最も活かせる方法と言えるでしょう 。
押出成形
熱で溶かした材料を「ダイ」と呼ばれる口金から押し出し、冷却して固める方法です。パイプやシート、フィルムなど、断面が同じ形状の長い製品を作るのに適しています。
切削加工
金属加工と同様に、丸棒や板状の材料を、ドリルやエンドミルなどの刃物(工具)を使って削り、目的の形状を作り出す加工方法です 。
その他の加工法
その他にも、溶かした材料に空気を吹き込んで中空の製品を作る「ブロー成形」や、接着、溶接、塗装など、目的に応じて様々な加工技術が用いられます 。
プラスチックの切削加工に関するより専門的な情報については、加工業者のウェブサイトが参考になります。
参考リンク:株式会社由本では、プラスチックの様々な切削加工方法について図解付きで解説しており、具体的な加工イメージを掴むのに役立ちます。
プラスチック切削加工方法一覧 - 株式会社由本
エンジニアプラスチックは金属代替として活躍する高性能な材料ですが、万能ではありません 。それぞれに特有の「弱点」や「不得意なこと」が存在します。最高のパフォーマンスを引き出すためには、これらの注意点を十分に理解し、用途に合った材料を選定することが極めて重要です。
1. 吸水による寸法変化 💧
特にポリアミド(PA、ナイロン)は吸水性が高いことで知られています 。水分を吸収すると膨張し、乾燥すると収縮するため、精密な寸法精度が求められる部品に使用する際は注意が必要です。設計段階で吸水による寸法変化率を考慮に入れるか、吸水性の低いポリアセタール(POM)やポリブチレンテレフタレート(PBT)などを代替として検討する必要があります 。
2. 特定の薬品への弱さ 薬品️
高い耐衝撃性を誇るポリカーボネート(PC)ですが、アルカリ性の薬品や特定の有機溶剤に触れると、白化したり、ひび割れ(ソルベントクラック)を起こしたりすることがあります 。薬品に接触する可能性がある環境では、耐薬品性に優れたPBTやPOMが適している場合があります。
3. 紫外線による劣化 ☀️
屋外で使用されるプラスチック製品が、太陽光によって変色したり、もろくなったりするのを見たことがあるでしょう。これは主に紫外線による劣化が原因です。特にポリアセタール(POM)やABS樹脂(汎用エンプラに分類されることもある)は耐候性が低く、屋外での長期使用には向きません 。屋外用途では、耐候性を高めるための添加剤を加えたグレードや、フッ素樹脂などを検討する必要があります。
4. コストの問題 💰
当然ながら、高性能なエンプラやスーパーエンプラは、汎用プラスチックに比べてはるかに高価です 。製品に求められる性能を過剰に満たすオーバースペックな材料を選定すると、不必要なコスト増につながります。本当にその耐熱性や強度が必要なのか、コストと性能のバランスを慎重に見極めることが大切です。
5. 熱に対する線膨張率
エンプラは金属に比べて、温度変化による寸法変化の度合い(線膨張率)が大きいという特徴があります。金属部品と組み合わせて使用する場合、温度変化によって部品同士の間に隙間ができたり、逆に応力が発生したりする可能性があります。嵌め合い公差などを設計する際には、この線膨張率の違いを考慮することが不可欠です。
このように、各エンプラには一長一短があります。材料メーカーが提供しているカタログや物性データには、これらの長所・短所が詳細に記載されています。設計者や加工者は、これらの情報を鵜呑みにするだけでなく、実際の使用環境を想定し、隠れたリスクがないか多角的に検討する視点が求められます。