自動車部品の中でも、ホイールはパフォーマンスと美観を両立すべき重要なパーツです。現代のホイール製造において、マシニング加工技術は単なる機能部品としてだけでなく、デザイン性の高い製品を生み出す鍵となっています。
特に日本の高級ホイールメーカーであるレイズは、独自のマシニング技術を開発・特許取得し、業界をリードしています。従来のホイール製造では、ブランドロゴなどの表示には金型による成型時の刻印や、ステッカー、プレートの貼り付けが一般的でした。しかし、これらの方法には明確な欠点がありました。
これらの課題を解決するため、レイズが開発したのが「A.M.T.(アドバンスド・マシニング・テクノロジー、特許番号:P6153437)」技術です。この技術の最大の特徴は「ホイールの塗装を完了したあとで文字を掘る」という点にあります。
この革新的なアプローチにより、アルミニウムの素材感をデザインの一部として活用し、独特の質感を表現することが可能になりました。さらに、光の反射や屈折により、切削部分がプリズムカラーに輝くという視覚効果も生まれています。
高性能ホイールの製造において、鍛造技術は不可欠です。鍛造とは、アルミニウムの塊を巨大なプレス機で押しつぶしてホイールの形に成型する製法です。この工程によって形成される「鍛流線」が、鋳造では得られない強度と粘り強さをホイールにもたらします。
レイズは、この鍛造工程において複数の特許技術を持っています。その中核となるのが、最大加圧力10,000トンの鍛造プレス機と、独自開発した「RM8000回転鍛造」技術です。
鍛造ホイールの製造工程は以下のように進みます。
特筆すべきは、レイズが「デザイン成型金型鍛造工法」と呼ばれる独自の技術を開発したことです。一般的な鍛造ホイールではデザイン部を削り出し加工するのに対し、レイズの方法ではデザインも鍛造段階で形成します。これにより鍛流線が途切れることなくホイール全体に行き渡り、強靭さと軽量性を両立させています。
この技術は約30〜40年前から続くものですが、レイズは金型技術に大きな革新をもたらしました。1つのホイールに対して最大4種類の金型を段階的に使い分け、アルミ素材の流動性を精密にコントロール。さらに表からだけでなく裏からも金型で押すことで、より複雑な造形を可能にしました。
マシニング加工による表面処理技術において、レイズは複数の特許を取得しています。先述のA.M.T.に加え、「REDOT(アール・イー・ドット、特許番号:P6417131)」という技術も開発しました。
A.M.T.技術の開発経緯は興味深いものです。1996年に誕生したレイズの代表作「TE37」では、当初ブランドロゴをステッカーで表示していましたが、使用していくうちに劣化や剥がれが発生する問題がありました。この課題を解決するために開発されたのがA.M.T.技術だったのです。
A.M.T.の工程は以下のように進みます。
一方、REDOTはマスキングせずに塗装面に異なる色を入れる技術です。これにより、アクセントカラーを効果的に表現できます。
さらに「e-PRO COAT(イープロ・コート)」という技術も開発されました。これは塗装後にマシニング加工した部分だけに電着塗装で色を乗せる方法で、繊細なペイントカスタムを可能にしています。
これらの特許技術は単なる装飾ではなく、ブランドの真正性を示すものでもあります。パッと見は似せられても、機能や性能は絶対にコピーできない特許技術は、「偽りの性能」からユーザーを守る役割も果たしています。
マシニング加工技術の最新の革新として、レイズは「ハイブリッドマシニング(特許番号:P6708905)」と呼ばれる技術を開発しました。
この技術の核心は、2次元面(天面)と3次元面(縦壁)という加工形態が異なる複数の面を「一つのデザイン面」として捉え、連続して加工処理することにあります。従来は別々に行わなければならなかった2次元面へのダイヤモンドカットと3次元面への加工を、一連の処理として実施することが可能になったのです。
ハイブリッドマシニングの主な特徴と利点は以下の通りです。
この技術は当初、鋳造ホイールのスポーツブランド「グラムライツ」のアズールシリーズに採用されました。鋳造ホイールは製造時に歪みが生じやすく、切削による繊細な造形の再現が難しいという課題がありましたが、ハイブリッドマシニングの採用により、これを解決しています。
レイズではこの工法専用の製造ラインを設置し、工作用の旋盤や加工用の刃物も独自に開発。機械加工時の歪みを検知するセンサーも専用品を使用するなど、製造クオリティを厳重にコントロールしています。これにより、デザイナーが思い描いた造形を切削加工で狂いなく再現することに成功しました。
マシニング加工と鍛造技術は、単なる現在のホイール製造技術としてだけでなく、金属加工業界全体の未来を示す先端技術としても注目されています。レイズの三根茂留社長は「現在はほかの製造業と同様に多くの製品が中国の工場で生産されるようになった」と語る中で、メイド・イン・ジャパンを貫くことで「商品としての質の向上を図るなどの差別化が必要」と述べています。
特許技術の開発は、製品の差別化だけでなく、知的財産権の保護という側面も持っています。レイズは自社の特許を侵害する製品が市場に出回っていることを認識しており、特許関連の告知と周知活動を積極的に行っています。
これらの特許技術の意義は、以下のポイントにまとめられます。
重要なのは、これらの特許技術がレイズにとって「到達点ではなく、通過点」に過ぎないという点です。A.M.T.をさらに発展させ、REDOTやe-PRO COATを開発し、さらに新たな複合技術や意匠技術の実用化を続けています。
金属加工業界における大きな示唆は、単に製品の機能や性能だけでなく、製造工程そのものや表面処理技術にも革新と特許取得の機会があるということです。また、自社製造機器の開発も重要な差別化要素となっています。レイズは製品だけでなく、その製造に使用する機械までも独自に設計・開発しており、これが他社が簡単に模倣できない強みとなっています。
今後の金属加工業界では、こうした統合的なアプローチ-製品設計、製造工程、機械開発、表面処理技術の全てを自社で革新していく姿勢-がますます重要になっていくでしょう。レイズが示す「偽りの性能を許さない」という姿勢は、金属加工業界全体にとっても重要な指針となります。