「溶接後の鋼材は、室温で割れなくても0℃以下で突然砕けることがあります。」
dbtt curveとは、「Ductile-to-Brittle Transition Temperature Curve」の略であり、日本語では「延性脆性遷移温度曲線」と呼びます。横軸に温度、縦軸に衝撃吸収エネルギー(靭性)をとったとき、金属の性質が高温の「粘り強い延性域」から低温の「もろい脆性域」へと変化する様子を描いた曲線です。
形状が特徴的です。高温側では吸収エネルギーが大きく一定(上部棚・Upper Shelf Energy)となり、低温側では吸収エネルギーが小さく一定(下部棚・Lower Shelf Energy)となります。その中間では急激にエネルギーが落ちるため、全体がアルファベットの「S」を横倒しにしたような形状になります。この遷移が起きる温度帯こそが、金属加工に携わる人が最も注意しなければならない領域です。
「遷移温度をどこで定義するか」という問題があります。これは一本の温度で決まるわけではなく、実務ではいくつかの定義が混在しています。代表的な方法としては、①吸収エネルギーが最大値の1/2になる温度(エネルギー遷移温度)、②シャルピー試験での破面に占める脆性破面率が50%になる温度(50%FATT:Fracture Appearance Transition Temperature)、③特定のエネルギー値(41Jや68Jなど)になる温度、の3つが挙げられます。どの定義を採用しているか確認することが原則です。
低炭素鋼(A36材など)のDBTTは概ね−10℃〜−40℃の範囲に収まるとされています。言い換えれば、日本の厳冬期の屋外環境(−10℃前後)はそのままDBTTの境界付近に相当することになります。これは無視できない数字ですね。
参考:シャルピー衝撃試験の測定方法・JIS Z 2242の詳細については下記が詳しいです。
【簡単解説】金属の低温脆性とシャルピー衝撃試験について(東京金属工業株式会社)
dbtt curveを実際に得るには、シャルピー衝撃試験(Charpy Impact Test)を複数の温度で繰り返す必要があります。試験そのものはシンプルです。まず、Vノッチ(V字型の切り欠き)を入れた規格試験片(JIS Z 2242準拠)を用意し、指定温度で試験片を保温したのち、振り子ハンマーで打撃します。打撃前後のハンマーの振り上がり角度差から「吸収エネルギーE(J)」を算出します。
$$E = WR(\cos\theta_\beta - \cos\theta_\alpha) - L$$
ここで Wはハンマー重量(N)、Rは回転軸中心から重心までの距離(m)、θαはハンマー持ち上げ角度、θβは破断後の振り上がり角度、Lは摩擦によるエネルギー損失です。これを複数温度(例:+20℃、0℃、−20℃、−40℃、−60℃ など)で実施してプロットすれば、dbtt curveが描けます。
温度条件が試験結果を大きく変えます。試験片の冷却には、ドライアイス+アルコール混合液(約−78℃まで対応)、液体窒素(−196℃まで対応)などが使われます。室温での試験温度は23℃と規定されており(ISO 148-1)、試験片はその温度に10分以上保持してから5秒以内に試験機にセットするというルールがあります。時間厳守です。
試験後の破面を観察することも重要なポイントです。高温(延性域)では「繊維状の破面」が現れ、低温(脆性域)では「結晶状の光沢ある破面」が現れます。脆性破面率(FATT)は破面全体に占める結晶状破面の割合で算出します。この2種類の観察を組み合わせることで、エネルギー遷移曲線と破面遷移曲線の両方が得られ、DBTTをより正確に定義できます。
参考:NIST(米国国立標準技術研究所)によるシャルピー遷移曲線算出ソフトウェアの技術ノート
NIST Software Package for Obtaining Charpy Transition Curves(NIST公式)
dbtt curveの形状は、金属の結晶構造によって大きく異なります。これは金属加工の材料選定において非常に重要な知識です。
まず体心立方格子(BCC構造)の金属についてです。炭素鋼・低合金鋼・クロム・タングステンなどがこれに当たります。BCC金属は温度が低下するとペイエルス応力(転位を動かすのに必要な力)が急激に増大するため、dbtt curveにおいて「シャープな遷移」を示します。つまり、ある温度を境にして吸収エネルギーが急落する険しい曲線です。フェライト系ステンレス鋼(SUS430など)はDBTTが0℃〜−50℃の範囲にあり、極低温用途には不向きです。
一方、面心立方格子(FCC構造)の金属は性質がまったく異なります。オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304)・ニッケル・アルミニウム・銅がこれに該当します。FCC金属ではペイエルス応力の温度依存性が小さいため、dbtt curveの形状が「なだらかな遷移」あるいは「遷移なし」となります。SUS304のDBTTは−200℃〜−300℃という極低温領域であり、実用上は遷移温度が存在しないと見なされます。これは使えそうです。
以下の表に主要な材料のDBTT(目安)をまとめます。
| 材料 | 結晶構造 | DBTT(目安) |
|---|---|---|
| 低炭素鋼(A36) | BCC(フェライト) | −10℃〜−40℃ |
| フェライト系ステンレス(SUS430) | BCC | 0℃〜−50℃ |
| オーステナイト系ステンレス(SUS304) | FCC | −200℃〜−300℃ |
| アルミニウム合金 | FCC | −150℃〜−200℃ |
| ニッケル | FCC | −100℃〜−150℃ |
| タングステン(W) | BCC | 約+300℃(高い!) |
タングステンのDBTTは約300℃という高い値であり、「室温でも脆い」という特異な性質を持っています。一般の金属加工現場で使われる機会は少ないですが、核融合炉部材などへの応用で近年注目されており、BBT改善が活発に研究されています。
dbtt curveの遷移温度は固定されたものではなく、製造・加工・使用によって大きく変化します。現場の金属加工従事者が知っておくべき要因を4つ整理します。
① 炭素量(Carbon Content)
炭素含有量が増えるほど、DBTTは高温側にシフトします。低炭素鋼(炭素量0.25%未満)は相対的にDBTTが低く延性に優れますが、高炭素鋼ではDBTTが大幅に上昇します。シャルピー試験での上部棚エネルギー(最大靭性値)も、高炭素鋼ほど小さくなります。炭素量の管理が基本です。
② 結晶粒径(Grain Size)
結晶粒径は遷移温度に劇的な影響を与えます。日本機械学会の研究によれば、低炭素鋼の粒径を1μm以下まで細粒化すると、DBTTは液体窒素温度(−196℃)以下にまで低下することが確認されています(日本機械学会誌「超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化」)。反対に、溶接入熱が大きすぎると熱影響部(HAZ)の結晶粒が粗大化し、DBTTが大幅に高温側へ移動します。溶接時の過入熱は要注意です。
③ 溶接と残留応力(Welding & Residual Stress)
溶接は遷移温度に二重の影響を与えます。まず熱影響部(HAZ)での結晶粒粗大化により靭性が低下し、DBTTが上昇します。加えて、引張りの溶接残留応力が材料内に残存すると、たとえ遷移温度より高い温度条件下であっても脆性破壊が発生しやすくなることが溶接学会のQAでも指摘されています。つまり、温度だけを見てDBTTより安全と判断するのはリスクがあります。
④ 中性子照射・経年劣化(Irradiation & Aging)
原子力発電所の圧力容器に使われる鋼材では、中性子照射を受けることでDBTTが高温側にシフト(照射脆化)することが問題になっています。使用年数が長くなるほどDBTTが高くなり、安全余裕が減少します。これは原子炉に特有の話ですが、「長期使用によってDBTTは変化する」という原則は一般の構造用鋼にも当てはまります。
参考:溶接継手の脆性破壊と残留応力の関係については以下が詳しいです。
DBTTの重要性を理解する最も直観的な方法は、過去の実際の事故を知ることです。この知識を持っているかどうかで、現場での材料選定判断がまったく変わります。
タイタニック号沈没(1912年)
1912年4月、北大西洋で氷山に接触したタイタニック号が沈没しました。しかし沈没の真の原因はそれだけではありませんでした。事故後の調査で、タイタニック号の外板鋼材はリンや硫黄などの不純物を多く含む低品質のものであり、その遷移温度(DBTT)が+27℃という驚くべき高さであったことが判明しています。事故当時の海水温は−2℃であり、鋼材はとうの昔にDBTT以下の温度域にあったわけです。遷移温度より−30℃近く低い状態で衝撃を受けたため、外板をつなぐ鋲が脆性破壊を起こし、海水が一気に流入しました。現代の技術を使えばこの温度で脆性破壊は起きない、と言われています。
リバティ船大量沈没(1940年代)
第二次世界大戦中、アメリカは物資輸送のためにリバティ船を2,700隻量産しました。ところが、損傷・事故が報告されたものが1,031隻にのぼり、そのうち200隻以上が沈没または使用不能の重大事故を起こしています。穏やかな海で係留中に突如真っ二つに折れた船まであったのです。調査の結果、溶接不良と低温脆性(DBTTの未考慮)が主因と特定されました。この事故は現代の破壊力学の体系化を大きく進める契機となりました。
これら2つの事故に共通するのは「材料のDBTTを把握せずに設計・製造した」という点です。現在の金属加工現場でも、例えば寒冷地の屋外設備に用いる鋼材を選定する際にDBTTを見落とすと、同様の脆性破壊リスクが生まれます。「常温試験で問題なかった」では不十分ということです。
実使用環境の最低温度と材料のDBTTを照合した上で材料を選定する、という工程を設計段階に必ず組み込むことが重要です。JIS規格に定められた低温衝撃試験(JIS Z 2242)を活用した材料証明書(ミルシート)の確認が、具体的な対策として最もシンプルかつ効果的です。
参考:リバティ船の脆性破壊事例の詳細は以下で確認できます。
失敗事例:リバティー船の脆性破壊(失敗知識データベース / 科学技術振興機構)
ここでは検索上位にあまり見られない視点を紹介します。それは「溶接した材料では、母材のDBTTではなくHAZのDBTTが支配的になる」という観点です。
溶接の際、溶接部に接した母材は局所的に非常に高い温度(1,000℃超)に達し、その後急冷されます。この熱サイクルによって溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)では結晶粒が粗大化します。溶接時に入熱をかけすぎると、HAZ周辺が高温で長時間保持されるため粗大化はさらに顕著になります。結晶粒が粗大化すると硬く伸びが少なくなるため、脆くなり割れやすくなります。これが条件です。
つまり、「母材のDBTTは−30℃で安全圏」と判断していても、その母材を溶接すれば「HAZのDBTTは−10℃以上に上昇」という逆転現象が生じます。現場でときどき見られる「同じ材料で作ったのに溶接部だけが低温で割れた」という現象の本質はこれです。意外ですね。
対策として有効なのは以下の3点です。
特に寒冷地(北海道・高地・海上設備など)向けの溶接構造物を製作する際は、この視点が安全設計の要になります。設計段階でのHAZ靭性評価が必須です。
参考:溶接残留応力と脆性破壊発生強度の関係については以下が詳しいです。
溶接残留応力が脆性破壊へ及ぼす影響とその評価(日本溶接協会 溶接Q&A)