SUS301を「非磁性のステンレス」だと思ったまま、精密部品の設計を進めてしまうと後で大きなトラブルになります。
SUS301はオーステナイト系ステンレス鋼に分類されます。オーステナイト組織は面心立方格子(FCC)構造をとっており、この状態では磁性を持ちません。つまり、固溶化熱処理(溶体化処理)が施された状態のSUS301は、磁石を近づけても引き寄せられない「非磁性体」です。
ここが重要なポイントです。「非磁性」というのは、あくまで固溶化熱処理後の状態に限った話です。
SUS301の化学成分を見ると、クロム(Cr)が16~18%、ニッケル(Ni)が6~8%と、SUS304(Cr:18%前後、Ni:8%前後)と比べてクロムとニッケルがやや少なく設定されています。この成分の違いが、冷間加工時の磁性変化に大きく影響してきます。
非磁性が保たれている状態では、比透磁率(μr)は概ね1.020以下とされています。一般的に比透磁率が1.020を下回る材料が「非磁性」と判断されます。SUS304の固溶化処理後の比透磁率が1.004程度であるのに対し、SUS301は固溶化処理後でもやや高めであることが知られています。非磁性が前提の設計であれば、この点に注意が必要です。
参考資料:JSSAによるオーステナイト系ステンレス鋼の透磁率データ
ステンレスの物理的性質(透磁率・熱膨張率など)|日本ステンレス協会
SUS301を冷間加工すると、何が起きるのでしょうか?
オーステナイト組織(非磁性・FCC構造)が、加工エネルギーによって体心立方格子(BCC)に近い構造を持つマルテンサイト組織(磁性あり)へと変化します。これを「加工誘起マルテンサイト変態」と呼びます。
このマルテンサイト相は強磁性を示すため、変態量が増えれば増えるほど材料全体の磁性は強くなっていきます。SUS301はSUS304よりもニッケルとクロムの含有量が少ないため、オーステナイト組織の安定性が低く、比較的少ない加工量でもマルテンサイト変態が起きやすい性質があります。これが「加工硬化が大きい」と言われるSUS301の特徴であり、板バネやゼンマイ用途で重宝される理由でもあります。
加工硬化と磁性変化は表裏一体の関係です。
具体的なイメージとして、SUS301-CSPの調質記号ごとの引張強さと磁性の変化を見てみると、1/2H材(引張強さ930N/mm²以上)では磁性はわずかですが、H材(1320N/mm²以上)、EH材(1570N/mm²以上)、SEH材(1810N/mm²以上)と加工率が上がるにつれて磁性も段階的に強くなっていきます。これは加工率の上昇に比例してマルテンサイト変態量が増えるためです。
参考資料:SUS301の加工硬化とマルテンサイト変態の詳しい解説が掲載されています。
ステンレス鋼の磁性と強度の関係|特殊金属エクセル(TOKKIN)
これを知らないと損します。
SUS301-CSPには調質記号があり、1/2H・3/4H・H・EH・SEHと段階的に強度が上がる仕様になっています。JX金属のデータによると、SUS301-Hの比透磁率は約1.600、EHでは約3.336と、同じSUS301でも調質記号によって2倍以上の差が出ます。
| 調質記号 | 硬さ(HV) | 引張強さ(N/mm²) | 比透磁率(代表値) | 磁性の判定 |
|---|---|---|---|---|
| 固溶化処理後(素材) | 220程度 | 約600〜700 | 約1.01〜1.05 | 非磁性(相当) |
| 1/2H | 310以上 | 930以上 | 1.1前後(低め) | 弱い磁性 |
| H | 430以上 | 1320以上 | 約1.600 | 磁性あり |
| EH | 490以上 | 1570以上 | 約3.336 | 明確に磁性あり |
比透磁率が1.600という数値は、どのくらいの磁性かイメージしにくいですね。簡単に言えば、弱い磁石でもしっかり引き寄せられる程度の磁力を発揮するレベルです。精密電子部品で「磁性なし」を前提に設計している箇所にSUS301-H材をそのまま使用すると、ノイズや誤作動につながるリスクがあります。
EH材の比透磁率3.336はさらに深刻です。これはSUS430などのフェライト系ステンレス(比透磁率は数百〜数千)に比べると低いものの、「非磁性」とは明らかに呼べない水準です。
つまり「SUS301を使う=非磁性」という前提は危険です。調質記号の確認が条件です。
参考資料:ばね用ステンレス鋼の各調質記号の比透磁率データが参照できます。
ばね用ステンレス鋼(SUS301, 304, 631など)特性比較|特殊金属エクセル(TOKKIN)
SUS301の磁性を知らずに材料選定をすると、どのような問題が起きるのでしょうか。
まず、食品・医薬品製造ラインでの金属検針(メタルチェック)への影響です。磁性を持つ金属は検針器に反応しやすくなります。SUS301-EH材を使った部品が摩耗・破損して製品内に混入した場合、磁性の強さ次第では通常のアルミや磁性の弱いステンレスより検出精度が変わります。これは製造ライン設計時に見落とされがちなポイントです。
次に、精密電子機器・スマートフォン・ウェアラブルデバイス向けの板バネ・ドームスイッチ部品です。SUS301-CSPはタクティールスイッチやFPC(フレキシブル基板)のばね接点として使われますが、EH材の比透磁率が3.336に達することを設計者が把握していないと、隣接するホールセンサや磁気エンコーダに誤動作を引き起こすことがあります。部品単体では問題なくても、ユニットとして組み合わせた際に磁気干渉が顕在化するケースです。
また、医療機器の分野ではより厳しい非磁性要件が求められます。MRI周辺機器などでは、比透磁率1.010以下が求められる場面もあり、SUS301は固溶化処理直後の素材でなければ適合しません。痛いところですね。
最後に溶接部の局所的な磁性化も見落としやすいポイントです。SUS301を溶接すると、溶接熱による急冷・急熱の繰り返しで溶接ビード周辺に磁性を持つフェライト相や加工誘起マルテンサイト相が生成します。溶接後の部品全体としては非磁性に見えても、溶接部だけ局所的に磁性を持つというケースが現場では起きています。
参考資料:溶接によるオーステナイト系ステンレスの磁性発生と現場対策の解説記事です。
オーステナイト系ステンレスが持つ磁性の影響とその活用法|ステンレス溶接ワークス
冷間加工でマルテンサイト変態が起き磁性を帯びたSUS301は、熱処理によって非磁性状態に戻せます。これが基本です。
具体的な方法は「固溶化熱処理(磁気焼鈍・脱磁焼鈍)」で、約1050℃前後に加熱した後に急冷します。加熱保持時間は材料の厚みや形状にもよりますが、30〜60分程度が一般的です。この処理によって加工誘起マルテンサイト相がオーステナイト相に戻り、磁性は大幅に低下します。
ただし、この方法には大きなデメリットが伴います。固溶化処理を行うと加工硬化の効果が完全に消えてしまうため、H材やEH材として得ていた高い引張強さ(1320〜1570N/mm²以上)は、固溶化処理後の素材レベル(600〜700N/mm²程度)まで低下します。強度のために冷間圧延したのに、非磁性に戻すと強度も失ってしまうわけです。
これは使えそうな対策ですが、強度が必要な部品への適用は難しいです。
そのため、強度と非磁性を両立するための選択肢として、以下が現実的な手段となります。
「高強度で非磁性」という要件は、通常のSUS301では実現できません。これを最初から把握して設計・材料選定に臨むことが、後工程でのやり直しや品質問題を防ぐ最短ルートです。
参考資料:固溶化熱処理による脱磁方法と非磁性維持のための材料選定方法を解説しています。
ステンレス鋼の磁性を帯びる条件と対策|北東技研工業株式会社
現場でSUS301の磁性を確認する際に、「磁石を近づけてみる」だけで判断するのは危険なケースがあります。これは見落としやすい視点です。
理由は、比透磁率が1.600〜3.336程度の「弱い磁性」の場合、強力なネオジム磁石(希土類磁石)では引き寄せられる感触があっても、フェライト磁石(一般的なテスト用磁石)では反応しないことがあるからです。現場でよく使われる安価なテスト用磁石では感度が不足しており、「磁石につかなかったから非磁性だ」と誤認してしまうリスクがあります。
より確実に磁性を判断するには、次の方法を組み合わせることが有効です。
精密部品・医療機器向けの製造現場では、「感覚的な磁石テスト」ではなく定量的な透磁率測定を標準的な検査手順に組み込むことが重要です。フェライトスコープは国産メーカーのもので数万円台から入手でき、ロットごとに管理したい現場には費用対効果が高い投資となります。
磁性確認のポイントは「弱い磁石ではなくフェライトスコープで定量管理」です。
また、SUS301を使った部品設計の段階で「どの調質記号を使うか」を明確に仕様書に記載することも、トラブル防止の上で非常に有効です。材料調達の段階で「SUS301-CSP」とだけ指定すると、調達先がH材を送ってくるかEH材を送ってくるかが不確定になり、ロットによって磁性が変わるという問題が起きます。仕様書に「SUS301-CSP-H」や「SUS301-CSP-EH」と調質記号まで明記する習慣をつけることが基本です。
参考資料:ばね用ステンレス鋼のフェライトスコープによる管理方法と磁性測定の考え方が参考になります。
ばね用ステンレス鋼の磁性について|特注バネのトクチュウ

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