ABS樹脂は、アクリロニトリル(Acrylonitrile)、ブタジエン(Butadiene)、スチレン(Styrene)の3つの成分を組み合わせた合成樹脂です 。この3つの成分の比率を変えることで、求める特性に合わせた調整が可能となり、非常に幅広い分野で活躍しています 。まさに「万能選手」と言えるでしょう。
私たちの身の回りには、ABS樹脂で作られた製品が溢れています。
参考)https://www.kanameta.jp/column/abs-jushi-shurui-tokusei-yoto-chuuiten
参考)ABS樹脂とは?材質・特徴・使用例を詳しく解説 │ 木成ゴム…
軽量でありながら高い耐衝撃性を持つため、燃費向上と安全性の両立に貢献しています 。
美しい光沢感を出しやすく、デザインの自由度が高いことから、多くの家電製品で外装材として採用されています 。
電気を通しにくい性質(絶縁性)も持つため、電子部品を内蔵する機器に適しています 。
着色しやすく、複雑な形状も成形しやすいため、デザイン性が重視される製品にも多く使われています 。
その他、建材や家具、医療機器の部品など、その用途は多岐にわたります 。強度、美観、加工のしやすさといったバランスの良さが、ABS樹脂をこれほどまでに普及させた理由と言えるでしょう 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10574965/
ABS樹脂が「加工しやすい」と言われるのには、いくつかの理由があります。しかし、その一方で加工時に注意すべき点も存在します。メリットとデメリットを正しく理解し、最適な加工方法を選択することが重要です。
加工におけるメリット ✨
比較的柔らかく、切削加工がしやすい素材です。旋盤やフライス盤、マシニングセンタなどを用いた穴あけ、切断、研磨といった加工に適しています。ただし、熱で溶けやすいため、加工速度や刃物の選定には注意が必要です 。
参考)ABS樹脂
成形後の収縮が少なく、温度や湿度の変化による変形も起きにくいという特徴があります 。そのため、精密な寸法が求められる部品の製造に向いています。
専用の接着剤を使えば、強力に接着することができます 。また、超音波溶着や熱溶着といった方法で、複数の部品を一体化させることも可能です。
塗料の乗りが良く、美しい仕上がりが得られます 。また、表面に金属の膜を形成する「めっき」処理がしやすいのも大きな特徴です 。これにより、金属のような質感や耐久性を付与することができます。
加工におけるデメリットと注意点 ⚠️
熱可塑性樹脂であるため、加工時に発生する熱で溶けたり、変形したりしやすい性質があります 。特に、切削加工では摩擦熱が問題となりやすく、加工速度を落としたり、クーラント(冷却液)を使用したりといった対策が求められます。
ABS樹脂を加熱すると、特有の臭気が発生することがあります 。これはスチレンなどに由来するもので、人体に有害な場合もあるため、作業環境の換気を十分に行う必要があります。
ケトン類(アセトンなど)やエステル類、特定の有機溶剤によって溶解したり、表面が侵されたりする可能性があります 。洗浄や脱脂の際に使用する薬品には注意が必要です。
ABS樹脂の弱点として最もよく知られているのが、紫外線に対する耐性の低さです 。屋外で長時間紫外線に晒されると、ブタジエン成分が劣化し、黄色く変色したり、強度が低下してもろくなったりします。屋外で使用する場合は、UVカット塗料による塗装や、耐候性の高いASA樹脂などを表面に被せる共押出成形といった対策が不可欠です 。
より詳しい物性データについては、下記の参考リンクで公開されている物性表が役立ちます。
ABS樹脂の物性表(株式会社KDA) - 引張強さや耐熱性など、詳細な物理的・機械的性質が表形式でまとめられています。
ABS樹脂製品の価値をさらに高めるのが、塗装と接着の工程です。美しい仕上がりと高い強度を実現するためには、いくつかのコツがあります。
塗装を成功させるコツ 🎨
塗装の仕上がりは下地処理で決まると言っても過言ではありません。まずは中性洗剤や脱脂剤を使って、表面の油分や汚れ、離型剤を完全に取り除きましょう。細かな傷やヒケ(成形時のくぼみ)がある場合は、紙やすりやパテを使って表面を平滑にします。
ABS樹脂は塗料の乗りが良い素材ですが、プライマーを塗布することで、上塗り塗料との密着性をさらに高めることができます。特に、溶剤系の塗料を使用する場合は、プライマーが樹脂表面を保護し、溶剤による侵食(クラックや割れ)を防ぐ役割も果たします。
一度に厚く塗ろうとすると、塗料が垂れたり、乾燥に時間がかかって溶剤が樹脂を侵しやすくなったりします 。スプレーでも筆塗りでも、基本は「薄く、数回に分けて」塗り重ねることです。各層が完全に乾燥してから次の層を塗るのが鉄則です 。
ABS樹脂には、ラッカー系、アクリル系、ウレタン系など、様々な種類の塗料が使用できます。プラモデル用の塗料も多くがABS樹脂に対応しています。ただし、塗料に含まれる溶剤の種類によっては、樹脂を傷める可能性があるため、事前に目立たない部分でテスト(パッチテスト)を行うと安心です。
接着を成功させるコツ 接着剤 🧱
ABS樹脂の接着には、大きく分けて3種類の接着剤が使われます。
塗装と同様に、接着面が汚れていると十分な接着強度が得られません。脱脂を行い、接着面をきれいにしましょう。さらに、目の細かい紙やすりで接着面にわずかな傷をつける「足付け」を行うと、接着剤が食い込みやすくなり、接着力が高まります。
接着剤は多すぎても少なすぎてもいけません。接着する両面に薄く均一に塗り広げるのが基本です。貼り合わせた後は、テープやクランプなどで完全に硬化するまで固定(圧着)します。圧着することで、接着剤が隅々まで行き渡り、内部の空気が押し出されて、より強固な接着が実現します。
プラモデルなどでよくあるのが、ABS樹脂とポリスチレン(PS)樹脂の接着です 。この場合、通常のPS用接着剤(セメント系)はABS樹脂を溶かせないため、うまく接着できません。瞬間接着剤やエポキシ系接着剤を使用するのが一般的です 。
近年、製造業において3Dプリンターの活用が急速に進んでいますが、その中でもABS樹脂は最もポピュラーな材料の一つとして知られています 。試作品(プロトタイプ)の製作から、治具や工具、さらには最終製品の小ロット生産まで、その用途は拡大し続けています 。
3DプリンターでABS樹脂を使うメリット 👍
3DプリンターでABS樹脂を使う際の課題と対策 💨
ABS樹脂の3Dプリンティングには、特有の難しさもあります。
フィラメントの選び方 🧵
ABSフィラメントを選ぶ際には、いくつかのポイントがあります。
ABS樹脂は、その優れた特性から3Dプリンターの世界でも欠かせない材料となっています。課題を正しく理解し、適切な対策を講じることで、そのポテンシャルを最大限に引き出すことができるでしょう。
ABS樹脂は非常に便利な素材ですが、その一方で、原料が石油由来であることや、耐候性の低さといった課題も抱えています。しかし、技術の進歩により、これらの課題を克服するための新しいタイプのABS樹脂や、環境に配慮した取り組みが生まれています。
耐候性を克服した仲間たち ☀️
ABS樹脂の最大の弱点である「紫外線への弱さ」を改善するために、ブタジエン(B)の代わりに、耐候性に優れた他の成分を用いた樹脂が開発されています。これらは「エンジニアリングプラスチック」に分類され、より過酷な環境下での使用を可能にします。
進化するABS樹脂の複合材料(コンポジット) 🔬
ABS樹脂に他の素材を混ぜ込むことで、単体では得られない新しい特性を持たせた「複合材料(コンポジット)」の研究も活発です。
参考)https://www.mdpi.com/2073-4360/15/3/626/pdf?version=1674657953
環境への取り組み:リサイクルとバイオマス化 ♻️
持続可能な社会の実現に向けて、プラスチックのリサイクルは重要な課題です。ABS樹脂も例外ではありません。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/mls/21/3/21_105/_pdf/-char/ja
このように、ABS樹脂は決して完成された素材ではなく、時代のニーズに合わせて今もなお進化を続けています。弱点を克服し、新たな機能を付与され、環境にも配慮した形で、これからも私たちの生活を支え続けていくことでしょう。廃プラスチック問題への意識が高まる中、リサイクルの現状を理解することも重要です 。
参考)【2024年度版】廃プラスチック回収・リサイクルの現状