ABS樹脂の用途と特徴、加工のメリットとデメリット

ABS樹脂はその優れた特性から自動車部品や家電など幅広い用途で活躍しています。しかし、その一方で加工時の注意点や弱点も存在します。ABS樹脂の能力を最大限に引き出すためには、どのような点に注意すれば良いのでしょうか?

ABS樹脂の用途

ABS樹脂 3つの重要ポイント
🚗
幅広い用途

自動車、家電、雑貨など、私たちの身の回りの様々な製品に使われています。

🔧
優れた加工性

切削、接着、塗装など、様々な加工がしやすく、設計の自由度が高い素材です。

☀️
耐候性の注意点

紫外線に弱いため、屋外での使用には塗装などの対策が必要です。

ABS樹脂の多様な用途と具体的な製品例

 

ABS樹脂は、アクリロニトリル(Acrylonitrile)、ブタジエン(Butadiene)、スチレン(Styrene)の3つの成分を組み合わせた合成樹脂です 。この3つの成分の比率を変えることで、求める特性に合わせた調整が可能となり、非常に幅広い分野で活躍しています 。まさに「万能選手」と言えるでしょう。
私たちの身の回りには、ABS樹脂で作られた製品が溢れています。

 

  • 自動車分野 🚗
  • 家電製品 🔌
  • OA機器・情報通信機器 💻
  • 雑貨・玩具 🧸
    • スーツケース、キャリーケース​
    • プラモデル、ブロック玩具
    • ヘルメット、文房具、楽器(リコーダーなど)

      着色しやすく、複雑な形状も成形しやすいため、デザイン性が重視される製品にも多く使われています 。

       

      参考)ABS樹脂とは:PlaBase プラスチック事典

    その他、建材や家具、医療機器の部品など、その用途は多岐にわたります 。強度、美観、加工のしやすさといったバランスの良さが、ABS樹脂をこれほどまでに普及させた理由と言えるでしょう 。

     

    参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10574965/

    ABS樹脂の加工におけるメリットとデメリット

    ABS樹脂が「加工しやすい」と言われるのには、いくつかの理由があります。しかし、その一方で加工時に注意すべき点も存在します。メリットとデメリットを正しく理解し、最適な加工方法を選択することが重要です。

     

    加工におけるメリット

    • 優れた切削性

      比較的柔らかく、切削加工がしやすい素材です。旋盤やフライス盤、マシニングセンタなどを用いた穴あけ、切断、研磨といった加工に適しています。ただし、熱で溶けやすいため、加工速度や刃物の選定には注意が必要です 。

       

      参考)ABS樹脂

    • 高い寸法安定性

      成形後の収縮が少なく、温度や湿度の変化による変形も起きにくいという特徴があります 。そのため、精密な寸法が求められる部品の製造に向いています。

    • 接着・溶着の容易さ

      専用の接着剤を使えば、強力に接着することができます 。また、超音波溶着や熱溶着といった方法で、複数の部品を一体化させることも可能です。

       

      参考)【初心者向け】ABSプラモデルを接着したい…。様々な接着方法…

    • 塗装・めっきのしやすさ

      塗料の乗りが良く、美しい仕上がりが得られます 。また、表面に金属の膜を形成する「めっき」処理がしやすいのも大きな特徴です 。これにより、金属のような質感や耐久性を付与することができます。

       

      参考)ABSパーツに塗装したい!|コトブキヤ製品情報ポータルサイト…

    加工におけるデメリットと注意点 ⚠️

    • 熱による変形

      熱可塑性樹脂であるため、加工時に発生する熱で溶けたり、変形したりしやすい性質があります 。特に、切削加工では摩擦熱が問題となりやすく、加工速度を落としたり、クーラント(冷却液)を使用したりといった対策が求められます。

    • 加工時の臭気

      ABS樹脂を加熱すると、特有の臭気が発生することがあります 。これはスチレンなどに由来するもので、人体に有害な場合もあるため、作業環境の換気を十分に行う必要があります。

       

      参考)【abs樹脂の特徴と加工】 abs樹脂について徹底解説!

    • 一部の溶剤への弱さ

      ケトン類(アセトンなど)やエステル類、特定の有機溶剤によって溶解したり、表面が侵されたりする可能性があります 。洗浄や脱脂の際に使用する薬品には注意が必要です。

    • 耐候性の低さ

      ABS樹脂の弱点として最もよく知られているのが、紫外線に対する耐性の低さです 。屋外で長時間紫外線に晒されると、ブタジエン成分が劣化し、黄色く変色したり、強度が低下してもろくなったりします。屋外で使用する場合は、UVカット塗料による塗装や、耐候性の高いASA樹脂などを表面に被せる共押出成形といった対策が不可欠です 。

       

      参考)ABS樹脂とは?特徴、用途、種類、製品例|金属加工総合メディ…

    より詳しい物性データについては、下記の参考リンクで公開されている物性表が役立ちます。

     

    ABS樹脂の物性表(株式会社KDA) - 引張強さや耐熱性など、詳細な物理的・機械的性質が表形式でまとめられています。

    ABS樹脂の塗装と接着を成功させるコツ

    ABS樹脂製品の価値をさらに高めるのが、塗装と接着の工程です。美しい仕上がりと高い強度を実現するためには、いくつかのコツがあります。

     

    塗装を成功させるコツ 🎨

    1. 丁寧な下地処理

      塗装の仕上がりは下地処理で決まると言っても過言ではありません。まずは中性洗剤や脱脂剤を使って、表面の油分や汚れ、離型剤を完全に取り除きましょう。細かな傷やヒケ(成形時のくぼみ)がある場合は、紙やすりやパテを使って表面を平滑にします。

       

    2. プライマー(下塗り剤)の使用

      ABS樹脂は塗料の乗りが良い素材ですが、プライマーを塗布することで、上塗り塗料との密着性をさらに高めることができます。特に、溶剤系の塗料を使用する場合は、プライマーが樹脂表面を保護し、溶剤による侵食(クラックや割れ)をぐ役割も果たします。

       

    3. 薄く塗り重ねる

      一度に厚く塗ろうとすると、塗料が垂れたり、乾燥に時間がかかって溶剤が樹脂を侵しやすくなったりします 。スプレーでも筆塗りでも、基本は「薄く、数回に分けて」塗り重ねることです。各層が完全に乾燥してから次の層を塗るのが鉄則です 。

    4. 塗料の選択

      ABS樹脂には、ラッカー系、アクリル系、ウレタン系など、様々な種類の塗料が使用できます。プラモデル用の塗料も多くがABS樹脂に対応しています。ただし、塗料に含まれる溶剤の種類によっては、樹脂を傷める可能性があるため、事前に目立たない部分でテスト(パッチテスト)を行うと安心です。

       

    接着を成功させるコツ 接着剤 🧱

    1. 接着剤の正しい選択

      ABS樹脂の接着には、大きく分けて3種類の接着剤が使われます。

       

      • ABS用接着剤(溶剤系): 樹脂の表面を溶かして接着するタイプ。乾燥すれば一体化するため、強力な接着力が得られます。
      • 瞬間接着剤: 素早く硬化し、手軽に使えるのがメリットです 。ただし、衝撃に弱い場合があります。硬化促進剤(プライマー)を併用すると、より確実に接着できます。​
      • エポキシ系接着剤: 2つの液体を混ぜて使用するタイプ。硬化に時間はかかりますが、高い接着強度と耐久性、耐水性が得られます。異なる素材(例えばABS樹脂と金属)との接着にも向いています 。​
    2. 接着面の清浄と足付け

      塗装と同様に、接着面が汚れていると十分な接着強度が得られません。脱脂を行い、接着面をきれいにしましょう。さらに、目の細かい紙やすりで接着面にわずかな傷をつける「足付け」を行うと、接着剤が食い込みやすくなり、接着力が高まります。

       

    3. 適切な量の塗布と圧着

      接着剤は多すぎても少なすぎてもいけません。接着する両面に薄く均一に塗り広げるのが基本です。貼り合わせた後は、テープやクランプなどで完全に硬化するまで固定(圧着)します。圧着することで、接着剤が隅々まで行き渡り、内部の空気が押し出されて、より強固な接着が実現します。

       

    4. ABS樹脂と他のプラスチック(PS樹脂など)の接着

      プラモデルなどでよくあるのが、ABS樹脂とポリスチレン(PS)樹脂の接着です 。この場合、通常のPS用接着剤(セメント系)はABS樹脂を溶かせないため、うまく接着できません。瞬間接着剤やエポキシ系接着剤を使用するのが一般的です 。

       

      参考)【プラモデル】ABSとPSを色々な接着剤で接着してみた(実験…

    ABS樹脂の3Dプリンターでの活用とフィラメント選び

    近年、製造業において3Dプリンターの活用が急速に進んでいますが、その中でもABS樹脂は最もポピュラーな材料の一つとして知られています 。試作品(プロトタイプ)の製作から、治具や工具、さらには最終製品の小ロット生産まで、その用途は拡大し続けています 。
    3DプリンターでABS樹脂を使うメリット 👍

    • 高い強度と耐久性: 造形物は粘り強く、衝撃に強いため、実用的な部品の製作が可能です。
    • 優れた耐熱性: PLA樹脂など他の一般的なフィラメント材料と比較して、高い耐熱性を持ちます 。自動車のエンジンルーム周辺の部品や、熱を発する電子機器のケースなどにも使用できます。​
    • 後加工のしやすさ: やすりがけや穴あけ、塗装といった後加工が容易です。アセトン蒸気で表面を溶かし、積層痕のない滑らかな仕上がりにすることも可能です。

    3DプリンターでABS樹脂を使う際の課題と対策 💨
    ABS樹脂の3Dプリンティングには、特有の難しさもあります。

     

    • 反りと収縮: ABS樹脂は冷却される際に収縮する性質があるため、造形物がテーブルから剥がれて反ってしまうことがあります 。

      参考)3DプリンターのABSフィラメント完全ガイド

      • 対策:
        • ヒートベッドの使用: 造形テーブルを高温(90〜110℃程度)に保ち、急激な温度変化を防ぎます。
        • 庫内温度の管理: 筐体で覆われた3Dプリンターを使用し、庫内の温度を一定に保つことで、全体の収縮を均一にし、反りを抑制します。
        • 定着アイテムの活用: しわなしテープや専用の定着シート、スティックのりなどをテーブルに塗布し、造形物の定着を助けます。
      • 臭気の発生: 加熱時に特有の臭いと、微細な粒子(UFP)が発生します 。​
        • 対策:
          • 換気の徹底: 作業スペースは十分に換気する必要があります。
          • フィルター付き3Dプリンター: 活性炭フィルターやHEPAフィルターを備えた機種を選ぶことで、臭いや粒子を低減できます。

          フィラメントの選び方 🧵
          ABSフィラメントを選ぶ際には、いくつかのポイントがあります。

           

          • フィラメント径: 3Dプリンターの機種によって、使用できるフィラメントの直径(1.75mmまたは2.85mm/3.0mm)が異なります。お使いの機種の仕様を必ず確認しましょう 。

            参考)3Dプリンターフィラメント ABS樹脂 1.75mm ブラッ…

          • 品質とメーカー: 安価すぎるフィラメントは、直径が不均一であったり、不純物が混入していたりすることがあり、ノズルの詰まりや造形不良の原因となります。信頼できるメーカーの、レビュー評価の高い製品を選ぶことをお勧めします。
          • 保管方法: ABSフィラメントは湿気を吸収しやすい性質があります。湿気を含んだフィラメントを使用すると、造形中に「パチパチ」という音がしたり、糸引きや表面の荒れ、強度低下の原因になったりします。保管の際は、乾燥剤と一緒に密閉できる袋や容器に入れるようにしましょう。

          ABS樹脂は、その優れた特性から3Dプリンターの世界でも欠かせない材料となっています。課題を正しく理解し、適切な対策を講じることで、そのポテンシャルを最大限に引き出すことができるでしょう。

           

          あまり知られていないABS樹脂の進化と環境への取り組み

          ABS樹脂は非常に便利な素材ですが、その一方で、原料が石油由来であることや、耐候性の低さといった課題も抱えています。しかし、技術の進歩により、これらの課題を克服するための新しいタイプのABS樹脂や、環境に配慮した取り組みが生まれています。

           

          耐候性を克服した仲間たち ☀️
          ABS樹脂の最大の弱点である「紫外線への弱さ」を改善するために、ブタジエン(B)の代わりに、耐候性に優れた他の成分を用いた樹脂が開発されています。これらは「エンジニアリングプラスチック」に分類され、より過酷な環境下での使用を可能にします。

           

          • ASA樹脂: ブタジエンの代わりに、特殊なアクリルゴムを使用。耐候性が劇的に向上し、塗装なしでも屋外で長期間使用できます。自動車の外装部品(ドアミラー、フロントグリル)や、建材(サッシ、雨どい)などに使われています 。​
          • AES樹脂: ブタジエンの代わりに、EPDM(エチレンプロピレンゴム)を使用。ASA樹脂と同様に高い耐候性を持ち、自動車部品や電気製品のハウジングに採用されています 。​
          • ACS樹脂: 塩素化ポリエチレンを用いた樹脂で、耐候性に加えて、優れた耐衝撃性と難燃性を持ち合わせます 。​

          進化するABS樹脂の複合材料(コンポジット) 🔬
          ABS樹脂に他の素材を混ぜ込むことで、単体では得られない新しい特性を持たせた「複合材料(コンポジット)」の研究も活発です。

           

          環境への取り組み:リサイクルとバイオマス化 ♻️
          持続可能な社会の実現に向けて、プラスチックのリサイクルは重要な課題です。ABS樹脂も例外ではありません。

           

          • マテリアルリサイクル: 使用済みの家電製品や自動車部品から回収されたABS樹脂は、破砕、洗浄、再ペレット化を経て、再び樹脂材料として生まれ変わります。リサイクルABS樹脂をバージン材と混合して使用することで、新品同様の品質を保ちながら、CO2排出量を削減する効果が報告されています 。

            参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/mls/21/3/21_105/_pdf/-char/ja

          • ケミカルリサイクル: 高度な化学処理によって樹脂をモノマー(原料)レベルまで分解し、再合成することで、新品の樹脂と同等の品質を再生する技術です。
          • バイオマスABS樹脂: 原料の一部または全部を、石油ではなく植物などの再生可能なバイオマス資源から作る取り組みも始まっています。これにより、製品ライフサイクル全体でのカーボンニュートラルを目指します。

          このように、ABS樹脂は決して完成された素材ではなく、時代のニーズに合わせて今もなお進化を続けています。弱点を克服し、新たな機能を付与され、環境にも配慮した形で、これからも私たちの生活を支え続けていくことでしょう。廃プラスチック問題への意識が高まる中、リサイクルの現状を理解することも重要です 。

           

          参考)【2024年度版】廃プラスチック回収・リサイクルの現状

           

           


          プラポート ABS樹脂板 黒色 1mm×150mm×150mm