ターフェル外挿法のやり方と腐食速度の正確な求め方

ターフェル外挿法の基本原理から実際の測定手順、分極曲線の読み方、ターフェル勾配の求め方まで金属加工現場で使える実践的な知識を解説。分極抵抗法との使い分けも必見。正しい手順を知っていますか?

ターフェル外挿法のやり方と腐食速度の正確な求め方

大電流を流すほど腐食速度の測定精度が下がることがあります。


この記事の3ポイント要約
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ターフェル外挿法とは

分極曲線のアノード・カソード直線領域を外挿して交点から腐食電流密度(icorr)を求める電気化学的手法です。重量法と異なり、数時間以内に腐食速度を定量評価できます。

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測定の注意点

ターフェル領域は腐食電位から50mV以上離れた範囲。過大な分極は電極表面を変化させ、結果に誤差を生じます。材料と溶液の組み合わせによってはターフェル直線が現れない場合もあります。

分極抵抗法との使い分け

ターフェル外挿法は活性化分極が支配的な系に適しており、腐食電位±10mV程度の小分極で済む分極抵抗法とは用途が異なります。目的と環境に応じた使い分けが精度向上のカギです。


ターフェル外挿法とは何か:腐食電気化学の基礎を理解する

金属加工の現場では、使用する金属材料が水溶液や腐食性雰囲気にさらされる場面が多くあります。その腐食がどのくらいの速さで進行しているかを定量的に把握することは、設備の寿命予測や材料選定において非常に重要です。ターフェル外挿法(Tafel Extrapolation Method)は、そのための代表的な電気化学的測定手法の一つです。


腐食は、金属が電子を放出するアノード反応と、溶液側が電子を受け取るカソード反応が同時に進行する電気化学反応です。具体的には次のような反応が起きています。


  • アノード反応(金属の溶解):Fe → Fe²⁺ + 2e⁻
  • カソード反応(酸性環境):2H⁺ + 2e⁻ → H₂↑
  • カソード反応(中性・アルカリ性環境):O₂ + 2H₂O + 4e⁻ → 4OH⁻


これらのアノード・カソード両反応が同時に金属表面で進行するため、外部電流としてはゼロに見えます。つまり、腐食電流(icorr)は直接測定できない内部電流なのです。つまり「腐食電流は見えない」ということですね。


ここでポテンシオスタット(電位制御装置)を用いて外部から電位を変化させ、流れる電流を記録したものが「分極曲線(電流−電位曲線)」です。この分極曲線の中に、ターフェル外挿法の鍵となる「ターフェル領域(直線領域)」が現れます。ターフェル外挿法では、アノード側とカソード側それぞれのターフェル直線を腐食電位(Ecorr)へ向けて外挿し、その交点から腐食電流密度 icorr を読み取ります。これが基本です。


1905年にJulius Tafelが提唱したターフェル式は次のように表されます。


$$\eta = a + b \log i$$


ここで η は過電圧(腐食電位からの電位差)、i は電流密度、b はターフェル勾配(βa または βc)です。金属の種類や溶液環境によって異なりますが、典型的なターフェル勾配は60〜120 mV/decade の範囲に収まることが多いとされています。


なお、腐食速度は求めた腐食電流密度 icorr とファラデーの法則を組み合わせることで、μm/year(年間の肉厚減少量)や g/m²・s(単位面積・時間あたりの質量変化)に換算できます。これは実際の設備管理や材料設計に直結する数値です。これは使えそうです。


参考:東陽テクニカ「酸性溶液中における鉄電極の腐食電流測定(Tafel fit・Rp fit解析)」
https://www.toyo.co.jp/material/elechem/detail/id=40575


ターフェル外挿法のやり方:分極曲線の測定手順と電極セットアップ

実際の測定手順を順を追って確認していきましょう。まず必要な機器と電極の準備から始めます。


測定には、ポテンショスタット(電位制御装置)、3電極セル(作用電極・対極・参照電極)、データ収録ソフトウェアが必要です。


電極の種類 役割 材料例
作用電極(WE) 測定対象の金属試料 炭素鋼ステンレス鋼など
対極(CE) 電流の出入り口(電流を流す) 白金線、グラファイト
参照電極(RE) 電位測定の基準 飽和カロメル電極(SCE)、Ag/AgClなど


測定の手順は次の流れで行います。


  • ①自然電位(腐食電位 Ecorr)の測定:試料を試験溶液に浸漬し、電流ゼロの状態で電位が安定するまで待ちます。目安は5〜30分程度で、これを「開路電位(OCP)測定」とも呼びます。電位が安定していない状態で測定を開始すると、ターフェル直線が正確に得られません。安定確認が条件です。
  • ②電位掃引の設定:腐食電位から±250〜±500 mV 程度の範囲で電位を掃引します。掃引速度(スキャンレート)は通常1〜10 mV/s 程度に設定しますが、定常状態に近い条件を得るには遅い速度が推奨されています。掃引速度が速すぎると電気二重層の充放電の影響が残り、真のファラデー電流(反応電流)を正しく捉えられなくなります。
  • ③分極曲線の取得:ポテンショスタットで電位を変化させながら、各電位における電流を記録します。縦軸に log|i|(電流密度の常用対数)、横軸に電位 E をとったグラフ(ターフェルプロット)を作成します。
  • ④ターフェル直線領域の確認:腐食電位から50 mV 以上離れた電位領域において、アノード側・カソード側それぞれに直線的な領域(ターフェル領域)が現れます。この直線部分を用いて外挿を行います。


ここで重要な注意があります。ターフェル領域は、腐食電位から少なくとも50 mV 以上離れていることが必要です。一方で、過大な分極(たとえば300 mV 以上)を与えると、電極表面の状態が変化してしまうことがあります。表面酸化物の生成や溶解が起き、その後の測定値が実際の腐食環境を反映しなくなるためです。過分極は表面を変えてしまうということですね。


芝浦工業大学の野田和彦らの研究(材料と環境誌、2018年)によれば、「ターフェル領域は少なくとも腐食電位から50mV以上離れた領域となるため、電極に大電流を流す(分極が大きい)ため、電極表面の状態が変化することもあり、その点を充分に考慮する必要がある」と指摘されています。現場での測定設計に欠かせない知識です。


参考:芝浦工業大学・野田和彦「腐食の電気化学測定法の基礎 ー分極曲線(電流−電位曲線)ー」(材料と環境誌、2018)


ターフェル外挿法のやり方:ターフェル勾配の求め方と腐食電流密度の計算

分極曲線を取得できたら、次はターフェル勾配と腐食電流密度(icorr)を求めます。これが外挿法の核心部分です。


ターフェルプロット(log|i| vs. E グラフ)において、アノード側とカソード側それぞれの直線部分の傾きがターフェル勾配です。一般的な表記は次の通りです。


  • アノードターフェル勾配:βa(例:60〜120 mV/decade)
  • カソードターフェル勾配:βc(例:120 mV/decade は水素発生反応の典型値)


これらの直線を腐食電位(Ecorr)に向けて外挿し、Ecorr を示す水平線との交点に対応する電流密度が腐食電流密度 icorr です。結論はこの交点の読み取りです。


実際の計算例を示します。東陽テクニカ社のレポートでは、0.1M 塩酸溶液中の鉄電極(面積:0.0314 cm²)をターフェル外挿法(Tafel fit)で解析した結果、icorr = 0.347 μA、腐食速度 = 0.130 mm/year(ミリメートル毎年)という値が得られています。


腐食速度の換算はファラデーの法則を使います。


$$CR = \frac{i_{corr} \times M}{n \times F \times \rho}$$


ここで CR は腐食速度(cm/s)、M は金属の原子量、n は反応に関与する電子数、F はファラデー定数(96485 C/mol)、ρ は金属の密度です。たとえば鉄(M=55.85、n=2、ρ=7.87 g/cm³)では、icorr を A/cm² で代入することで mm/year に換算できます。


このように数値として腐食速度が出るのは、設備診断や材料選定の現場では大きな強みです。なお、手動で外挿線を引く場合は、直線部分の選び方に個人差が生じやすいため、EC-Lab(Bio-Logic社)やAutolab(Metrohm社)などの解析ソフトウェアが「Tafel fit」機能として自動的に icorr を算出してくれます。これは使えそうです。


ただし、ターフェル勾配が明確な直線として現れない系も存在します。NEDO の報告では「分極曲線からターフェル領域(直線領域)がほとんど無く、外挿が非常に難しい」ケースが記録されており、そのような場合には腐食電流密度の推定値が不正確になる可能性があります。直線が見えない系には要注意です。


参考:コベルコ科研「分極曲線測定による様々な環境中での腐食速度の測定」
https://www.kobelcokaken.co.jp/dtr/2025/20251127.html


ターフェル外挿法のやり方で陥りやすいミスと精度を上げるための実践的な注意点

ターフェル外挿法を実務で使う際に、特に見落としやすいポイントをまとめます。知っておくと測定精度が大きく変わります。


🔴 ミス①:直線領域の選び方が間違っている


分極曲線の「直線に見える部分」を安易に直線と判断するのは危険です。腐食電位のすぐ近く(±50 mV 未満)は、アノード電流とカソード電流が重なり合う混成電流の領域であり、真のターフェル直線は現れていません。正しい範囲を選ぶことが前提です。


また、拡散律速が支配的な系(たとえば中性水溶液中の酸素還元反応)では、カソード側に「拡散限界電流(ilim)」のプラトーが生じ、ターフェル直線が出にくくなります。この場合、カソード直線のみで外挿するのではなく、アノード側の直線と組み合わせるか、分極抵抗法への切り替えを検討する必要があります。


🔴 ミス②:試料表面の前処理が不十分


表面に腐食生成物や油脂が残っていると、測定した分極曲線は実際の金属表面の反応を反映しません。試験前にエメリー研磨(通常 #600〜#1200 程度)による表面仕上げと、エタノールや蒸留水での洗浄が推奨されます。前処理を怠ると結果がぶれます。


🔴 ミス③:電位安定確認をせずに測定開始する


自然電位が安定していない状態で電位掃引を始めると、表面状態が一定でないまま分極曲線を取得することになり、再現性の低い結果につながります。OCP モニタリングで電位変化が 1 mV/min 以下になるまで待つことが基本です。


🔴 ミス④:溶液の温度管理を怠る


温度は腐食反応速度に直接影響します。たとえば同じ炭素鋼でも、25℃と40℃では腐食電流密度が数倍以上変わることがあります。溶液温度を一定(±1℃以内)に保ちながら測定することが再現性確保の条件です。


🔴 ミス⑤:参照電極の液間電位差を補正していない


参照電極と作用電極の間に抵抗(溶液抵抗 Ru)が存在すると、実際の電極電位に誤差が生じます。これを「IR ドロップ」と呼びます。ポテンショスタットの電流遮断法(インスタントオフ法)や EIS(電気化学インピーダンス分光法)で溶液抵抗を事前測定し、補正を行うことが高精度測定では必須です。IR補正は見落とされがちです。


これらのミスは現場での実測経験を積むことで徐々に見えてきますが、事前に知っておけば最初から精度の高いデータを取れます。


参考:J-Stage「定常分極曲線」(電気化学誌)


ターフェル外挿法と分極抵抗法の使い分け:金属加工現場での適切な選択基準

ターフェル外挿法と並んで腐食速度測定に広く使われるのが「分極抵抗法(Polarization Resistance Method)」です。両者はどう違い、どう使い分けるべきでしょうか。


比較項目 ターフェル外挿法 分極抵抗法
分極量 腐食電位から±50〜300 mV 腐食電位から±10〜20 mV
表面への影響 大(表面状態が変化しやすい) 小(表面をほぼ乱さない)
βa・βcの取得 直接取得できる 別途ターフェル値が必要
適する系 活性化分極が支配的な系 同一系での速度変化モニタリング
測定時間 比較的長い(数十分) 短い(数分)


分極抵抗法の原理は、腐食電位近傍のごく小さな分極領域において、電流と電位が直線関係(式:i = icorr × F(αa + αc)η / RT)を示すことを利用し、その傾きから分極抵抗 Rp を求め、Stern-Geary 式でicorr を計算します。分極量が小さいため、繰り返し測定が可能で、腐食速度のリアルタイムモニタリングに向いています。


一方、Stern-Geary 式には βa と βc(ターフェル勾配)の値が必要です。つまり、分極抵抗法だけでは βa・βcを決定できないため、最初にターフェル外挿法でこれらの値を取得し、以降のモニタリングに分極抵抗法を使うという組み合わせが実際の現場では採用されることが多いです。これが原則です。


また、国際規格 ASTM G59 や JIS G 0579 でもアノード分極曲線測定のガイドラインが定められており、金属材料の公定耐食性評価にはこれらの規格に準拠した測定が求められる場合があります。ガバナンスの観点でも重要ですね。


コベルコ科研が報告しているように、「分極曲線測定を用いれば、従来の重量法で数百時間かかっていた腐食速度測定が、数時間以内に実施できる」という利点があります。金属加工分野で腐食評価の効率化を図る上で、両手法の特性を理解して活用することが実践的なアプローチといえます。


参考:コベルコ科研・腐食食評価部「分極曲線測定による様々な環境中での腐食速度の測定」
https://www.kobelcokaken.co.jp/dtr/2025/20251127.html


ターフェル外挿法が使えない系と代替手法:金属加工従事者が知るべき適用限界

ターフェル外挿法はすべての金属・環境の組み合わせに使えるわけではありません。適用できない系を知っておくことが、測定ミスや誤判断の防止につながります。これは見落とされがちです。


ターフェル外挿法が適用困難なケース:


  • 不動態皮膜を形成する系:ステンレス鋼やチタンは不動態化しやすく、アノード分極曲線に不動態領域が現れます。この場合、活性溶解域(活性ピーク)が非常に狭く、ターフェル直線の幅が取れません。腐食電位が不動態域にある場合は特に注意が必要です。
  • 拡散律速が支配的な系:中性・弱アルカリ性の通気溶液では、カソード反応が酸素還元になりますが、溶存酸素の供給が律速になると拡散限界電流(ilim)が現れます。この場合、カソード側にターフェル直線が出ず、外挿できません。
  • 腐食速度が非常に小さい(不動態)系:腐食電流密度が 0.01 μA/cm² を下回るような高耐食合金では、分極曲線の電流が小さすぎてS/N比が悪化し、精度のよい測定が困難です。
  • 溶液導電率が低い系:純水や低濃度溶液では、溶液抵抗が大きくなり IR ドロップが深刻になります。IR補正なしでは電位制御が不正確になるため、結果に大きな誤差が出ます。


こうした限界を踏まえ、代替手法として以下が検討されます。


  • 電気化学インピーダンス分光法(EIS):微小交流信号を使うため表面への影響が少なく、不動態系や複雑な反応機構の解析に適しています。分極抵抗 Rp も精度よく得られます。
  • 重量法(浸漬試験):電気化学的手法が使えない環境(高温、非水溶媒など)では、試験前後の質量変化から腐食速度を算出する重量法が信頼性の高い手法です。ただし数百時間の浸漬が必要になる場合があります。
  • 原子吸光分析(AAS)・ICP 発光分析:溶液中に溶け出したイオン量を分析することで、直接的な溶解量を定量できます。特定イオンの腐食挙動の追跡に有効です。


金属加工の現場では扱う材料の種類(炭素鋼、ステンレス、アルミニウム合金マグネシウム合金など)と作業環境(切削油、洗浄液、腐食性ガスなど)が多様です。ターフェル外挿法は強力なツールですが、適用条件を正しく理解した上で使うことが精度の高い評価につながります。条件の確認が必須です。


参考:Sciencedirect Topics「Tafel Extrapolation の適用範囲と限界」
https://www.sciencedirect.com/topics/engineering/tafel-extrapolation