非破壊なのに、金属表面の研磨状態によって測定値が数十%ずれることがあります。
蛍光X線分析(XRF:X-ray Fluorescence)は、試料にX線を照射し、そこから発生する「蛍光X線」を検出することで、試料に含まれる元素の種類や濃度を調べる分析技術です。金属加工の現場では、製品に使われている合金成分の確認から、めっきの膜厚測定、RoHS規制物質のスクリーニングまで幅広く使われています。
原理の核心は「内殻電子の遷移」という現象にあります。原子の内側には、K殻・L殻・M殻という複数の電子軌道があり、それぞれに電子が配置されています。試料にX線が照射されると、高エネルギーのX線が原子の最内殻(K殻など)に存在する電子を弾き飛ばします。その結果、内殻に「空孔」が生まれ、原子は不安定な励起状態となります。
この不安定な状態を解消するために、外側の軌道(L殻やM殻)から電子が内殻の空孔へ落ち込みます。このとき、外殻電子と内殻電子のエネルギー差が「電磁波(X線)」として放出されます。これが「蛍光X線(特性X線)」です。
蛍光X線が重要なのは、元素ごとにエネルギー準位が固有であるためです。つまり、放出される蛍光X線のエネルギーを測定すれば、試料にどの元素が含まれているかが特定できます(定性分析)。さらに、そのX線の強度(光子の数)を測定することで、含有量を計算することも可能です(定量分析)。
この性質を利用したのが蛍光X線分析です。元素の種類は固有のエネルギーで識別できます。
| 遷移の種類 | 電子の移動 | 線の名称 |
|---|---|---|
| K遷移(Kα) | L殻 → K殻 | Kα線 |
| K遷移(Kβ) | M殻 → K殻 | Kβ線 |
| L遷移(Lα) | M殻 → L殻 | Lα線 |
同じ元素からは複数種類の蛍光X線が発生します。たとえば鉛(Pb)はKα線・Lα線など複数のピークを持ちます。このKLMマーカーと呼ばれる複数ピークを確認することが、定性分析での誤同定を防ぐ重要なポイントです。たとえば鉛(Pb)のLα線とヒ素(As)のKα線はエネルギーが非常に近く、どちらか一方のピークのみで判断すると誤同定するリスクがあります。複数ピークの強度比を確認するのが原則です。
参考:蛍光X線分析の原理(原子の内殻電子遷移と特性X線の発生)について詳しく解説されています。
蛍光X線分析装置は大きく「波長分散型(WDXRF)」と「エネルギー分散型(EDXRF)」の2種類に分類されます。この2種類は原理的には同じですが、蛍光X線を「どのように検出するか」という点で大きく異なります。
波長分散型(WDXRF)は、試料から発生した蛍光X線を分光結晶に当て、波長ごとに回折させることで分光します。ゴニオメータ(角度計)を使って検出器と分光結晶の角度を精密に制御するため、装置は大型で複雑かつ高価になりますが、その分エネルギー分解能が非常に高く(5〜20 eV程度)、感度・精度・再現性に優れています。工場の品質管理ラインなど、同じ形状の試料を大量に精密測定する用途に向いています。
エネルギー分散型(EDXRF)は、半導体検出器(SDD:シリコンドリフト検出器など)を使って蛍光X線のエネルギーを直接計測します。分光結晶が不要なため装置が小型・低価格になり、操作も簡便です。試料の形状を問わず、不定形や凸凹のある試料にも対応しやすいという強みがあります。エネルギー分解能はWDXRFに比べて低い(150〜300 eV程度)ですが、スペクトル全体をほぼ同時に取得できるため測定が速く、現場向けのポータブル機やハンドヘルド機にも採用されています。
これは使えそうです。現場ではEDXRFタイプのハンドヘルド機が活躍する場面が多くあります。
| 項目 | 波長分散型(WDXRF) | エネルギー分散型(EDXRF) |
|---|---|---|
| 装置サイズ | 大型・複雑 | 小型・シンプル |
| エネルギー分解能 | 高い(5〜20 eV) | 低い(150〜300 eV) |
| 感度・精度 | 高精度・高再現性 | WDXRF比でやや劣る |
| コスト | 高価 | 比較的安価 |
| 試料形状の自由度 | 平板が基本 | 不定形・凸凹でも対応 |
| 向いている用途 | 工程管理・精密定量 | 現場スクリーニング・膜厚測定 |
また、X線を発生させるためのX線管には、ターゲット(対陰極)材の違いによってタングステン、ロジウム、モリブデン、クロムなどの種類があります。分析したい元素によって最適な励起エネルギーが異なるため、X線管のターゲット材は分析目的に合わせて選ぶ必要があります。なお、分析したい元素と同じ種類のターゲット材を持つX線管は、原則として使用しません。これは干渉の原因となるためです。
参考:WDXRFとEDXRFの性能比較、装置の選び方について詳しく解説されています。
蛍光X線分析では、含有元素を「特定する(定性分析)」だけでなく、「どのくらい含まれているか(定量分析)」を求めることも重要です。定量分析の方法は主に2つあります。
ひとつは「検量線法」です。濃度が既知の標準試料を複数点測定し、蛍光X線強度と濃度の関係を示す検量線を事前に作成します。その検量線を使って、未知試料の蛍光X線強度から濃度を逆算する方法です。精度が高い反面、分析する材質ごとに標準試料が必要という制約があります。たとえばステンレス鋼とアルミ合金では別々の検量線が必要です。
もうひとつは「FP法(ファンダメンタル・パラメータ法)」です。X線と物質の相互作用を理論的に計算し、標準試料なしで定量分析を行う方法です。特にEDXRF装置に多く採用されており、「試料が均一であること」「試料が十分な大きさと厚さを持つこと」「全元素を合計100%として定量すること」が前提条件となります。標準試料が不要なのは大きな利点ですが、試料の前提条件を満たさない場合は誤差が大きくなります。
結論はFP法だけで完結しないケースも多い、ということです。
金属加工の現場では、同一材質の製品を繰り返し検査する場面では検量線法が精度面で有利です。一方、初めて扱う材質や現場でのスクリーニングにはFP法が便利です。両方を状況に応じて使い分けることが、実務上の正解といえます。
さらに、定量精度を左右する重要な要因として「マトリックス効果」があります。一次X線は試料内を進む間に吸収され、試料から出てきた蛍光X線もまた試料内で吸収されます。この吸収の程度は試料を構成する元素(マトリックス)によって変わります。たとえば、鉄(Fe)を多く含む試料では、他の元素の蛍光X線が鉄に吸収されやすく、実際の含有量より低い強度が観測される(負の誤差)ことがあります。逆に、二次励起(ある元素の蛍光X線が別の元素をさらに励起する現象)によって実際より高い強度が観測されるケース(正の誤差)もあります。
マトリックス効果への対処が条件です。標準試料を試料と同じ母材(マトリックス)で作成するか、マトリックス補正演算(アルファ補正法)を使用することで、定量精度を高めることができます。
参考:FP定量法の誤差原因と注意点について詳しく解説されています。
FP定量結果の誤差の原因は何でしょうか? | Malvern Panalytical
蛍光X線分析は万能のように見えますが、実は苦手な元素があります。意外ですね。「軽元素」と呼ばれるマグネシウム(Mg、原子番号12)より軽い元素、具体的には水素(H)・炭素(C)・窒素(N)・酸素(O)・ナトリウム(Na)・フッ素(F)などは、蛍光X線のエネルギーが非常に低い(いわゆる「軟X線」)ため、空気や試料自身、検出器の窓材に吸収されてしまい、検出が困難です。
金属加工の現場でこれが問題になるのは、たとえば炭素鋼中の炭素(C)含有量の測定です。炭素量は鋼材の硬度や強度を決定する重要な要素ですが、XRFでは直接測定できません。炭素量の測定には、燃焼-赤外吸収法(LECO法)やOES(発光分光分析)などの別手法を使う必要があります。
同様に、アルミニウム合金のマグネシウム(Mg)含有量も、大気中での測定では吸収の影響を受けやすく、精度が落ちます。Mgより軽い元素は測定できません、が原則です。
この問題を軽減する方法としては、試料室を真空引きするか、ヘリウムガス置換雰囲気で測定することが有効です。空気中の酸素や窒素による軟X線の吸収を大幅に低減できます。WDXRFでは真空装置が標準装備されているものが多く、ベリリウム(Be、原子番号4)まで測定可能な機種もあります。EDXRFは機種によって対応範囲が異なり、軽元素分析が必要な場合は装置スペックの事前確認が不可欠です。
また、軽元素が含まれているのにXRFのみで分析した場合、軽元素分がトータル100%の計算から抜け落ちるため、他の元素の定量値に誤差が生じます。たとえばアルミ合金に含まれる炭素系不純物を無視してFP法で計算すると、アルミや他の合金元素の濃度が実際より高く算出されることがあります。軽元素が含まれる可能性のある試料では、補正が必要です。
参考:XRFで検出できない元素(軽元素の限界)についての詳細な解説があります。
蛍光X線(XRF)についてのよくある質問(FAQ) | Evident Scientific
蛍光X線分析は、金属加工の現場でどのように使われているのでしょうか?主な活用シーンを整理します。
めっき膜厚測定では、蛍光X線分析が特に力を発揮します。めっき層に含まれる元素(たとえばニッケルめっきならNi)の蛍光X線強度と膜厚の間には正の相関があります。つまり、Ni蛍光X線が強いほど膜が厚いと判断できます。薄膜FP法(薄膜ファンダメンタル・パラメータ法)を使えば、最大5層の多層めっきの各層の厚さと組成を標準試料なしに非破壊で同時測定できます。測定可能な膜厚範囲は元素によりますが、おおよそ10nm〜10μm程度が目安です。
RoHS規制対応スクリーニングにも蛍光X線分析は広く使われています。RoHS指令で規制されている有害物質(鉛Pb・水銀Hg・カドミウムCd・六価クロムCr・PBB・PBDEなど)の多くは、XRFで直接検出可能な元素です。たとえば電子部品のはんだや表面処理に鉛が使われていないかを短時間でスクリーニングできます。この場合、完全な定量分析ではなく「規制値を超えているかどうか」のスクリーニングが目的なので、EDXRFの簡便な運用で十分なケースが多いです。
合金の材質確認(PMI検査)にも利用されます。現場でパイプや構造物の材質を確認する際、ハンドヘルド型蛍光X線分析計(ポータブルXRF)を使えば非破壊かつ現場で数秒〜数十秒で組成を特定できます。これはポータブルXRFが使える場面です。配管設備の材料管理や、スクラップ金属の選別でも活用されています。
ただし、PMI検査でポータブルXRFを使用する際の注意点として、マグネシウムより軽い合金元素(リチウム、ベリリウム、炭素など)は直接測定できません。リチウム合金やベリリウム銅など特殊合金の材質確認には、別の分析手法との組み合わせが必要です。
また、試料表面の状態が測定値に影響します。表面粗さ・酸化膜・付着物・油分などがあると、蛍光X線の強度が変化して定量誤差を招きます。精密定量が必要な場合は、試料表面を適切に研磨・清浄化する前処理が重要です。
参考:蛍光X線分析装置によるめっき膜厚測定と分布管理の実例が紹介されています。
蛍光X線分析装置によるメッキ膜厚分布管理技術の開発 | 福島県
蛍光X線分析は非破壊分析として紹介されることが多いですが、正確には「必ずしも無前処理で良い」とは言い切れません。これは原則の注意点です。
試料の表面状態は蛍光X線の強度に直接影響します。金属試料の表面に酸化膜があると、その酸化膜を通して得られる蛍光X線の強度は、内部の金属そのものの強度とはずれが生じます。また、加工油や切削液などの油分が残っていると、特に軽元素(Si、Alなど)の測定値に誤差が出やすくなります。新潟県の調査によれば、試料の測定面の粗さが測定値に有意な影響を与えることが実証されています。そのため、精確な定量分析では研磨方法を指定し、面粗さを管理することが推奨されています。
「非破壊だから前処理不要」という思い込みが、現場での測定誤差の原因になることがあります。これが危ういです。
具体的な前処理の例を挙げると、金属・合金の場合は表面を研磨(目安:♯600〜♯1200の耐水サンドペーパーで仕上げ)して酸化膜や汚れを除去します。粉末試料の場合はプレス成形(ペレット化)が一般的です。液体試料はXRF専用カップへの充填、または乾燥フィルター法が使われます。
一方で、スクリーニング目的(RoHS検査など規制値を超えているかどうかの確認)であれば、ある程度の誤差を許容して前処理なしまたは最小限の前処理で対応することも合理的です。精密定量かスクリーニングかによって、前処理の程度を変えるという考え方が、現場の実態に即した運用といえます。
また、試料のサイズ感としては、多くのベンチトップ型XRF装置で試料室に入る最大サイズはおよそ250mm×300mm×100mm程度です。ハガキのサイズ(148×100mm)よりやや大きな試料まで対応できますが、大型構造物の一部分はカットして持ち込む必要があります。あるいはポータブルXRFを活用するという選択肢もあります。
参考:蛍光X線分析装置を使ったRoHS対応スクリーニングや試料前処理の考え方が詳しく解説されています。