表の電流値通りに設定しても、溶接品質は最大で3割以上下がることがあります。
鉄(軟鋼、代表鋼種SS400)のTIG溶接では、複数の条件を組み合わせて設定することが前提になります。単に「電流値を決める」だけでは不十分です。
現場で最低限押さえるべき設定項目は以下の5つです。
これら5つがひとつでも外れると、表の電流値が正しくても溶接欠陥が発生します。つまり条件表はあくまで「スタートライン」です。
鉄のTIG溶接では直流正極性(DCEN:電極マイナス)が基本です。アルミのように交流を使う必要はありません。これが原則です。
アルゴンガスの純度についても注意が必要で、JIS K1105規格の純度99.9%以上のものを使用することが推奨されています。不純物が混入すると、ガスシールドが正常に機能せず、ビード表面に黒ずみや気孔が生じる原因になります。
TIG溶接で鉄を溶接するときの標準条件を以下の表にまとめました。これが現場での「基準値」になります。
| 板厚(mm) | 溶接電流(A) | タングステン電極径(mm) | 溶加棒径(mm) | Arガス流量(L/min) |
|---|---|---|---|---|
| 1.0 | 25〜60 | 1.0〜1.6 | 1.2〜1.6 | 5〜8 |
| 2.0 | 60〜90 | 1.6〜2.4 | 1.6〜2.0 | 7〜10 |
| 3.0 | 60〜100 | 2.0〜2.4 | 8〜12 | |
| 6.0 | 80〜130 | 2.4〜3.2 | 10〜15 | |
| 10.0以上 | 130〜190 | 3.2 | 12〜18 |
この表はあくまでも手動TIG溶接・下向き姿勢・突合せ継手を前提とした参考値です。立向き・横向きなどの姿勢違いや、すみ肉継手では電流を5〜15%程度下げて調整するケースが一般的です。
電流と電極径の関係には重要なルールがあります。たとえばタングステン電極径1.6mmの場合の電流上限の目安はおよそ100A前後です。これを超えると電極先端が溶損し、溶融池に混入するリスクがあります。電流に合わせた電極径を選ぶことが条件です。
ガス流量についても同様で、少なすぎると酸化が起き、多すぎるとガスの乱流でアークが暴れます。8〜15 L/minが手動溶接の適正範囲です。
なお、裏波溶接を伴う場合はトーチ側とは別に、裏面へのバックシールドが必要になります。軟鋼(SS400)で板厚6mmの裏波溶接では、バックシールドのアルゴン流量として25〜30 L/min程度が使われる場合もあります。これは使えそうな情報です。
参考リンク(神戸製鋼 溶接技術情報 TIG溶接ご法度集より、板厚6mm軟鋼の裏波溶接条件例について記載あり)。
溶接ご法度集-19 各種溶接材料編(3) TIG溶接 その3 | BOUDAYORI 技術ガイド
電流値が適正でも、溶接速度が乱れると品質は大きく落ちます。これは多くの現場で見落とされがちなポイントです。
TIG溶接の入熱量は以下の式で計算できます。
$$Q = \frac{60 \times I \times V}{v}$$
ここで Q は入熱量(J/mm)、I は電流(A)、V はアーク電圧(V)、v は溶接速度(mm/min)です。
実際の数字で考えてみましょう。電流100A・アーク電圧14V・溶接速度100mm/minで溶接した場合、入熱量はおよそ840 J/mmになります。同じ電流・電圧のまま溶接速度を50mm/minに落とした場合は入熱量が1680 J/mmと約2倍になります。このわずかなスピードの違いが、歪みや変色の大きな差につながるということです。
入熱量が増えると母材への熱影響が広がり、とくに薄板では板が反ったり波打ったりする原因になります。鉄の板厚2〜3mmの溶接では、溶接速度の目安として80〜150 mm/min程度を意識するのが現場ではひとつの基準です。
「電流を下げれば安心」と思いがちですが、速度が遅ければ電流が低くても入熱過大になる場合があります。電流値と速度はセットで管理することが原則です。
溶接速度を安定させるには、手の動きを一定にする練習が不可欠です。現場では平行に引いた2本のマーキング線(間隔10mm程度)の間をビードが通るよう意識することで、速度の乱れを視覚的に確認する練習が効果的とされています。
参考リンク(モノタロウ 溶接の基礎講座 TIG溶接装置の設定作業について詳しく解説)。
2-3 TIG溶接と溶接装置の設定作業 | モノタロウ 溶接の基礎講座
板厚1〜2mm前後の鉄(軟鋼)薄板をTIG溶接するとき、通常の連続電流設定だと溶け落ちや過大な歪みが起きやすくなります。そこで有効なのがパルス機能です。
パルス溶接の仕組みはシンプルです。高い電流(パルス電流)で母材を溶かし、低い電流(ベース電流)で一時的に凝固させる。この繰り返しによって入熱を抑えながら安定したビードを形成します。
板厚1mmの鉄(軟鋼)薄板でのパルス設定の参考例を以下に示します。
パルス周波数の選び方には実はコツがあります。2Hz付近の低周波では1回の溶融・凝固サイクルが0.5秒となり、溶加棒を入れるタイミングが目視で確認しやすくなります。一方で20〜50Hz以上になると棒入れタイミングをほぼ意識しなくてよくなるため、初心者や長尺溶接にはミドル〜ハイパルスが向いています。
パルス溶接のメリットは3点あります。①母材の歪みと焼けを大幅に抑えられること、②酸化しにくくビード外観が向上すること、③うろこ状の美しいビード外観が得られることです。意外ですね。
一方でデメリットとして、溶け込み幅が通常より若干狭くなる点があります。強度を求める継手では確認が必要です。
薄板溶接で繰り返し溶け落ちが起きるケースでは、パルス機能のある溶接機を使うだけで解決することがあります。現場で機種選定の際はパルス機能搭載の有無を確認することをおすすめします。
参考リンク(WELDTOOL 板厚1mmパルスTIG溶接の比較検証、パルスありとパルスなしの差を画像で確認できる)。
条件設定の誤りが原因で起きる溶接欠陥は、大きく5種類に分類できます。それぞれの原因と対処を理解しておくことが、手直し工数の削減と品質安定に直結します。
① ブローホール・ピット(気孔)
溶接金属の内部や表面にガス孔が生じる欠陥です。主な原因はシールドガス流量不足、母材表面の油脂・錆・水分の残留、ガスホース接続部のエア噛みなどです。ガス流量が適正範囲の8 L/min以上あるかを確認し、溶接前に母材表面をアセトンや専用クリーナーで脱脂することが基本の対処です。
② 溶け込み不足・未融合
電流が低すぎるか、溶接速度が速すぎる場合に起きます。継手の強度が著しく低下するため、構造部品では致命的な欠陥となります。板厚に対して電流値が下限を下回っていないか確認することが条件です。
③ 溶け落ち・穴あき
電流が高すぎるか、溶接速度が遅すぎる場合に発生します。薄板に多い問題です。パルス機能の活用、もしくは電流を5〜10A下げて速度を上げることで対処できます。
④ アンダーカット
ビード端部が母材より掘り込まれた溝状の欠陥です。電流過大またはトーチ角度の乱れが主な原因です。トーチ角度を溶接進行方向に対して10〜20°の範囲に保つことと、電流の見直しで改善できます。
⑤ クレータ割れ
溶接終端部で電流を急に遮断したときに収縮応力で割れが発生します。溶接機のダウンスロープ機能(電流を段階的に下げる機能)やクレータ処理機能を活用することで防げます。終端での電流は溶接電流の1/3程度まで落としてからアークを切るのが原則です。
欠陥の種類によって対処法がまったく異なります。欠陥の「見た目」から原因を逆算する習慣をつけると、トラブルシューティングのスピードが上がります。これは使えそうです。
参考リンク(エステック コラム:TIG溶接の電流値の決め方、溶融池・板厚・溶接棒径の3軸から電流を決める方法を解説)。
TIG溶接の電流値の決め方 | コラム - 株式会社エステック

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