応力・ひずみ曲線(S-S曲線)は、金属材料の機械的特性を理解するための基本かつ重要なツールです。この曲線は、材料に力を加えたときの変形挙動を視覚的に表現したもので、縦軸に応力(σ)、横軸にひずみ(ε)をとって描かれます。
まず、応力とひずみの基本概念を整理しましょう。応力とは、材料の単位面積あたりにかかる力のことで、通常σ(シグマ)で表されます。計算式は以下のとおりです。
σ = F / A
ここで、Fは加える力(N)、Aは断面積(mm²)です。一方、ひずみは材料の変形量を表し、元の長さに対する伸びの比率で定義されます。
応力・ひずみ曲線を得るための代表的な試験方法が引張試験です。標準化された試験片に引張荷重を徐々に加え、破断に至るまでの応力とひずみの関係を測定します。この試験から得られるデータは、材料選定や製品設計、加工条件の決定など多くの場面で活用されています。
この曲線から読み取れる重要な特性値として、以下のものがあります。
特に、ヤング率は材料の剛性を表す重要な指標で、以下の式で表されます。
E = σ / ε
ここでのEはヤング率、σは応力、εはひずみを示します。ヤング率が大きいほど、同じ応力を加えたときのひずみが小さく、つまり変形しにくい「かたい」材料であることを意味します。
金属加工に携わる技術者にとって、この曲線を正確に理解し解釈する能力は、適切な材料選定や加工条件の最適化に直結する重要なスキルです。
応力・ひずみ曲線において、最も重要な特徴点の一つが弾性域と塑性域の境界である「降伏点」です。この点を境に材料の変形特性は大きく変わり、金属加工の方法や条件にも大きな影響を与えます。
弾性域とは、材料に力を加えると変形するが、力を取り除くと元の形状に完全に戻る領域です。この領域では、フックの法則が成立し、応力とひずみは比例関係にあります。この直線的な関係は次の式で表されます。
σ = E × ε
ここで、σは応力、Eはヤング率、εはひずみを示します。この法則は、小さなひずみの範囲で多くの金属材料に適用できます。
応力が増加し、ある特定の値(降伏応力)に達すると、材料は塑性変形を開始します。この点を「降伏点」と呼び、ここを境に材料は「塑性域」に入ります。塑性域では、力を除いても元の形状に完全には戻らない永久変形が生じます。
多くの金属材料、特に軟鋼などでは、降伏点に達した直後に応力がわずかに低下する「上降伏点」と「下降伏点」の現象が観察されます。その後、さらに変形が進むと「加工硬化」と呼ばれる現象により、再び応力が上昇していきます。
金属加工において、この弾性域と塑性域の境界を理解することは極めて重要です。例えば。
降伏点の値は材料によって大きく異なり、また同じ材料でも熱処理や加工履歴によって変化します。金属加工現場では、この値を正確に把握することで、加工時の必要な力の見積もりや、製品の強度設計に活かすことができます。
金属材料の応力・ひずみ曲線において、降伏点を超えた塑性域での応力上昇は「加工硬化」あるいは「ひずみ硬化」と呼ばれる現象によるものです。この加工硬化のメカニズムを理解することは、金属加工プロセスを最適化する上で非常に重要です。
加工硬化とは、塑性変形が進むにつれて材料がより硬くなり、さらなる変形に対する抵抗が増大する現象です。これは金属内部の微視的な構造変化、特に転位(結晶格子の欠陥)の蓄積と移動の阻害によって引き起こされます。
塑性変形が進行すると、金属内部では以下のような現象が起きています。
これらの複合的な効果により、変形が進むほど材料は硬くなり、変形抵抗が増していきます。
加工硬化の数学的表現として、多くの金属では塑性域での真応力(σ)と真ひずみ(ε)の関係が次の式で近似できます。
σ = Kεⁿ
ここで、Kは強度係数、nはひずみ硬化係数(加工硬化指数)と呼ばれる材料固有の定数です。nの値は多くの金属で0.2〜0.4の範囲にあり、この値が大きいほど加工硬化の程度が大きいことを意味します。
加工硬化現象の実用的な応用例
特に注目すべき点として、加工硬化は均一塑性変形の安定性にも寄与しています。応力・ひずみ曲線上で、加工硬化による応力上昇が断面積減少による応力増加を上回っている間は、変形が局所化せずに均一に進行します。これは深絞りやストレッチフォーミングなどの成形加工で重要な性質です。
また、複合組織鋼(DP鋼)などの先進高強度鋼では、フェライトとマルテンサイトの二相組織により特徴的な加工硬化挙動を示します。これらの材料では、軟質相(フェライト)と硬質相(マルテンサイト)の応力・ひずみ分配によって、高い強度と良好な成形性の両立が可能となっています。
応力・ひずみ曲線の知識は、実際の金属加工現場でどのように活用できるのでしょうか。このセクションでは、S-S曲線を金属加工技術の最適化に活かす方法について解説します。
まず、材料選定の段階で応力・ひずみ曲線は重要な判断材料となります。製品に要求される強度特性(降伏強さ、引張強さ、伸び)と各種金属材料のS-S曲線を比較することで、最適な材料を選定できます。例えば、高い強度が必要な場合は降伏点や引張強さが高い材料を、大きな変形を必要とする成形加工では伸びの大きい材料を選ぶことになります。
プレス加工における応用例を見てみましょう。
さらに、熱間加工と冷間加工の選択においても応力・ひずみ曲線は判断材料となります。同じ材料でも温度によって応力・ひずみ特性は大きく変化するため、加工温度に応じた曲線データを参照して最適な加工方法を選定します。
具体的な応用技術として、次のような方法があります。
実例として、自動車のボディパネルなどのプレス成形では、材料の異方性や加工硬化特性を考慮した成形性評価(成形限界線図:FLD)が活用されています。これは応力・ひずみ曲線データを発展させた技術で、複雑な成形における割れやしわの発生を高精度に予測できます。
日本塑性加工学会 - プレス加工の科学(プレス成形シミュレーションと応力-ひずみ関係の詳細説明)
応力・ひずみ曲線の理解を深める上で、金属加工後に発生する「残留応力」という現象は非常に重要ですが、一般的な解説ではあまり詳しく触れられていません。残留応力とは、外部からの力が取り除かれた後も材料内部に残る内部応力のことで、製品の寸法精度や耐久性に大きな影響を与えます。
残留応力と応力・ひずみ曲線の関係は、弾性変形と塑性変形の相互作用から理解することができます。塑性加工を受けた材料が除荷される過程では、材料全体が弾性的に回復しようとしますが、塑性変形の程度が部位によって異なるため、内部に応力が残留することになります。
この現象は応力・ひずみ曲線上では、負荷経路と除荷経路の違いとして表れます。例えば、曲げ加工における内側と外側では、以下のような違いが生じます。
この結果、外側には圧縮残留応力が、内側には引張残留応力が生じます。この残留応力分布は、製品の反りや寸法変化の原因となります。
金属加工現場で残留応力を制御するためのアプローチとして。
残留応力の予測には、材料の応力・ひずみ曲線における弾塑性挙動、特に除荷時の挙動を正確にモデル化することが重要です。最近では、キネマティック硬化モデルなどの高度な材料モデルを用いて、有限要素法による残留応力シミュレーションが行われています。
興味深いのは、残留応力が必ずしも悪影響だけではないということです。例えば、表面に圧縮残留応力を意図的に導入するショットピーニングなどの表面処理は、疲労強度や応力腐食割れ抵抗の向上に効果的です。これは圧縮残留応力が外部からの引張応力を相殺し、き裂の発生・進展を抑制するためです。
応力・ひずみ曲線をもとに残留応力を適切に管理することで、以下のような利点が得られます。
日本鋳造工学会 - 残留応力と応力-ひずみ曲線の関係に関する研究
金属加工に携わる技術者は、応力・ひずみ曲線の知識を残留応力の予測と制御に活用することで、より高品質な製品製造を実現できるでしょう。