鏡面仕上げの金属試料は、黒化処理なしだと測定誤差が5%以上になり製品不良の原因になります。
熱伝導率とは、厚さ1mの板の両端に1℃の温度差がある場合に、その板の1m²を通して1秒間に流れる熱量を示す物性値です。単位はW/(m・K)で表され、材料の放熱設計や加工条件の最適化に欠かせない数値です。金属加工の現場では、この値が設計計算と実測でずれていると、製品の熱管理が崩れる原因になります。
JIS規格に準拠した熱伝導率の測定方法は、大きく「定常法」と「非定常法」の2種類に分類されます。どちらが優れているかという話ではなく、測定対象の材料や目的によって適切な手法が変わるという点が重要です。
定常法は、試料の両側をそれぞれ異なる一定の温度に保持し、熱が安定した状態(定常状態)になったところで温度差と熱流量を計測する方法です。原理がシンプルで絶対測定が可能な反面、熱平衡に達するまでに数時間を要することがあります。断熱材や低熱伝導率の建材を対象としたJIS A 1412(保護熱板法・熱流計法)が代表的な規格です。
| 測定方法 | 適用JIS規格 | 主な対象材料 | 熱伝導率の目安 |
|---|---|---|---|
| 保護熱板法(GHP) | JIS A 1412-1 | 断熱材・建材 | 0〜2 W/(m·K) |
| 熱流計法(HFM) | JIS A 1412-2 | 断熱材・建材 | 0.005〜1 W/(m·K) |
| レーザーフラッシュ法 | JIS H 7801 | 金属・合金 | 10〜400 W/(m·K) |
| 熱線法(直交法) | JIS R 2251-1 | 耐火物 | 〜1250℃まで対応 |
つまり、金属を対象とする場合に適用するJIS規格は主にJIS H 7801です。この点は基本です。
非定常法は試料の片面にパルス状のエネルギーを与え、温度応答の時間変化から熱伝導率を算出します。測定時間が短く(数秒〜数分)、試料サイズも直径10mm・厚さ1〜3mm程度の小型で済む点が大きな特徴です。金属加工の現場では試料を採取しやすいこの規模が実務上でも利便性が高く、品質管理や材料開発の場面で広く採用されています。
定常法は測定精度が高い一方で、試料サイズが200×200mm以上と大きく、測定に半日〜1日かかるケースもあります。金属加工業においては、試料採取のコストや測定時間の制約から、非定常法(特にレーザーフラッシュ法)を選択するのが現実的です。
参考:熱伝導率測定における定常法・非定常法の原理と適用範囲について(イビデンエンジニアリング株式会社)
https://www.ibieng.co.jp/analysis-solution/case/thermal-conductivity-measurement/
JIS H 7801は金属材料の熱拡散率をレーザーフラッシュ法によって室温から1800K(約1527℃)まで測定するための日本産業規格です。2005年に制定され、金属加工業が熱物性評価を行う上での主要な拠り所となっています。
レーザーフラッシュ法の基本的な手順は次のとおりです。まず、平板状の試料(標準は直径10mm・厚さ1〜3mmの円板)の片面にパルス状のレーザー光を照射して瞬間的に加熱します。熱は試料表面から裏面へと伝わり、裏面の温度が時間とともに上昇します。この温度上昇曲線を赤外線検出器で記録し、解析することで熱拡散率αを算出します。
熱伝導率λは熱拡散率から直接得られるわけではなく、以下の式で計算します。
$$\lambda = \alpha \times C_p \times \rho$$
ここで、λは熱伝導率(W/m·K)、αは熱拡散率(m²/s)、Cpは比熱容量(J/kg·K)、ρは密度(kg/m³)です。これが重要な点で、レーザーフラッシュ法は熱拡散率を測定する方法であり、熱伝導率は間接的に算出するものです。
ハーフタイム法では、温度上昇曲線の解析時間原点から最高温度上昇の半分の値まで到達するのに要する時間(ハーフタイム t₁/₂)から熱拡散率を算出します。式で示すと次のようになります。
$$\alpha = 0.1388 \times \frac{l^2}{t_{1/2}} \times k_{bc} \times k_m$$
ここでlは試料厚さ、kbcは黒化処理の補正係数、kmは測定条件の補正係数です。なお、JIS H 7801の附属書には不均一加熱補正・熱損失補正・黒化処理補正・熱膨張補正など複数の補正計算が規定されており、高精度な測定を行うにはこれらを適切に適用する必要があります。
比熱容量の測定方法についても注意が必要です。従来はフラッシュ法のみでしたが、JIS R 1611が2010年に改正されてDSC(示差走査熱量)法が追加されました。DSC法はフラッシュ法と比べて比熱容量の測定精度が高く(フラッシュ法:±7%以内、DSC法:±2.5%以内)、精密な熱量計算が必要な場面ではDSC法の活用が推奨されています。
参考:JIS H 7801(金属のレーザーフラッシュ法による熱拡散率の測定方法)の概要と試験片規定(株式会社神戸工業試験場)
https://www.kmtl.co.jp/archives/7044
JIS H 7801に基づく測定精度は、装置よりも試料の品質に左右されることが多いです。これは見落とされやすいポイントです。
まず試料の形状について、JIS H 7801では直径10mmの円形平板を標準と規定しています。ただし、円形・正方形・長方形・その他の凸多角形の平板も認められており、10mm角の正方形試料が実務上よく使われます。問題になりやすいのは厚さの精度で、試料厚さの寸法偏差は厚さに対して0.5%以下と明記されています。厚さ2mmの試料であれば、10µm(0.01mm)以内の精度が必要になります。これはマイクロメータ(JIS B 7502)による計測が求められる精度です。
表裏面の粗さについても「厚さに対して0.5%以下」とされており、研磨仕上げが不十分な試料は規格の対象外になります。金属加工業の現場で切断・研削した試料をそのまま測定に使うと、面粗さや厚さ偏差が原因で測定誤差が生じやすくなります。表面は平坦に仕上げることが条件です。
次に黒化処理(黒化膜)の問題があります。レーザーフラッシュ法では試料表面に光エネルギーを吸収させる必要があるため、光を吸収しにくい材料(鏡面仕上げの金属や光沢面など)に対しては、カーボン微粒子入りスプレーを吹き付けて黒化膜を形成します。意外ですね。
しかし、黒化処理にはリスクもあります。カーボンスプレーの塗膜に表面ムラが生じると、それが測定値の誤差に直結します。JIS H 7801では黒化処理前後で標準試料の熱拡散率の比が±5%を超える場合には補正係数(kbc)を算出して補正する旨が規定されています。また、黒化膜が厚すぎると熱容量や熱拡散率に影響が出ることが研究で確認されており、薄く均一に塗布することが測定精度の鍵です。
具体的には、黒化膜は「薄く、均一に」が原則です。塗膜が厚くなるほどハーフタイムの測定値にズレが生じ、熱拡散率の算出誤差が拡大します。銅や純アルミのような高熱伝導率材料では、この影響がとりわけ大きくなります。
なお、放射率が低い材料(試料裏面で赤外線検出素子が温度を読み取る際に放射率が不足している材料)については、裏面にも黒化処理を行う必要があります。この裏面処理を忘れると、赤外線検出器が温度変化を正確に捉えられず、熱拡散率の測定値が実際より小さく算出されることがあります。
参考:JIS R 1611 フラッシュ法による熱拡散率測定と黒化処理の規定(kikakurui.com)
https://kikakurui.com/r1/R1611-2010-01.html
金属加工業の現場では、ステンレス鋼(SUS)・アルミ合金・銅合金といった材料を扱うことが多いです。これらは熱伝導率の値が大きく異なるため、測定上の注意点も変わります。
🔩 主な金属の熱伝導率の目安(常温)。
- 銀(Ag):428 W/(m·K)
- 銅(Cu):398 W/(m·K)
- アルミニウム(Al):237 W/(m·K)
- 鉄(Fe):約67 W/(m·K)
- ステンレス鋼(SUS304):約16 W/(m·K)
銅やアルミのように熱伝導率が高い材料は、試料に熱を与えると瞬時に均一な温度分布になってしまいます。定常法(保護熱板法・熱流計法)は温度勾配を保持できないため適用できません。これが金属に定常法ではなくレーザーフラッシュ法が必要な理由です。
SUSのような熱伝導率が比較的低い金属(16 W/(m·K)前後)は、アルミや銅に比べれば温度勾配を維持しやすいですが、それでも断熱材(0.03〜0.1 W/(m·K)程度)と比べれば数百倍の熱伝導率があります。金属全般においてJIS H 7801(レーザーフラッシュ法)が最も適した手法と言えます。
なお、試料厚さの選定では、熱拡散率が大きい材料ほど試料を厚くする必要があります。銅や純アルミでは一般的な1mm厚だとハーフタイムが短すぎてパルス幅の3倍以上を確保できない場合があるため、試料厚さを2〜3mmに増やして対応します。「試料厚さの上限は(試料内接円の直径)×0.4以下」とJIS H 7801に規定されており、直径10mmの試料であれば上限は4mmです。
また、金属の熱伝導率には温度依存性があります。鉄系金属は温度が高くなると一般に熱伝導率が低下しますが、アルミや銅は逆に変化するケースもあります。設計上の使用温度域と測定温度が大きく異なる場合は、複数の測定温度でのデータが必要です。JIS H 7801は室温から1800K(約1527℃)まで対応しており、高温環境で使用される金属部品の評価にも利用できます。
さらに、熱処理(焼入れ・焼鈍・時効処理など)を施した後の金属は組織が変化しており、熱処理前後で熱伝導率が変わることがあります。加工後の部品から試料を採取して測定することで、実際の使用状態に近い熱物性データが得られます。これは設計計算の精度向上につながる実践的な取り組みです。
参考:熱伝導率測定に関連するJIS規格の整理と用途別の選び方(blog.thermal-measurement.info)
https://blog.thermal-measurement.info/archives/52288428.html
金属加工業において熱伝導率測定を実施する方法は、大きく「社内で自前の装置を使う」か「外部の受託試験機関に依頼する」かの2択になります。それぞれにメリットと制約があるため、目的に応じた選択が重要です。
社内測定のメリットは、スピードと柔軟性です。新材料や試作品の評価をリアルタイムに行えるため、製品開発のPDCAサイクルが速くなります。測定装置(レーザーフラッシュ法装置)の導入コストは一般に数百万円〜数千万円と幅があり、測定頻度や精度要求に応じて検討が必要です。装置の校正やトレーサビリティ管理も自社で担う必要があるため、担当者のスキルが重要です。
一方で、受託試験機関を利用する場合には、JIS規格に準拠した高精度な設備と専門スタッフによる測定が受けられます。神戸工業試験場や日鉄テクノロジー、化学物質評価研究機構などが受託測定サービスを提供しており、測定精度(熱拡散率±3〜5%)の証明付きデータを取得できます。製品スペックシートへの記載や顧客への提出資料として信頼性の高いデータが必要な場合は、受託測定が適しています。
外部機関への依頼時に確認すべきポイントは次のとおりです。
- ✅ 使用するJIS規格(JIS H 7801等)に準拠しているか
- ✅ 測定装置の校正証明書や国家標準へのトレーサビリティがあるか
- ✅ 測定温度範囲が目的に合っているか(室温〜高温)
- ✅ 試料加工(直径10mm円板への加工)が対応可能か
- ✅ 測定報告書に補正係数の適用内容が明記されるか
試料加工は測定精度に直結します。外部機関に依頼する場合も、試料の形状・寸法・表面状態についての事前確認は必須です。試料加工から測定まで一貫して対応している機関を選ぶと、試料の受け渡しや仕様調整のやり取りが減り、結果的に納期が短縮されます。これは使えそうです。
なお、比熱容量をDSC法で高精度に求めた上で、フラッシュ法の熱拡散率と組み合わせて熱伝導率を算出する「高精度測定コース」を提供している機関もあります。精度要求が高い部品(半導体製造装置・電池材料・航空宇宙部品等)にはこの手法が推奨されています。測定精度は熱拡散率±3%、比熱容量±2.5%を合成した誤差で熱伝導率±5%前後が目安です。
参考:フラッシュ法による熱拡散率・熱伝導率の受託測定サービスと測定精度(株式会社神戸工業試験場)
https://www.kmtl.co.jp/service/analysis/thermal-conductivity-measurement
JIS規格に基づいて正確に取得した熱伝導率データは、金属加工業の現場でどのように活用できるのかを整理します。データの取り方だけでなく、その使い方こそが品質と収益に影響します。
まず、加工条件の最適化です。切削・研削・溶接などの加工では、工具や加工部位の温度上昇が品質に直結します。材料の熱伝導率が正確にわかっていれば、熱拡散シミュレーション(有限要素法:FEM解析など)の入力値として使用でき、計算結果の信頼性が大幅に向上します。CAEソフトウェア(ANSYS、Abaqusなど)への材料データ入力時に誤った熱伝導率値を使うと、設計と実製品の熱挙動が乖離してしまいます。データは正確に、が原則です。
次に、材料受け入れ検査への活用があります。同一材料でも製造ロットや熱処理条件によって熱伝導率が変動することがあります。仕様書上は同一材料であっても、受け入れた材料のロット間でばらつきが生じた場合、加工後の製品品質に差が出ることがあります。熱伝導率を受け入れ検査項目に組み込むことで、こうしたリスクを早期に検出できます。
また、トラブル解析への活用も重要です。製品の熱問題(放熱不足・局所過熱・変形・クラック)が発生したとき、使用材料の熱伝導率を実測することで原因特定が速まります。「設計値どおりの材料か」「加工によって熱伝導率が変わっていないか」を確認するプロセスは、品質保証の基盤になります。
🔍 現場でよく起きる熱伝導率測定の落とし穴。
- 試料を加工した場所が偏っている(残留応力・加工硬化により局所的に組織が変化している可能性がある)
- 測定温度が使用温度と大きくかけ離れている(常温データのみで高温使用部品を設計している)
- 試料採取枚数が1枚だけ(JIS H 7801では複数測定値の平均を取ることが望ましい)
- 黒化処理後に試料の質量変化を確認していない(黒化膜の重さが比熱容量の計算に影響することがある)
熱伝導率測定は一度取れば終わりではなく、材料ロット・熱処理条件・製品使用温度に合わせて定期的に確認することが、長期的な品質安定につながります。これが基本です。
参考:熱伝導率測定の現状と産業界における活用について(IIC REVIEW, 三谷幸寛著)
https://www.iic-hq.co.jp/library/045/pdf/045_06.pdf