疲労限度以下の応力で設計した部品が、10億回を超えると突然内部から破壊します。
「ギガサイクル疲労」とは、繰り返し負荷の回数が10⁷回(1,000万回)を超える長寿命領域で起こる疲労破壊現象のことです。「ギガ」は10⁹=10億を意味し、一般的には10⁹回前後の繰り返し数域を指して使われます。超高サイクル疲労(VHCF:Very High Cycle Fatigue)や超長寿命疲労とも呼ばれ、材料科学の分野で1990年代以降に注目が急速に高まってきました。
では、実際の製品でどのくらいの繰り返し負荷がかかるのでしょうか?
自動車のエンジンや駆動部品では、約10年間の使用で10⁸回を超える繰り返しが加わります。新幹線の車軸に至っては10⁹回、つまりまさに「ギガサイクル」の負荷が現実に発生します。金属加工の現場でつくられる機械部品も、長期使用・高回転用途では例外ではありません。これが基本です。
従来の疲労試験では10⁶〜10⁷回までのデータで疲労限度を決定し、それをもとに耐久設計を行ってきました。鉄鋼材料は10⁶〜10⁷回付近でS-N曲線(応力振幅と破断繰り返し数の関係線図)が水平になり「これ以上は壊れない」という疲労限度が存在するとされてきたからです。しかし、高強度鋼や表面硬化鋼においては10⁷回を超えても破壊が続くことが近年の研究から明らかになっています。
つまり、「疲労限度以下なら永久に安全」という従来の設計常識が、特定の材料では成立しないということです。
| 疲労の種類 | 繰り返し数の目安 | 代表的な現象 |
|---|---|---|
| 低サイクル疲労 | 〜10⁵回以下 | 塑性変形を伴う破断 |
| 高サイクル疲労 | 10⁵〜10⁷回 | 表面起点型き裂の発生・進展 |
| ギガサイクル疲労 | 10⁷回〜10¹⁰回以上 | 内部起点型(フィッシュアイ)破壊 |
参考:Wikipediaによる超高サイクル疲労の概要(疲労の種類・背景の整理に有用)
超高サイクル疲労 - Wikipedia
ギガサイクル疲労の最大の特徴は、破壊の起点が材料の内部にあるという点です。通常の疲労破壊では、表面の傷や応力集中部からき裂が発生し進展するのが一般的な流れです。ところが10⁸回以上の超長寿命域では、表面ではなく材料の内部に存在する非金属介在物を起点として破壊が始まります。
内部起点型破壊ということですね。
この破壊形態が起きやすいのは、引張強度が1,200MPaを超えるような高強度鋼(軸受鋼SUJ2、ばね鋼SUP7、クロムモリブデン鋼SCM440など)です。起点となる非金属介在物とは、製鋼過程で材料内部に混入するAl₂O₃(アルミナ)、TiN(窒化チタン)、CaOなどの化合物で、その大きさはわずか数µm〜数十µmです。1µmはヒトの髪の毛の太さ(約70µm)の約1/70という極めて微小なスケールです。
この介在物を起点に、周囲の金属組織が疲労によって微細化・剥離し、「FGA(Fine Granular Area:細粒状領域)」と呼ばれる特徴的な構造が形成されます。FGAは介在物サイズの2〜6倍程度(数十µm規模)の領域で、光学顕微鏡で暗く見えることから「ODA(Optically Dark Area)」、走査型電子顕微鏡では白く輝くことから「GBF(Granular Bright Facet)」とも呼ばれます。
FGAの形成メカニズムについては、現在でも複数の説が存在し、統一見解は確立していません。主な仮説を以下に示します。
FGAが形成されると、その外側に比較的平坦な円形領域——「フィッシュアイ(Fish-eye)」——が観察されます。その大きさは直径0.5mm〜1mm程度(5円玉の穴より小さいイメージ)で、介在物を起点に広がったき裂の痕跡です。破面観察でフィッシュアイが確認されると、それはギガサイクル疲労による内部破壊の証拠となります。
研究によれば、低応力域ではFGAの形成が完了するまでの期間が疲労寿命の90%以上を占めるとも報告されています。これは使えそうです。つまり、フィッシュアイのように見える壊れ方の大半の「時間」は、目に見えないFGA形成に費やされているということです。
参考:不二越テクニカルレポート(高強度鋼の超高サイクル疲労「内部介在物起点型破壊」の特徴・FGA形成メカニズムの詳細)
高強度鋼の超高サイクル疲労「内部介在物起点型破壊」 - 不二越テクニカルレポート(PDF)
金属加工の現場で高強度材料を扱う設計者にとって、特に重要な知識が「二重S-N曲線(Duplex S-N Curve)」です。通常の疲労試験では10⁷回までのデータを取得し、S-N曲線が水平になったところを疲労限度として耐久設計を行います。しかし、高強度鋼では状況が大きく異なります。
高応力・短寿命域では「表面起点型」のき裂が発生するS-N曲線が現れます。そして10⁷回付近でS-N曲線はいったん水平になるように見えます。ところがそれ以上の繰り返しを続けると、「内部起点型」の別のS-N曲線が出現し、さらに応力が低下する——という2段構造のS-N特性になるのです。これが二重S-N曲線です。
引張強度が1,200MPaを超える高強度鋼では、この内部破壊型のS-N曲線により、通常の疲労限度が事実上消滅します。
例えば軸受鋼SUJ2の回転曲げ疲労試験データでは、表面起点型の疲労限度が約1,278MPaと確認されている一方で、それ以下の応力でも内部起点型の破壊が10⁸〜10¹⁰回の領域で起き続けることが報告されています(不二越テクニカルレポートより)。10⁷回の試験データだけを根拠に「安全」と判断した設計が、長期使用で予期せぬ破損につながるリスクがあります。
この問題は設計に直接影響します。具体的には、以下のような場面でギガサイクル疲労のリスクを考慮する必要があります。
一方、NIMSの古谷氏らの研究では、介在物の大きさが同程度であればギガサイクル域での鋼種間の疲労強度差は小さくなる傾向があることも示されています。鋼種そのものよりも、製鋼品質(介在物の大きさや分布)が内部破壊強度を大きく左右するということです。これは設計選材において介在物管理の重要性を示す知見です。
参考:NIMS(物質・材料研究機構)による高強度鋼のギガサイクル疲労強度予測式の解説(二重S-N曲線と内部破壊評価法の詳細)
高強度鋼のギガサイクル疲労強度予測式 - NIMS(PDF)
ギガサイクル疲労の研究や評価において最大の障壁となるのが、試験そのものにかかる時間です。従来の一般的な疲労試験機は試験速度が数十Hz程度です。例えば50Hzで試験を行う場合、10⁹回の繰り返しを与えるだけで200日以上かかります。S-N曲線を統計的に構築するには複数回の試験が必要なため、完了まで数年を要することも珍しくありません。
時間がかかりすぎますね。
この問題を解決するのが「超音波疲労試験」です。ピエゾ素子(圧電素子)で発生させた超音波弾性波を試験片に伝え、約20kHzの高周波で試験片を共振させることで繰り返し応力を与えます。20kHzで試験を行えば、10⁹回の繰り返しはわずか約14時間で完了します。10¹⁰回試験でも約6日で済みます。100Hzで行えば3年かかる試験が、1週間に短縮されるということです。
この試験方法は日本溶接協会の規格「WES 1112:金属材料の超音波疲労試験方法」(2022年版)として規格化されており、世界で唯一の超音波疲労試験規格として国際的にも参照されています。
ただし、超音波疲労試験にはいくつかの注意点があります。
ギガサイクル疲労の試験精度を確保するためには、試験片の加工精度も重要です。要求される試験片は高い寸法精度が求められ、特に切り欠き部の加工品質が試験結果に影響します。金属加工従事者にとっては、試験片製作の精度管理も業務上の重要な観点となります。
受託試験サービスも活用できます。例えば山本金属製作所では4連式回転曲げ疲労試験機「GIGA QUAD®」を用いた受託試験・試験片製作を提供しており、S-N曲線の作成から試験片の精密加工まで一括対応しています。自社で試験機を保有しない場合の選択肢として有効です。
参考:神戸工業試験場による超音波疲労試験の解説(WES 1112規格・試験片形状設計の参考)
超音波疲労試験機を用いたギガサイクル域における材料疲労特性評価 - 神戸工業試験場(PDF)
ここまでの内容を整理すると、ギガサイクル疲労の破壊リスクを左右する最大の因子は「材料内部の非金属介在物」であることがわかります。介在物は製鋼プロセスの品質に依存するため、同じ鋼種であっても溶製ロットや熱処理条件によって疲労強度が大きく変わります。これが条件です。
NIMS古谷氏の研究では、100µmの介在物が存在する場合の10⁹回疲労強度は鋼種によらずほぼ同レベルに収束する傾向が示されています。つまり、高価な合金鋼に変えるより、介在物の「大きさを小さくする」ことの方が内部破壊強度の向上に直結するということです。
この観点から、金属加工従事者が日常業務で意識すべき点を整理します。
さらに興味深いのは、FGA形成に要する時間が疲労寿命の90%以上を占めるという事実です。言い換えれば、破壊のほとんどの「準備期間」は目に見えない材料内部で静かに進行しており、外観検査では全く検知できません。定期的な超音波探傷などの非破壊検査を組み込んだメンテナンス計画が、長期使用部品のリスク管理には不可欠です。
また、ギガサイクル域では新たな疲労限が再び出現する可能性も一部の研究で示唆されています(10⁹〜10¹⁰回付近でS-N曲線が再び水平になるという知見)。ただし、現時点ではまだ研究段階であり、安全側の設計では「疲労限度は存在しない」という前提で評価するのが無難です。
金属加工の現場でギガサイクル疲労の概念が設計に反映されるようになったのは比較的最近のことです。しかし、製品の長寿命化・高強度化が進む現代においては、107回までの疲労データだけに依拠した設計には見直しが求められる局面が増えています。材料の内部品質と超長寿命域の破壊挙動を正しく理解することが、これからの金属加工設計の競争力につながります。
参考:立命館大学酒井研究室によるギガサイクル疲労・内部起点型破壊の研究紹介(軸受鋼・ばね鋼の超高サイクル疲労特性データ)
SCM435鋼のギガサイクル疲労特性に対する焼戻し温度の影響 - 立命館大学酒井研究室