荷重を大きくするほど、ビッカース硬さの測定値は常に正確になるわけではありません。
「荷重が変わると硬さの値も変わる」と思っている方が多いですが、実はそうではありません。これがビッカース硬さ試験の大きな特長である「硬さの相似則」です。
均質な材料であれば、荷重を1kgfにしても0.3kgfにしても、原理的には同じ硬さ値が得られます。これはビッカース圧子が角錐形であるため、荷重が変化しても圧痕の形状が幾何学的に相似形になるからです。あいち産業科学技術総合センターが公表した資料でも、1kgf・0.5kgf・0.3kgfの3条件で同一試験片を測定した結果、それぞれ203HV・202HV・203HVと、ほぼ同一の値が得られたことが実証されています。
つまり、「荷重の違いによって硬さの数値が大きく変動している」という現場での経験は、荷重の問題ではなく、別の要因が誤差を生んでいる可能性が高いということです。重要なのはここです。
ではなぜ荷重選択が重要かというと、「相似則が成立する条件を満たしているかどうか」を確保するためです。板厚が薄すぎて裏面の台の影響を受けたり、圧痕が小さすぎて読み取り誤差が拡大したりすることで、相似則が崩れた測定値が出てしまうのです。
荷重選択の目的は「正確な測定ができる条件の維持」です。
| 荷重区分 | 硬さ記号の例 | 主な適用用途 |
|---|---|---|
| マクロ硬さ試験(49.03N以上) | HV5〜HV100 | バルク材・厚板・鋳物・構造部品 |
| 低試験力ビッカース(1.961〜49.03N) | HV0.2〜HV5 | 薄板・表面硬化層・溶接部断面 |
| マイクロビッカース(0.098〜1.961N未満) | HV0.01〜HV0.2未満 | メッキ層・コーティング・微細組織 |
参考:JIS Z 2244(ビッカース硬さ試験−試験方法)に基づく試験力の分類。試験力の区分は規格改正により「微小硬さ試験」と「ビッカース硬さ試験」が一本化されています。
JIS Z 2244:2009 ビッカース硬さ試験−試験方法(規格全文・試験力の区分表・附属書A最小厚さノモグラム)
現場で最もよく起こる荷重選択の失敗は、「薄い板に大きすぎる荷重をかけてしまう」パターンです。これは測定値を大きく狂わせる原因になります。
JIS Z 2244の附属書Aには、試料の最小厚さと試験力・硬さの関係を示す「ノモグラム」が規定されています。ただし、日常業務では次の簡易計算式を使う方が現実的で、現場でも広く活用されています。
負荷可能な最大測定荷重(kgf)の目安は次の式で求められます。
最大測定荷重(kgf)≒(予想硬さ値HV × 板厚mm × 板厚mm)÷ 4.1724
具体例で確認してみましょう。板厚0.15mm、予想硬さ400HVの浸炭鋼部品の場合を計算します。
(400 × 0.15 × 0.15)÷ 4.1724 ≒ 2.15kgf
→ JIS規格の荷重ステップから「HV2(2kgf)」を選択
この計算で「2kgf以下なら使える」ということが分かります。もしここで10kgfや30kgfを使ってしまうと、圧痕が板を突き抜けるほど深くなり、裏面を支える台の硬さが測定値に混入して、実際より大幅に高い(または低い)値が出てしまうのです。板厚0.3mmでも同様の問題が起きえます。
また、計算に使う「予想硬さ値」が外れた場合は再計算が必要です。たとえば計算時に400HVと想定していたのに、実測で350HVが出た場合、最大荷重は約1.88kgfになるため、荷重をHV1に下げてやり直す必要が生じます。板厚から逆算する、が基本です。
参考:測定荷重の計算方法と注意事項が詳しく解説されています。
金属材料の硬さとは?ビッカース硬さ測定時の注意事項(トッキン株式会社)
浸炭・窒化・高周波焼入れといった表面硬化処理を施した部品の硬さ測定では、荷重の選択が特に繊細な問題になります。荷重の選択を間違えると、測定しようとしている「硬化層」の値ではなく、その下の「芯部」の値を拾ってしまう危険があります。
浸炭処理では表面から限界硬さ550HVの位置までを有効硬化層深さ(CHD・Eht)として定義します(EN ISO 2639)。高周波焼入れ・炎焼入れでは最低表面硬さの80%が基準(EN 10328)、窒化では芯部硬さ+50HVが限界値(DIN 50190-3)です。それぞれの層は数十μm〜1mm台の非常に薄い世界です。
こうした薄い層を測るために使われる荷重の目安は次のとおりです。
溶接部の品質管理では380HVという数値が非常に重要です。これは溶接手順認定の基準となる最大許容値で、水素割れにつながる脆性組織の有無を判断するしきい値となっています。また硫化物応力腐食割れが懸念される酸性環境にさらされる溶接部では、248〜250HV以下を確認する必要があります。これらは荷重値ではなく「合否の基準値」ですが、荷重の選択によって同じ材料でも測定値がずれるため、規格で指定された荷重(多くはHV5またはHV10)で測定しなければ正確な合否判定ができません。
これは使えそうですね。
表面硬化層の評価に使う試験荷重は、圧痕深さが層厚の10%以下に収まるように決める原則が国際的にも推奨されています。10%ルールが条件です。
参考:浸炭・窒化・高周波処理での硬さ試験方法と荷重の選択について詳しく解説されています。
マイクロ硬さ試験のためのビッカース硬度試験(Struers社・CHD測定・用途別荷重一覧)
ここまでの説明で「薄い試料には低荷重」という原則を確認しましたが、低荷重にすれば何でもOKかというと、そうではありません。意外と見落とされがちな落とし穴です。
JIS Z 2244では圧痕の対角線長さの最小値を0.020mm(20μm)と規定しています。これは「それ以下になると測定の不確かさが著しく大きくなる」ことを根拠としています。NITEが公表している不確かさのガイドによると、対角線長さが20μmのとき、硬さの相対不確かさは約10%にも達することが示されています。一方で対角線長さが100μmの場合は約2%です。つまり、圧痕が小さくなるほど誤差の影響が比例以上に拡大するのです。
痛いですね。
たとえばHV0.3(荷重0.3kgf)で500HVの硬い材料を測定すると、対角線長さは約20μm前後になります。これは規格の下限ギリギリであり、顕微鏡での読み取りに±1μmのブレがあるだけで硬さ値が10%近くズレる計算になります。つまり500HVが450HVや550HVと出てもおかしくない状態です。
このような状況でばらつきが出るのは、測定者の腕の問題ではなく、荷重設定の問題です。対策として次の点を確認してください。
参考:対角線の読み取り誤差と硬さの不確かさについて解説されています。
JCSS 不確かさの見積もりに関するガイド(NITE・ビッカース硬さの相対不確かさと対角線長さの関係)
ここでは、教科書には載っていない実務的な視点から、荷重選択のよくあるミスと対策を整理します。
ミス1:「前回と同じ荷重でいい」という思い込み
同じ製品名のワークでも、ロット違い・熱処理条件の変更・材料調達先の変更などで板厚や硬さが変わることがあります。荷重は「材料ごと・ロットごとに毎回確認」が原則です。特に外注熱処理品の受入検査では、仕様書の板厚と実測の板厚を必ず照合してから荷重を決めることが重要です。
ミス2:「バリを下にして測定」
試験片にバリがある場合、バリを下向きにして支持台に置くと、試験片と台の間に微妙な隙間が生まれます。この状態で測定すると荷重が正常に試験片に伝わらず、測定値が大きくずれます。バリは必ず上向きにして設置します。これはJISの注記にも記されていますが、実際に誤った置き方をしているケースは少なくありません。
ミス3:「荷重は何でもHV1でやっている」
現場では荷重をHV1(1kgf)に固定して全素材を測定しているケースがあります。確かに手間は省けますが、0.5mm以下の薄板や表面硬化層の測定では誤差が大きくなる場合があります。測定目的と試料の種類に応じた荷重の使い分けが、最終製品の品質データの信頼性に直結します。
ミス4:「荷重を上げれば精度が上がると思っている」
荷重が大きいほど圧痕も大きくなり、対角線の読み取り精度は向上します。しかし「圧痕間隔の確保」という制約も同時に厳しくなります。たとえばHV30で測定すると圧痕の対角線は数百μmになることがあり、複数点を狭い間隔で打つ溶接断面や硬さプロファイル測定では、隣の圧痕の加工硬化域の影響を受けてしまいます。結論は「大きければいいわけでも、小さければいいわけでもない」ということです。
荷重選択は条件のバランスを取ることが条件です。
測定現場では、荷重と板厚・圧痕サイズ・用途の関係を一覧化した「荷重選択チェックシート」を作成して標準化しておくと、担当者が変わっても安定した測定が維持できます。こうしたドキュメント整備は、JIS認定試験機関の基準でも推奨されている取り組みです。
参考:荷重選択とISE(圧痕サイズ効果)・実際の測定手順について詳しく解説されています。
ビッカース硬度試験をマスターする方法(JH MIM・荷重の3区分・ISEの回避法・測定精度)