ステンレス(SUS)の表面処理は大きく分けて、物理的処理、化学的処理、電気化学的処理の三つの方法があります。各方法は相異なる特性を持ち、製品の最終用途に応じて選択されます。金属加工従事者にとって重要な点は、これらの処理が単独で使用されるのではなく、複数の処理を組み合わせるケースが多いということです。
例えば、熱間圧延後に酸洗を行い、その後さらに冷間圧延や研磨を加えることで、最終的な仕上げ状態(No.2Dやバフ#400など)が実現されます。一般的な製品製造では、素材の初期状態から最終仕上げまでに複数段階の処理が必要になるため、各処理の特性と順序を正確に理解することが、品質管理と効率性の向上に直結します。
酸洗処理とパッシベーション処理は、単独の処理ではなく相補的な関係にあります。酸洗いは熱間圧延や冷間加工、溶接などの過程で生じた鉄粉や黒皮(酸化皮膜)を強酸性液に浸して除去する方法です。これにより、ステンレス表面に付着した鉄分が取り除かれ、下地のクロム含有層が露出します。
一方、パッシベーション処理はこの酸洗後に行われ、硝酸またはクエン酸溶液によって表面にクロム酸化物の保護膜を再形成させます。注目すべき点は、酸洗処理によってクロム表面層の割合が18%から60%に増加することです。この現象が「クロムリッチ化」と呼ばれ、ステンレスの不動態皮膜がより強固になる科学的メカニズムです。
酸洗処理は複雑な形状にも対応が可能で、均一な処理が難しい形状でも高い効果を発揮します。一方、パッシベーション処理は酸性液を使用するため、浸漬時間や温度管理が耐食性の向上度に直結するという特徴があります。
ステンレスの研磨仕上げには複数の段階と種類があり、各段階で異なる粒度のベルトやバフが使用されます。最も一般的な仕上げはNo.2B(No.2D材を軽く冷間加工して光沢を付与)で、市販されるステンレス製品の大部分がこの処理方法を採用しています。
より詳細な分類として、#240、#320、#400などの研磨仕上げがあります。#240は粗さ240番程度のベルトで研磨したもので、厨房機器に多く使用される細かい目の仕上げです。#320はさらに細かく、#400はほぼ鏡面に近い光沢を持ちながらも、わずかな研磨筋を残す仕上げとなります。
最高級の仕上げとして#800(鏡面仕上げ)があり、細かい粒度の研磨材で仕上げた後、さらに鏡面用バフで仕上げることで最高の反射率を実現します。この仕上げは建材の装飾部分やクリーンルーム用反射鏡など、美観と光学特性が重要な用途に使用されます。
注目すべき点は、ヘアライン(HL)仕上げという独自の研磨手法です。これは一方向に連続した筋状の研磨目を付ける方法で、研磨ベルトを一定方向に走らせることで実現されます。建材において最も一般的な高級仕上げ方法として認識されており、すじ目による自然なつや消しが高級感を引き出します。バイブレーション仕上げはヘアラインの応用版で、多軸水平研磨により方向性がランダムな筋を入れ、より落ち着いた雰囲気を演出します。
電解研磨は他の研磨方法と異なる電気化学的なメカニズムを採用しています。電解研磨液中で製品をアノード(正極)として直流電流を流し、その表面をミクロン単位で電気化学的に溶解させます。重要な特徴は、金属の突起部分が優先的に溶解されることで、平滑な光沢面が自動的に得られる点です。
バフ研磨では職人の技術差が仕上げ品質に大きく影響しますが、電解研磨は処理液の性質により、より均一で再現性の高い仕上げが実現されます。さらに、電解研磨中にステンレス表面の鉄が選択的に溶かされるため、表面のクロム含有率が大幅に増加し、耐食性が著しく向上する利点があります。
特筆すべき応用として、薬剤や食品製造における衛生性の確保があります。米国農務省の研究により、電解研磨を施した表面ではバイオフィルム(微生物の集合体)が残りにくいことが科学的に実証されています。このため、医薬品製造装置や食品製造機械の内部部品に電解研磨が広く採用されています。
また、電解研磨は圧延やプレス加工、溶接後のバフ研磨で付着した油汚れの除去にも活用されます。通常の洗浄では取り除きにくい凹凸内の汚れが、電解研磨により表面が平滑化されることで容易に除去可能になります。
実務に訳ける場合、表面処理の選定は以下の複数要因を総合的に判断する必要があります。第一に、製品の使用環境です。塩水環境では高度な耐食性が必須となるため、パッシベーション処理や電解研磨などの高度な処理が必要です。一方、室内用途であれば比較的簡易な酸洗処理で十分な場合もあります。
第二に、美観要求度です。装飾的な用途ではバフ#400以上の光沢仕上げやヘアライン加工が要求されます。構造部材の場合は、耐食性のみが優先度となり、No.2Bなどの標準仕上げで対応可能です。
第三に、コスト効率です。表面処理のコストは処理方法により大幅に異なります。電解研磨は高額ですが、耐食性と衛生性が要求される場合の投資効果は高いです。一方、研磨やブラスト処理は比較的低コストで実施できます。
第四に、後工程との組み合わせです。溶接を行う製品では、溶接跡の除去と耐食性回復のため、パッシベーション処理が必須となります。塗装を行う製品では、表面のプライマー密着性を向上させるため、さらに研磨やサンドブラスト処理を組み合わせることが一般的です。
各表面処理方法には異なるメリットとデメリットがあります。酸洗処理は不純物や酸化物を効率よく除去できる一方で、強酸を使用するため取り扱いに注意が必要で、処理後に表面が艶消しになる場合があり、環境への配慮も必要です。
研磨処理は美観が良く光沢が出る利点がある反面、高いコストがかかり、大規模処理が難しく、磨き過ぎで製品の厚みが減少する可能性があります。ブラスト処理(サンドブラストやショットブラスト)は表面が均一になり、後の処理がしやすくなる一方で、美観が損なわれ表面が粗くなるため、最終仕上げというより前処理として位置づけられます。
電解研磨は高い光沢と滑らかさを得られ、硬度と耐摩耗性が改善される利点がありますが、設備と化学液に高額なコストがかかり、大規模処理には時間を要します。パッシベーション処理は高い耐腐食性が得られ、防錆効果に優れ、コストが比較的安価である一方で、環境に有害な化学物質を使用する場合があり、光沢感が劣化しやすいという欠点があります。
実務的には、複数の処理方法の組み合わせにより、コストと性能のバランスを最適化することが重要です。例えば、サンドブラストによる前処理で表面を均一化した後に、パッシベーション処理で耐食性を向上させるという手順が一般的です。
参考リンク。
パッシベーション処理の仕組みと不動態皮膜強化メカニズムの詳細解説
電解研磨におけるクロムリッチ化と衛生性向上メカニズム、製薬業界での採用理由