金属加工に携わる者にとって、耐腐食性の理解は材料選定の基本中の基本です。腐食とは、金属が外部環境や化学物質と反応して劣化する現象であり、製品の寿命や安全性に直結します。
耐腐食性金属のトップランカーとして挙げられるのは、金(Au)や白金(Pt)、イリジウム(Ir)などの貴金属です。これらは化学的に非常に安定しており、ほとんどの環境で腐食しません。しかし、高価格であることから、産業用途では限定的に使用されています。
実用的な耐腐食性金属として、チタン(Ti)は軽量でありながら優れた耐食性を持つため、航空宇宙産業や化学プラントで広く使用されています。チタンは表面に緻密な酸化被膜(不動態皮膜)を形成し、これが腐食から本体を保護します。
ステンレス鋼も代表的な耐腐食性金属です。特にSUS316は、クロム(Cr)17~18%、ニッケル(Ni)10~14%、モリブデン(Mo)2.5%を含有し、特に塩水環境での耐食性に優れています。不動態皮膜が表面を保護し、海水や塩化物環境での使用に適しています。
耐腐食性のランキングを表にまとめると。
順位 | 金属名 | 主な特徴 | 代表的用途 |
---|---|---|---|
1 | 金(Au) | 最高レベルの耐食性、電気伝導性良好 | 電子部品、貴重品、装飾品 |
2 | 白金(Pt) | 非常に高い耐食性、触媒性能高い | 触媒、医療機器、ジュエリー |
3 | チタン(Ti) | 軽量で高い強度、優れた耐食性 | 航空宇宙、医療、化学プラント |
4 | SUS316 | 塩水環境での高い耐食性 | 海洋設備、食品加工機器、化学設備 |
5 | インコネル | 高温環境での耐酸化性、耐食性 | ガスタービン、化学プラント、原子炉 |
6 | ハステロイ | 強酸・強アルカリに対する高い耐食性 | 化学反応器、廃棄物処理施設 |
7 | タンタル(Ta) | 酸に極めて強い耐食性、高融点 | 化学プラント、電子部品、医療用インプラント |
8 | ニオブ(Nb) | 多くの化学物質に対する耐食性、高融点 | 超合金添加剤、光学レンズ、超伝導材料 |
インコネルやハステロイといったニッケル基超合金も、特に高温・高圧環境での耐食性に優れており、厳しい環境下での使用に適しています。これらの特殊合金は、航空宇宙産業や化学工業、石油・ガス産業などで幅広く採用されています。
金属の耐食性ランキングの詳細データは、パーテクチュアルの耐食性金属ランキングが参考になります
耐腐食性に優れた金属は、その特性ゆえに加工が難しい「難削材」であることが多いのが現実です。これらの金属を適切に加工するためには、金属の性質を理解し、適切な加工方法を選択することが重要です。
チタンの加工は特に注意が必要です。チタンは耐食性、耐熱性、そして比強度に優れた素材ですが、これらの特性が切削工具の寿命を短くする原因となります。チタンは熱伝導率が低いため、切削時に発生した熱が逃げにくく、工具に集中します。また、弾性率が低いため工具の押し込み時に逃げやすく、びびり振動が発生しやすいという特徴があります。
チタン加工のポイント。
SUS316などのステンレス鋼も加工が難しい材料です。SUS316は熱伝導率が低く、工具に熱がこもりやすいという特徴があります。また、加工硬化しやすく、切削中に材料の硬度が上昇してしまいます。
ステンレス鋼加工のポイント。
ハステロイやインコネルなどのニッケル基合金は、さらに加工が難しい材料です。これらは高温強度が高く、切削中に工具への凝着が起こりやすい特性があります。
ニッケル基合金加工のポイント。
放電加工(EDM)は、特にハステロイのような高硬度材料の加工に有効です。この方法では、電極を利用して金属を溶解または蒸発させることで加工を行います。接触を伴わないため、工具の摩耗が少なく、非常に精密な加工が可能です。
ハステロイの加工方法については、フラスコテックの専門解説が参考になります
金属の耐腐食性を向上させるためには、適切な表面処理が効果的です。表面処理は既存の金属に施すことで、本来の機械的特性を維持しながら耐食性を向上させることができます。
メッキ処理は最も一般的な表面処理方法の一つです。メッキは素材に金属を電解または無電解で析出させることで、素材を腐食から保護します。
主なメッキ処理の種類。
スーパーダイマは、従来の亜鉛メッキにアルミニウム、マグネシウム、シリコンを添加した高耐食性メッキです。これらの添加元素の複合効果によって、従来の溶融亜鉛メッキの約30倍の耐食性を実現しています。切断端面部では、めっき成分が溶け出して緻密な保護皮膜を形成し、赤錆の進行を防止します。
アルマイト処理(陽極酸化処理)はアルミニウムの表面に人工的に酸化皮膜を形成させる処理です。耐食性・耐摩耗性・美観性・絶縁性・放熱性に優れていますが、耐熱性が低く、加工すると皮膜が割れたり剥がれたりする欠点があります。
表面処理選定のポイント。
表面処理は単なる防食だけでなく、製品の価値向上や寿命延長に直結する重要な工程です。適切な表面処理を選定することで、コストパフォーマンスに優れた製品設計が可能になります。
金属の防錆メカニズムについては、三和メッキ工業の技術資料が参考になります
腐食環境は多種多様であり、それぞれの環境に最適な金属材料を選定することが重要です。環境に応じた材料選定のポイントを解説します。
海洋環境(塩水環境):
海洋環境では塩化物イオンによる腐食が主な問題です。ここでは、SUS316がよく使用されます。SUS316はモリブデンを含有しているため、塩化物環境での耐食性が向上しています。また、チタンも海水に対して優れた耐食性を示すため、海洋構造物や船舶部品に使用されます。スーパーオーステナイト系ステンレス鋼や二相ステンレス鋼も、高い塩分濃度環境での使用に適しています。
化学薬品環境:
酸やアルカリなどの化学薬品環境では、ハステロイやタンタルなどの特殊合金が使用されます。ハステロイはモリブデンやクロム、鉄などを配合したニッケル合金で、特に強酸環境での耐食性に優れています。タンタルは、ほぼすべての酸に対して優れた耐食性を示し、薬品製造設備などに使用されます。フッ酸を除くほとんどの酸に対して、室温では腐食しないという特性を持っています。
高温環境:
高温環境では酸化が促進されるため、耐熱性と耐酸化性が求められます。インコネルは高温環境での耐酸化性、耐食性に優れ、ガスタービン部品や化学プラント部品などに使用されます。また、耐熱鋼やクロム含有量の高いステンレス鋼(例:SUS310)も高温環境での使用に適しています。
腐食環境と推奨金属材料の対応表。
腐食環境 | 推奨金属材料 | 特記事項 |
---|---|---|
海洋環境(塩水) | SUS316、チタン、二相ステンレス鋼 | 塩化物イオンによる孔食や隙間腐食に注意 |
酸性環境 | ハステロイ、タンタル、ジルコニウム | 酸の種類と濃度により適材が大きく異なる |
アルカリ性環境 | ニッケル、インコネル、モネル | 高濃度アルカリでは特殊合金が必要 |
高温環境 | インコネル、ハステロイX、SUS310 | 温度と雰囲気(酸化/還元)を考慮 |
硫化物環境 | インコネル625、ハステロイC-276 | 石油・ガス産業で重要、硫化物応力腐食割れに注意 |
大気環境 | アルミニウム、SUS304、溶融亜鉛めっき鋼 | 工業地帯・沿岸部・田園地帯で腐食性が異なる |
材料選定の際には、単に耐食性だけでなく、必要な機械的特性、加工性、コストなども総合的に考慮する必要があります。また、同じ環境でも、温度や濃度によって最適な材料が変わることも少なくありません。
金属材料の選定は、その製品の信頼性と寿命を決定づける重要な要素です。適切な材料選定によって、メンテナンスコストの削減や製品価値の向上につながります。
腐食耐性金属の種類や活用用途については、アロズの技術コラムが詳しい情報を提供しています
耐腐食性金属、特にステンレス鋼やチタンなどでは、熱処理が不動態被膜の形成と強化に重要な役割を果たします。これは金属加工業界ではあまり注目されていない視点ですが、製品の耐食性能を最大限に引き出すためには欠かせない工程です。
不動態被膜とは、金属の表面に形成される極薄の酸化膜のことで、この膜によって金属本体が腐食原因と接触するのを防ぎます。ステンレス鋼の場合、クロムの酸化物を主成分とする不動態被膜が形成されます。チタンでは、二酸化チタン(TiO2)の不動態被膜が形成されます。
熱処理による不動態被膜の強化メカニズム。
高温(通常1050℃前後)に加熱した後、急冷することで、金属内部の組織を均質化し、クロムの偏析を防ぎます。クロムが均一に分布することで、表面全体に均一な不動態被膜が形成されやすくなります。
制御された酸素雰囲気中で加熱することで、意図的に表面に緻密な酸化皮膜を形成させます。この処理はチタンやジルコニウムで特に効果的です。
硝酸などの酸化性溶液に浸漬することで、表面に化学的に不動態被膜を形成させる処理です。熱処理後の仕上げとして行われることが多く、耐食性を向上させます。
熱処理における注意点。
・温度管理の重要性。
温度が低すぎると十分な不動態被膜が形成されず、高すぎると結晶粒が粗大化して機械的特性が低下する恐れがあります。材料に応じた適切な温度管理が重要です。
・冷却速度の制御。
急冷すると内部応力が生じて変形する可能性があります。特に薄板や複雑形状の部品では注意が必要です。
・表面清浄度の確保。
熱処理前の表面に油分や汚れがあると、不均一な酸化が生じたり、炭素が浸入して耐食性が低下したりする恐れがあります。適切な前処理が必要です。
熱処理による耐食性向上の具体例。
SUS316の溶体化処理。
1050~1150℃に加熱後、水冷することで、クロムの炭化物析出を防止し、耐食性を向上させます。この処理により、特に粒界腐食に対する抵抗性が大幅に向上します。
チタンの真空焼鈍。
700~800℃の真空中または不活性ガス中で熱処理することで、加工時に導入された応力を除去し、均一な酸化被膜の形成を促進します。これにより、塩水環境での耐食性が向上します。
熱処理は、単に機械的特性を調整するだけでなく、耐腐食性を最大限に引き出す重要な工程です。適切な熱処理を施すことで、同じ材料でもその耐食性能を大きく向上させることができます。
金属熱処理の基礎知識については、フォンティスの技術資料が詳しい情報を提供しています
耐腐食性金属の加工においては、材料選定から加工方法、表面処理、熱処理まで一貫した理解が必要です。各工程が相互に影響し合い、最終的な製品の耐食性能を決定づけます。金属加工に携わる技術者は、これらの知識を総合的に活用し、コストと性能のバランスの取れた製品設計・製造を目指すべきでしょう。