ABS樹脂は、その名の通り3つのモノマー(単量体)であるアクリロニトリル(A)、ブタジエン(B)、スチレン(S)を共重合させることで作られる熱可塑性樹脂です 。これら3つの成分がそれぞれ異なる特性を持ち、互いの長所を活かし、短所を補い合うことで、ABS樹脂の持つ「バランスの取れた優れた物性」が生まれます 。それぞれの成分がどのような役割を果たしているのかを理解することが、ABS樹脂を深く知るための第一歩です。
これら3成分の配合比率を変えることで、ABS樹脂の特性をカスタマイズすることが可能です 。例えば、耐衝撃性をさらに高めたい場合はブタジエンの比率を増やし、耐熱性や剛性を重視するならアクリロニトリルの比率を増やすといった調整が行われます。この「特性をデザインできる」という点も、ABS樹脂が幅広い用途で採用される大きな理由の一つです。
ABS樹脂が「加工性に優れる」と言われる理由は、主にその熱可塑性と良好な流動性にあります 。熱可塑性とは、加熱すると軟化して流動性を持ち、冷却すると固化する性質のことで、ABS樹脂はこの性質を利用して様々な形状に加工されます。特に、スチレン成分がもたらす高い流動性により、射出成形(インジェクション成形)において金型内の微細な部分まで樹脂が充填されやすく、複雑なデザインの製品でも忠実に再現できます 。
また、ABS樹脂は非晶性プラスチック(アモルファス)に分類されます 。結晶性プラスチックが融点付近で急激に軟化するのに対し、非晶性プラスチックはガラス転移温度を超えると徐々に軟化していく性質を持ちます。これにより、ABS樹脂は比較的広い温度範囲で成形加工が可能となり、成形条件の自由度が高いという利点があります。射出成形以外にも、押出成形、ブロー成形、真空成形など、多様な加工方法に対応できる汎用性の高さも大きな特徴です 。
寸法安定性の高さも、ABS樹脂の重要な特徴です 。製品が設計通りの寸法を維持し続ける能力は、特に精密さが求められる部品において不可欠です。ABS樹脂の寸法安定性が高い理由は、主に以下の2点にあります。
これらの優れた加工性と寸法安定性の組み合わせが、ABS樹脂を家電製品の筐体、自動車の内装部品、雑貨、おもちゃなど、極めて広範な分野で活躍させる原動力となっているのです。
多くの長所を持つABS樹脂ですが、最大の弱点として耐候性の低さが挙げられます 。特に、太陽光に含まれる紫外線に長時間さらされると、劣化が進行しやすい性質を持っています 。この耐候性の低さは、ABS樹脂の成分の一つであるブタジエンに起因します。ブタジエンの分子構造には「二重結合」が含まれており、この部分が紫外線のエネルギーによって破壊されやすいのです 。
紫外線によって分子構造が破壊されると、ポリマーの鎖が切断されたり、酸化反応が促進されたりして、以下のような劣化症状が現れます。
このような紫外線による劣化を防ぎ、ABS樹脂製品を屋外や日光の当たる場所で長期間使用するためには、適切な対策が不可欠です。
【ABS樹脂の劣化対策】
| 対策方法 | 内容と特徴 |
|---|---|
| 塗装・コーティング 🎨 | 製品の表面を耐候性の高い塗料(アクリルウレタン塗料など)やUVカットクリア塗料で覆う方法です。紫外線が直接ABS樹脂に到達するのを防ぐ最も一般的で効果的な対策です 。デザイン性を高める目的も兼ねて行われることが多いです。 |
| 添加剤の配合 🧪 | ABS樹脂の材料自体に、紫外線吸収剤や光安定剤(HALS)といった添加剤を練り込む方法です。紫外線吸収剤は紫外線を熱エネルギーに変換して放出し、光安定剤は酸化反応の連鎖を止める働きをします。近年のABS樹脂には、これらの添加剤によって耐候性を改善したグレードも存在します 。 |
| 耐候性シートの貼り付け シート | 耐候性に優れたフィルムやシートを製品表面にラミネートする方法です。塗装が難しい形状の製品や、後から耐候性を付与したい場合に有効です 。 |
| 耐候性グレードの樹脂への変更 🔄 | 根本的な対策として、ABS樹脂のブタジエン成分を別の素材に置き換えた、ASA樹脂やAES樹脂といった耐候性の高い樹脂に変更する方法があります。これについては次のセクションで詳しく解説します。 |
ABS樹脂を使用する際は、その製品が使用される環境を十分に考慮し、必要に応じてこれらの劣化対策を施すことが、製品の品質と寿命を維持する上で極めて重要です。
ABS樹脂の大きな特徴の一つに、表面加飾のしやすさがあります 。スチレン成分に由来する表面の平滑性と光沢は、塗装やメッキといった二次加工との相性が非常に良いとされています。これらの表面処理は、製品に金属調の高級感や豊かな色彩を与えるだけでなく、前述の耐候性や、耐薬品性、表面硬度などを向上させる目的でも行われます。
【塗装】
ABS樹脂への塗装は比較的容易ですが、美しい仕上がりと高い密着性を得るためには適切な前処理が重要です。一般的に、以下の手順で進められます。
注意点として、ABS樹脂は一部の有機溶剤に侵されやすい性質(ケミカルクラック)があるため、塗料やシンナーの選定には注意が必要です。
【メッキ】
プラスチックであるABS樹脂に電気メッキを施すことができるのは、その特殊な構造と前処理技術のおかげです。この技術は「プラスチックメッキ」と呼ばれ、自動車のエンブレムやドアハンドル、水回りの部品など、意匠性と耐久性が求められる箇所で広く利用されています。ABS樹脂へのメッキは、高い専門性が求められる処理であり、その密着性は下地処理の品質に大きく左右されます 。
メッキの密着性を確保する上で最も重要な工程が「エッチング」です 。
エッチング工程では、クロム酸と硫酸の混合液など、強力な酸化剤を用いてABS樹脂の表面を化学的に処理します。この処理により、表面にあるブタジエンゴム成分が選択的に酸化・溶解され、表面にマイクロメートル単位の微細な凹凸(アンカー)が無数に形成されます 。
この凹凸に後工程で無電解メッキ皮膜が入り込むことで、物理的に強力な密着力(投錨効果またはアンカー効果)が生まれます。つまり、メッキ皮膜が樹脂表面にしっかりと食い込むことで、簡単には剥がれない高い密着性が得られるのです。
エッチング以下の代表的な工程は以下の通りです。
このように、ABS樹脂の成分の一つであるブタジエンが、メッキの密着性を確保する上で極めて重要な役割を果たしている点は、あまり知られていない専門的な知識と言えるでしょう。
以下のリンクは、プラスチックメッキの前処理工程について、専門メーカーが解説している有用な資料です。
ABS樹脂の最大の弱点である「耐候性の低さ」を克服するために開発されたのが、ASA樹脂やAES樹脂といった変性ABS樹脂です 。これらはABS樹脂の優れた加工性や機械的特性を維持しつつ、屋外での長期使用に耐えうる高い耐候性を実現したエンジニアリングプラスチックであり、「全天候型ABS」とも呼ばれます。
これらの樹脂とABS樹脂の根本的な違いは、耐衝撃性を担うゴム成分にあります。
アクリルゴムやEPDMは、分子構造に紫外線の影響を受けやすい二重結合を持たない(あるいは主鎖に持たない)ため、長期間屋外で紫外線にさらされても、黄変や強度低下といった劣化が起こりにくいのです 。
【ABS・ASA・AESの特性比較表】
| 特性 | ABS樹脂 | ASA樹脂 | AES樹脂 |
|---|---|---|---|
| 耐候性 ☀️ | 低い(屋外使用では塗装必須) | 非常に高い | 高い |
| 耐衝撃性 🔨 | 高い | ABSと同等レベル | |
| 加工性 ⚙️ | 非常に良い | ||
| 表面光沢 ✨ | 良い | ||
| コスト 💰 | 比較的安価 | ABSより高価 | |
| 主な用途例 | 家電製品、OA機器筐体、自動車内装、雑貨、おもちゃ | 自動車のドアミラー・グリル、建材(サッシ)、ガーデニング用品 | 自動車外装部品、二輪車のカウル、建設機械のカバー |
このように、ASA樹脂やAES樹脂は、ABS樹脂の「塗装レス化」を可能にし、トータルコストの削減や環境負荷の低減にも貢献します 。例えば、自動車のドアミラーやラジエーターグリル、住宅のサッシなど、従来は塗装したABS樹脂が使われていた部品が、ASA樹脂やAES樹脂に置き換わっています。これらの樹脂は、無塗装の状態でも長期間にわたって美しい外観と強度を保つことができます。
ただし、一般的にASA樹脂やAES樹脂はABS樹脂よりも高価です。そのため、製品に求められる耐候性のレベル、コスト、デザイン性などを総合的に判断し、最適な材料を選定することが重要になります。屋内での使用が主でコストを重視する場合はABS樹脂、屋外での使用や高い耐久性が求められる場合はASA樹脂やAES樹脂、という使い分けが一般的です。
以下のリンクは、ABS樹脂と耐候性樹脂(AES、ASA)の比較について、樹脂メーカーが提供している技術情報です。

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