ジンク塗料を塗っただけの摩擦面は、すべり係数が基準値の約3分の2しか出ず、接合部が想定外にすべる恐れがあります。
高力ボルト摩擦接合とは、高強度ボルトを強く締め付けることで接合面に大きな圧縮力を発生させ、その摩擦力によって応力を伝達する接合方法です。リベット接合のようにボルト軸部にせん断力を直接かけるのではなく、あくまで摩擦抵抗が応力を担う点が最大の特徴です。
この仕組みを理解するには、身近なたとえが役立ちます。たとえばゴム底の靴と床の関係をイメージしてください。体重(垂直方向の力)が大きいほど、床との摩擦力が増して滑りにくくなりますね。高力ボルト摩擦接合も同じ原理で、ボルトの締付け力(軸力)が「体重」に相当し、接触面の摩擦特性(すべり係数)が「靴底のグリップ力」に相当します。
これが摩擦接合の本質です。
接合の形式には、高力ボルトを使う場合でも「摩擦接合」「引張接合」「支圧接合」の3種類があります。このうち最も一般的に用いられるのが摩擦接合で、剛性が高く、繰り返し荷重に対する疲れ強さにも優れています。設計計算の際に「高力ボルト摩擦接合」と明記された場合は、この摩擦抵抗のみで応力を伝達する形式を指します。支圧接合で高力ボルトを使いたい場合は、建築基準法上、国土交通大臣の認定が別途必要になる点を覚えておいてください。
なお、高力ボルトの強度区分はF8T・F10T・F11Tの3種類が規定されていますが、F11Tは遅れ破壊(高い引張応力を受けた鋼が時間差で突然破断する現象)の問題から現在は製造されておらず、新規の設計ではF8TまたはF10Tが使われます。建設年代の古い構造物ではF11Tが残っているケースがあるため、補修・改修時には注意が必要です。
計算の前提として重要なのは、設計に使う数値には「基準張力」「設計張力」「標準張力」の3段階がある点です。基準張力<設計張力<標準張力の順に大きくなります。設計計算では設計張力(記号:T₀)を用いますが、実際の現場施工では標準張力(T₀の1.1倍)でボルトを締め付けることで、施工バラツキや経時的な軸力低下を見込んでいます。この区別を混同すると計算値がずれるため、基本中の基本として押さえておきましょう。
以下の参考リンクは、高力ボルト接合の種類・許容耐力の求め方・すべり係数と摩擦係数の違いなど、設計の基本事項をQ&A形式で詳しく解説しています。
高力ボルト検査株式会社|設計編Q&A(接合の種類・許容耐力・すべり係数の定義など網羅)
計算の核心は「すべり耐力」を求めることです。基本が原則です。
高力ボルト1本あたりのすべり耐力(R)は、次の式で表されます。
| 記号 | 意味 | 代表的な値(F10Tの場合) |
|---|---|---|
| m | 摩擦面数(せん断面数) | 1面摩擦:1 / 2面摩擦:2 |
| μ(すべり係数) | 摩擦面の摩擦抵抗の大きさ | 赤錆・ブラスト面:0.45 |
| T₀(設計ボルト張力) | 計算上の導入軸力 | M22なら205kN程度 |
$$R = m \cdot \mu \cdot T_0$$
例として、F10T-M22のボルト(設計ボルト張力T₀=205kN)を1面摩擦(m=1)、すべり係数0.45で使う場合を計算してみます。
$$R = 1 \times 0.45 \times 205 = 92.3 \text{kN(すべり耐力)}$$
長期許容せん断力は安全率1.5で割り、短期許容せん断力はすべり耐力そのものとなります。
$$R_l = \frac{2}{3} \times 92.3 \approx 61.5 \text{kN(長期)}$$
$$R_s = 92.3 \text{kN(短期)}$$
建築基準法施行令と告示で定められた数表では、F10T-M22の長期許容せん断力(1面摩擦・1本)は57.0kNとなっており、上記の計算とほぼ対応しています。これは数値を覚えるより計算の流れを理解する方が応用が効きます。
次に、必要ボルト本数の求め方です。設計せん断力Qが与えられた場合、必要本数nは以下の式で計算します。
$$n = \frac{Q}{R_s \text{(または}R_l\text{)}}$$
小数点以下は切り上げて整数にするのが基本です。例えば設計せん断力Q=400kNを上記M22・1面摩擦の短期許容せん断力92.3kNで割ると、n≒4.33となり、ボルト5本が必要という計算になります。
この計算を正確に行うためには、以下の参考リンクで掲載されている設計ボルト張力の数値表(径ごとのT₀値)を参照することを推奨します。
高力ボルト強度まとめ(設計ボルト張力・許容せん断力・引張耐力の計算式と具体例)
「すべり係数」は計算の根幹を支える数値ですが、現場での誤解が非常に多い項目でもあります。意外ですね。
すべり係数とは、静止摩擦係数と似た概念ですが厳密には異なります。摩擦接合では「すべりが発生した瞬間の荷重」を「初期ボルト張力(すべり発生時ではなく締付け時の軸力)」で割った「見かけ上の摩擦係数」を指します。つまり、すべり係数は材料固有の数値ではなく、接合面の処理状態に大きく依存します。
設計上用いられるすべり係数の代表値は次の通りです。
| 摩擦面の処理方法 | 要求すべり係数 | 備考 |
|---|---|---|
| 赤錆面・ブラスト処理面 | 0.45以上 | 建築・土木ともに最もよく使われる |
| 溶融亜鉛めっき面(リン酸処理等) | 0.40以上 | 正しい前処理が必須 |
| 無機ジンクリッチペイント塗装面 | 0.45以上(要試験確認) | ブラスト処理が前提条件 |
ここで注意が必要なのが、有機ジンク塗料(市販のジンクスプレーや1液型ジンク塗料)をブラスト処理なしで塗布した場合のすべり係数は平均0.297程度という実測データがある点です。基準値0.45を大きく下回っており、設計上無効な処理になります。
「ジンク塗料で摩擦面のすべり係数0.45達成」という情報が独り歩きしているケースがありますが、その数値はブラスト処理(Sa2½以上)を前処理として行った上での結果であり、ジンク塗料そのものの性能ではありません。現場で施工しやすいからといってブラスト処理を省略すると、設計値を満たさない接合部が出来上がることになります。
また、溶融亜鉛めっき面の摩擦接合では、JASS6(鉄骨工事技術指針)に「補修してはいけない」という記述がありますが、これは「ジンク塗料での補修では規定のすべり係数が確保できないから禁止」という意味であり、「亜鉛めっきを使うな」という意味ではありません。正しい補修はリン酸処理・赤さび処理・再めっき処理の3種類です。
自然発錆を利用した赤錆面(黒皮をグラインダーで除去後、屋外放置で発生させた赤錆)のすべり係数は0.6以上になることが多く、設計値0.45に対して十分な余裕があります。一方、溶融亜鉛めっき処理ではリラクセーション(時間経過によるボルト軸力の減衰)が15%程度と、赤錆面の5%・塗装面の10%よりも大きい点にも留意が必要です。
以下のリンクでは、ジンク塗料と高力ボルト接合面のすべり係数の関係について、実際の試験データをもとに詳しく解説されています。
日新インダストリー|すべり係数を正しく理解する!高力ボルト摩擦接合面へのジンク塗料適用(試験データ付き)
計算上のすべり耐力がOKでも、施工の細部で落とし穴があります。その代表が「肌すき」です。
肌すきとは、接合する部材の板厚が異なることで生じる隙間のことを指します。たとえば、梁フランジと添接板の間にわずかな厚み差がある場合、締め付けてもそこに隙間(肌すき)が残ることがあります。
JASS6では肌すきの扱いが明確に規定されています。
フィラープレートは原則1枚で、材質は母材の鋼種によらずSS400相当(400N/mm²級)でよいとされています。厚さは1.6mm以上が望ましく、薄すぎるとそりや曲がりが生じやすくなります。表面処理は両面とも添接板の摩擦面と同様に行う必要があります。これが条件です。
見落とされがちなのが、フィラープレートを入れたからといって計算上の摩擦耐力が自動的に確保されるわけではないという点です。フィラー表面の処理が不適切であれば、摩擦面として機能しません。また、フィラーを母材や添接板に溶接することはJASS6で明確に禁じられています。溶接による熱ひずみが密着性に悪影響を与えるためです。
道路橋設計では、1mmを超えた時点でフィラープレートを入れる義務があり、建築と同様の考え方が採用されています。ただし、土木(道路橋示方書)と建築(JASS6・鋼構造設計規準)では孔径の規定が異なるため、分野をまたいで設計する場合は注意が必要です。
| 分野 | ボルト孔径(呼び径27mm未満の場合) | 根拠規定 |
|---|---|---|
| 建築 | 呼び径+2.0mm | 建築基準法施行令第68条2項 |
| 土木(道路橋) | 呼び径+2.5mm | 道路橋示方書・同解説 |
この孔径の差は設計断面の控除量にも影響します。土木では断面控除を呼び径+3mmとして計算するのが原則であり、建築の数値をそのまま流用できません。分野が変われば計算の前提が変わる、と覚えておくだけでミスを防げます。
以下は肌すきとフィラープレートの関係を解説している参考リンクです。
ミカオ建築館|フィラープレートは肌すき何mm超えで入れる?(1mm基準と材質・処理の詳細)
高力ボルト摩擦接合の設計計算は、建築分野と土木(道路橋)分野で根拠規定・計算方式・許容値がそれぞれ異なります。これを知らずに計算書を仕上げると、後から手戻りが発生するリスクがあります。痛いですね。
主な違いは次の通りです。
| 項目 | 建築分野 | 土木(道路橋)分野 |
|---|---|---|
| 根拠法令・規準 | 建築基準法・鋼構造設計規準(AIJ) | 道路橋示方書・同解説(日本道路協会) |
| せん断力の表現 | 許容せん断応力度(N/mm²) | 許容力(kN) |
| すべり係数(標準値) | μ=0.45 | μ=0.40 |
| ボルト孔径(M22以下) | 呼び径+2.0mm | 呼び径+2.5mm |
すべり係数の設計値が建築0.45・土木0.40と異なることは特に重要です。この0.05の差は、例えばM22ボルト1本の許容せん断力で約5〜6kNの差となって現れます。ボルト本数が多い継手では積み重なって大きな差になります。
ここで、検索上位記事ではあまり触れられていない独自の視点として「火災後の高力ボルト」の扱いを紹介します。
高力ボルト摩擦接合は、被災温度が300℃を超えると導入張力(軸力)が急激に低下するため、接合継手として機能を失います。鉄骨建物が火災にあった場合、目視では異常がないように見えても、ボルトの軸力が大幅に失われている可能性があります。この場合は必ずボルト軸力の確認と再締め付け(または全数交換)を行う必要があります。見た目だけで判断できないため、火災後の補修・改修工事では特に注意が必要な項目です。
さらに、高力ボルトと隅肉溶接を同じ継手で併用する場合(併用継手)は、「高力ボルトを先に締め付けてから溶接する」順序を守ることで、双方の降伏耐力を加算できます。逆に先に溶接すると溶接熱で板が変形し、後から高力ボルトを締め付けても密着が確保できないリスクがあります。この順序は計算書の想定前提にも影響しますので、施工計画と設計意図を一致させることが重要です。
また、設計計算で見落とされがちなのが「引張力とせん断力が同時作用する場合の低減」です。引張外力が作用する摩擦接合部では、ボルト軸力の一部が外力によって打ち消されるため、摩擦力による許容せん断力を低減した組合せ応力として計算する必要があります。せん断のみの継手と同じ式を使うと非安全側になります。これが原則です。
設計計算に関する詳細な数値と解説は、国土交通省関連機関の以下の資料が権威ある参考資料として使えます。
国土技術政策総合研究所|道路橋と建築分野における高力ボルト摩擦接合継手に関する基準の比較(許容力の数値表付き)
ここまでの内容を踏まえ、実務でそのまま使えるフローとチェックポイントを整理します。
🔵 設計計算の基本フロー
🔴 計算ミスを防ぐ現場チェックリスト
高力ボルト摩擦接合の計算は、式そのものはシンプルですが、すべり係数・摩擦面処理・肌すき・分野別の基準差異といった「前提条件の正確さ」が計算精度を左右します。一つ数値を誤るだけで接合部の安全性が損なわれるため、設計書・施工計画書・材料仕様書の三者が一致しているかを常に確認する習慣が、設計ミスと施工トラブルを未然に防ぐ最大の対策です。
以下は高力ボルト全般の設計・施工に関する技術Q&Aを網羅した権威ある情報源です。計算結果の確認作業に活用してください。
高力ボルト検査株式会社|設計編Q&A一覧(許容耐力・肌すき・ボルト長さ・すべり試験など全項目)