ステンレス鋼とは?その種類とJIS規格、錆びない理由と磁性の謎

ステンレス鋼がなぜ錆びにくいのか、その基本原理を知っていますか?この記事では、JIS規格に基づくSUSの種類から、不動態皮膜の驚くべき自己修復能力、さらには加工によって変化する磁性の秘密まで、金属加工のプロなら知っておきたいステンレス鋼の深遠な世界を徹底解説します。あなたの知識は本当に最新ですか?

ステンレス鋼とは

ステンレス鋼とは?3つのポイント
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錆びにくさの秘密

主成分のクロムが作る「不動態皮膜」という強力なバリアが、酸素や水分から鉄を守り、驚異的な耐食性を実現しています。

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多様な種類とJIS規格

JIS規格で70種類以上も規定されており、成分や特性によってオーステナイト系・フェライト系・マルテンサイト系などに分類されます。

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奥深い特性

本来磁石につかない種類でも加工によって磁性を帯びたり、熱処理でその性質をコントロールできたりと、非常に奥深い特性を持っています。

ステンレス鋼のJIS規格と代表的な種類

 


ステンレス鋼(Stainless Steel)は、その名の通り「錆びにくい鋼」として知られ、私たちの身の回りから産業分野まで幅広く利用されています 。その正式名称は「ステンレス鋼」であり、「ステンレス」は通称です。この「錆びにくさ」は、主成分である鉄(Fe)に、最低でも10.5%以上のクロム(Cr)を添加することで実現されます 。クロムが空気中の酸素と反応し、鋼の表面に「不動態皮膜」という非常に薄く強固な保護膜を形成するため、内部の鉄が錆びるのをいでくれるのです 。
日本国内で流通するステンレス鋼は、日本産業規格(JIS)によって細かく分類・規定されています 。JIS規格では、材料の種類を記号で示しており、ステンレス鋼は「SUS(サス)」という記号で始まります 。これは "Steel Use Stainless" の頭文字を取ったもので、まさに「錆びにくい特殊用途鋼」を意味しています 。SUSの後に続く3桁の数字や記号によって、その化学成分や特性が示されるため、専門家はこの記号を見るだけで、そのステンレス鋼がどのような性質を持つのかを判断できます 。
ステンレス鋼は、その金属組織の違いによって、大きく以下の3つの系統に分類されます。これに加えて、特殊な用途向けの系統も存在します 。
ステンレス鋼の主な分類と特徴
分類 代表的な鋼種 (JIS) 主成分 磁性 特徴 主な用途
オーステナイト系 SUS304, SUS316 Cr-Ni (クロム-ニッケル) 原則なし (加工により帯びる) 耐食性、溶接性に優れる
・延性、靭性が高い
・最も広く使われる汎用鋼種
・厨房機器、家庭用品
・建築内外装、化学プラント
フェライト系 SUS430 Cr (クロム) あり ・オーステナイト系より安価
・加工性、耐食性に優れる
・熱処理による硬化はしない
・自動車部品(マフラーなど)
・電気製品、厨房用品
マルテンサイト系 SUS410, SUS440C Cr (クロム) あり ・熱処理(焼入れ・焼戻し)により高強度・高硬度を得られる
・耐食性は他の系統に劣る
・刃物、ノズル、シャフト
・ベアリング、工具類

上記の三大分類のほかにも、オーステナイトとフェライトの組織が混在し、高強度と優れた耐食性を両立した二相系(SUS329J4Lなど)や、熱処理によって銅などを析出させて硬化させる析出硬化系(SUS630など)といった、より高性能なステンレス鋼も開発されています 。二相系は海水環境や化学プラントなど、特に過酷な環境下でその真価を発揮します 。
JIS規格に関するより詳細な情報は、以下のリンクから確認できます。

ステンレス鋼棒に関するJIS規格では、60種類以上が規定されており、その多様性がうかがえます 。
日本産業標準調査会:JIS検索

ステンレス鋼が錆びない理由、不動態皮膜の自己修復能力とは


ステンレス鋼が驚異的な耐食性を持つ最大の秘密は、その表面に形成される「不動態皮膜(ふどうたいひまく)」にあります 。これは、ステンレス鋼に含まれるクロム(Cr)が、大気中や水中の酸素と瞬時に反応して生成される、極めて薄い酸化物の膜です 。その厚さはわずか1〜3ナノメートル(10億分の1メートル)程度と、肉眼では到底確認できないレベルの薄さです 。
この不動態皮膜は、以下の優れた特徴を持っています。
  • 緻密で安定: 分子レベルで非常に緻密な構造をしており、外部からの酸素や水分、塩化物イオンといった腐食因子の侵入を物理的にブロックします 。化学的にも非常に安定しているため、容易には破壊されません 。
  • 強力なバリア機能: まるで透明な鎧のようにステンレス鋼本体を覆い、鉄が酸素と結合して錆(酸化鉄)が発生するのを根本的に防ぎます 。
  • 驚異の自己修復機能: 不動態皮膜の最も注目すべき点は、その自己修復能力です。万が一、加工時の傷や外部からの衝撃で皮膜が破壊されたとしても、その部分のクロムが即座に空気中の酸素と反応し、瞬時に皮膜を再生します 。この働きにより、傷ついた部分から錆が広がるのを防ぎ、長期にわたって耐食性を維持することができるのです。

しかし、ステンレス鋼も「絶対に錆びない」わけではありません。不動態皮膜の再生には酸素が必要なため、酸素が供給されない環境では錆びることがあります。また、不動態皮膜を破壊する強力な腐食因子が存在する環境では、錆が発生する可能性があります。

不動態皮膜が破壊される主な原因
  • 塩化物イオンの付着: 海水中の塩分や、塩素系の洗浄剤・漂白剤に含まれる塩化物イオンは、不動態皮膜を局部的に破壊する性質があります。これにより「孔食(こうしょく)」と呼ばれる、針で刺したような鋭い腐食が発生しやすくなります 。
  • もらい錆: 鉄粉などの異種金属が表面に付着したまま放置されると、その金属の錆がステンレス鋼に移ってしまうことがあります。これはステンレス鋼自体が錆びたわけではありませんが、美観を損ね、腐食の起点となる可能性があります。
  • 酸性雨や汚染物質: 工業地帯などでは、大気中の汚染物質が雨に溶け込んで酸性雨となり、不動態皮膜を劣化させる原因となります。

このように、ステンレス鋼の耐食性は不動態皮膜に依存しているため、その性能を維持するためには、使用環境に応じた適切な鋼種の選定と、表面を清浄に保つメンテナンスが不可欠です。不動態皮膜の化学的な挙動については、専門的な研究も進められています 。

ステンレス鋼の磁性と熱処理による変化のメカニズム


金属加工の現場でしばしば疑問となるのが、ステンレス鋼の「磁性」です。「SUS304は磁石につかない」と覚えている方も多いでしょう。確かに、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)は、その名の通り「オーステナイト」という非磁性の金属組織で構成されているため、通常の状態では磁石につきません 。しかし、これには例外があり、特定の条件下で磁性を帯びることがあります。この現象は、ステンレス鋼の奥深さを示す興味深い特性の一つです。
加工誘起マルテンサイト変態:なぜSUS304が磁石につくのか?
非磁性のはずのSUS304にプレス加工、曲げ、切削などの冷間加工を加えると、磁石に吸い寄せられるようになることがあります 。これは「加工誘起マルテンサイト変態」と呼ばれる現象です 。加工によって加えられた強いエネルギーが、安定していた非磁性のオーステナイト組織の一部を、強磁性の「マルテンサイト」という組織に変化させてしまうのです 。
  • 現象: オーステナイト組織(非磁性) → 冷間加工による応力 → マルテンサイト組織(強磁性)
  • 特徴: 加工度が大きいほど(強く曲げたり、絞ったりするほど)、マルテンサイトへの変態量が増え、磁性も強くなる傾向があります。

この性質は、意図せず発生すると問題になる(例えば、非磁性が要求される電子部品など)一方で、加工度合いを磁性で評価する指標として利用されることもあります。

熱処理による磁性のコントロール
一度磁性を帯びてしまったオーステナイト系ステンレス鋼は、適切な熱処理を施すことで、再び非磁性の状態に戻すことが可能です 。これを「固溶化熱処理」または「磁気焼鈍(脱磁焼鈍)」と呼びます 。
  • 固溶化熱処理: 約1050℃〜1150℃の高温に加熱し、加工によって生じたマルテンサイト組織を、再び安定したオーステナイト組織に戻す処理です 。加熱後、水中や空気中で急速に冷却することで、炭化物などが析出するのを防ぎ、均一なオーステナイト組織を得ます。これにより、磁性が除去されるだけでなく、加工によって硬化した材料が軟化し、耐食性も回復します。
  • 熱処理の注意点: 熱処理の温度や時間が不適切だと、逆に特性を劣化させてしまうことがあります。例えば、長時間特定の温度帯(約475℃〜850℃)にさらされると、「σ(シグマ)相」という硬く脆い金属間化合物が析出し、靭性や耐食性が著しく低下する「シグマ脆化」を引き起こす可能性があります 。また、熱処理を行うと表面に酸化スケールが生成されるため、酸洗などの後処理が必要になる場合もあります 。

一方で、マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS410など)は、元々が磁性を持つ鋼種ですが、熱処理(焼入れ・焼戻し)によって組織を変化させ、硬度や強度を調整するのが一般的です。このように、ステンレス鋼にとって熱処理は、単に磁性をコントロールするだけでなく、材料の機械的性質を最大限に引き出すための重要な工程なのです 。
ステンレス鋼の熱処理と磁性の関係は非常に複雑で、その挙動は鋼種や加工度によって異なります。詳細な熱処理条件については、専門の技術資料を参照することが重要です。

熱処理による磁性変化の基礎については、以下の資料が参考になります。

熱処理における磁性とは? - 株式会社ウェストヒル

ステンレス鋼の加工性と主な用途、意外な使われ方


ステンレス鋼は優れた特性を持つ一方で、その加工性は鋼種によって大きく異なります。特に、広く使われているオーステナイト系のSUS304は、高い延性(粘り強さ)を持つため切削加工がしにくい「難削材」としても知られています。加工時には、工具の摩耗が激しくなったり、切りくずの処理が難しくなったりすることがあります。

このような課題に対応するため、被削性(切削加工のしやすさ)を向上させた「快削ステンレス鋼」も開発されています 。
  • 快削ステンレス鋼: 成分に硫黄(S)やリン(P)などを添加することで、切りくずが細かく分断されやすくなり、工具寿命の延長や加工効率の向上が図られています。代表的な鋼種として、オーステナイト系のSUS303やフェライト系のSUS430Fがあります。ただし、これらの添加物は耐食性をわずかに低下させる要因にもなるため、使用環境を考慮した選定が必要です。

多岐にわたるステンレス鋼の用途
ステンレス鋼の優れた耐食性、強度、美観は、非常に幅広い分野で活かされています 。
代表的な用途一覧
分野 具体的な用途例 求められる特性
家庭・厨房 ・シンク、調理器具(鍋、包丁)、食器
・洗濯機ドラム、冷蔵庫のドア
・耐食性、衛生性
・加工性、意匠性
建築・土木 ・屋根、壁材、手すり
・貯水槽、水道管、橋梁
・構造材、ボルト
・高い耐食性、耐久性
・強度、意匠性
自動車・輸送 ・マフラー、排気系部品
・燃料タンク、鉄道車両、コンテナ
耐熱性、耐食性
・強度、軽量化
産業機械・プラント ・化学プラントのタンク、配管
・食品・医薬品製造装置
・海水淡水化装置、排煙脱硫装置
・極めて高い耐食性
・耐熱性、耐圧性、清浄性

意外な用途と最先端分野での活躍
一般的な用途に加え、ステンレス鋼はその特殊な性能から、以下のような意外な分野や最先端技術の現場でも不可欠な材料となっています。
  • 医療分野: 手術用のメスやハサミ、注射針、インプラント(人工関節など)といった体内埋め込み型の医療機器に、生体適合性と高い耐食性を持つSUS316Lなどが使用されています。
  • 航空・宇宙分野: ジェットエンジンやロケットの部品など、極度の高温・高圧環境に耐える必要がある部分には、析出硬化系や耐熱性に優れたステンレス鋼が使われます 。
  • エレクトロニクス: 非磁性という特性を活かし、ハードディスクの部品や半導体製造装置の部材など、磁気の影響を嫌う精密機器に使用されます。
  • 芸術・モニュメント: 優れた耐久性と、鏡面仕上げやヘアライン仕上げなど多彩な表現が可能な意匠性から、屋外の彫刻やモニュメントの材料としても選ばれています。

このように、ステンレス鋼は単なる「錆びない金属」ではなく、用途に応じて多種多様な進化を遂げ、現代社会のあらゆる場面を支える高機能材料として活躍しているのです。

ステンレス鋼の選び方とメンテナンスの重要性


多種多様なステンレス鋼の中から最適なものを選ぶには、その材料が使用される「環境」と「目的」を正確に理解することが極めて重要です。価格だけで選んでしまうと、期待された性能を発揮できず、早期の腐食や破損といったトラブルにつながる可能性があります。

用途に応じた鋼種選定のポイント
耐食性: 最も重要な選定基準です。
  • 一般環境(屋内など): 最も汎用的なSUS304や、より安価なSUS430で十分な場合が多いです。
  • 沿岸部・船舶・化学薬品環境: 塩化物イオンによる腐食(孔食)に強いSUS316や、さらに耐食性を高めたSUS316L、二相系ステンレス鋼(SUS329J4Lなど)の採用を検討します 。孔食への耐性を示す指標として「孔食指数(PREN)」があり、PREN = %Cr + 3.3 × %Mo + 16 × %N という式で計算され、この数値が高いほど耐孔食性に優れます。

強度・硬度: 機械的な負荷がかかる場所で重要です。
  • 構造部材: 一般的にはSUS304が使われますが、より高い強度が求められる場合は高強度の二相系ステンレス鋼や、熱処理で強度を高めたマルテンサイト系(SUS420J2など)、析出硬化系(SUS630など)が適しています 。
  • 刃物・軸受: 耐摩耗性が求められるため、焼入れによって高い硬度が得られるマルテンサイト系のSUS440Cなどが使用されます 。

加工性: 複雑な形状に加工する場合に考慮します。
  • プレス・曲げ加工: 延性が高いオーステナイト系のSUS304が適しています。
  • 切削加工: 加工効率を重視する場合は、快削鋼のSUS303やSUS430Fを選択肢に入れます。ただし、耐食性の低下には注意が必要です。

耐熱性: 高温環境で使用する場合に重要です。
  • ボイラー・熱交換器・自動車の排気系: 高温での強度や耐酸化性に優れたSUS310SやSUS316などが使用されます。

性能を維持するメンテナンスの重要性
ステンレス鋼はメンテナンスフリーの材料ではありません。その優れた耐食性を長期間維持するためには、不動態皮膜を健全な状態に保つための適切なメンテナンスが不可欠です。
  • 定期的な洗浄: 表面に付着した汚れ、塩分、鉄粉などは腐食の原因となります。中性洗剤を含ませた柔らかい布やスポンジで洗浄し、その後、洗剤成分が残らないように十分に水洗い・水拭きをすることが基本です。
  • もらい錆の防止と除去: 鉄製の工具を置いたままにしたり、鉄粉が付着したりしないよう注意します。もらい錆が発生した場合は、早期に専用のクリーナーや、メラミンスポンジなどで丁寧に除去します。
  • 使用してはいけないもの: 塩素系の洗浄剤や漂白剤は、不動態皮膜を破壊し孔食の原因となるため、絶対に使用しないでください。また、スチールウールなどの硬い金属たわしは、表面に傷をつけ、もらい錆の原因となるため避けるべきです。

適切な鋼種を選び、正しい知識でメンテナンスを行うこと。これが、ステンレス鋼という優れた材料のポテンシャルを最大限に引き出し、長く安全に使い続けるための鍵となります。

 

 


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