ステンレス鋼の用途と種類別の特性、加工性、耐食性

ステンレス鋼はその優れた特性から多様な用途で活躍します。本記事では主要なステンレス鋼の種類ごとの特性や加工性、耐食性の違いを徹底解説。あなたの業務に最適なステンレス鋼の選定に役立つ情報が満載ですが、その選定は本当に正しいのでしょうか?

ステンレス鋼の用途

ステンレス鋼の用途と特性まるわかりガイド
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主要3種の特徴と選び方

オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系の違いを理解し、用途に最適な鋼種を選びましょう。

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錆びにくさの秘密

耐食性の鍵を握る不動態皮膜と、クロムやニッケルが果たす重要な役割について解説します。

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加工の難所と攻略法

ステンレス鋼の切削が難しい理由を解き明かし、SUS304とSUS303の加工性の違いと対策を紹介します。

ステンレス鋼の主要3種 オーステナイト系・フェライト系・マルテンサイト系の特徴と用途

 

ステンレス鋼は、その金属組織によって大きく3種類に分類されます 。それぞれの特性を理解し、用途に応じて適切に使い分けることが、製品の品質とコスト効率を最大化する鍵となります 。金属加工に携わる者として、これらの基本的な違いを把握しておくことは必須の知識と言えるでしょう。
最も広く使用されているのがオーステナイト系ステンレスで、全ステンレス生産量の60%以上を占めています 。代表的な鋼種はSUS304で、ニッケルを含むため耐食性、溶接性、加工性に優れています 。また、非磁性であることも大きな特徴です(ただし、冷間加工によって磁性を帯びることがあります)。その汎用性の高さから、厨房機器、家庭用品、建築資材、さらには化学プラントの設備まで、非常に幅広い分野で活躍しています 。
次に、フェライト系ステンレスは、ニッケルを含まないか、含んでもごく少量なため、オーステナイト系に比べて安価なのが最大のメリットです 。代表鋼種はSUS430で、磁性を持ちます 。耐食性はSUS304に劣るものの、一般的な環境下では十分な性能を発揮し、熱膨張率が低く加工しやすいという利点もあります。主な用途としては、厨房機器の安価な代替品、洗濯機ドラム、自動車の排気系部品などが挙げられます 。
最後に、マルテンサイト系ステンレスは、焼入れ・焼戻しといった熱処理によって高い硬度と強度を得られるのが特徴です 。代表鋼種はSUS410やSUS420で、炭素の含有量が高いほど硬くなります 。耐食性は他の系統に劣りますが、その優れた耐摩耗性から、刃物、シャフト、タービンブレード、工業用バルブ部品など、強度と硬度が特に要求される場面で重宝されます 。
これらの特性をまとめた表が以下になります。

分類 代表鋼種 主な特徴 主な用途 磁性
オーステナイト系 SUS304, SUS316 耐食性◎, 加工性◎, 溶接性◎, 非磁性 厨房機器, 建築資材, 化学プラント, 医療機器
フェライト系 SUS430 安価, 加工性〇, 耐食性〇, 磁性あり 厨房機器, 家電部品, 自動車排気系部品
マルテンサイト SUS410, SUS420J2, SUS440C 高硬度, 高強度, 耐摩耗性◎, 磁性あり 刃物, シャフト, タービンブレード, 精密機械部品

より詳細なステンレス鋼の種類とそれぞれの特性については、以下のリンクが参考になります。
ステンレス種類一覧!SUS303、SUS304、SUS316などの違いも解説|MISUMI

ステンレス鋼の耐食性を左右する不動態皮膜とクロム・ニッケルの役割

ステンレス鋼が「錆びにくい」金属として知られているのはなぜでしょうか。その秘密は、鋼の表面に自然に形成される非常に薄い「不動態皮膜」にあります 。この皮膜は、主成分であるクロム(Cr)が空気中の酸素と反応してできる、緻密で安定した酸化クロムの層です。厚さはわずか1~3nm(ナノメートル)程度と目には見えませんが、これが保護膜となって鋼の内部への酸素の侵入を防ぎ、錆の発生を抑制しているのです 。
JIS規格では、ステンレス鋼はクロムを10.5%以上含む合金鋼と定義されています 。クロムの含有率が高ければ高いほど、不動態皮膜はより強固で安定したものとなり、耐食性が向上します 。例えば、クロム含有量が18%を超えると、化学プラントのようなより腐食性の高い環境にも耐えられるようになります 。万が一、この皮膜が傷ついても、鋼中にクロムが存在する限り、酸素があれば瞬時に自己修復する能力を持っているのも大きな特徴です 。
そして、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)に添加されるニッケル(Ni)も、耐食性を語る上で欠かせない元素です 。ニッケルは、クロムが形成した不動態皮膜をさらに安定させ、その自己修復機能を助ける働きがあります。特に、酸性の環境下での耐食性を大幅に向上させる効果があります。また、ニッケルは鋼の組織をオーステナイト組織にするために不可欠であり、これによって優れた延性や靭性が生まれ、加工性が向上するというメリットももたらします 。

     

  • 🔬 不動態皮膜: クロムが酸素と結合してできる、厚さ数ナノメートルの強力な保護膜。
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  • 🛡️ クロム (Cr): 不動態皮膜を形成する最も重要な元素。含有量が多いほど耐食性が向上する 。
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  • ニッケル (Ni): 不動態皮膜を安定させ、特に酸環境での耐食性を高める。加工性の向上にも寄与する 。

このように、ステンレス鋼の優れた耐食性は、クロムとニッケルという二つの元素が巧みに作用し合うことで実現されているのです。加工現場においては、使用環境の腐食性(塩化物イオンの有無、酸性度など)を考慮し、SUS316(モリブデンを添加し耐孔食性を高めた鋼種)のような、より高い耐食性を持つ鋼種を選定することも重要です 。

ステンレス鋼の切削加工が難しい理由と、SUS303・SUS304の被削性の違い

ステンレス鋼は優れた材料ですが、多くの加工技術者がその切削加工の難しさに頭を悩ませます。なぜステンレス鋼の加工は難しいのでしょうか。主な理由として以下の3点が挙げられます。

     

  1. 熱伝導率が低い
    ステンレス鋼は普通鋼に比べて熱伝導率が約1/2~1/3と低く、切削時に発生した熱が排出されにくい性質があります 。その結果、刃先に熱が集中し、工具の摩耗が激しくなったり、溶着(刃先に切りくずが溶けて付着する現象)が起きやすくなります。これが工具寿命を著しく縮める原因となります 。
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  3. 加工硬化が大きい
    特にオーステナイト系のSUS304などは、切削加工による塑性変形を受けると、その部分が急激に硬化する「加工硬化」という現象を起こしやすいです。一度硬化した部分はさらに削りにくくなり、工具の刃こぼれや摩耗を促進させてしまいます。
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  5. 切りくずが粘り強い
    ステンレス鋼の切りくずは強くて粘りがあるため、分断されにくく、工具に絡みつきやすいという問題があります。長くつながった切りくずは、加工中のワークや工具を傷つけたり、作業の妨げになったりします 。

このような加工の難しさを背景に、被削性を向上させた鋼種も開発されています。その代表格がSUS303です 。SUS303は、SUS304の成分にリン(P)や硫黄(S)を添加することで、切りくずが細かく分断されやすくなるよう改良された快削ステンレス鋼です。これにより、切削抵抗が減少し、工具寿命の延長や加工能率の向上が期待できます。ボルトやナット、シャフトなど、自動盤での大量生産部品によく用いられます 。
ただし、SUS303にも弱点があります。リンや硫黄の添加は、耐食性や溶接性を低下させる要因となります 。そのため、強い耐食性が求められる環境や、溶接が必要な部品にはSUS304が選ばれます。加工のしやすさを取るか、耐食性・溶接性を取るか、用途によってSUS303とSUS304を使い分けることが重要です。
ステンレス鋼の加工効率を上げるための一般的な対策としては、以下のようなものが挙げられます。

     

  • 切削速度を適切に設定し、発熱をコントロールする 。
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  • 切削油クーラント)を適切に供給し、刃先を冷却・潤滑する 。
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  • 剛性の高い工具や機械を使用し、びびり振動を抑制する 。
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  • ステンレス加工に適したコーティングが施された工具を選定する。

ステンレス鋼の切削加工のポイントについてさらに詳しく知りたい場合は、以下の記事が参考になります。
ステンレス加工の基礎【ステンレス切削加工】 | METAL SPEED

ステンレス鋼の新たな可能性、高強度・高耐食性を両立する二相系ステンレスとは

オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系がステンレス鋼の三大主流ですが、近年注目を集めているのが、これらとは異なる第四のステンレス鋼、「二相系(Duplex)ステンレス」です 。その名の通り、オーステナイト相とフェライト相がほぼ1:1の割合で混在する金属組織を持つことが最大の特徴です。
この特異な組織により、二相系ステンレスは両系統の長所を兼ね備えた、非常に優れた特性を発揮します。

     

  • 💪 高強度: 一般的なオーステナイト系ステンレス(SUS304など)の約2倍の降伏強度を持ちます。これにより、部材の薄肉化・軽量化が可能となり、コストダウンにも貢献します。
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  • 🌊 優れた耐食性: 特に、海水のような塩化物イオンを多く含む環境下で問題となる「孔食(Pitting Corrosion)」や「隙間腐食(Crevice Corrosion)」に対して、SUS316よりも高い耐性を示します。また、オーステナイト系が苦手とする「応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking)」にも非常に強いのが大きな利点です 。
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  • 💰 コストメリット: オーステナイト系に比べてニッケルの含有量が少ないため、原料コストを抑えられる傾向にあります。

この「高強度」と「高耐食性」という二つの強力な武器を併せ持つことから、二相系ステンレスは非常に過酷な環境下でその真価を発揮します。具体的な用途としては、以下のようなものが挙げられます。

     

  • 海水淡水化プラント
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  • 海洋構造物(石油・ガス掘削リグなど)
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  • 化学プラントのタンク、配管、熱交換器
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  • 公害止設備
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  • 製紙産業の設備

ただし、加工面では注意が必要です。高強度であるため切削加工の難易度は高く、また500℃以上の高温域で長時間加熱されると脆化(ぜいか:もろくなる現象)する可能性があるため、溶接や熱処理には専門的な知識と管理が求められます。しかし、そのデメリットを補って余りあるメリットから、今後さらに活躍の場を広げていくことが期待される、まさに次世代のステンレス鋼と言えるでしょう。
二相系ステンレスの物理的性質や耐食性に関するより専門的な情報は、ステンレス協会のウェブサイトで確認できます。
種類 - JSSA - ステンレス協会

ステンレス鋼の意外な用途?医療現場から最先端の宇宙開発まで

ステンレス鋼と聞くと、多くの人がキッチンのシンクや鍋、カトラリー、あるいは建物の手すりなどを思い浮かべるかもしれません 。しかし、その優れた特性を活かし、ステンレス鋼は我々の想像を超えるような専門的で意外な分野でも活躍しています。
その一つが医療分野です。手術で使われるメスやハサミ、鉗子(かんし)といった手術器具の多くは、マルテンサイト系のステンレス鋼で作られています 。これは、焼入れによって高い硬度と切れ味の持続性を得られると同時に、優れた耐食性によって繰り返し洗浄・滅菌処理しても錆びずに衛生を保てるためです 。また、体内に埋め込むボルトやプレート、人工関節、さらには注射針の極細の管にも、生体適合性の高いオーステナイト系のSUS316Lなどが使用されています 。
🍽️ 食品・飲料業界もステンレス鋼が不可欠な分野です。ビールやワインの醸造に使われる巨大なタンクや配管は、その代表例です 。ステンレス鋼は金属イオンが溶出しにくく、内容物の味や香りに影響を与えないため、品質管理が厳しい食品製造プロセスに最適なのです。また、表面が滑らかで洗浄しやすいため、バクテリアの繁殖を防ぎ、衛生的な状態を維持しやすいというメリットもあります 。
さらに、目を宇宙に向けると、航空宇宙分野でもステンレス鋼は重要な役割を担っています。ロケットエンジンの部品や燃料配管など、極低温から超高温まで、非常に過酷な温度変化と高い圧力に耐える必要がある部分に、耐熱性・耐食性に優れたステンレス鋼が採用されています 。人々の安全やミッションの成否を左右する重要な部品として、極限環境下での高い信頼性が求められるのです。
その他にも、以下のような意外な場所でステンレス鋼は活躍しています。

     

  • 💰 貨幣: 一部の国の硬貨には、フェライト系ステンレスが使われています。
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  • 🎨 芸術作品: 耐食性が高く美しい光沢を持つことから、屋外に設置されるモニュメントや彫刻の材料としても人気があります。
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  • ⚛️ 原子力発電所: 高い耐食性と信頼性から、原子炉内部の構造物や配管など、交換が困難な重要部品に使用されています。

このように、ステンレス鋼は私たちの日常生活を支える身近な存在であると同時に、最先端技術や人々の生命を守る現場でも欠かせない、非常に懐の深い金属材料なのです。

 

 


新版JISステンレス鋼溶接受験の手引: JIS Z 3821ステンレス鋼溶接技能者研修テキスト