軌道盤の向きを逆に付けると、1時間以内に軸がかじって機械が回転不能になります。
スラスト玉軸受(スラストボールベアリング)は、回転軸の「軸方向(アキシアル方向)」にかかる力を受け止めるために設計された軸受です。一般的な深溝玉軸受が径方向(ラジアル方向)の荷重を主に受けるのに対し、スラスト玉軸受はその反対方向——押し付けたり引っ張ったりする「スラスト荷重」に特化しています。
構造はシンプルで、「軸軌道盤」「ハウジング軌道盤」「保持器付きの玉」の3部品が基本構成です。ワッシャー(座金)のような平たい形状が特徴的で、2枚の軌道盤の間に玉が挟まれる形になります。深溝玉軸受のような外輪・内輪の一体構造とは大きく異なります。これが分割式構造であることの意味は後述しますが、使い方の上で重要なポイントになります。
金属加工の現場では、工作機械の送りネジ(ボールねじ)支持部やラジアルボール盤の主軸、プレス機のスラスト受け部などに活用されています。身近なところでは、精密位置決めステージ内のボールねじ支持部や無人搬送車の駆動ユニットにも使用実績があります。これは使えそうです。
スラスト玉軸受には「単式」と「複式」の2種類があります。
- 単式スラスト玉軸受:軌道盤2枚+保持器1個。一方向のアキシアル荷重のみ受けられる。51200番台が代表的な型番。
- 複式スラスト玉軸受:軌道盤3枚+保持器2個。中央の軸軌道盤を2組の保持器が挟む構造で、両方向のアキシアル荷重を受けられる。プレス機やコンプレッサーなど双方向に力が働く用途に使う。
単式か複式かの選択は、荷重がかかる方向の数で決まります。一方向のみなら単式、双方向なら複式が原則です。
絶対に忘れてはならないのが「ラジアル荷重はほとんど受けられない」という点です。KOYOのFAQでも「ラジアル荷重の負荷能力がほとんどありません」と明記されています。スラスト玉軸受単体でラジアル方向を保持しようとすると、軸が振れて軌道盤が偏当たりし、異常摩耗・損傷につながります。ラジアル荷重も同時に受ける必要がある場合は、深溝玉軸受やアンギュラ玉軸受との併用設計が必須です。
スラスト玉軸受の組付けで最も多いトラブルが「軌道盤の向き(方向)の間違い」です。実際の事例として、スラストベアリング交換後の試運転でサーボモーターが過負荷停止し、分解調査の結果、軸軌道盤が軸とハウジングの両方にかじりついて回転不能になっていたケースが報告されています。原因はただ一つ、軸軌道盤とハウジング軌道盤を取り違えて組んでいたことでした。
問題の本質は「見た目ではほぼ判断できない」点にあります。2枚の軌道盤を並べても、外径は同じサイズです。違いは内径(中央の穴のサイズ)にあります。内輪(穴)の小さい方が「軸軌道盤」、大きい方が「ハウジング軌道盤」です。2枚を重ねて手で触れれば、穴径の差はすぐ分かります。これだけ覚えておけばOKです。
取り付けルールは以下の通りです。
| 軌道盤の種類 | 軸との関係 | ハウジングとの関係 |
|---|---|---|
| 軸軌道盤 | はめ合い固定(内輪が軸に密着) | 未固定(外輪は遊び) |
| ハウジング軌道盤 | 未固定(内輪は遊び) | はめ合い固定(外輪がハウジングに密着) |
逆に組んだ状態では、軸軌道盤の外輪がハウジングに接触してしまいます。すると軸が回転するとき、ハウジングに固定されてしまった外輪と回転する軸の間で激しいかじり(金属同士の直接接触と溶着)が発生します。スラスト玉軸受は薄くコンパクトな構造なので、かじりが起きると玉の転動空間が完全に潰れ、瞬く間に回転不能になります。痛いですね。
現場での確実な確認手順は次の通りです。
- 組付け前に2枚の軌道盤を重ねて内径差を手触りで確認する
- 軸に接触させて「スルッとはまる方」と「きつく固定される方」を確認する
- 軸軌道盤は軸に軽圧入またはすきまばめ、ハウジング軌道盤はハウジングに軽圧入
部品の型番や製造ロットが変わっても、この「内径差」による確認方法は変わりません。慣れ作業で「たぶんこっち」と判断するのは危険です。必ず確認してから組み付けましょう。
スラストベアリングの組付け方向・実際のトラブル事例(機械組立ドットコム)
スラスト玉軸受を使う上で、深溝玉軸受との大きな違いがもう一つあります。グリースが最初から封入されていないという点です。
深溝玉軸受(特にシール・シールド付き)は、製造時にグリースが密封されているため、開封してすぐ取り付けられます。一方、スラスト玉軸受は「軌道盤+保持器付き玉」という分割された部品の集合体であり、グリースは自分で塗布する必要があります。これは忘れがちなポイントです。
グリースを塗布せずに組み付けると、最初の数分で転動面が金属接触を起こし、焼き付きに至るケースもあります。組付け直前にグリースを塗布することが条件です。
グリース選択と封入の基本は以下の通りです。
- グリースの種類:特別な指定がない限り「リチウムグリース」を使用する。汎用性が高く、スラスト玉軸受の低〜中速用途に適合する。
- 封入量:軌道盤と保持器を組み合わせた状態で、玉と軌道面の接触部にしっかりと行き渡らせる。多すぎるとかくはん発熱でグリースが変質・劣化するため、スペースの1/3〜1/2程度が目安。
- タイミング:組付け直前に封入する。事前に塗りすぎて時間を置くと、グリースに異物が付着するリスクがある。
KOYOのベアリング基礎知識にも、「グリース充填量が多すぎると、かくはんにより発熱し、グリースの変質・劣化・軟化をもたらすため注意が必要」と明記されています。つまり「多め」が安心とは限りません。
補給・交換のタイミングについても触れておきます。スラスト玉軸受を定期的にメンテナンスできる構造であれば、グリースの補給間隔は軸受の回転数と温度条件から管理します。同一銘柄のグリースを補給するのが基本で、異なるグリースを混合すると成分が反応して増稠剤が壊れ、潤滑性能が著しく低下する場合があります。これは見落とされやすいリスクです。
ベアリングの潤滑方法・グリース充填量の基準(KOYO公式 ベアリングの基礎知識)
スラスト玉軸受の組付けで見落とされやすいのが「予圧」です。深溝玉軸受の多くはすきまを持たせて使いますが、スラスト玉軸受はすきまゼロ以下(予圧状態)で使うのが基本です。
予圧とは、軸受を組み付ける際にあらかじめアキシアル方向の荷重をかけ、軸受内部を「マイナスすきま」にすることです。まるでフライパンの蓋を押さえて密着させるようなイメージです。
予圧が必要な理由はスラスト玉軸受特有の物理現象にあります。KOYOのカタログによれば「スラスト玉軸受を高速で回転させると、遠心力とジャイロモーメントによって玉と軌道面との間で滑りが生じ、軌道面にスミアリングなどの損傷を起こすことがある」と記されています。スミアリングとは、すべり接触による軌道面の溶着・損傷のことです。予圧不足のまま回転させると、玉がスリップして軌道面を傷つけます。
予圧をかける方法の代表例は「ナット締め付けによる方式」です。軸にナットを締め込むことでスラスト玉軸受に軸方向の荷重が発生し、すきまをゼロに近づけます。締め付けすぎも禁物で、過大な予圧は組み合わせる深溝玉軸受の内輪に許容以上の荷重をかけ、破損や回転抵抗の著しい増加につながります。適切な予圧量が条件です。
現場での経験則的な方法として、「すきまゼロ(突き当て)から45度増し締め」という手法が使われることもあります。ただし、これはあくまで設計値が不明な場合の応急措置に相当するものです。設計担当者に締め付けトルク計算値を確認した上で、可能であればトルクレンチで管理することが推奨されます。
KOYOの選定FAQにも「高速回転には適していません」とシンプルに書かれていますが、現場で問題になるのは「どこまでが高速でどこからがOKか」という判断基準が曖昧なことです。
スラスト玉軸受は構造上、高速回転に弱い理由があります。深溝玉軸受では内輪・外輪の接触点が点状に安定していますが、スラスト玉軸受は玉が水平方向に転動するため、回転速度が上がると遠心力で玉が外側に押し出され、軌道面との接触点がずれます。これがスミアリングの原因です。意外ですね。
NTNの技術資料によれば、スラスト玉軸受の許容回転速度の目安はdmn値(軸受ピッチ円直径mm × 回転数rpm)で管理されます。一般的なスラスト玉軸受では、グリース潤滑でのdmn値上限はおよそ「50,000〜80,000」程度とされています(軸受サイズや潤滑条件で変動します)。例えば内径30mmのスラスト玉軸受(dm≒40mm程度)であれば、許容回転数はおおよそ1,250〜2,000rpm以下が目安になります。これが基本です。
もし設備の回転数がこの範囲に近い、または超える可能性がある場合は、スラスト玉軸受ではなく「スラストアンギュラ玉軸受」または「スラスト円筒ころ軸受」を検討する必要があります。スラストアンギュラ玉軸受はアキシアル荷重とラジアル荷重の両方をある程度受けられ、高速性能にも優れるため、工作機械の主軸まわりへの適用実績があります。
現場での判断チェックポイントは次の通りです。
- 設備の最高回転数(rpm)とスラスト玉軸受のdm(ピッチ円直径)からdmn値を計算する
- 計算したdmn値がカタログ記載の許容値を超えないことを確認する
- 超える場合はスラストアンギュラ玉軸受など高速対応タイプへの切り替えを検討する
「スラスト玉軸受に交換したら異音が出始めた」「短期間で軌道面が傷ついた」という現象が起きているなら、高速回転による損傷を疑うのが先決です。なお、許容回転数・dmn値はNSKやNTN、KOYOなどの軸受メーカーのカタログや選定ツールで無料確認できます。型番が分かれば数分で調べられますので、選定時に必ず確認しましょう。
スラスト玉軸受の単式・複式の特長と用途例(NSK公式 スラスト玉軸受製品ページ)
ここまでの内容を整理しておきます。スラスト玉軸受は構造がシンプルな分、「正しい使い方の条件」を一つでも外すと即座にトラブルにつながるのが特徴です。
選定フェーズのチェック:
スラスト玉軸受を選定するときは、まず荷重の方向(一方向か両方向か)を確認します。一方向なら単式(51200番台など)、両方向なら複式を選びます。次に、ラジアル荷重が同時にかかる設計になっていないかを確認します。ラジアル荷重も必要な場合は、深溝玉軸受との組み合わせ設計に変更します。さらに、回転数からdmn値を計算し、スラスト玉軸受の許容値内に収まっているかを確認します。これが基本です。
組付けフェーズのチェック:
組付け前には2枚の軌道盤の内径(穴のサイズ)を手で触って確認し、内径が小さい方を軸側(軸軌道盤)に、大きい方をハウジング側(ハウジング軌道盤)に取り付けます。グリース(リチウムグリース)を組付け直前に塗布します。塗りすぎには注意が必要です。組付け後はナットや固定部品で予圧をかけ、すきまをゼロ近くに締め込みます。
保全フェーズのチェック:
稼働中にグリースが切れていないか、異音・振動が出ていないかを定期点検します。グリース補給は同一銘柄で行います。また、交換した際は必ず軌道盤の方向確認を最初からやり直します。慣れた作業ほど思い込みが危険です。
スラスト玉軸受のトラブルのほとんどは「組付け方向の誤り」「グリース未封入」「予圧不足」の3つに集中しています。逆に言えば、この3点さえ正しく対処できれば、スラスト玉軸受は長期間にわたって安定した性能を発揮します。現場のメンテナンス記録や引継ぎシートに、軌道盤の方向確認・グリース封入・予圧確認の3項目を必ず盛り込んでおくことをお勧めします。
スラスト軸受の種類と基本的な使い方の解説(NSK公式 ベアリングABC)

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