リップをぴったり締めすぎると、逆にシールがすぐ壊れます。
リップシール(オイルシール)は、回転軸と固定ハウジングの間に挟み込まれる環状のゴムリングです。ゴム製のリップ部が軸の全周に接触することで、内部の潤滑油漏れと外部からのダスト侵入を同時に防ぎます。金属加工現場の油圧設備や工作機械にも幅広く使われており、装置の安定稼働を支える縁の下の力持ちといえる部品です。
構造を分解すると、主リップ・補助リップ・ばね・金属環・外周面の5要素で成り立っています。なかでも最重要なのが「主リップ」で、リップ先端が軸の全周と接触しシール機能を担います。補助リップ(ダストリップ)は大気側からの異物侵入を防ぐ役割があり、主リップと補助リップの間に保持された潤滑剤がリップ自体の摩耗を防ぎます。ばねはリップ先端を軸に押し付ける力(緊迫力)を補強・安定化する役割を果たし、熱変形によるシール性低下も抑制します。
密封の原理は意外にも「軽いタッチ」にあります。リップを強く押し付けると摩耗が加速し、すぐに漏れが生じます。逆に接触が不十分だと流体が筒抜けになります。適切なリップ接触圧のもと、軸の回転によってリップと軸の間に極薄の油膜(流体潤滑状態)が形成されることで、初めて「密封と低摩耗の両立」が実現します。この油膜がリップ表面・軸表面の微細な凹凸を埋め、密封と潤滑を同時に機能させています。つまり「面でふさぐ」のではなく「膜で守る」のが基本です。
さらに注目すべきはNOKの技術資料でも指摘されている「ポンプ作用」です。リップ部は内部の油が外部へ漏れ出そうとする際、大気側から油側へ吸い込む方向に能動的に作用します。圧力が高まるほどリップが軸に強く押し付けられ、シール性能がむしろ向上する構造になっています。高圧側に向けてリップを向けて取り付けるのは、この原理を活かすためです。
NOK株式会社:オイルシールの基本構造・密封理論についての公式解説ページ
リップシールは構造によっていくつかのタイプに分類されます。現場でよく目にするのは以下の3種類です。正しい種類を選ばないと、期待した寿命の半分以下で交換が必要になります。
まず「シングルリップシール(補助リップなし)」は最もシンプルな構造で、密封対象が一方向だけ、かつダストの少ない環境向けです。ISO 6194-1・JIS B 2402-1においてタイプ1または2に分類され、NOK型式ではMHSやHMSに相当します。コストが低く、取り付けも容易なため、軽負荷・標準的な回転軸シールに多用されます。
次に「ダブルリップシール(補助リップ付き)」は、主リップに加え大気側に補助リップ(ダストリップ)を備えた構造です。JIS規格上のタイプ4〜6、NOK型式ではMHSA・HMSAなどが該当します。金属加工現場のように粉塵・切り粉・水分が多い環境では、補助リップが外部異物の侵入を物理的にブロックするため、シール本体の寿命が大幅に延びます。主リップと補助リップの間に潤滑剤を保持できるため、主リップへの摩耗低減効果も得られます。これは使えそうです。
「PTFEリップシール(ダイナリップシール)」は、ゴムの代わりにPTFE(四フッ化エチレン樹脂)を切削加工した本体と、Oリングの組み合わせで構成されます。摩擦係数が非常に低く、高速回転・高温・薬品環境に対応できる特殊タイプです。NBR製では耐えられない高温(200℃超)や特殊薬液を扱う設備では、PTFEシールへの切り替えが損失ゼロへの最短ルートになります。
さらに特殊形状として「ヘリックスシール」があります。リップの大気側面に一方向のハイドロダイナミックリブが設けられており、軸の回転に連動してリブが流体を内部へ押し戻すポンプ効果を発揮します。高速回転用のスーパーヘリックスシールは、一段目リブが摩耗しても二段目リブが機能を引き継ぐ二段設計となっており、長寿命化に寄与します。
| タイプ | 補助リップ | 主な用途 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| シングルリップ(ばねあり) | なし | 一般回転軸、標準環境 | 低コスト・取り付け容易 |
| ダブルリップ(ばねあり) | あり | 粉塵・水分・切り粉多い環境 | 防塵・防水性高、長寿命 |
| PTFEリップシール | 設計による | 高温・高速・薬液環境 | 低摩擦・耐薬品・耐熱200℃超 |
| ヘリックスシール | あり | 高速回転・双方向回転 | ポンプ作用でシール性向上 |
ジェイテクト(KOYO):オイルシールの構造・形式・特殊タイプの詳細解説ページ
材質を間違えると、シールが膨潤して寸法が狂ったり、逆に硬化してリップが軸に追従できず漏れが発生したりします。材質選定は寿命に直結する判断です。
最も普及しているのが「NBR(ニトリルゴム)」です。鉱物油・動植物油・燃料油への耐性が高く、引張強さ・耐摩耗性に優れています。常用温度はおよそ−30℃〜100℃の範囲で安定稼働します。油圧プレスや一般工作機械の軸シール、ベアリング周辺など、多くの金属加工設備ではNBRが標準材質として採用されています。コストパフォーマンスが良好で、入手性も最も高い材質です。ただし、耐候性・耐オゾン性に劣るため、屋外環境や紫外線が当たる場所には注意が必要です。
100℃を超える環境、またはリン酸エステル系作動油や特殊薬液を使う設備では、「FKM(フッ素ゴム)」への切り替えが必要です。FKMは200℃前後まで対応でき、耐薬品性・耐油性がNBRと同等以上、さらに耐熱性・耐候性でNBRを大きく上回ります。価格はNBRの数倍になりますが、高温での液漏れによる設備停止ロスと比べれば費用対効果は十分です。FKMが条件です。
食品機械・クリーンルーム設備・超高温環境では「PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)」製または「シリコーンゴム」が選ばれます。PTFEは摩擦係数が極めて低く(0.04程度)、ほぼ全ての薬液に耐えるため特殊用途での信頼性は群を抜いています。一方、シリコーンゴムは耐熱性・耐寒性(−60℃〜200℃)に優れますが、耐油性はNBRに劣るため単独での油圧環境への使用は避けるべきです。
材質選定の際は「作動油の種類・温度・接触化学物質」の3点をセットで確認する必要があります。たとえば、水−グリコール系作動油はNBRとの相性は良好ですが、リン酸エステル系作動油にNBRを使うとわずか数百時間で膨潤・破断します。作動油のMSDSシートを確認し、ゴムの浸漬試験データを参照することが、材質ミスを防ぐ具体的な行動です。
D-MONOウェブ:ゴム製シール材質(NBR・FKM等)の選定比較と失敗事例の解説記事
構造と材質が正しくても、取り付けを誤るとシールは一切機能しません。現場で最も多いミスが「取り付け方向の間違い」と「軸表面仕上げ不足」の2点です。
リップシールには明確な向きがあります。シールリップは必ず「密封対象物(オイル)側」に向けて取り付けます。逆向きに組み込んだ場合、リップがオイルを内側へ押し戻す機能を果たせなくなり、最初から漏れが生じます。海外の事例では、ディーラーがシールを逆向きに取り付けたことでオイル漏れが発生し、クラッチアセンブリまで損傷した修理事例も報告されています。修理コストは数十万円規模になる可能性があり、痛いですね。
取り付け前にはリップへの油塗布が必須です。乾いた状態でリップを軸に接触させると、初期摺動で急速に摩耗が進行します。製造業界では常識とされているにもかかわらず、この作業を省いたことによる早期故障は少なくありません。組込み直前にリップ面と軸表面に薄く作動油を塗ることで、油膜が即座に形成されリップ摩耗を大幅に抑制できます。
軸の表面粗さは、JIS B 0601に基づく算術平均粗さ「Ra」で管理します。KOYO(ジェイテクト)のカタログ基準では、軸表面粗さはRa 0.2〜0.8 µm(Rz 0.8〜2.5 µm)に仕上げることが推奨されています。Ra 0.8 µmというのはどの程度かというと、旋盤仕上げ(▽▽▽)相当の面粗さで、研磨仕上げを施した軸がこの範囲に収まります。Ra基準は軸径との関係で確認が必要で、軸表面が粗すぎると研磨剤と同じ作用でリップを削り取ります。逆に鏡面仕上げ(Ra 0.1 µm未満)も油膜形成が難しくなるため過剰品質は禁物です。
また、加工リード目(旋盤切削で生じるらせん状の溝)が軸表面に残っている場合、軸回転によって作動油が軸方向に「スクリュー送り」され、ポンプのように漏れが誘発されます。軸の仕上げには研削加工またはプランジ研削を使い、リード目のない仕上げ面を確保することが原則です。
リップシールは正しく使えば数千時間以上の寿命を持ちますが、条件が重なると数百時間以内に損傷します。損傷原因を構造の観点から理解しておくと、トラブル発生時の原因特定が格段に速くなります。
最も多い損傷パターンは「リップの摩耗・硬化による漏れ」です。原因は大きく分けて3つあります。1つ目は「潤滑不足」で、油量が少なくリップが乾燥状態で摺動した場合、摩擦係数が大きく跳ね上がりリップが急速に削れます。2つ目は「異物の噛み込み」で、金属加工現場では切削くずや歯車摩耗粉がリップ部に噛み込み、研磨剤と同様にリップと軸の両方を削り取ります。推定原因として「切削くずが付着した軸やオイルシールをそのまま使用した」ことが複数の損傷事例で報告されています。3つ目は「過負荷圧力」で、設計圧力を超えた流体圧力がリップに作用し続けると、緊迫力が過大になり油膜が維持できなくなります。
金属加工行では特に「金属摩耗粉による内部異物損傷」に注意が必要です。この問題に対し、NOKでは「耐内部異物用オイルシール」として独自形状のリップを採用した製品を提供しています。通常のダブルリップシールでは防げない金属粉の噛み込みを、特殊リップ設計で抑制するものです。設備の稼働時間が長くなるほど内部摩耗粉の発生量が増えるため、定期交換サイクルだけでなく「耐異物性の高い製品への切り替え」も選択肢に入れるとよいでしょう。
スティックスリップ(起動時に軸が滑らかに動かず振動が生じる現象)も寿命短縮の一因です。Uパッキンなど往復動シールで特に問題になりやすく、作動油の粘度・速度・接触面の仕上げ状態が影響します。PTFEを組み合わせたSTタイプや低摩擦設計のパッキンを選定することで、スティックスリップを起こしにくい環境が実現できます。
損傷したシールを交換する際は、原因を確認してから交換材質・型番を再選定することが大切です。同じ型番で交換するだけでは同じトラブルを繰り返します。損傷したリップの状態(摩耗・硬化・膨潤・亀裂)を目視で確認し、原因に合わせた改善を加えることがトラブルの再発防止に直結します。
ジェイテクト(KOYO):オイルシールの密封不具合の原因と対策(損傷事例を含む技術解説)
リップシールの話をするとき、多くの場合「漏れを防ぐ」という観点からしか語られません。しかし、リップシールが設備の消費電力とランニングコストにも直接影響することは、あまり認識されていない事実です。
リップとの摩擦はトルクロスを生み出します。一般的なゴム製リップシール(NBR製、軸径40mm、周速3 m/s)の場合、1個あたりのフリクショントルクはおよそ0.1〜0.5 N·mとされています。これは小さい数字に見えますが、工作機械1台に複数のリップシールが使われている場合、合計フリクションは無視できません。NOKが開発した低フリクションオイルシールは、シール機能を維持したまま最大70%のフリクションを低減できると公表しています。これは使えそうです。
フリクション低減は電力消費の削減につながります。24時間稼働の生産設備では、シール1個あたりのフリクションロス削減が積み上がると、年間の消費電力削減は決して小さくありません。たとえば複数シールのフリクション合計を0.3 kW削減できた場合、年間8,760時間稼働で約2,600 kWh、電力単価25円/kWhで計算すると年間約65,000円の削減に相当します。軽く設備1台分のメンテナンス費用に相当する規模です。
低フリクション化を実現する構造的アプローチとしては、リップ形状の最適化(リップ角の見直し)・PTFEコーティング・ハイドロダイナミックリブの活用があります。高速回転設備ではPTFE製リップシールへの切り替えが最も効果的で、摩擦係数をゴム製の約1/10(0.04程度)まで下げることが可能です。
さらに見落とされがちなのが「緊迫力の経時変化」です。ゴムは熱や荷重による圧縮永久ひずみが蓄積すると、弾性力が低下してリップの軸への接触圧が下がります。緊迫力が適正範囲を下回った時点で漏れが始まりますが、この変化は外観からは分かりません。ばね入りシールを採用すると、ゴムの弾性力が低下してもばねが補完し、緊迫力を一定レベルに維持します。ばねの有無は単なるコストの問題ではなく、長期稼働での信頼性に関わる選択です。ばねあり型が原則です。
NOK株式会社:低フリクションオイルシールの製品解説(フリクション70%削減の技術詳細)

バイクエキゾーストリップアシストシーラント 伝統的なツインバイクアドベンチャーモデルに適した巧みに機械加工された金属フープ エキゾーストリップシール