高速度鋼(HSS)は、「ハイスピードスチール(High-Speed-Steel)」の略称で、日常的には「ハイス鋼」や単に「ハイス」と呼ばれています。日本工業規格(JIS)では「SKH」という記号で識別され、これは「S(スチール)K(工具)H(ハイスピード)」の頭文字から取られたものです。
高速度鋼の主な特徴は以下の通りです。
高速度鋼の組成は、クロム(Cr)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)などの合金元素を含み、これらの元素が高速度鋼の特性を決定づけています。これらの合金元素は、高速度鋼に高温硬度や耐摩耗性を与え、切削工具として優れた性能を発揮させます。
高速度鋼工具のメリットは以下の点が挙げられます。
高速度鋼は大きく分けて「タングステン系」と「モリブデン系」の2種類に分類されます。それぞれの特徴と違いを理解することで、加工目的に適した工具選びが可能になります。
タングステン系高速度鋼
タングステン系高速度鋼は、11.5%~19%程度のタングステンを含有している鋼材です。一般的には約18%のタングステンを含むものが主流となっています。特徴として以下の点が挙げられます。
モリブデン系高速度鋼
モリブデン系高速度鋼は、約5%のモリブデンと約6%のタングステンを含む鋼材です。タングステン系と比較して以下のような特徴があります。
特性 | タングステン系 | モリブデン系 |
---|---|---|
合金成分 | W: 11.5~19% | Mo: 約5%、W: 約6% |
硬度 | 非常に高い | 高い |
靭性 | 標準 | 優れている |
コスト | 高い | 比較的低い |
適した用途 | 高精度切削作業 | 衝撃のある切削作業 |
また、近年では従来のタングステン系とモリブデン系に加えて、「マトリックスハイス」と呼ばれる新しいタイプの高速度鋼も開発されています。これらの新しい材料は、より高い性能と特殊な用途に対応するために設計されています。
高速度鋼の製造方法は大きく分けて「溶解ハイス鋼」と「粉末ハイス鋼」の2種類があります。それぞれの製造方法や特徴、およびその性能に影響を与える熱処理について詳しく見ていきましょう。
溶解ハイス鋼の製造法
溶解ハイス鋼は、電気炉で原料を溶かした後に圧延して成形する従来の製造方法です。特徴として。
粉末ハイス鋼の製造法
粉末ハイス鋼は、粉末冶金法によって製造されます。具体的には。
熱処理の重要性と影響
高速度鋼の性能は、適切な熱処理によって大きく左右されます。熱処理のプロセスと影響は以下の通りです。
適切な熱処理を行うことで、高速度鋼は最大62~65HRCの硬度を達成することができ、高温での硬度保持能力(赤色硬度)も向上します。一方で、不適切な熱処理は工具の脆さを増したり、期待される性能を発揮できなくなったりする原因となります。
高速度鋼工具の製造における最近の技術革新としては、真空熱処理や窒化処理などの表面処理技術の発展があります。これらの技術によって、従来の高速度鋼よりもさらに優れた性能を持つ工具の製造が可能になっています。
日本塑性加工学会誌:高速度工具鋼の熱処理と特性に関する詳細情報
高速度鋼と超硬合金は、どちらも切削工具として広く使用されていますが、それぞれに異なる特性と適した用途があります。両者の違いと最適な使い分けについて解説します。
高速度鋼と超硬合金の基本的な違い
名称の響きからは高速度鋼の方が高速切削に適しているように思えますが、実際は逆で、超硬合金の方がより高速な切削が可能です。これは、超硬合金が高速度鋼よりも後に開発された材質で、より高い硬度を持つように設計されているためです。
特性 | 高速度鋼(HSS) | 超硬合金 |
---|---|---|
硬度 | 62~65HRC | 90HRA以上(より高い) |
耐熱性 | 約600℃まで | 約1000℃まで |
靭性 | 優れている | 劣る(脆い) |
切削速度 | 30m/min以下が理想 | 100m/min以上も可能 |
コスト | 比較的低い | 高い |
再研磨 | 容易で何度も可能 | やや難しい |
高速度鋼の適した用途
高速度鋼は以下のような場面で特に優れた性能を発揮します。
超硬合金の適した用途
超硬合金は以下のような条件下で選択されることが多いです。
実際の製造現場では、加工条件や要求される精度、コスト効率などを総合的に判断して工具材質を選択することが重要です。例えば、高硬度材料の加工では超硬工具が適していますが、衝撃負荷が予想される場合や、コスト制約がある場合には高速度鋼が選ばれることもあります。
最近のトレンドとしては、高速度鋼の表面に硬質コーティングを施すことで、超硬合金に近い性能を持ちつつ、高速度鋼の靭性も活かした工具も開発されています。これにより、それぞれの材質の長所を組み合わせた工具選択の幅が広がっています。
高速度鋼工具を実際の加工現場で有効活用するためには、適切な選び方と使用方法を理解することが重要です。ここでは、工具選定の基準と実践的な使用ポイントについて解説します。
高速度鋼工具の選び方
高速度鋼工具を効果的に活用するためには、工具材質の特性を理解し、加工条件や材料に応じた適切な選択と使用方法を実践することが重要です。また、最新の高速度鋼工具技術や市場動向にも注目し、常に最適な工具選択ができるよう知識をアップデートしていくことが望ましいでしょう。
ナチ(不二越):高速度鋼工具の製品情報と選定ガイド
現場の加工ニーズに合わせた高速度鋼工具の適切な選択と活用は、生産効率の向上とコスト削減に大きく貢献します。特に多品種少量生産が求められる現代の製造環境では、工具選定の最適化がますます重要になっています。