高速度鋼(HSS)工具の特徴と種類から選び方まで解説

高速度鋼(HSS)工具の特性と多様な種類、そして目的に合わせた最適な選び方について解説します。耐摩耗性や硬度など重要な特徴を理解し、タングステン系やモリブデン系の違いを把握することで、あなたの加工作業に最適な工具を選べます。どのHSS工具が現場で活躍しますか?

高速度鋼(HSS)工具の特徴と種類から選び方まで

高速度鋼(HSS)工具の特徴と種類から選び方まで

高速度鋼(HSS)工具の主要ポイント
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高温耐性

最大600℃程度まで硬度を維持し、高速切削作業に対応

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優れた靭性

超硬合金より靭性が高く、チッピングに強い特性を持つ

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用途に合わせた選択

タングステン系・モリブデン系など種類を理解して最適な工具を選定

高速度鋼(HSS)の基本特性と利点

 

高速度鋼(HSS)は、「ハイスピードスチール(High-Speed-Steel)」の略称で、日常的には「ハイス鋼」や単に「ハイス」と呼ばれています。日本工業規格(JIS)では「SKH」という記号で識別され、これは「S(スチール)K(工具)H(ハイスピード)」の頭文字から取られたものです。

 

高速度鋼の主な特徴は以下の通りです。

  • 優れた耐熱性:約600℃まで硬度を維持でき、高温発生する高速切削作業でも性能を発揮します[2]
  • 高い硬度:熱処理後、62~65HRC(ロックウェルC硬度)という高い硬度を達成します[2]
  • 優れた耐摩耗性:タングステン、モリブデン、バナジウムなどの炭化物が鋼のマトリックス内に硬い粒子を形成し、摩耗に強い特性を持ちます[2]
  • 適度な靭性:超硬合金に比べて靭性が高く、衝撃に対する抵抗力があります[2]

高速度鋼の組成は、クロム(Cr)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)などの合金元素を含み、これらの元素が高速度鋼の特性を決定づけています。これらの合金元素は、高速度鋼に高温硬度や耐摩耗性を与え、切削工具として優れた性能を発揮させます。

 

高速度鋼工具のメリットは以下の点が挙げられます。

  • 高温下でも硬度と構造を維持(最高620℃まで)
  • 優れた耐摩耗性により工具の切れ味を長期間保持
  • 従来の合金材料に比べて3~7倍の切削速度を実現
  • 加工性が比較的容易で何度でも再研磨可能
  • 超硬工具に比べてイニシャルコストが低く、多品種少量生産に経済的[2]

高速度鋼のタングステン系とモリブデン系の違い

 

高速度鋼は大きく分けて「タングステン系」と「モリブデン系」の2種類に分類されます。それぞれの特徴と違いを理解することで、加工目的に適した工具選びが可能になります。

 

タングステン系高速度鋼
タングステン系高速度鋼は、11.5%~19%程度のタングステンを含有している鋼材です。一般的には約18%のタングステンを含むものが主流となっています。特徴として以下の点が挙げられます。

  • モリブデンをほとんど含まない配合
  • 高い硬度と耐摩耗性に優れている
  • 代表的な鋼種:SKH2、SKH3、SKH4、SKH10など
  • 切削工具として広く使用されている

モリブデン系高速度鋼
モリブデン系高速度鋼は、約5%のモリブデンと約6%のタングステンを含む鋼材です。タングステン系と比較して以下のような特徴があります。

  • 「硬さ」と「粘り強さ」に優れている[3]
  • 靭性が高く、衝撃のかかる高硬度材の切削に適している
  • タングステン系より低コストで製造可能
  • タングステンの代替として使用されることが多い[2]
特性 タングステン系 モリブデン系
合金成分 W: 11.5~19% Mo: 約5%、W: 約6%
硬度 非常に高い 高い
靭性 標準 優れている
コスト 高い 比較的低い
適した用途 高精度切削作業 衝撃のある切削作業

また、近年では従来のタングステン系とモリブデン系に加えて、「マトリックスハイス」と呼ばれる新しいタイプの高速度鋼も開発されています。これらの新しい材料は、より高い性能と特殊な用途に対応するために設計されています。

 

高速度鋼の製造方法と熱処理の影響

 

高速度鋼の製造方法は大きく分けて「溶解ハイス鋼」と「粉末ハイス鋼」の2種類があります。それぞれの製造方法や特徴、およびその性能に影響を与える熱処理について詳しく見ていきましょう。

 

溶解ハイス鋼の製造法
溶解ハイス鋼は、電気炉で原料を溶かした後に圧延して成形する従来の製造方法です。特徴として。

  • 電気炉で原料を溶解し、鋳造・圧延を経て成形
  • 比較的コストが低く、一般的な用途に適している
  • 合金元素の偏析が発生することがある
  • 大量生産に向いている

粉末ハイス鋼の製造法
粉末ハイス鋼は、粉末冶金法によって製造されます。具体的には。

  • 合金粉末を加圧しながら焼結して成形
  • 均一な組織と微細な炭化物分布を実現
  • 靭性や耐摩耗性に優れている
  • 工具寿命が長い
  • 高性能を求める切削工具に適している

熱処理の重要性と影響
高速度鋼の性能は、適切な熱処理によって大きく左右されます。熱処理のプロセスと影響は以下の通りです。

  • 焼入れ(焼き入れ):高速度鋼を約1200~1300℃に加熱した後、急速に冷却することで硬度を高めます
  • 焼戻し:焼入れ後、約550~580℃で複数回加熱・冷却を繰り返し、靭性を向上させます
  • 特殊熱処理:用途に応じて、深冷処理や特殊な焼戻し条件を適用することもあります

適切な熱処理を行うことで、高速度鋼は最大62~65HRCの硬度を達成することができ、高温での硬度保持能力(赤色硬度)も向上します。一方で、不適切な熱処理は工具の脆さを増したり、期待される性能を発揮できなくなったりする原因となります。

 

高速度鋼工具の製造における最近の技術革新としては、真空熱処理や窒化処理などの表面処理技術の発展があります。これらの技術によって、従来の高速度鋼よりもさらに優れた性能を持つ工具の製造が可能になっています。

 

日本塑性加工学会誌:高速度工具鋼の熱処理と特性に関する詳細情報

高速度鋼と超硬合金の比較と使い分け

 

高速度鋼と超硬合金は、どちらも切削工具として広く使用されていますが、それぞれに異なる特性と適した用途があります。両者の違いと最適な使い分けについて解説します。

 

高速度鋼と超硬合金の基本的な違い
名称の響きからは高速度鋼の方が高速切削に適しているように思えますが、実際は逆で、超硬合金の方がより高速な切削が可能です。これは、超硬合金が高速度鋼よりも後に開発された材質で、より高い硬度を持つように設計されているためです。

 

特性 高速度鋼(HSS) 超硬合金
硬度 62~65HRC 90HRA以上(より高い)
耐熱性 約600℃まで 約1000℃まで
靭性 優れている 劣る(脆い)
切削速度 30m/min以下が理想 100m/min以上も可能
コスト 比較的低い 高い
再研磨 容易で何度も可能 やや難しい

高速度鋼の適した用途
高速度鋼は以下のような場面で特に優れた性能を発揮します。

  • 衝撃や振動が多い加工環境(靭性の高さが活きる)
  • 複雑な形状の工具が必要な場合(加工のしやすさが利点)
  • コスト効率を重視する場合(イニシャルコストが低い)
  • 頻繁に研磨が必要な用途(再研磨が容易)
  • 小ロット生産や多品種少量生産の現場

超硬合金の適した用途
超硬合金は以下のような条件下で選択されることが多いです。

  • 高速切削が求められる場面
  • 硬い材料を加工する必要がある場合
  • 工具寿命の長さが重要な連続生産
  • 高い精度と表面品質が求められる加工
  • 大量生産の現場

実際の製造現場では、加工条件や要求される精度、コスト効率などを総合的に判断して工具材質を選択することが重要です。例えば、高硬度材料の加工では超硬工具が適していますが、衝撃負荷が予想される場合や、コスト制約がある場合には高速度鋼が選ばれることもあります。

 

最近のトレンドとしては、高速度鋼の表面に硬質コーティングを施すことで、超硬合金に近い性能を持ちつつ、高速度鋼の靭性も活かした工具も開発されています。これにより、それぞれの材質の長所を組み合わせた工具選択の幅が広がっています。

 

高速度鋼工具の選び方と現場での活用ポイント

 

高速度鋼工具を実際の加工現場で有効活用するためには、適切な選び方と使用方法を理解することが重要です。ここでは、工具選定の基準と実践的な使用ポイントについて解説します。

 

高速度鋼工具の選び方

  1. 加工材料に基づく選択

    • 軟質材料(軟鋼、アルミニウムなど):標準的な高速度鋼(SKH51など)
    • 中硬度材料(合金鋼など):コバルト含有高速度鋼(SKH57など)
    • 硬質材料:粉末ハイス鋼または超硬合金との組み合わせを検討

  2. 加工条件による選択

    • 高速切削:モリブデン系高速度鋼(耐熱性に優れる)
    • 重切削:タングステン系高速度鋼(硬度と耐摩耗性に優れる)
    • 断続切削:靭性の高いモリブデン系高速度鋼

  3. 工具形状と用途による選択

    • ドリル:捻れ応力に耐えるため靭性の高いモリブデン系
    • エンドミル:耐摩耗性が求められるため硬度の高いタングステン系
    • タップ・ダイス:複雑な形状のため加工性の良い高速度鋼


現場での活用ポイント

  1. 切削速度の管理

    • 高速度鋼は約600℃で急激に硬度低下が起こるため、切削熱が高くならないよう切削速度を適切に管理する
    • 一般的には30m/min以下の回転数が理想的
    • 材料に応じた適切な切削速度を選定する(例:炭素鋼なら20-25m/min、ステンレス鋼なら10-15m/min)

  2. 冷却と潤滑の重要性

    • 適切な切削油を使用して工具の冷却と潤滑を行う
    • 特に深穴加工や重切削では、切削油の供給方法にも注意が必要
    • 必要に応じてミスト給油や内部給油方式を検討する

  3. 工具のメンテナンス

    • 高速度鋼工具は再研磨が容易なため、適切なタイミングで研磨することで長寿命化が可能
    • 研磨時は工具の発熱に注意し、冷却しながら研磨を行う
    • 研磨角度は工具の用途や加工材料に応じて適切に設定する

  4. コーティング高速度鋼工具の活用

    • TiN(窒化チタン)やTiCN(炭窒化チタン)などのコーティングを施した高速度鋼工具は、耐摩耗性と耐熱性が向上
    • コーティング工具は未コーティング工具に比べて2~3倍の工具寿命が期待できる
    • コスト効率を考慮した工具選択が重要


実践的なトラブルシューティング

  • 工具の早期摩耗:切削速度の見直し、冷却方法の改善、より高グレードの高速度鋼への変更を検討
  • 工具の欠け:衝撃に強いモリブデン系高速度鋼への変更、送り速度の低減を検討
  • 加工面の粗さ:工具の再研磨、切削条件の最適化、より適切な工具材質の選定

高速度鋼工具を効果的に活用するためには、工具材質の特性を理解し、加工条件や材料に応じた適切な選択と使用方法を実践することが重要です。また、最新の高速度鋼工具技術や市場動向にも注目し、常に最適な工具選択ができるよう知識をアップデートしていくことが望ましいでしょう。

 

ナチ(不二越):高速度鋼工具の製品情報と選定ガイド
現場の加工ニーズに合わせた高速度鋼工具の適切な選択と活用は、生産効率の向上とコスト削減に大きく貢献します。特に多品種少量生産が求められる現代の製造環境では、工具選定の最適化がますます重要になっています。